櫻井郁也ダンスブログ Dance and Art by Sakurai Ikuya/CROSS SECTION

◉新作ダンス公演2024年7/13〜14 ◉コンテンポラリーダンス、舞踏、オイリュトミー

ひとつの事に集中して

2010-03-14 | ダンスノート(からだ、くらし)
雑文。

鮮やかな太陽が肌を暖めるかと思えば、つい先日は、春の雪。
そのなかで思った。

冬は長く春は短い。
しかし、冬が長ければ長いほど、厳しければ厳しいほど、春に射す光は鮮やかで花は美しく冴えるのでは。
肉体と精神にも、これは当てはまるにちがいない。
人生の大部分は冬だと思うのだけど、だからこそ過ごし甲斐があるのかしら。

雪といえば、先ほどのバンクーバーオリンピックでは白い雪や氷のなかで舞い闘う肉体の姿がとても美しかった。パラリンピックもそう。果敢さが人の肉体を美しくし、精神に光を与えるのだろう。中継を何回も見ながら、「全身全霊」、あらためてこのコトバが鮮やかになった。競技成果いかなれど、四年の長きにわたり過酷にトレーニングを重ね、いまこの一瞬にすべて力の限りを尽くす肉体は、ひたすら厳粛で、それは精神の美しくある姿。
カラダには、こころの中身が、なにもかも出てくるのだろう。

ただひとつの事に集中する。その積み重ねが大きな花を咲かせる。これは僕がやっている踊りも同じ。踊りはアートであると同時にワーク、つまり修練とか稽古事という、一種の「道」である。道とは進んで寒風のなかに身を投じること、より美しく花を咲かせて未来につなぐ事だと思う。だから、(踊りに限らず)稽古事では成果は過程にすぎなくて、ひとつの事に集中する事、その志しを持続する事に大事を解くのだろう。

稽古事といえば、子供のころ通った体操の先生が、やはりオリンピック選手だった。僕は体操選手にはなれなかったけれど、先生は体操という宇宙を敬愛されていることが感じられ、それが素敵でならなくて、そんな先生と過ごす事が楽しくて、いつしか、ひとつの事に集中して全身でぶつかってゆく素晴らしさを確かに教えていただいた。努力すれば、必ず答えてくれるのが、カラダだ。出来なかった事が、出来た。その、ささやかな成功が、大きな自信に、つながる。

踊りも、その続きのように、稽古事として長く学んだ。日常と離れて、黙々と身体の動きに集中する時間が、続けるほどに貴重に思えて、稽古する金を働いた。稽古は、過去や将来を考えずに、まる裸の自分に向きあえる時間であり、しがらみや駆け引きに囚われることなく、「ひとりになれる」解放区だった。

踊りでは、努力が身体能力となり、さらに、コミュニケートの力となってゆく。堂々と生きる力を、踊りは、与えてくれる。

ひとつの事に集中する、それは、ひとりの人間に帰り着くことに、つながる。

これは、ダンスを仕事にする今も変わらず、稽古とステージ、稽古とインストラクションが楽しくつながる。ひとつの事に集中する悦びを教わったことが、今を過ごす基礎になっている。

人の素晴らしさは、自分で自分を育てる力を持っているところだ。その力が、からだのフォルムや勢いにクッキリと現れる。だから、全身全霊、ひとつの事に集中する姿は、勝ち負け問わずに美しく冴える。身体は、精神の花だ。

春が来る。
花々が、凛々と咲く。
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