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山岳ガイド赤沼千史のブログ

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南アルプス鋸岳縦走7月25、26日

2014年08月24日 | ツアー日記

ずっと怒っている岩とずっと怒られてる岩

鋸岳は南アルプスのほぼ北端に位置する岩稜の山だ。これより北側の山は標高も下がって樹林の山となり入笠山へ達している。甲斐駒ヶ岳を出て本日の宿泊予定地の六合石室に向かう。南アルプスでは珍しい花崗岩の稜線を北上する。北沢峠からのきつかった登りを思うと鼻歌交じりの快適な下りだ。だが、このルート、地図上の表記では破線の熟達者向きルートである。踏み後は所々いくつかに別れルートファインディングの要素もあるから、それが楽しさでもあり、気をつけなければいけない所だ。

 途中登山道脇に二羽のメス雷鳥を見かけた。普通なら雛を連れ立っている季節だが、何故かメス二羽で砂浴びをしていた。子育てに失敗したのか、はたまた雛たちを猛禽や獣にやられてしまったのだろう。いるのはメス二羽のみだった。砂浴び中の雷鳥はあまり逃げることをしない。めんどくさいから折角作った砂浴び場を放棄したくないのか、足と羽で掘った浴槽にじっとうずくまって、僕らを警戒しながらも時々バタバタ自分の体に砂を掛けていた。お陰で至近距離で撮影が出来た。

砂浴び中じゃましないでね。

 六合石室は現場で切り出された岩を使った結構立派な避難小屋だ。かつてはトタン屋根は穴だらけで、土間はいつもじくじく湿って、とてもじゃないがテントが無ければ泊まれない状態だったが、10年ほど前に屋根が新しく架けられ、雨漏りの心配は無くなった。土間の半分には床も張られ10人ぐらいなら床の上に泊まることが出来る。

 込んでいないことを祈って小屋に入ったが、先客は女性三人と男性ひとりのパーティーが居た。遅れて男性二人。その日の宿泊者は8人となった。他にも少し離れてテント泊が二張り。結構賑わったこの日の六合石室周辺だった。天気の心配が無かったのと、夜中に星空の撮影をしたかったので、僕は石室の一段上にあるいつもの岩屋でツェルトを被って寝た。夜中にふと目が醒めると天の川が滝のように仙丈ヶ岳に流れ落ちていた。寝る前にミニ三脚にセットしておいたカメラのシャッターを押す。まどろみの中30数えてシャッターを切ってまた寝た。

 僕らは空がようやく白んで来る頃、朝一番で出発した。狭い登山道の脇にある草には夜露が降りて僕らの足下を濡らす。ヘッドランプは直ぐに必要なくなって秩父辺りから朝日が昇って来ると、栂の樹林を斜光が真っ赤に染めた。7月の末は天候が安定するから、僕は毎年こんな日の出を味わって居るような気がするのだ。「ああ、もう一年経ってしまったんだな」などとふと思う。

シナノコザクラ

 あまりスッキリしない樹林の稜線を登ったり降りたりしていった。中ノ川乗越を越え、鋸岳第二高点まではガラガラのガラ場を登る。踏み後を外すと足下はグズグズと崩れ、とてもではないがまともには歩けない。慎重にぼくらは登った。

 第二高点からはいよいよ鋸岳のハイライトが始まる。ここから鋸岳までの稜線上は脆く急峻な岩稜帯である。まずは大ギャップを避けるように下り鹿窓ルンゼを登り上げる。粘土質の道に、ぼろぼろの小砂利が混じって緊張する道だ。見上げれば名所中の名所「鹿窓」がぽっかりと空を空かして居る。鹿窓ルンゼは岩が脆く歩く度にぱらぱらと小石が転がり落ちるほどで、鎖を頼りに登ること自体はさほど難しくないが、同行者に落石を落とさぬ事へ気を遣う。大勢で同時行動はとても出来ない場所だ。

鹿窓ルンゼ バラバラの岩場

 鋸岳はやはりこの鹿窓を通過することにひとつの意味があると思う。鹿窓は、稜線直下にぽっかり空いた岩の穴だ。なぜこんなものが出来上がったのか不思議であるが、それは南アルプス林道からもよく見えて、バスのドライバーさんも車を止めて説明をしてくれる。そんな珍しい岩穴に、しかも登山ルートが通っているというのも面白い。ここ以外、この稜線を通過出来る場所は無いのである。

ミヤマハンショウヅル

 鹿窓を通過して稜線に戻り、小さく岩峰を乗り越えて小ギャップへ下る。脆いスラブ斜面に、鎖がぶら下がっているが、脇の草付きにあるジグザグ道を通った方が圧倒的に安全である。いったい何のための鎖なのだろうかと不思議な感じだ。最後は小ギャップの垂壁をよじ登れば危険箇所は終わる。ほっとするこの一瞬。岩場の怖さというよりは、落石に気を遣う事から解放される感じが強いかも知れない。スッキリと晴れたこの日、鋸岳からの眺望はバツグンだった。

 実は、ここからが鋸岳の一番恐ろしいところが始まる。下山路は鋸岳をあとにして、角兵衛沢を下るのだが、ここは悪名高い、ガラガラのガレ場である。行き交う人が作った踏み後もあるにはあるが、この踏み後を忠実に辿ることは、未経験者には難しい。特に下りの場合は僕らでも直ぐ道を見失う。不安定な石に乗ると辺り一面の岩が不気味に崩れ、足下をすくわれる。転んだり、捻挫をしたり、そんな恐怖が1時間以上も続く。鋸岳までは余裕で歩いてきたぼくらも、この下り道でほとほと疲れ果てるのだ。果てしなく感じるこの下りが早く終わってほしくて仕方が無いのだ。はたしてこれは道と言えるのか?・・・・・何度通っても疑問である。それは怒りさえ込み上げる程で、角兵衛沢の中間にあるオアシス「大岩」を過ぎると道は普通の登山道になるが、そこまではひたすら我慢の下り道だった。

ギンロバイ

オアシス

 この日も、良い天気だった。朝の斜光もそうだが、戸台川を飛び石で渡って広大な河原を歩く時の灼熱地獄もこのルートのいつもの風景だ。水流はやがて伏流し、広大な河原はまるで砂漠のようである。陽炎が行く手を揺らす。吹き抜ける風は熱風となり、僕らの汗は瞬く間に乾かされて行くのが解る。手ぬぐいを頭から被ったり、傘を日傘代わりにしたり色々やるが、白砂の照り返しは容赦なく僕らの体力を奪うのだ。

「♪月の~、砂漠を~~はある~、ばると~~~~♪」

などと歌いながらこんな砂漠を2時間。鋸岳の天辺までは余裕だったはずなのに、戸台にたどり着く頃にはへとへとの僕らであった。

 仙流荘にて入浴、伊那名物のローメンは最近不評なので丸亀製麺でスッキリ讃岐うどんを頂く。伊那市駅解散。

鋸岳全容

砂漠に息絶えたカモシカ