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薄墨町奇聞

北国にある薄墨は、人間と幽霊が共に暮らす古びた町。この町の春夏秋冬をごらんください、ショートショートです。

大黒舞い・赤丸一座

2009-05-14 23:23:10 | 大黒舞い
ゴールデンウィークの初日。
薄墨はよく晴れ、汗ばむほどになった。
今年も桜が咲いている。

背後から薄墨高校ブラスバンド部のにぎやかな行進曲が聞こえてくる。
今年のミス薄墨たちも、着物の裾を気にしながら、フロートに乗り込んだ。

「がんばってねー」
昨年ミス、準ミスだった3人娘は、
振り袖姿の今年のミスたちに、声援を送る。

3人娘は、黄色い小袖に赤いチャンチャンコ。
臙脂色のたっつけ袴、足袋にわらじ。
きゅっと小さく引きつめた髪に赤い頭巾をかぶっている。
派手な色合いで、なかなか愛らしい。
(タドコロ氏がこっそり教えてくれたが、赤い頭巾とチャンチャンコは、
還暦祝いセットだそうだ)

「あんたら、振り袖よりも今年のその格好のほうが似合うな」
ロッパが彼女たちに声をかけた。
「何言ってんだか、小林さんこそ、その衣装ぴったりですよ」
3人娘の一人、ケイちゃんから切り替えされ、ロッパは頭をかく。

ロッパは、昨年と同じ淡黄色の狩衣姿で、脛巾とわらじ。
たっぷりした大黒頭巾といういでたちだ。

パレードの先頭は、「薄墨春まつり」のボードを掲げた商工会議所青年部のメンバー。
それから。
いきなりロッパの大黒舞いとなる。

パレードの後ろのほうから、市役所商工観光課の、例の男勝り女史が駆けてきて、
「ああ、いたいた。小林さんメイク、メイク」
言うなり、ロッパのほっぺたに今年もぐりぐりと口紅で赤丸を描いた。
薄墨よさこいで踊る女史の、今年のコスチュームは、何かペラペラ光った、竹の子族のような長着だ。
ロッパは、その格好にひとこと言いたい気がしたが、反撃がこわいので無言だ。

あの…、とカメキチが遠慮がちに声をかける。
「ついでに、俺にもひとつ、その赤丸っこをつけてくれんかな」
「あら、亀掛川先生も赤丸が好きでしたか」
笑いながら、商工観光課女史は、白丁姿のカメキチの頬に、
赤丸を入れ、おまけにに鼻の頭にもちょんと紅をさした。

「じゃあ、ついでに僕にも赤丸つけてもらおうかな」
タドコロ氏が何を思ったか、顔を突き出す。
それを見ていたミス3人娘も、顔を合わせて相談していたが、
「すみません、私たちにも赤丸入れてもらえますか」
思いがけなくそんなことを申し入れた。

ひええっとカメキチが驚く。
「あんたらみたいな、年頃の美人のメラシっこが、そこまで道化の真似せんでもいかべ」
ええ、でも…と3人は
「どうせ、ワラシ芸やるんなら、受けたいですよ。道化っていいじゃないですか」
「そうそう、笑ってもらわなきゃ」
「もう、ミス薄墨じゃないしね」
ねえ、と顔を合わせてうなずき合った。

「はあ、あんたら大したもんだ」
ロッパが大まじめで感心したが、残念、赤丸のおかげでちっとも感心しているふうには見えない。
苦笑しながら、商工観光課女史が
「いいですよ」と3人娘の頬にも控えめな赤丸を描く。
色白で美人の3人が、紅を入れた途端、幼いワラシの顔に変わった。

どん、どん、どんとのろしが上がる。
頬を赤く染めた6人が、身構える。

いよいよ今年もパレードの始まりだ。

大黒舞い・パレード前

2009-05-13 23:21:41 | 大黒舞い
本当は、ワラシ芸にはこのほか、ワラシ獅子と潮くみがある。
しかし、すべてを演じるのは、大変だ。

「まあ、ワラシ芸はご愛敬みたいなもんだし、主役は小林さんの大黒舞いだ。3人がおぼえるのはこれくらいでいいですね」
タドコロ氏が言い、薄墨3人娘もうなずいた。

今年の大黒舞い。
踊るのがロッパ。
後見役の鶴太夫はタドコロ氏。
同じく亀太夫はカメキチ。
ワラシ芸は、昨年のミス薄墨のミドリさんと、準ミスのケイちゃん&アイちゃん。
なかなか、にぎやかな顔ぶれとなった。

さて春の薄墨まつりで、このメンバーが
パレードの先頭を切ってどのように踊りまくったか。
順次書かせていただきます。

本日はこれまで。


大黒舞い・金輪切り

2009-05-12 19:41:12 | 大黒舞い
金輪切り。
6つつながった大きな金属製の輪を、
口上とともに、1つずつ外していく芸だ。
早い話、知恵の輪と同じで、ちょっとしたコツをおぼえれば、
輪のつなぎ目をぐいっとねじって、すぐ外すことができる。

「ただし、金輪は1組しかない。扇子や花ざるのように、簡単に作れないんでね。
この金輪も保存会から借りてきたんで、だいじに扱ってください」
タドコロ氏が、うやうやしく輪を取り出した。

直径20センチくらいの細い輪が、じゃらんとつながっている。
3人娘のうち、1人が金輪担当。
そして、2人は口上担当となる。
「さって、誰が金輪切りばやるんだ」
タドコロ氏が聞くと、ケイちゃんが、
「そりゃミドリさんがいい、一番器用だもの」と言った。
それに、とアイちゃんが続け、
「やっぱりミドリさんはミス薄墨だったし」
「そうそう、こっちは準ミスだから、後ろで合いの手をやるからね」

別に皮肉でもなく、アイちゃんとケイちゃんは、ミドリさんに一目置いているようだ。
「できるかな」とミドリさん。
「大丈夫じゃないの、文展では小学生がやるっていうんだから」
「それじゃやってみる」
やりとりを聞いてタドコロ氏も、
「ま、順当なところですかね」と言って、キャスティングは決定した。


さあて、お立ち会い

ここにあります6つの輪が、ずらり並んで五条の大橋
牛若丸が欄干にのって、エイヤと弁慶さんをこらしめた。
さいのやれこりゃ 輪っこ切って さいさい

ひとつ切れたら5つの輪っこ だらり垂らせば那智の滝
遠く見えるは夜半の月 熊野権現さんのおふところ

ふたつ切れたら3つの輪で 上にのばせば上り藤
下に落とせば下がり藤 それ見て蝶々がやってくる

3つ切れたらふたつの輪っこ 下向いて軒端のしのぶ草
山こえ海こえ佐渡島 順徳さんが流された

4つ切れたら残りはひとつ 春にはおぼろの霞月
夏には涼し明けの月 秋には見事なもちの月
さいのやれこりゃ 輪っこ切って さいさい

ひとつずつ輪をねじって外し、それを左腕にかけては、
素早く残った輪の連なりを両手で、横にのばしたり、垂らしたり。
金輪切りはなかなかむずかしい。
しかし、口上役の2人が声を揃えて歌い、
ミス・ミドリさんが意外なほど手際よく、輪を切っていく。
腕にかけた切った輪が、シャランシャランと音をたて、これはなかなかよい芸だった。

ロッパとカメキチは、2人そろってしゃがんで、
夢中になって金輪切りを眺めている。
そして、「さいのやれこりゃ 輪っこ切ってさいさい」
最後のかけ声が決まると、子どものように揃って拍手した。

ミドリさんがうれしそうに、深々と一礼をする。
その背後で、ケイちゃん、アイちゃんのコンビはそっとささやき合う。
「カメキチ先生と小林さんって、子どもみたいじゃない?」
「うん、ワラシ芸っていうけど、あの2人がワラシだよね」

大黒舞い・花踊り

2009-05-11 00:06:25 | 大黒舞い
「めでためでたの、松の踊りでごあんした」
3人娘が声を張り上げ、松踊りが終わった。
それぞれ4本、3人で計12本の松模様の扇子がひらひらと動き、
なかなか派手で見応えがあった。

「うーん、ワラシではなくメラシ(娘)っこの芸は、きれいでいいもんだな」
ロッパがしきりに感心していた。

「さてさて、では次に花踊りをやりますか。これは花ざるを持って踊る」
造花をいっぱいに貼りつけた、盆ざるを3枚取り出した。
このざるを小脇に抱え、花をまき散らす仕草をしながら、口上を述べる。

雪っこ降ったる冬の田も、
ひと踊りせば花が咲く
まけまけ籾っこ まけまけ花っこ
ほーれほいとして 花まいて東西


浜に下りれば潮の花
山に上がれば天の花
浜行って潮くみ 山行ってかんおじょじゅ
ほーれほい やれほいせい東西

最後にざるをくるりと回し、頭にかざして小手をかざし

見事見事なお屋敷の
これまた見事な御庭に
花っこ咲く咲く 黄金の花っこ
見渡せば さても見事見事
東西東西

「あ、これは松踊りみたいに扇子持ったりしなくていいから、楽勝だな」
準ミス・ケイちゃんが感想を言い、準ミス・アイちゃんもうなずいた。
「松踊りはちょっと大変だよね」
慎重派のミス・ミドリさんがこだわる。
「いいんだ、いいんだ。ちょっとくらい間違っても、そりゃご愛敬ってとこだ」
ロッパが無責任に口をはさむ。
タドコロ氏は苦笑しながら、
「まあ、間違えてもいいんだけど、文展では小学生がこれをやるよ。
小学生ができるのを、ミスのお嬢さんができないんでは、ちっと恥ずかしいんでないか」
そうおどした。

やだーっ。
恥ずかしいよね。
でも、やるって。
やろうやろう。
頑張る、ぜったいやるって。
やっだ、本気になってる。

きゃあきゃあと騒ぐ3人を、カメキチはあきれて眺めるばかり。
まあ、うるさいメラシっこだ。
昔も今も、メラシはうるさいんども、ほんにめんこいな。
さても
見事
見事。


大黒舞い・三本姫小松

2009-05-09 22:10:17 | 大黒舞い
さて、次は薄墨娘、3人の番。

タドコロ氏にうながされ、3人は前に出た。
「いいすか、じゃ、松踊りから」
3人は、扇子を手渡された。
「これは文展から借りてきた松の扇子。こわさんでくださいよ」
1人に4本ずつ。
どれも金色の地に大きく緑の松が描かれている。
その扇子のうち、2本は腰の両脇にはさみ、1本ずつ両手に持ち、準備はできた。

プレイヤーをオンにすると、松踊りの口上が流れ始めた。
甲高い子どもの声が、祝いの言葉を連ねていく。

これはこれは見事な御庭で
旦那様、奥方様、皆々様にお目にかけますは
めでためでたの松の踊りでごあんす。

山に行っては峰の松
海に行っては浜の松
白いは冬の雪の松
黒いは音聞く夜目の松
十返りの花っこがせい 見事咲きあんした
鶴亀遊ぶ松の踊りでごあんす。

おうち円満 商売繁盛
陸は豊作 海は大漁
こちらのお屋敷の旦那様、奥方様、皆々様
松の齢が千代に重なり 千秋萬歳
めでためでたの松の踊りでごあんす

「いいすか、この口上を述べながら踊る」
タドコロ氏の説明に、えーっと3人娘が叫んだ。
「ちょっとむずかしすぎる、憶えられないかもしれない」
口をとがらせたのは、去年の準ミスのアイちゃんだった。
「ワラシ芸はそったらに大変でないって話だったのに」
ちょっと、むずかしそう、と不安げなのは、ミス薄墨だったミドリさん。
そして、もう一人の準ミス・ケイちゃんが、
「ま、ともかくやってみるかあ」
そう言ったので、3人は練習を始めた。

まずは両手の扇子を広げ、「これはこれは見事な御庭で…」と最初の口上。
腰をかがめ、述べ終えたら、
右手の扇子を、右足の親指と人差し指の間にはさみ、
(当日は足袋にわらじばきだ)
左手の扇子を腰にはさみ、
(当日は筒袖の着物にたっつけ袴をはく)
それまで腰にさしていたもう2本の扇子を、
両手に持ち直してパンと勢いをつけて広げ、
「山に行っては峰の松…」と中の段の口上開始。

両手に松の扇子。
腰と足にも松の扇子。
1人で4本の扇子を器用に扱いながら、
よどみなく口上を披露するのが、
松踊りの見所だ。

次いで、最後の段の口上。
右手の扇子は後ろ襟首に差し、
左手の扇子後ろ腰にはさむ。
それから素早く前腰の扇子と足指にはさんでいた扇子を両手で持って、
くるりと後ろ向き。
後ろ襟に松の扇子。
後ろ腰に松の扇子。
そして両手にも松の扇子という形で、3人とも後ろ向きで、
「おうち円満、商売繁盛…」と下の段の口上となる。

ひらひらと扇子を動かし、
最後にくるりと前を向いて、
「めでためでたの松の踊りでごあんす」をくり返しながら終了。

タドコロ氏が実際に動きながら、口上を述べて見せると、
「今のくらいならできると思う」
勝ち気なアイちゃんが言った。
ケイちゃんとミドリさんは、何も言わない。
こちら2人は少々自信なさげだ。
3人娘は、タドコロ氏を囲んで、すぐに練習を始めた。
それを見ながら。
カメキチとロッパは、ぼけーっと突っ立っている。

「なあ、ロッパ、こっちも練習するか」
カメキチが言っても、ロッパはおもしろがって3人をからかってばかり。
「がんばれよー」と声をかけている。

若いきれいな娘が3人。
松の扇子を広げ、きゃあきゃあと騒いでいる。
ありゃ、3本の姫小松ってところだな。
カメキチはぼんやり、そんなことを思った。

大黒舞い・道化の秘訣

2009-05-07 23:25:42 | 大黒舞い
「さてと、大黒舞いはどうです、憶えてますか小林さん」
商工会議所の会議室で。
タドコロ氏にたずねられ、小林明治ことロッパは、自信なさげに応えた。
「あん、多分大丈夫だと思うんだんどもな、去年あれだけやったから」
「したら、ちょっと踊ってみますか」

タドコロ氏がプレイヤーにCDをセットする。
すぐに、文展大黒舞いのひなびた歌が流れ出した。

さても さても
めでためでたの大黒舞いをよ
この家の旦那様のお末を寿いで
松のひと踊りをばお目にかけましょかよい
いやさかの さてもよい

一年ぶりで聞く歌は、枯れ枯れとした声のせいか、
松に吹く風のように、軽く剽げた味わいがあった。

「どうです、小林さん、できますか」
タドコロ氏の問いにロッパは、よっしゃあとうなずき、
ずいと部屋の中央に進み出た。

小槌を振りながら、右へ行き、左へ行き
ぐるりとあたりを見回して、
素早く後ろ首に差しておいた扇子をとってぱらりと広げ、
右手に扇子、
左手に小槌、
足を軽やかに進めた。

カメキチは感心して見とれている。
去年のパレードで見た踊りとは比べものにならないくらい、
格段にうまい。
ぐんと腰を深く入れ、足をひょいひょいと高く上げて進むさまは見事。
去年はじめたばかりの、素人とは思えなかった。

「福入れ、福入れ」と最後に陽気に小槌を振り回すロッパに、
新参の3人娘が拍手喝采した。
「うわあ、上手!」
「格好いい、上手だよねえ」
「ほんと、すっごくうまい」

「ロッパ、お前ぐんとうまくなったぞ」
「いや、本当ですね」
カメキチとタドコロ氏にもそうほめられて、ロッパは照れながら、
「そんだかなあ、そったらにうまくなったかいな」
タドコロ氏が大きくうなずいた。
「格段の進歩ですよ」と大まじめに言い、続けて、上達の理由をこう説明した。
「そんな風に踊れるようになったのは、小林さんが去年の経験を憶えてるからですよ」
「はあ、憶えてるってば憶えてるよな」
「去年は、小林さん、緊張して照れていた。だが、今年は去年のことを憶えてる。今は室内だしさほどの緊張もない、恥ずかしさもない。手足の動きは忘れるかもしれないが、前に踊った経験は忘れない」
そりゃそんだ、とカメキチはうなずいた。
「でしょう、前にやってりゃ、こっ恥ずかしいとか、照れるとかいう感覚は薄れる。そうなれば剽げてうまく踊れる、これが道化踊りの秘訣です」

なるほどなあ、と皆は感心してタドコロ氏の話を聞いていた。
この男、ぼへらーっとしてるんども、なかなか大した奴でないか。
カメキチは心底、そう感心した。

今年の大黒舞い

2009-05-04 12:41:14 | 大黒舞い
薄墨春まつりは、この連休の初日に行われた。

今年の呼び物は、薄墨よさこいとロッパの大黒舞い。
(昨年の騒動の詳細は、カテゴリー分類の〈大黒舞い〉をご覧ください)
今年の大黒舞いには、ワラシ芸も追加された。

ワラシ芸は、名のとおり、ワラシ(子ども)たちが行う芸ごと。
松踊り、金輪切り、ワラシ獅子、花踊りなどの種類がある。
昔は、文展で大黒舞いが行われるときは、必ず、大黒舞いの前に、
子どもたちがちょっとした芸を見せたという。
これは薄墨教育委員会文化財保護課のエース、タドコロ氏の話だ。

「どうせ大黒舞いをやるんだから、本格的にワラシ芸もつけませんか」
タドコロ氏が、提案した。
彼はやる気のある男である。
ただ、文化財保護の情熱に燃えるあまり、つい、夢中になりすぎるきらいがある。
「ワラシ芸か、そりゃかまわんがなあ、誰がやるんだ」
カメキチは用心しながら聞いてみた。
ロッパの勤務先である薄墨商工会議所のロビー。
先月はじめ、練習初日の話である。

昨年。
カメキチは後見役・亀太夫をうっかり引き受けて、ひどい目にあった。
ロッパは大黒舞い。
カメキチは後見役の亀太夫。
タドコロ氏は同じく鶴太夫。
いや、あのときはひどかった。
カメキチの一挙手一投足に爆笑がわき、はては薄墨新聞にまで掲載された。
あのしんどさは、全く忘れられない。
これでワラシ芸までやらされては、たまらんではないか。

一方、ロッパも首をひねった。
ワラシ芸を演じる、ワラシはどこにもいない。
「文展のワラシをたのむのか。しかしそりゃ大変でないか」

「いえ、心配ないです。希望者がいるんですよ」
カメキチとロッパの不安をよそに、タドコロ氏は胸を張った。
「ほい、そったら殊勝なワラシがいるのか」
「いえ、ワラシじゃないんですが」
タドコロ氏はちらりと入り口を見て、「ああ来た、来た」と手を振った。

やって来たのは、若い女が3人。
3人ともすらりと背が高く、なかなかの美人である。
「ありゃ、あんたら去年のミス薄墨だべ」
ロッパが驚いた。
去年、フロートの上から大黒舞いに声援を送っていたミス薄墨の3嬢だ。
彼女たちが、今年は大黒舞いの一座に加わるというのだ。

「そうか、ワラシ舞いでなく、メラシ(娘)舞いだな。そのほうがいいんでないか」
若い女に弱いカメキチが、ご機嫌で言う。
「したら、3人にワラシ舞いをたのんでいいですね、じゃ、これで決まり」
タドコロ氏が言い、カメキチとロッパはうなずいた。
ミス薄墨3嬢も、にこにこしている。

さてさて、今年の薄墨春まつり。
大黒舞い一座はどうなったのか。
その報告を少しずつ。

大黒舞い・祭のあと

2008-05-10 20:26:19 | 大黒舞い
ここ10日ばかり、カメキチはろくに外出していない。
必要にせまられて、何か買いにいくときも、ごく近所の店ですませている。
そそくさと買って、大急ぎで帰る。
それでも、ときには顔見知りにばったり出会い、
「先生、春まつりで頑張りあんしたこと」
とか、
「見あんしたよ、新聞の写真」
などと声をかけられ、身もだえしそうになる。

皆が見たというのが、薄墨新聞の社会面に大きく載った写真。
ロッパが、だん、と足を踏ん張って、打出小槌と扇子を振り上げている。
これは、まあいい。
ふだんのロッパとは全く異なる、男らしいようすだ。

問題は、その横。
棒立ちになっている、亀太夫役・カメキチだ。
口を開け、うつろな目つきであらぬ方向を見ている。
その間抜けな表情。
いかにもでくの坊といったようす。
「頑張りあんしたこと」とはほど遠い。

何も、よりによってあんな写真を載せること、ないではないか。
そう思って、ロッパに電話してみたところ、
「あの写真か。新聞社から、掲載してもいいかと聞いてきたんだ」
「なんだ、新聞社が勝手に載せたわけではないのか」
「ああ、あれが一番、大黒舞いがよく撮れてたんでなあ、あれを載せてもらったのよ」
ロッパは、自分の大黒舞いであの写真を選んだ。
カメキチのことは、全く、念頭になかったらしい。
「しかし、あの写真の俺は、ひどい顔してるんでないか」
そう文句を言ったが、ロッパは気にもしない。
「なんも、気にすることないぞ、先生。みんな俺の大黒舞いを見て、先生のほうはろくに見てないからな」
そんなことはないと、カメキチは憤然とした。
皆、見ていないなら、出会う知人が一様に笑いをこらえているのは、どういうわけか。

腹を立てて電話を切る。
俺のこの憂鬱を、誰もわかってはくれない。
まったく。
カメキチはため息をついた。

そこへ、電話。
受話器をとると、意外なことに、相手はタドコロ氏だった。
「亀掛川先生、どうです、今晩飲みませんか。大黒舞いのお疲れ会ということで」
春まつりの実行委員会有志で、飲み会を開くのだという。
「私も声かけられました。先生にも来てくれって言ってます。どうです、行きましょうよ」
「しかしなあ、俺は関係ないからな」
「いや、薄墨娘たちが、先生と飲みたいって言ってるらしい。ぜひ先生を連れてきてくれって、たのまれました」

そうか、あのフロートできゃーきゃー声援をしてくれた薄墨娘たちか。
それは面白いかもしれない。
「したら、俺も行くか」
「そうですよ、みんな喜びますよ」
時間の約束をして、タドコロ氏からの電話は切れた。
憂鬱は消し飛んだ。
さて、ひさしぶりに飲むか、とカメキチは勇んで準備をする。
ついでに、今晩は「善」にも寄らねば。

じつは。
タドコロ氏の電話は、ロッパが手を回したものだった。
恩師をなぐさめるべく、ロッパが素早く立ち回ったのだと、カメキチは知らない。
ただもう、子供のようにはしゃぎ、これまでの憂鬱をけろりと忘れ去っていた。

大黒舞い・春惜しむ

2008-05-04 19:45:50 | 大黒舞い
パレードは、初夏に近い日射しのなか、市の中心部を進んだ。

先頭は、ロッパたちの大黒舞い。
振り袖姿の薄墨娘たち(市役所の若い職員)が乗ったフロート。
薄墨警察署のマーチングバンドと、短大のバトントワラー。
薄墨太鼓のフロート。
それから、薄墨よさこい。
あとは小学生の鼓笛隊やら、ボーイスカウトの行進、高校生のスポーツダンス部の演舞など。
なかには、南京玉すだれ愛好会とか、サルサのグループなど、わけのわからないものもある。

タドコロ氏も。
カメキチも。
皆、汗だくで踊りつづけた。
何しろ先頭なので、途中で、抜けるわけにはいかない。

「くそ、タドコロとロッパの馬鹿たれが。亀太夫は気楽だって、どこが気楽だ。こんなに疲れると、言わなかったぞ」
幟を振りながら、カメキチが叫ぶ。
むこうで、タドコロ氏が汗だくで、
「まさか、こんなに大変とは、私も思わなかったのす」と応える。
ロッパはというと。
こちらは、もう返事もできない状態で、よれよれで踊っている。
それが、また、おもしろいと沿道から拍手が起きた。

おひねりを手に出てきて、ロッパのふところに突っ込んでいく爺さまや婆さま。
ビールを持ってきて、ロッパや鶴太夫、亀太夫に飲ませるオバサン。
タオルで、大黒さんの汗をふく、オジサン。
親にせっつかれて、大黒さんにバナナを手渡しにきた子供。
など。
思いもかけない人々で、大黒舞いはいっそう盛り上がった。

さらに。
「小林さん、がんばってくださーい」
「かっこいい、タドコロさーん」」
「亀掛川先生、死なないでー」
後ろを走るフロートから、薄墨娘たちが、声援を送る。
はじめのうちは、彼女たちもにこやかに沿道に手を振っていた。
しかしルート半ばからは、手を振ることも忘れ、声援が主になってきた。
駅伝の伴走車の、コーチ状態だ。

福入れ、福入れ。

桜が散るなか。
ようやく、パレードは市役所前広場に戻ってきた。
どん、どん、どん、と到着ののろしが上がる。
「終わったあ」
ロッパがへたり込み、カメキチは道に大の字になる。
タドコロ氏は烏帽子をぬいで、汗をふく。
広場の喧噪のなか、3人は放心してしばらくじっとしていた。

薄墨の春が終わった。

薄墨はこの世の果てよ春惜しむ  似我



カメキチ大活躍

2008-05-02 21:34:20 | 大黒舞い
1回目より2回目。
それより3回目。
人前で繰り返して踊っていると、少しずつ度胸がついてくる。
それが踊りのおもしろさだ。

道の両脇の見物人の、やんやの喝采を浴びながら、ロッパ、タドコロ氏、カメキチの3人。
徐々に場慣れ、人慣れしてきた。
順に道の中央に出て、踊ったり、道化たりしながら、パレードは進んでいく。

ロッパは、力の入った見事な大黒舞いを見せる。
道化も、ずいぶん慣れてきた。
ただし。
彼の場合は、あくまで踊りだ。
道化も、演じているという雰囲気がある。

いっぽう、タドコロ氏。
彼は、常にロッパの後見という立場を忘れない。
ロッパが疲れて休むとき、彼が交替で前に出て踊ったりもするが、ほんのさわりを軽く踊るだけだ。
ちょっとした手振り、足つきが自然で、軽妙だ。
「うーん、タドコロ君は見事だな」
ロッパはライバル意識を燃やすのか、背後から食い入るように眺め、すぐに取って代わって前に出ていく。

さてさて、残るはカメキチ。
カメキチの場合は、半ばやけくそで踊り狂っていた。
あっちに行って、幟を振り回し。
反対側で、見物人の差し出すお茶を受け取って飲み。
道の両側を往復し、時折、ロッパにうながされて手をひらひらとさせて踊る。
歌に合わず。
リズムにのれず。
踊りはしょっちゅう忘れる。

しかし。
それがまた、面白いと、受けに受けていた。
「よーお。カメキチ、いいぞ」
「亀掛川せんせーい、がんばってー」
声援には必ず、天皇陛下のように手を振って応える。
たまに、呆れ顔の見物人もいるようだが、なに、いいではないか。
どうせ、今日一日のことだ。
そう思って、カメキチは、
「はあ いやさかーの さーてもよい」
馬鹿声で、合いの手を入れる。
すべて、今日、一日限りのこと。
明日になれば散る、桜のような祭だ。

いざ桜 我もちりなむ ひとさかり有りなば人にうきめ見えなん

そう思いながら、カメキチは踊る。

しかーし。
残念。

この日限りの祭ではあったが。
カメキチのやけくその亀太夫姿が、翌日の薄墨新聞にでかでかと載るとは。
神ならぬ身の亀掛川吉弥センセイ、まだ知るよしもなかった。