本日は朝11時半頃に家を出て、六本木に出勤し、夜は有楽町というコースでした。この後しばらく11時すぎの出勤が続くので、気分的にすごく楽です。老人のくせして早起きが何よりも苦手な私は、「朝10時から映画を見る」なんて、とてもじゃないですが無理、ムリ。年々いや増す老人力なんですが、早起き案件だけは別物みたいです。そう言えば、昨日プレス試写への参加の仕方で、「階段の徒歩上がりはきつい」と泣き言を言いましたが、それが効いたのか、本日はエスカレーターを使用してのTOHOシネマズへの移動となっていました。ありがたや~。というわけで、本日はTIFFで2本、FILMeXで1本見てきました。
『トゥルーノース』
2020年/日本、インドネシア/英語/94分/アニメーション/原題:True North
監督:清水ハン栄治
出演(声優):ジョエル・サットン、マイケル・ササキ、ブランディン・ステニス
画像はすべて©すみません(注:「すみません」が映画会社名です)
北朝鮮の収容所の実態を描いた、というより暴いたと言った方がいいアニメーション映画です。お話は現在のカナダ、バンクーバーから始まり、12年前に脱北したという男性テッドが、壇上で聴衆に向かって自分の家族の物語を語り始めます。物語の主人公はヨハンという小学生。両親と妹と共に、平壌の団地に住んでいます。父は在日だったらしく、「パチンコ」という看板の前で撮った写真が家に飾ってありました。現在は北朝鮮政府に従順な父で、表彰も受けているのですが、1995年の現在、日本との繋がりのせいで父や祖母、親戚たちは政府の監視を受けるようになりました。そしてある日、父が姿を消します。出張とも言っておらず、不審に思った母は各所に問い合わせますが、父の行方はわからずじまい。そしてある晩、家に数人の警官がやってきて、母とヨハン、そして妹は、身の回り品だけ持つことを許され、追い立てられるようにしてトラックに乗せられます。そこには、ほかの家族もいました。
1日走ったトラックがヨハンたちを運んでいったのは、山の麓にある広大な収容所。ヒトラーのような所長が君臨し、看守以外に収容者の中から選ばれた監視役たちが見張っている、地獄のような世界でした。ヨハン一家は小屋を一つあてがわれ、昼は農作業や炭鉱での労働、あるいは森林伐採と、様々な重労働に駆り出されます。与えられる食糧はほんの少しだけ。誰もが飢えで苦しんでいました。誰かを密告すれば食糧が手に入るため、人々はすべてチクリ屋になってしまい、心を許せる人がいません。でも、ヨハンの母は隣人を助け、時には胡弓を弾いて皆を慰めました。そんな中で、ヨハンは吃音障害のある同じ年頃の男の子インスと親しくなります。母を亡くしながらも、ヨハンと妹、そしてインスは生き延び、9年の歳月が経ちました。しかし、妹が看守に暴行されて妊娠したのをきっかけに、ヨハンはここから脱出することを考え始めます。他の仲間とも極秘に相談し、金日成の誕生日、「太陽節」と呼ばれる4月15日に、炭鉱のトロッコに仕組んだ二重底に隠れ、ヨハンと妹、そして妹に好意を抱くインスは脱走することにしますが...。
収容所の描写がすさまじく、日々の生活のほか拷問の様子や看守たちの腐敗ぶりなど、体験した人にしかわからないであろうディテールが描かれます。丁寧な絵ですが、ちょっと変わった画風のアニメーションで、それがまたリアリティを醸し出す力にもなっています。清水ハン栄治監督(下写真)には、1960年代の北朝鮮帰還事業で北に渡ったまま消息の知れない友人がいるそうですが、ちょうどヨハンぐらいの年だったのでは、と思います。しかし、1970年代ならいざ知らず、2000年前後でもこんな収容所が存在したとは。衝撃のアニメ作品でした。
『チャンケ:よそ者』
2020年/台湾/北京語・韓国語/107分/原題:醬狗/英語題:Jang-Gae: The Foreigner
監督:チャン・チーウェイ(張智瑋)
出演:ホー・イェウェン、キム・イェウン、イ・ハンナ
画像はすべて©2020 JOINT PICTURES CO., LTD
ソウルに住む高校生イ・グァンヨン(ホー・イェウェン)は、父が台湾系華人で、台湾政府代表部に勤務しており、グァンヨン自身も台湾政府が発行した外国人パスポートを持っています。母(イ・ハンナ)は韓国人なので、韓国語も母語としているバイリンガルですが、華人学校から普通の高校に転校したため、成績優秀で学級委員を務めながらも、「チャンケめ」とイジメの対象になっています。グァンヨン自身は韓国に帰化したいのですが、軍隊入隊や統一試験といった韓国人に課される面倒を避けるためと、自分たちのルーツを失ってほしくない、という思いから、厳格な父は帰化することを絶対に許しません。そんなうつうつとしたある日、グァンヨンは女子で転校生のキム・ジウン(キム・イェウン)もイジメに遭っていることを知ります。それから何となくジウンを意識し始めたグァンヨンでしたが、その後父がガンであることがわかるなど、彼の人生は揺れ動く日々に呑み込まれていきます...。
韓国には華僑の人も多く住んでいますが、その中に台湾政府の発行する外国人パスポートを持ち、それで海外と行き来している人がいる、というのは知りませんでした。少し事情は違うかも知れませんが、在日の華僑というか華人たちの実態がこちらのサイトで紹介されています。そういう存在であるグァンヨンを主人公にしたのがまず珍しく、引き込まれて見てしまいました。一種のディアスポラであるわけですが、父は台湾に留学もしており、元々は中国大陸から朝鮮半島にやってきた人の子孫であるものの、台湾政府代表部に勤務していることもあって、自分の根幹は台湾である、という認識が強いのです。その頑固な父とぶつかり合いながら、グァンヨンの大人になっていく姿を描く本作は、しっかりした脚本と演出の、見応えある作品でした。
母は韓国人女性らしい細やかな気遣いを見せるものの、都合の悪いところでははぐらかすというのが母性愛だと思っているフシがあり、このあたりの描写も面白かったです。一方、ガールフレンドのジウンの方は、正直に物を言う、かわいいけれど攻撃型の女の子で、こちらも物語のアクセントになっていました。ラストは付け足しすぎ、という気もしますが、台湾人のチャン・チーウェイ監督は最後まできっちり語りたかったのだと思います。
劇中で、ジウンとカラオケに行ったグァンヨンが「何か歌って」と言われ、「台湾の懐メロだけど」と言いながら国語(中国語)の歌を歌うシーンがあります。よく聞く歌で、誰の歌だっけ? と映画終了後友人のライターさんと話していたら、前の席に台湾音楽&映画評論家の丸目蔵人さんがいらして、「えーと、あれはね」とちょっとググったりしながら教えて下さいました。姜育恒の「驛動的心」という曲で、こちらの歌です。
姜育恆 驛動的心 KTV
私は広東語の歌詞を憶えていたので、広東語と国語で歌っていた歌手なら「王傑(ワン・ジェ/ウォン・キッ)かしら?」とか言っていたのですが、あとで気がつきました。この歌は、葉倩文(サリー・イェ/サリー・イップ)がカヴァーして香港で大ヒットさせたことがあるので、その歌詞が頭に浮かんだのでした。カヴァー曲の名前は「祝福」。こちらもなかなかいいですよ。そんな歌が突然出てきて、高校生のグァンヨンが素直な声で歌ったため、いっぺんにこの映画のファンになりました(丸目さん、ご教示ありがとうございました!)。日本でも、ぜひ公開してほしい『チャンケ』、配給会社様、ぜひよろしくお願い致します。
<FILMeX>
『無聲(むせい)』
2020/台湾/北京語/104分/原題:無聲/英語題:The Silent Forest
監督:コー・チェンニエン(KO Chen-Nien/柯貞年)
出演:トロイ・リュウ(劉子銓)、チェン・イェンフェイ(陳妍霏)、リュウ・クァンティン(劉冠廷)、キム・ヒョンビン(金玄彬)、ヤン・グイメイ(楊貴媚)、タイポー(太保)
韓国映画『トガニ 幼き瞳の告発』(2011)と共通する内容で、学校内での性的な虐待を描いた作品です。普通学校から聾学校に転校してきた張誠(トロイ・リュウ)は、学校に向かう電車の中でスリに遭い、その男を追いかけて格闘してた時に警官に捕まってしまいます。呼ばれてやってきた聾学校の王先生(リュウ・クァンティン)の通訳でことなきを得ますが、耳が聞こえず、言葉を発することができない自分がいかに不利であるかをまたまた思い知らされた張誠でした。聾学校内ではそんな心配がない、と思って転校してきた張誠ですが、寄宿舎から学校へ皆を乗せていくスクールバスの中で、とんでもない光景を目にして仰天します。それは、張誠が転校時に見かけて印象に残った女子生徒の貝貝(チェン・イェンフェイ)が、男子生徒らによってたかって性行為をされている姿でした。ニヤニヤしながらそれをけしかけていたのは、優等生の何允光(キム・ヒョンビン)でした。貝貝は張誠に口止めしますが、あまりにも目に余る允光らの行いに張誠は王先生に相談します。
校長(ヤン・グイメイ)は王先生が行為の実態を調べようとするのを嫌がる気配を見せますが、王先生が生徒たちを呼んで聞き取り調査をしたところ、出るは出るは、生徒たちの間で無理矢理性的な虐待をされた者の数は、軽く100人を超えることに。首謀者としては允光の名前が挙がったのですが、普段は優等生であるだけに、学校側も摘発に二の足を踏みます。いったんは祖父(タイポー)の元に戻った貝貝も、みんながいる学校に戻りたいと言って戻ってきたのですが、再び允光にレイプされることに。でも、貝貝は、允光の変化を見て取っていました。実は允光も、性的虐待の被害者だったのです...。
実話に基づいた作品で、2011年に台南の聾学校で起きた事件を元にしているとのことですが、あまりにもひどいその実態に、体が震える思いがする作品でした。さらには、聾であることによって、彼らが世間からどんな差別を受けているかという姿も浮かび上がらせてくれ、観客の側にも刺さる内容となっています。出演者はいずれも聾者ではないのですが、生徒役や先生役の俳優は手話を自分のものにし、見事な表現力で映画にリアリティを与えてくれています。韓国人俳優のキム・ヒョンビンも難しい役をこなし、11月21日に発表される金馬奨の助演男優賞候補になっているほか、貝貝役のチェン・イェンフェイは新人俳優賞候補、監督のコー・チェンニエン(下写真)は新人監督賞候と、本作は8部門にノミネートされています。『トガニ』と同じく、台湾でのこういった事件の抑止効果を発揮してくれるのでは、と思いますが、それにしても...という、つらい作品でした。