ちょこっと、息ぬき。

「いきいきと、生きていたいね。」

いきいきと、生きていたいね。(16) 

2006-05-28 00:36:07 | Weblog

★車中泊旅行に出てようやく1週間近く経ちました。どのようなペースで行程を進めば1日どれくらいの距離を移動できるかがつかめてきました。

  9月7日。泊めてくれた友人とご両親には厚くお礼を申し上げて遠軽を後にしました。この近辺も知っている地名や観光名所が目白押しでしたので、駆け足で移動することにしました。

  サロマ湖を臨み、北見市に抜け、網走教務所に立ち寄りました。そこから山道をとおり美幌峠に到着しました。この峠は高校のときに修学旅行に来た際、おいしいジャガイモの天ぷらを食べてすごく感動したことを覚えていました。

  しかもその先にある屈斜路湖でわたしは強烈な思い出となる出来事に遭遇しました。

  修学旅行は高校2年のときでした。屈斜路湖についたところ、バス移動であったため体を動かさないでいた鬱憤が爆発し、ボートを借りて友人たち数名で湖上ボートレースに興じることとなりました。時間もかなりあったため岸からかなりの距離まで漕ぎ出していました。おかげで遊覧船に衝突しそうになるのをようやくのことで避けたかと思うと船の通り過ぎた後の大きな波で湖上に身を投げ出しそうになったりしました。

  その直後のことです。徐々に岸辺に近寄っていっる最中、わたしの乗っていたボートに向かって学生服を着た女子学生が3人、こちらに向かって一生懸命手をふっているのです。

  わたしの通っていた学校は男女共学でしたが、なぜだか修学旅行は男女別日程にて行なわれましたので、北海道の地で女子学生の知り合いはいないのです。はじめは何かの間違いかと思いましたが、明らかにわたしに向かって手を振っているのです。

  何が起こったのかと不思議に思っていたところ、その3人の女子生徒のうちの一人がわたしにむかって大きな声で叫んだのです。

  その叫んだ単語は、わたしが中学3年のときにクラスメートに付けられたニックネームだったのです。

  何が起こったのかわからずとにかく岸にたどり着きましたが、叫んだ女子生徒の姿はもうそこにはありませんでした。岸辺にいた友人に確認したところ、声の主はわたしが中学3年のころに好きだった同級生だったようです。

  飛行機で着た修学旅行の地に、同じ時間に居合わせたらしいのです。彼女は駐車場で自分の乗っていたバスを降り立ったところ、わたしが入学した学校のネームプレーとを付けたバスがそこにあるのを見つけ、わたしがその場にいることをわたしの同級生たちに尋ねて確認してくれたようです。

 やっとわたしがどこにいるかがわかったときには、彼女はもう出発しなければならない時間になったようです。そして、わたしの友人が「あのボートを漕いでるよ」と教えたので、わたしに向かって叫んだようです。彼女はそのままその場を立ち去りました。

  あとで友人にそのいきさつを聞いたとき、すごく切ない気持ちになりました。「会いたかった」「なんでボートなんか漕いでたんだろう」

  後悔しました。しかたのないことですが。

  もしそのとき湖畔で彼女と対面できていたら、ひょっとしたら違う人生を歩んでいたかもしれないといまだに思っています。旅行で再びその土地に立ったときも高校2年のときのある風の強かった日のことを思い出してしんみりとした心持になりました。

  その日の夜は川湯温泉の旅館に泊まりました。

                                                                                                                                                                                                                                                            


いきいきと、生きていたいね。(15) 

2006-05-20 00:23:54 | Weblog

★車に寝泊りする旅行のリズムにもようやく慣れてきました。広い北海道を早くぐるりと回りたいですが、知り合いにも会いたい。そのせめぎ合いでした

  9月6日。快晴。クッチャロ湖畔で目を覚ましました。太陽のきらめきが湖面に跳ね返り、起きたばかりのわたしの目に刺激を与えました。目が覚めてまず視界に入るものが広い水面であるというのは初めての経験でしたが、自分がどこかの外国にいるかのような錯覚に陥りました。

  でも目がさえてくるにしたがい、やっぱりそこはまぎれもない日本でした。

  国道238号線を南下し、紋別市に向かいました。紋別港の近くのスーパーマーケットで食パンときゅうりとマヨネーズを買いました。スーパーの店員さんに頼んで水道できゅうりを洗わせてもらい、パンにはさんでマヨネーズをギュっと絞りこんでコショウをふってバリボリ食べました。最高の食事でした。

  少し戻り国道273号線に入り、遠軽に向かいました。途中、月見橋という小さな橋のたもとに車をとめてしばし北海道の並木と浅瀬のある川でこの土地独特の風景を満喫しました。川には鮭が遡上してくるような気がして、またその鮭を狙って熊が茂みから出てくるような気がして、少しどきどきしながらただただボーッとして過ごしました。

  そこから、高校のときに修学旅行で来たことのある層雲峡に行きました。そこはほとんどざっと見て通り過ぎてしまいました。  この日のメインは実は知り合いにアポなしで会いに行くことでした。遠軽の牧場を親御さんと経営している友人に会いたかったのです。前もって連絡をしておいた方がいいかとも思いましたが、そうするといろいろと気を遣ってくれることがわかっていたのであえて突然会いに行って、少しでも話ができればそれでよしとしようと決めていました。

  自宅に行ったところ、友人に会うことができました。突然わたしが目の前に出現したのでかなりびっくりしていましたが、非常に喜んでくれました。ただ昼間のことだったのでどうしても仕事があり、ゆっくり話ができない、だから今夜は自宅に泊まっていけと言ってくれたのです。

  わたしはそんなことは夢にも考えていませんでしたが、ご両親まで出てきてそう言ってくださったのでここでもまた甘えることにしました。でもただ泊めてもらうだけでは申し訳ないので友人の仕事を手伝わせてもらうよう頼みました。

  生まれて初めて牛の世話をすることになりました。糞の始末やら、えさを所定の場所に置いたり、体をふいたり、乳をしぼったりしました。乳搾りはわたしたちがふだんできないからといって、普段やらない時間帯にわざわざやってくたようでした。

  手で絞るやり方を教えてもらい実際やらせてもらいました。アニメのアルプスの少女ハイジで見たことのある光景を、まさにそのとき自分が体験していたのでした。その絞った牛乳は夕食のときに出していただきました。濃厚で少し甘みのあるその味はいまでも鮮明によみがえります。

  翌日は網走経由で、同行者の知り合いの旅館に泊まる予定です。

  


いきいきと、生きていたいね。(14) 

2006-05-14 10:00:52 | Weblog

★今日は、北海道の最北端である宗谷岬に向けて走ります。視界の半分が青い海になると感じた国道232号線沿いを北上です。

 

  9月5日。お昼前にはノシャップ岬に着きました。ここで憧れの「うに丼」を食べました。うす曇りの天気だったと思いますが、その天気の割には白い灯台がくっきり記憶にのこってます。そのすぐ下にある食堂で、1000円か1200円かだったと思いますが、堪能しました。大満足です。

 

  次は宗谷岬です。おみやげ屋を覗いたり、屋台で売っていたおいしそうなものを見て回っているうちに夕暮れがせまってきました。小雨も降り始めたので移動開始です。

 

  今度は最北端の地から南下です。浜頓別という町のクッチャロ湖畔でビールを飲んでから寝ました。昨日から入浴していないのですが、これまでの行程のなかで銭湯のある町を夕方以降に通過することがなかったのではいれませんでした。

 

  明日の目標は、層雲峡と北見の遠軽にいる友人のところにアポなしで行くことと銭湯を探すことです。

 

  もう1つ大事なことがありました。それはトイレです。どこにあるのかを、町のつくりや雰囲気から嗅ぎだす本能を働かせねばやっていけません。見つけられなかったら、屋外でやるしかないのです。

 

  タクシーや宅配便の仕事をしている方々の苦労を身をもって経験させてもらいました。ただこのトイレのことだけですが。

 


いきいきと、生きていたいね。(13) 

2006-05-07 14:23:08 | Weblog

★車の中で寝泊りする旅行にいよいよ出発。最初の2週間は北海道で過ごすことだ けしか決めていませんでした。

 

  出発の予定日は9月1日でしたが、アルバイトの関係で1日送れての出発となりました。9月2日の午後9時、旅の前半だけ同行することになった高校の後輩と合流し、高速道路で青森に向けて出発しました。

 

  朝の6時半に青森の港に到着。天気はよかったのですが、少し風が強かったため白波が立っていた光景は記憶にとどまっています。7時20分から11時20分までフェリーに乗り函館に到着しました。

 

  とにかく北海道に上陸したことがうれしくて札幌にいる友人に電話したところ、「せっかく来たのだから是非泊まりに来い」と言ってくれたのでその言葉に甘えることにしました。車内に泊まるつもりの旅の初日に、車ではないところに泊まることになりました。面白いめぐり合わせです。

 

  9月4日。この日はドラマ「北の国から」で有名な富良野に行こうということになりました。ドラマ自体をわたしはそんなに熱心には見ていませんでしたが、テレビ画面ではチラッチラッと風景などは目にしていたのですごく楽しみでした。

 

  午前10時ころに出発し、昼食を滝川市でとり、きれいな川沿いの道をたどって富良野に着きました。富良野農協に行くと、いろんな農作物が並んでいました。もちろんメロンもありました。夕張メロンというのでしょうか、オレンヂ色の果肉で甘みの非常に強いおいしいメロンでした。旅行中の者だとわかったのか多くの人が「おみやげにメロンはいかが」と声をかけてきました。おかげでたくさんの人と話ができた上に、メロンの試食でお腹がいっぱいになりました。

 

  それから「北海道のおへそ」にも行きました。農協で買い物をしているときに教えてもらったのですが、調べなおしていないのでいまひとつ曖昧ですが、確か北海道の形を板で切り取ったときにその重心となる地点であるいうことを聞いたような気がします。

 

  それもその「おへそ」は小学校の校庭の隅にありました。記憶違いでなければそうだったと思います。そこの小学校の生徒の何人かと話をしたことを覚えています。

 

  そこからどこに行くかを決めなければなりません。まあおおまかに北海道も一周したいのでとにかく稚内に向けて移動することにしました。富良野から北上し、旭川で「旭川ラーメン」を食べようということになりました。わたしの手帳のメモには「『神楽のよしの』」でミソチャーシュー麺を食べた」と書いてありますが、神楽って地名のことだと思います。この店もどうやって調べたのか覚えていません。いくつかあったラーメン店のなかから選んだのだと思います。駐車場に車が多く止まっていたからなのか、タクシーが多く止まっていたからなのか、「ぴあ」かなんかの雑誌で調べていたのか、はっきりしません。

 

  夕食後、留萌に向けて走り出し、日本海に面した国道沿い(小平町花岡近辺)で夜の11時ころ、今日は本当に車内で就寝です。