フィリピンで最もユニークな監督として知られるキドラット・タヒミック監督。いや、フィリピンで一番どころか、世界でも有数のユニークな監督と言っていいかも知れません。日本とのご縁は、1982年の「国際交流基金映画祭-南アジアの名作をもとめて-」で『悪夢の香り』(1977)が上映され、初来日を果たした時から。その後、隔年開催の山形国際ドキュメンタリー映画祭の常連として来日、あるいは東京国際映画祭や国際交流基金の催し等で何度も日本にやってきています。タヒミック監督の作品はドキュメンタリー映画に分類される作品が多いのですが、『悪夢の香り』のような劇映画もあり、また、ドキュドラマというか、ドキュメンタリーと劇映画がミックスした作品もあって、ジャンル分けなどするだけ無駄の「タヒミック映画」と言うしかありません。
中でもすごい、というか正直に言うとあきれるのは、映画がエンドマークで終わらず、何年間も増殖し続けている作品があること。今回公開される『500年の航海』も、撮り始めたのが1980年頃と言いますからすでに製作期間40年近く。確か最初に見て、「世界一周したのはマゼランじゃない、彼の奴隷のエンリケだ!」という主張に新鮮さを憶えたのがもう10年以上前ですから、『500年の航海』というタイトルもダテではありあません。不思議な不思議なタヒミック・ワールド、ぜひあなたも世界一周、5世紀漂流の船に乗り込んでみて下さい。まずは、作品データをどうぞ。
『500年の航海』 公式サイト
2017/フィリピン/英語・スペイン語・タガログ語/161分/原題;Balikbayan#1-Memories of Overdevelopment Redux VI
監督:キドラット・タヒミック
出演:キドラット・タヒミック、ジョージ・スタインバーグ、カワヤン・デ・ギア、カトリン・デ・ギア
配給:シネマトリックス
※1月26日(土)よりシアター・イメージフォーラムにてロードショー。以下全国順次公開。
(C)Kidlat Tahimik
映画は古ぼけた映像から始まります。ふんどし姿で、頭には鳥の飾りを付けた男が田んぼでフィルムの入った箱を見つけるのです。その映像を映してみると、マゼランが世界一周をした時につき従っていた奴隷のエンリケのエピソードが出て来ます。世界一周のあと故郷のルソン島の村に戻ったエンリケは、字が書けないので世界一周の記録を木に彫ろうとするのですが、イノシシに追われて木に登り、何とヨーヨーでイノシシを撃退。そこに彫られた思い出は、航海中のマゼランを世話した日々だったり、マゼランとの最初の出会いだったりします。当初マラッカにやってきたマゼランは、立派なつづらのような箱を買い上げるのですが、その時箱の中に潜んでいたエンリケも一緒に「お買い上げ」したのでした。こうして「Buy one, take one(1個買えば1個オマケ)」のエンリケは、ヨーロッパにも連れて行かれます。
(C)Kidlat Tahimik
当初、マラッカ出身の奴隷エンリケを演じていたのは、若き日のタヒミックでした。ヨーロッパの宮廷では一悶着起こすなど、中世の大航海時代当時の国際交流が描かれますが、史実を辿るというよりも、タヒミック流のコント「ウェスト・ミーツ・イースト」となっています。そうこうするうちに時代は巡り、タヒミックの次男カワヤンが立派な大人になって登場、彼の姿がマゼランにタブって「マゼラン、現代に輪廻転生」という物語に発展していくという、筋を書いても何だかよくわからない作品なのですが、いろんなインスピレーションを喚起してくれるところがとても面白いのです。
(C)Kidlat Tahimik
そんなインスピレーションの一つがヨーロッパとアジアとの関係で、インド映画『パッドマン 5億人の女性を救った男』(2018)の最後のスピーチを訳している時に、「最初のエベレスト・マンは? テンジン、そう、テンジンです」という主人公ラクシュミの言葉に、この『500年の航海』を思い出したりしたのでした。エベレストの場合は正確に言うと、イギリス探検隊のメンバーだったニュージーランド出身のヒラリーが、ネパール人シェルパのテンジンと共に登頂に成功したのですが、長い間「エベレスト初登頂はヒラリー」という言い方しかされてこなかったのです。マゼランも世界一周の航海の途中で亡くなったので、本当に世界一周したのは奴隷のエンリケなんだ、とタヒミックは主張するわけですが、昔はアジア人の存在はかき消され、すべて西洋人の手柄になっていたのですね。こんな風に、タヒミックが世界の見方を変えてくれるのが『500年の航海』です。
(C)Kidlat Tahimik
また、タヒミックの次男カワヤン・デ・ギアの登場も、タヒミック作品を見てきた人には感慨深いはず。タヒミック(本名エリック・デ・ギア)には妻のカトリン・デ・ギア(ドイツ人)との間に息子が3人いて、長男のキドラット(監督名の「キドラット・タヒミック」は、ファーストネームをこの長男から取って付けたのだとか。長男のフルネームは「キドラット・デ・ギア」)、次男のカワヤン、三男のカブニャンとなるらしいのですが、その子たちは幼い時からタヒミックのこれまた増殖するドキュメンタリー映画『虹のアルバム』(1981~94)の出演者として、観客にはお馴染みなのです。あのかわいい金髪少年がこんなに大きく成長して...と、東京国際映画祭2018で上映された『それぞれの道のり』に登場した三男カブニャン(このTIFFの上映レポートはこちら)に続いて、本作では次男カワヤンを見ることができます。
(C)Kidlat Tahimik
こんな風にタヒミック作品は相互につながりを持っており、『500年の航海』に合わせて他作品も見てみると、また新たな発見があったりします。それを考慮して、今回のロードショーでは「キドラット・タヒミック特集」を同時上映し、観客にタヒミックの魅力を多面的に伝えようとしています。というわけで、シアター・イメージフォーラムでの上映は、こんなスケジュールになっているのでした。
まさに、「タヒミック祭り」ですね。この際、どっぷりとタヒミック・ワールドにハマってみて下さい。『500年の航海』の予告編はこちらです。
キドラット・タヒミック 『500年の航海』予告編
最後に、監督近影をオマケに付けておきましょう。現在76歳。まだまだ映画を増殖させそうなキドラット・タヒミック監督でした。
<追加情報>明日の初日、さらには次の日曜日にも、監督が来場しトークがあります! 詳しくは、こちらをご覧下さい。初日は、次男のカワヤン・デ・ギアと一緒に登壇のようです。お楽しみに!!