日刊 2007年(平成19年)6月1日 金曜日 発行
2007年の風景 ・・・ 新開ボクシングジム 戦う理由<1>
警官との両立「聞いてみたかっただけ」
川崎市の、小さなジムから1人の、若いボクサーがタイトルに挑戦する。 プロ、練習生あわせて総勢20人の弱小ジムは、その開設以来初の挑戦に、初のキャンプを張り、資金難のジム経営を乗り越え、大きな舞台へと歩を進める。 タイトル戦は明日2日、行われる。 夢の実現へ、この物語はまだ進行中である。
三枝明日タイトル戦
「2月7日」、であったと記憶している。
財団法人日本ボクシングコミッション(以下JBC)事務局長、安河内剛(45)はこの日、局員の内田尚文(48)から手渡されたA3サイズのコピーを眺め、「まさか」と小さな驚きの声を上げた。
そのコピーは今しがた、内田がパソコンに連結された印刷機から取り出したもので、ボクサーの名前、所属、生年月日、戦績などが羅列されたものである。 そのリストの、上から5番目。 「登録日1月25日」の部分にはこう名前が印刷されている。
「三枝健二・新開ジム、24歳」。
スーパーフライ級3位、堂々の日本ランカーである。 しかも三枝は2月21日に、メーンイベント8回戦で、入夏元気(船橋ドラゴン)と戦うことになっており、この試合を無難にこなせば、日本タイトル戦も視野に入ってくる。
「その三枝君が警察官になろうってわけかい」。
安河内は自席のソファに寄り掛かり、自問した。 ボクシングを捨てる? まさか。
JBCは年も明けた1月、「警視庁警察官・職員採用説明会」開催を決め、1月23日、東日本地区のボクシングジム、140ジムへ、この説明会開催案内をファクスで一斉送信した。 引退後のボクサーが「第2の人生」をより豊かに送ってもらうにはどうしたらよいのか。 セカンドキャリア制度導入の手始めとして安河内は警視庁とタイアップし、この試みに着手した。
開催日は2月15日、場所は後楽園ホール5階展示会場。 現役ボクサー、ライセンス取得経験者からの出席の意思は、ジムからのファクス、本人からの電話による表明で、その連絡の締め切り日が、「2月7日」、水曜日だった。
安河内が手にしているのは、その締め切り後の集計、出席するボクサーらのリストなのである。
出席予定者76人の中には、前WBCスーパーフライ級川嶋勝重(32)、元ライト級王者久保田和樹(28)らの名前はあったが、すでに現役ではなく、その応募の動機は十分理解できる。
「まぁ、ボクシングと警官を両立できるのか、三枝君が確認したかった、ということでしょう」と安河内は考えた。 その推量は正しく、2月15日の説明会で三枝は質疑応答の場面になると手を上げ、こう聞いた。
「ボクシングをやりながら働けるのでしょうか、教えてください」。
当然のことながら、警視庁採用担当官から公務員の兼職禁止を告げられると三枝はすぐに引き下がった。 「そうでしょうね。 そう思っていました。 ただ聞いてみたかっただけなんで」と素っ気ない。
川崎市高津区坂戸にある「新開ボクシングジム」で三枝を出迎えたジム会長、新開徳幸(60)も 「最初から聞くだけだと思っていたよ。 だからJBCから連絡があって、三枝が出席したいと言ったときも気楽に送り出したんだ。 ボクシングをやめるわけなどないだろ。 三枝はこれからチャンピオンになる男なんだからな」と言って、ニヤリと笑った。
(敬称略)
【石井秀一】
2007年の風景 ・・・ 新開ボクシングジム 戦う理由<1>
警官との両立「聞いてみたかっただけ」
川崎市の、小さなジムから1人の、若いボクサーがタイトルに挑戦する。 プロ、練習生あわせて総勢20人の弱小ジムは、その開設以来初の挑戦に、初のキャンプを張り、資金難のジム経営を乗り越え、大きな舞台へと歩を進める。 タイトル戦は明日2日、行われる。 夢の実現へ、この物語はまだ進行中である。
三枝明日タイトル戦
「2月7日」、であったと記憶している。
財団法人日本ボクシングコミッション(以下JBC)事務局長、安河内剛(45)はこの日、局員の内田尚文(48)から手渡されたA3サイズのコピーを眺め、「まさか」と小さな驚きの声を上げた。
そのコピーは今しがた、内田がパソコンに連結された印刷機から取り出したもので、ボクサーの名前、所属、生年月日、戦績などが羅列されたものである。 そのリストの、上から5番目。 「登録日1月25日」の部分にはこう名前が印刷されている。
「三枝健二・新開ジム、24歳」。
スーパーフライ級3位、堂々の日本ランカーである。 しかも三枝は2月21日に、メーンイベント8回戦で、入夏元気(船橋ドラゴン)と戦うことになっており、この試合を無難にこなせば、日本タイトル戦も視野に入ってくる。
「その三枝君が警察官になろうってわけかい」。
安河内は自席のソファに寄り掛かり、自問した。 ボクシングを捨てる? まさか。
JBCは年も明けた1月、「警視庁警察官・職員採用説明会」開催を決め、1月23日、東日本地区のボクシングジム、140ジムへ、この説明会開催案内をファクスで一斉送信した。 引退後のボクサーが「第2の人生」をより豊かに送ってもらうにはどうしたらよいのか。 セカンドキャリア制度導入の手始めとして安河内は警視庁とタイアップし、この試みに着手した。
開催日は2月15日、場所は後楽園ホール5階展示会場。 現役ボクサー、ライセンス取得経験者からの出席の意思は、ジムからのファクス、本人からの電話による表明で、その連絡の締め切り日が、「2月7日」、水曜日だった。
安河内が手にしているのは、その締め切り後の集計、出席するボクサーらのリストなのである。
出席予定者76人の中には、前WBCスーパーフライ級川嶋勝重(32)、元ライト級王者久保田和樹(28)らの名前はあったが、すでに現役ではなく、その応募の動機は十分理解できる。
「まぁ、ボクシングと警官を両立できるのか、三枝君が確認したかった、ということでしょう」と安河内は考えた。 その推量は正しく、2月15日の説明会で三枝は質疑応答の場面になると手を上げ、こう聞いた。
「ボクシングをやりながら働けるのでしょうか、教えてください」。
当然のことながら、警視庁採用担当官から公務員の兼職禁止を告げられると三枝はすぐに引き下がった。 「そうでしょうね。 そう思っていました。 ただ聞いてみたかっただけなんで」と素っ気ない。
川崎市高津区坂戸にある「新開ボクシングジム」で三枝を出迎えたジム会長、新開徳幸(60)も 「最初から聞くだけだと思っていたよ。 だからJBCから連絡があって、三枝が出席したいと言ったときも気楽に送り出したんだ。 ボクシングをやめるわけなどないだろ。 三枝はこれからチャンピオンになる男なんだからな」と言って、ニヤリと笑った。
(敬称略)
【石井秀一】



