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薄墨町奇聞

北国にある薄墨は、人間と幽霊が共に暮らす古びた町。この町の春夏秋冬をごらんください、ショートショートです。

猫柳

2007-02-18 23:15:48 | 薄墨の花
すっきりと晴れ上がった冬空を見ると、
決まってくしゃみが出る。
そんな北国の習い。

晴れた日の冷気は
鼻の穴に鋭く突き刺さり、
晴れた日の日差しは、涙を呼ぶ。
そんな休日の妄言。

酒川のほとりにネコヤナギ。
銀色の花に、ミソサザイ。
そんな冬晴れの幸福。



椿

2007-01-25 23:56:34 | 薄墨の花
椿は兄。
山茶花は妹。
何かで、そんな表現を見た。
赤い花であっても、たしかに椿は剛毅な花だ。

無双直伝英信流
居合道
八重垣で
血振りをした、あの血が椿ではないか。

椿三十郎に胴切りされた室戸半兵衛が
勢いよくまき散らしたのは、紅椿ではないか。

椿の咲く今の季節
妙に血が騒ぐ心地がする。

千代紙草

2006-10-16 19:28:56 | 薄墨の花
そういっても、本当の名前ではない。
昔、薄墨の子供たちがそう呼んでいただけである。
一般的な名前は、イヌタデ。
アカマンマとも呼ばれている。

この花が地面に張り付くようにびっしり生え、花穂を垂らしているさまは、確かに千代紙の柄にありそうだ。
やや黄ばんだ葉。
むらのある、淡紅色の花。
そんなようすが、昔の手箱の中から見つけた、古びた千代紙を思わせる。

たしか戦前に高浜虚子や菊池寛など当時の文人たちが「新・秋の七草」を選ぶという企画があった。
そのとき、与謝野晶子は、アカマンマを選んだとか。
あの可憐さと野趣、古風さが気にいったのだろう。
そういえば、与謝野晶子は、千代紙をたくさん集めていたそうだ。
やはりアカマンマに、千代紙を連想したのだろうか。

金木犀

2006-09-23 21:45:04 | 薄墨の花
小さな庭。
花が咲いたキンモクセイの下に、座っている犬がいた。
白い雑種で、キツネのように細い顔。
目を細め、耳を倒して、じっと考えているような仕草。
あれだけ嗅覚の鋭い動物が、キンモクセイの香りをどう感じるのか。
秋風に尾をゆらせながら、香りに溺れて小さなくしゃみをした。
犬の白い毛が、金色に染まった秋の夕だ。

ネジバナ

2006-06-25 22:48:14 | 薄墨の花
「伊達娘恋緋鹿子」
16歳の八百屋お七が、結綿の髪をさばき、櫓に上って半鐘を叩く。
その結綿の緋鹿子が、ナジバナのように、ねじれてゆれて。
野花の可憐さと野趣は、江戸の娘と同じものだ。

思う男に別れては所詮生きてはいぬ体
炭にもなれ
灰ともなれ

江戸の町では13~14歳の小娘が男に言い寄るというが、
同じ早熟さと色好みが、あの花には隠されている。

梅花卯木

2006-06-15 20:44:17 | 薄墨の花
そろそろ日が落ちそうな山で、満開のバイカウツギにぶつかった。
かはたれどきの、濃緑色の葉と白い花群。
そのなかから、ふいに小面が顔を出した。
ふっくらした頬と、笑みのこぼれる口元は、孫次郎でも万眉でもない。
あれは断じて小面だった。
ひょうと鋭く笛が鳴ったような気がしたが、あれはサンショウクイの鳴き声だったかもしれない。

山荷葉

2006-06-06 17:23:07 | 薄墨の花
世が世なら華族のお姫さまだという、娘さんを知っていた。
はっきりいって、美人とはいえない容貌だったが、それがかえって育ちのよさを思わせた。
なまじ目をひく美人だと、美貌を売り物に世渡りしているような気がしてならない。
サンカヨウは、そんな身持ちのかたい、名門のお嬢さんを思わせる。
野暮な服装で、龍笛の教室に通う。
まじめにボランティアに参加し、手話もマスターしているだろう。

ユキノシタ

2006-06-05 19:12:51 | 薄墨の花
裾にユキノシタの花模様。
紅下染めの古風な黒留袖。

はなやかな披露宴の照明の下で、そんな留袖美人を見かけたことがあった。
眉の濃い明治の写真にあるような人で、不機嫌そうに眉を寄せて、はしゃいでいる花嫁を見つめていた。
どういう関係で、何を思っているのか。
ユキノシタの生える石の陰には、
いつでもたっぷりと秘密がたたえられている。