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鼓曲萬来

コロンブスの卵

コロンブスの卵なんていう有名な話がありまして
昔教えられた解釈としましては
つまり、「最初に誰もしなかった事をした人が偉い」というのでしょうか
オリジナリティの重要さ、パクリなんてとんでもない
あるいは後から来て四の五の言うんじゃない...卵立ててみろ
と、そんな感じだったでしょうか
コロンブスの名前は我々の年代はある種の偉人として捉えております
 
我々以上に勿論新大陸の第一発見者として当時のキリスト教徒達は
多いにこの人物を誇りにし、
又、世界にそのその偉業を伝えて自慢して参ったと推測されます
 
しかしながら、どうも、その偉業は
先住民族やモンゴロイドの方が先に新大陸に住んでいた訳ですし
聞くところに依りますと
実際にはもっと前に新大陸を発見した方もいらっしゃったそうです
 
又、卵に関しても、コロンブスより前に立てた方がいらっしゃるそうでして
当時の解釈は少なくとも、西欧諸国においても、心ある方、知識のある方ならば
実際のところと言えば現時点では
「いや~もうその話はそのくらいにしてくれませんかね~それはそれとして」....
と、多少引き気味になられるとは思いますわ。
 
 
現在ではこういった推移を踏まえて
微妙な言葉ではございますが
「ころんぶする」という新語もあるそうでして
 
自らがオリジナルであると主張すればする程
かえってブーメラン状態になる事も充分考えられる訳ですし
やはりオリジナルという事に相当の敬意を払ってらっしゃる方々にとっては
それがオリジナルであるかどうかは何よりも優先される事柄である訳ですから
反対にそうでないものに対しては初めから敵意を持ってしまい
内容の良し悪しよりはオリジナルの可否が問題になってしまう
そういう謂わばオリジナルパラドックスに自らを貶めさせてしまう
そんな状況も思い当たらなくは無いですな
 
こんな心境に陥るのもこれ「人より優秀にみられたい」
「正統性を持ちたい」「他に認めさせたい」という
人間本来の性ともいえる心の一つの現れなんでしょうが
 
で、そこで思うのですが、組織や団体或いは人体もそうですけれど
我々には理論や理屈とは異なる、所謂「自浄作用」といったものがあって
 
外部に働きかける、あるいは言動、行動を起こす前に
内部で浄化する、自重させる、或いは歯止めを無意識に掛けるという、
謂わば本能に近い部分があるのだと
昔からそう信じてまいりました
 
外枠からの障害や多少の問題があっても自らの治癒能力によって完治する
心身のバランスを取る
ほおっておいてもなんとかなる
まあ、はなはだ無責任な感じではありますけれど
そのくらい自浄作用というものは見えないところで
我々の体や心が暴走しないように
日々、地道に働いてくれているのだとは思います。
 
しかしながらこの見えない能力が低下してまいりますと
やはり、それ幸いにと
必要以上の自らの自慢と申しますか、激情のままにと申しますか
外部へのアピールの過度な働きかけ等も増えてまいりまして
内部の能力低下をなんとか外への働きかけによって誤魔化そうとする
姑息で理解不能な言動、行動も増えてまいるように思います
 
その顕著な例として
猛烈な外へ向けてのアピールが目立つようになってまいりました
これはとりもなおさず、前述の自身の能力低下の何物でもないわけで
 
曰く..... 
「日本人初の」.....
「世界が賞賛する我が国の」.....
「この国発の世界に誇る」.......云々
 
まあ殆どがよく聞いてみれば
たまたま日本人であっただけの話で
純粋に日本発なんてのは全部が全部ではございませんし
全ての事象はこれ全て何らかの影響を他から受けつつ発展してきた
と考えるのが妥当だとも思います。
 
勿論オリジナリティー等は無視
コピーしてさもオリジナルと称して
節操無くばらまくというのも許される事ではございません
 
まあ、そういったもので愛国心を煽り立てていくのは
私自身、失われた国家感を取り戻す一つの手錬かとは思いますが
 
それでも、こういったものにはあるラインがあって
つまり、ある程度までは必要な主張として納得出来るのですが
それを超えますと、少々鼻に付くと申しますか
さらに進めばなんともいえない「気恥ずかしさ、うしろめたさ」さえ覚えます
 
又、逆に、.....近頃は小さな子供達が
「とりっくおあとり~と!」等とこれまた仮装した親と街を練り歩いてるのを見ますと
「ちっ!今の教育は子供に、なにやらせてんだか」等とは思いますが
 
まあつまり、言いたかった事は
行き過ぎのナショナリズム、或いは反対にグローヴァル思考の歯止めというか、
その均衡を保つ一線を自らの内側で自覚する感覚も
此の自浄作用の自浄作用たる由縁でありまして
 
多少民族性や宗教観、教育、文化の違いはあると思いますが
それにしても、我が国に於いても、
最近の報道や映画祭へのキャッチコピー等を見ておりますと
「あの~、近頃少しお国自慢、お国贔屓が過ぎませんかね~」
そんな気持ちを少なからず持っておる訳です
別にことさら強調しなくとも、解かる方は解かっていらっしゃる筈ですわ
 
とまあ、自浄作用とかに関して
所謂「モラル」とか「自重」とか「常識、道徳、人格」といった領域からは
最も程遠い私がこんな事書いているのも、何なんですが.......
 
それでも、「これ以上の自慢はよくないな」とか
「これ以上自虐感を持つのもよくない事かも」.....と
てれが出たり、恐縮する事や、気恥ずかしい気持ちが
時々現れる事もありますので
ある種の自浄の一線はまだ少なからず保てているような気も致します


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