michigan's

〜my everyday life, とりあえずの日常〜

40年前の後悔と24時間テレビ

2024-09-01 09:46:00 | 日記2024
中学の時、ブラスバンド部に入っていた。

当時は元々の生徒の人数も多かったので、
ブラバンも結構大所帯。

レベル的には、県大会などでは、
中央で力を入れている私立校などにはそれは及ばなかったけれど、
郡部ではダントツ。

顧問の音楽教師(男性)も熱心でレパートリーも多く、
年に一度の定演以外にスポーツの試合の開会式など、
あちこち演奏に行く機会がありました。


ある時、私と同じ学年でパートリーダーだった女子部員が顧問に向かい、

「先生、私たち、施設に慰問に行きたい!」

と突然言い出しました。

するとわずかのうちに話はトントン拍子で決まったようで、
少し先のクリスマスに合わせて、
「施設の子供たちに音楽で暖かいクリスマスを届けよう」
ということになりました。

そのブラバンには一年遅れで入部し、
そもそもその「陽キャラ」「超自信家」のパートリーダーとは全く「友だちではない」タイプだった私。
そういう中心的な女子グループにヘロヘロ言いなりの顧問にも、あまり良いイメージを持っていなかった。

(実はその彼女、気に入らない誰彼に、次々陰で陰湿なイジメや嫌がらせをしていた。被害を受けたのは私や私の知る2、3人だけかと思いきや、卒業後「誰に聞いてもみんなAちゃんにいじめられたって言う」と、高校も彼女と一緒だった各方面からの証言(ー ー;))。


そしてそのクリスマスコンサートの日。
既に暗くなった学校をバスで出発し、
海の近くにある施設に着いたのでしたが、
真っ暗な山の中で、どこをどう来てそこに着いたのか、私は全くわかりませんでした。
そもそも、それくらいの距離にそんな施設があることさえ知りませんでした。

そこの、そこそこ広い食堂のような部屋でコンサートが始まりました。

前に座っているのは、20〜30人?の小学生かそれ以以下くらいの子供たち。

何曲かのクリスマスソングと、
覚えてないけれど、子供にも受けそうなアニメソングか何かを数曲演奏して、
顧問だったか部長だったかが短い挨拶をして、
ミニコンサートは淡々と終了。
座っていた子供たちは立ち上がって、各自自分の部屋に帰って行きました。

自分たちの演奏で、施設の子どもたちにクリスマスの雰囲気を届けられたということで、
言い出しっぺのパートリーダー含む陽キャラグループはとても満足しているようでしたが、、、


終わった瞬間、
私は見てしまったのです。

聞いていた子供たちの中の、
「あら、こんな大きい子もいたんだ」と思う中学生ぐらい(つまり、私たちと同年代)のボーイッシュな女の子が、
一人真っ先に席を立ち、
私たちの方には目もくれず真っすぐ出口に向かってツカツカと歩いて行き、
バーンとドアを開けて出て行ったのを。

怒ってる?
別に楽しくなかったのかな…。

私も子供だったから、何かモヤモヤを抱えただけでその日は終わりました。


  〜❇︎〜❇︎〜❇︎〜❇︎〜❇︎〜❇︎〜

時間が経つにつれて(いや、結構自分が大人になってからのことだと思うけれど)、
あの時のあの女の子、
いや、もしかしたら彼女だけじゃなく、彼女ほどあからさまな行動は取らなかったにしても他にも、
別に嬉しいとも楽しいとも思えなかった子がいたんじゃないのか。

小さい子たちはただ喜んでアニメソングを聞いてくれたのかもしれないけど。

同年代の、何の不自由もなく学校に通い、高い楽器を買ってもらって部活なんかしている子たちに突然「慰問」されて、
その気分じゃないのに食堂に集められて、突然暖かいクリスマスを〜、
などと言われても…。

私が反対の立場だったら、そう思ってしまいそうです。

別に怒っているとかそういうのでなくても、多感な時期。
特に「同年代」ということで、私たちの側の無神経な善意の押し付けを快く思わない子がいたとしても不思議ではなかったと思うのです。

特に私の方は、
実はその慰問というイベントそのものが、
かのパートリーダーたちの、 
  
もっと発表の場が欲しい

という自分たち本位の理由に端を発しているのをしっかり知ってしまっていたもので…(ー ー;)


————————————————

昨夜から「24時間テレビ」で、
芸人のやす子さんがマラソンランナーとして頑張っています。

子供の頃、児童養護施設で育ったということや、自衛隊に入った経緯なども公表して、

「自分たちのことを気にかけてくれる人がいるんだと知ることが嬉しかった」、
「あの時嬉しかったことを今度は自分がする番」

ということで、
全国の児童養護施設について広く知って欲しい(それも、「何か特別なものではない」と思ってもらえるようになってほしいと「身をもって」行動していらっしゃいます。

彼女の口から出る言葉は、
うーんと考えさせられ頭の下がることが多いです。

彼女も番組の中で、
施設にいた時には「反抗期だったので、親身になってくれた先生に対して素直になれなかった」
ことを告白していました。

思春期、反抗期、様々な事情。
いろんな子供たちが家庭以外で一緒に暮らすのは、たぶんとても大変なことで、
当然いろんなこと、いろんな毎日があることでしょう。


彼女についてのVTRを見ているその場の出演者たちは、
こう言ってはナンだけれど、
若いアイドルのような子たちと、経験を重ねた芸能人たちとでは、
コメントの重みがどうしても違う。
(…のが、私も見えてしまう歳、かなf^_^;)


…というようなことで、

40数年も前のあの児童養護施設への慰問はやっぱり、
「私たちの自己満足」
の部分が多かった、
という部分でどうしても罪悪感が拭えずここまで来た私。

それをせめて埋め合わせるために、
昨日は番組のQRコードから、気持ちばかり寄付をしました。

(この番組の寄付のシステムについては過去いろいろあったのは知っているけど、昨日のはやす子さんへのせめてもの応援。


それにしても、
同じスタジアム内を何度もグルグル走るだけなのは却って辛そうです(⌒-⌒; )

やす子さんには、身体を壊さず、
これからも明るく元気を届けてほしい^_^


————————————————

昨日はほぼ一日、
押し入れの古い本、
古い記録と格闘していました。

大した写真がないので、
季節外れだけどまた箱買いして昨日届いたお素麺f^_^;





揖保乃糸、黒帯。
(うち、ここだけ贅沢w)

お素麺もですが、揖保乃糸って、
木箱のこのロープワークが結構感動ものなのです。





昔ながらの縄とかではないけど、
結構しっかり締まっている。

そして私はこの後、こういう使い方もしています↓



家を空ける時の「せめてもの」地震対策(^◇^;)


コメント