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薄墨町奇聞

北国にある薄墨は、人間と幽霊が共に暮らす古びた町。この町の春夏秋冬をごらんください、ショートショートです。

ちがや

2006-05-20 13:20:21 | 山野草
夜には雨となりそうな、湿った南風の吹く夕暮れ。
ちがやの銀穂がなびく野原に、タヌキが数頭姿を見せた。
どのタヌキも、銀穂のあいまから、次第に闇が濃くなっていく野のむこうのほうをじっと見つめている。
なにかの芝居でも見物しているように。
ちがやのうねりが波のように見える初夏の夕だ。

キツネの嫁入り

タヌキの野芝居

国姓爺とか暫とか、派手な舞台の見えない幕が開く。

スミレ

2006-05-16 12:47:21 | 山野草
スミレの仲間は数多いが、なかで最も美しいのが単なるスミレ。スミレ科の多年草で、濃紫色の花が横向きに咲く、あれではないだろうか。
スミレサイシンなどもきれいだと思うが、スミレは春先でも葉がこっくりと深みのある濃緑色で、花色とよく調和している。どことなく大人びた風情というべきか。

恥ずかしいが白状すると、その女を見たとき、スミレのようだなと思った。
襟ぐりの大きい服を着て、細い首がきれいに伸び、どことなくスミレの花茎と、距を連想させた。30代の半ばだろうか。友人に案内されたバーの女である。笑わず、口数も少ない。何かわけありの感じがした。
酔いもあって、見とれていると、友人が気づいてささやいた。
「おい、その女はやめろ、かなりこわいぞ」
友人の声が聞こえたのか、女が私たちのほうを向きはじめて笑った。歯並びが悪く、口元が妙にきたない。
横向きに咲くスミレが、突然かまくびを持ち上げたような感じだった。

タンポポ

2006-05-13 23:37:05 | 山野草
亡父の思い出話です。
子どものころ、死体を踏んだというのです。

大正生まれの父でしたから、多分、昭和のはじめごろでしょうか。
野原で遊んでいたら、寝ている男の人がいて、その人の足をうっかり踏んづけたそうです。
その人は、ぐっすり寝ていて目を覚まさなかったので、父はあわててそこから逃げだしました。
そう、それが死体だったわけです。後で知って驚いたみたい。
前夜もの盗りに殺されたそうなんですよ。

いえ、それが言いたいわけじゃないんです。
父の話ではね、その野原が一面のタンポポだったんですって。
野原いっぱいにタンポポが咲いていて、そこに死体が転がっていたってわけ。
だから父も、最初は死体だと思わなかったんでしょうね。
春にタンポポを見ると、決まって思い出して言ってましたよ。
「俺は子どものころ、死体を踏んだことがあるんだよ」って。
父が死んでもう11年になるんですけど、私もタンポポを見ると決まってその光景を思い浮かべます。
よく晴れた空。タンポポがいっぱいの野原。
ハナアブとテントウムシ。やわらかい風。
駆け回る子ども。
横たわる死体。眠ったように、静かに。
ねえ、春らしい景色だと思いませんか。





ししうど

2006-05-12 00:29:38 | 山野草
シシウドってご存じですかね。
セリ科の多年草だそうだけど、まるで木ですよ。あれは。
2m近くあるかな、で、白い小さい花を咲かせる。

去年の春です。
踏歌山に出かけたんです、ワラビを採ろうと思って。
かなり急な斜面で、日のよく当たる斜面に、ワラビが群生するんです。
ところが行ったら、斜面のむこうで、もう1人ワラビを採ってるやつがいる。
くそ、どこのどいつだ、と見たら、女だった。
手拭いかぶって、手っ甲をつけて、腰にかごをぶら下げて、どんどんワラビを採ってる。早いんだよ、それが。
で、こりゃまずいとこちらも競って採りだした。
しかし、むこうは女のくせにそれよりも早い。採りながらどんどん山を上っていく。
負けまいとして、こちらも斜面にはりつくようにしてあちらを採り、こちらを採り、息をあらげる。
頂上までもう少し、と思って上を見たら、なんと女はもう頂上に立ってるんだ。
負けたか思って、こちらも頂上に上がった。
そして、女を見たら…、なんとそこに人くらいの大きさのシシウドが1本生えていて、女はどこにもいなかった。
鳥がむやみに囀る春の山で、シシウドのまわりにもワラビがいっぱいでした。