集中力要りました〜。
お借りした相関図。

後半のドラマは、曹操の孫曹叡(曹丕の息子) が後継者となり
魏の司馬懿(しばい・スゥマーイ)と、蜀の宰相 諸葛亮(孔明)との
知謀合戦となっていきます。
48話では諸葛亮(孔明)が書いた、有名な「出師表(すいしのひょう)」が出てきます。
諸葛亮は、蜀漢の建国者劉備の時代から仕えて、息子 劉禅にも仕えました。
ブログのお友達は「アホ劉禅」と言ってましたが(頼りなくて幼児のようで私もそう思う)
この人に宛てて書いた名文が披露されています。
「出師表」とは、臣下が出陣する際君主に奉る文書のことです。
一般的に「出師表」とだけ書いていたら、諸葛亮の文書を指すと言われるほど
この出師表は名文です。
蜀の宰相 諸葛亮と司馬懿との対峙と攻防戦の中、魏と蜀を天秤にかけて
利に走った諸侯によって、魏は、南安、天水、安定の3郡を奪われてしまいます。
ここで、街亭という場所が糧道となる要所で
魏から守るため、諸葛亮に馬謖(ばしょく)が名乗りを挙げ
魏将軍と共に蜀の25000の兵を引き連れて出陣します。
諸葛亮は馬謖に、街亭では満遍なく布陣しろと命じますが
馬謖は、兵法に長けている自分は、宰相に従うだけの武将ではないと
山上に布陣したため、川べりで陣を張って
水源への道を塞いだ魏軍から、焼き討ちに遭い、街亭の戦に惨敗します。
この惨敗に対して、蜀王劉禅が馬謖の赦免文を届けるも、時すでに遅しで
愛弟子を斬首した諸葛亮は涙を流しながら
「自らの不明を恥じて泣いている」と嘆いて
失態をしでかした臣下を断罪したという故事から
「泣いて馬謖を斬る」という諺(古事成語)は生まれました。
諸葛亮が病没、魏の曹叡も39歳という若さで早世し
魏では幼い陛下に代わり、武将曹真の息子の曹爽が朝廷を取り仕切り
宦官も好き放題の乱れた朝廷になっていきますが
司馬懿は、棺桶に半分足を突っ込んでいるような
家族も嘆くような醜態の老人になっていき
観ている側も、司馬懿はこのまま老いさらばえて行くのか、、と。
これ以上我慢ならないと言う、曹爽の傍若無人な振る舞いの中
司馬懿が突然覚醒した様に、私兵3000人と、二人の息子と要人を引き連れて
不意打ちに魏の武器庫を破り、曹爽の屋敷に軍が乗り込み
曹爽側を鎮圧するシーンは、溜飲が下がるような気分になりました。
周囲を騙していた策士司馬懿の真骨頂の、非常に面白い場面でした。
この後朝廷の安寧は戻り、司馬懿は洛陽で73歳で逝去します。
西暦263年 蜀の劉禅が戦わずして魏に投降し、蜀は滅亡。
西暦265年 司馬懿の孫 司馬炎が禅譲を受け皇帝となり
国号を「晋(しん)」と称し、その後「呉」が降伏して
三国が「晋」に帰することとなります。
最後に流れるBGM
「15歳で従軍し戦に明け暮れて、80歳で戻ってきた郷里は知る人もなく
自分の家では雑穀がはびこり葵が生えていて、葵を摘んで汁を煮ても
食べてくれる人は居ない」と民謡のような歌が流れて
人と人との騙し合い、探り合い、身内でも疑心暗鬼の乱世の
長年にわたる攻防の果ての哀れをしみじみ感じる、悲しみ漂うエンディングです。
少々疲れました。
気分直しに役者さんたちの写真でもどうぞ。


司馬懿/ウー・ショウポー 妻 張春華/リウ・タオ



長男 司馬師/シャオ・シュンヤオ 次男 司馬昭/タン・ジェンツー
二人はミュージシャンのようです。



下男 浩吉/シー・ライ
下男の「こうきつ」と司馬懿のやり取りが、最後までユーモラスで笑えます。

司馬懿を信頼しているものの、間者として送り込んだ女性 拍霊筠(はくれいいん)。
非常に聡明で品があり、時には司馬懿の策略に助言もします。
司馬懿に惹かれていて、曹丕逝去後側室となり
奥方 張春華が亡くなった後は司馬懿の世話をし続けます。
「2度目のロマンス」でヒロインを演じたチャン・チュンニン。