DIAMOND online (山谷剛史:中国アジアITライター)
2024年9月8日
Photo:NurPhoto/gettyimages
中国ではネットショッピングが盛んだが、その裏で「爆買い→大量返品」という奇妙な購買行動がブームになりつつある。ショップにとっては迷惑以外の何物でもないが、このトレンドを追い風に、収益を上げている意外な企業が存在する。その実名と、中国人による奇妙な購買行動の動機を詳しく解説する。(中国アジアITライター 山谷剛史)
よく閲覧され、よく買われるが よく返品される!
世界一のEC(ネット通販)取引額を記録する中国で、ユーザーからの返品の多さが問題となり、多くのショップが頭を抱えている。
特にひどいのが女性向けアパレル商品だ。現地の報道などによると、中国ECプラットフォームにおける返品率は、少し前までは10%程度だったのが、30%、60%と急上昇。今では80%~90%に達することもあるという。
レディース服を取り扱うECサイトは「よく閲覧され、よく買われるが、よく返品されている」。それが今の中国EC業界の実態だ。
中国のEC企業は、毎年6月18日(618商戦)と11月11日(独身の日セール)に大規模なセールを開催する。このうち今年の618商戦では、とある女性向けアパレルショップの返品率が80%に達して話題となった。
「独身の日セール」の配送現場 Photo:Tao Zhang/gettyimages
この店ではもともと、セール当日の売上高が約1000万元(約2億円/1元=約20円換算)に達していた。だが、その約8割が返品されたのだ。
顧客に返金したり、返品された商品を処分価格で販売したりした結果、損失額は50万~60万元に膨れ上がった。つまり、セールに参加して大儲けしたはずが、1000万円以上の赤字が出たわけだ。
この店だけではない。特に今年の初め以降、女性向けアパレルを扱うECストアの多くが「返品率のジレンマ」から抜け出せず閉店している。
ネット通販の潮流に乗り 「ライブコマース」を始めた企業も大損
「TikTok」運営元のByteDanceが中国向けに展開しているショート動画SNS「抖音(Douyin)」のクライアント企業も例外ではない。Douyinではインフルエンサーがライブ動画を配信しながら商品を宣伝する「ライブコマース」が人気で、利用者を増やしてきた。
特に中国人女性はインフルエンサーが着ている服や化粧に魅せられ、「同じものを買いたい」と勢いよく購入するケースが多い。だが昨今は「買ってみたら思っていたのと違った」と返品する例が続出している。それだけではなく、「よその店のほうが安かったから返品する」というのもよくある理由になっている。
では実際に、中国の消費者は、どんな感覚で返品システムを使っているのか。
中国人の妻と子供と一緒に、中国で暮らす日本人の「華村」氏は、テキスト配信サービス「note」の記事で、度を越えているように見える「妻の返品事情」について触れている。以下、ご本人の許可を得て、その一部を掲載しよう(※改行位置は一部変更しているが、それ以外は原文ママ)。
「(前略)うちは双子が産まれたわけでも、もちろん隠し子がいるわけでもないのですが、なぜ2台のベビーカーが必要なのでしょうか。答えは、嫁が2台とも試してみたいからとりあえず注文してみた、ということでした。どちらがよいかを比較し、気に入らなかったほうは返品してしまえばいいというわけです。
(中略)僕の知る限りでは中国では買ったものの返品、とりわけネット通販におけるそれは日本より非常に簡単で、特段の事情がなくとも手軽に行えます。手続きもアプリからすぐにできますし、商品の種類による制限もほとんどありません。金額も多くの場合は満額で返ってきます。
嫁はこの手軽な返品を利用し、いろいろなものを試してはすぐに返品する癖があるのですが、ベビーカーに関してもその癖が出たようです。」
( 『中国の簡単すぎる返品、むしろ消費者にとって損じゃないか説』より)
さらに、華村氏の妻はベビーカーだけでなく、シーツも返品していたとのことだ。
シーツをたたもうとする夫を「なんか違う」と止めた妻
「(前略)ようやく一つのシーツを選び、注文しました。すると翌日、さっそくシーツが届きました。中国はネットショッピングが発達しているので、大抵のものは(住所や買ったものの出荷場所にもよりますが)1日か2日もすれば手元に届きます。現代文明さまさまです。シーツ選びに迷った時間もこれでチャラです。
届いたシーツを開封し、とりあえずソファの上に広げてみます。うんうん、まあ悪くないんじゃないか。これでようやくソファが使えるようになるぞ。じゃあ、さっさと洗濯機に入れて洗うとするか……とそそくさとシーツをたたもうとする僕の手を、嫁がやおら静止してきました。そして『なんか違う』と言い始めてしまったのです。
そしてたたんだシーツを洗濯機に入れるのではなく、それが送られてきたときの箱に戻して、『返品しましょう』と嫁は言い始めました。スマホで手早く返品の手続きを始める嫁。(中略)ほどなくして集荷のおっちゃんが来て、届いたばかりのシーツを持っていきます。そして嫁はまたアプリと睨めっこを続け、また1日ほど悩んだ挙句、新しいものを注文しました。
――というやりとりを、すでに2回繰り返しています。要はその次に来たシーツも嫁は気に入らず、さっさと返品してしまったのです。」
(『返品が簡単すぎるのも考えものだな、と思った話』より)
こうした取引が当たり前になっている背景には、中国の法律がある。中国には「消費者権益保護法」なるものが存在し、購入後7日以内であれば理由なく返品や交換ができる。この法律は本来、消費者の権利と利益を保護し、電子商取引業界の健全な発展を促進することを目的としていた。
というのも、もともと中国では詐欺師や怪しい業者も多く、赤の他人とは「騙し騙される」関係性が当たり前だった。加えて道路状況も悪く、物流網も未発達だったため、企業・一般消費者の双方にとって、国産ECサービスは気軽に手を出せるものではなかった。米国発のECプラットフォーム「eBay」のほうが人気だった時代もある。
30万円のサングラスを爆買いし “転売できない”と返品する人も
こうした環境下でECの寵児・阿里巴巴(Alibaba)が急成長し、淘宝(Taobao)や天猫(Tmall)が普及した要因は、上記のとおり国が保障を手厚くし、騙された消費者の泣き寝入りを抑止したためだ。
そして時代は変わり、ネット上の取引で知り合った赤の他人を無条件に信頼する人も増えてきた。売り物がどんな状態か分からず、一昔前には到底購入できるものではなかった「中古商品」の取引も、若者主導で盛り上がるようになった。
中国における小包の集配所(画像提供:山谷剛史)
その弊害として、ネットネイティブの若者が外の世界に出た途端に、昔ながらの詐欺師に騙される事例もわらわら出てきているようだ。そんな呆れた話もありつつも、新型コロナウイルス禍を経て、非対面・非接触で人気商品が買えるライブコマースが台頭。「返品可能」の仕組みも相まって、さらに普及が進んでいった。
ただ、返品が当たり前になれば悪用する人も増えるもので、その後は転売するために「まとめ買い」をして、売れなければ返品する猛者が出現するようになった。
ある16年経営しているサングラス販売店は基本的に返品率が低く、年間を通じて15%前後だという。だが「中古ECサイトの閑魚(Xianyu)で売りたい」と言う理由で30万円近い商品を次々と注文する客が現れ、要望通りに販売したところ、「やっぱり閑魚で売りにくい」という理由で返品されたという。
他のショップでも、半年のうちに77台もスマートフォンを購入し、全て返品した人がいる。こうした迷惑ユーザーの中には、Alibabaの設定する「返品送料保険」を悪用し、返品時に「送料」を補償してもらうことで、少額ながら金銭を得ている人もいるそうだ。
返品率が高まり、商品のやり取りが増えることで儲かるのは迷惑客だけではない。配送業者や宅配ロッカーの事業者も収益を上げている。
爆買い→返品ラッシュ」の裏で こっそり儲けた企業の実名
香港証券取引所に上場予定の中国の宅配ロッカー大手「豊巣(Hive Box)」は、特に返品ブームの恩恵を受けた企業だ。中国の都市のさまざまな場所に設置された宅配ロッカーが、商品の受け取り・返品の両面で活躍。長らく赤字だったが、今年に入り黒字化している。
多くのマンションに設置されている宅配ロッカー(画像提供:山谷剛史)
また、返品率が高ければ高いほど、より多くの販売業者が貨物保険に加入する必要があるので、保険会社も得をする。
この状況を苦慮し、間もなく迎える11月11日(独身の日)のセールに“乗らない”予定のショップも多いという。そのためAlibabaや低価格ECサイト「拼多多(Pinduoduo)」の運営元は、消費者への補償をキープしつつも、ショップに負担をかけない措置を講じ始めている。
ちなみに、今回お伝えした内容は中国国内だけの話にとどまらない。昨今、中国系ECプラットフォーム企業は世界進出を加速させているが、各社はサイトに中国同様の返品システムを導入している。
ECプラットフォームの運営企業は「気軽に返品可能」というサービスの売りにできるものの、出店しているショップにとってはたまったものではない。海外での返品率の高さに頭を痛めている販売者も出てきているようだ。「なんか違う」と言い出す顧客が、全世界に広がる日もそう遠くないかもしれない。
*左横の「ブックマーク」から他のブログへ移動
※コメント投稿者のブログIDはブログ作成者のみに通知されます