日経BizGate (桜美林大学大学院特任教授 山田周平)
2024年6月13日
本稿では前回 (https://bizgate.nikkei.com/article/DGXZQOLM089RL008052024000000)までに、中国で官民を挙げた半導体国産化の動きが加速していることを確認してきた。しかし、米制裁のため先端IC(集積回路)向けの製造装置は輸入できず、国内の装置メーカーの技術力にも限界がある。結果として、中国における増産投資の多くはICの集積度が低い成熟技術を使う「レガシー半導体」に流れ込んでいる。
半導体製造装置の販売額 中国の伸びが突出
半導体の国際団体SEMIなどが発表した2023年の中国における半導体製造装置の販売額は366億ドル(約5兆6500億円)と前年に比べ29%増え、国・地域別で最大の市場だった。世界全体では1%減少しており、中国の伸びが突出している。アジット・マノチャSEMIプレジデント兼最高経営責任者(CEO)は2023年11月末、中国について「成熟技術に対する強い需要と購買力を示している」とコメントしている。
製造装置の有力業界団体がまとめた中国の新規顧客リスト(2023年9月時点)には、20カ所近い新工場の建設計画が並んでいる。集積度が28ナノ(ナノは10億分の1)メートル以上と最先端から10年以上遅れ、米制裁の対象外であるレガシー分野の投資案件ばかりだ。具体的な生産品目では、レガシーの中でも特に電圧や電力の制御に使う「パワー半導体」が目立つ。
パワー半導体を内製化 EV全体のコスト競争力高める
興味深いのは、新工場のリストに電気自動車(EV)で世界シェアを急速に伸ばしている比亜迪(BYD)グループのパワー半導体工場が3カ所も載っていることだ。パワー半導体はEVにおいて、動力源となるバッテリーとモーターの制御に欠かせないキーデバイスである。バッテリーが祖業であるBYDはパワー半導体も内製化することで、EV全体のコスト競争力を高めようとしている。
BYDが「ジャパンモビリティショー2023」で公開したEVプラットフォーム
米中の半導体摩擦の長期化に伴い、半導体以外のIT(情報技術)機器の供給網でも世界規模の変化が確認できるようになってきた。米国際貿易委員会(ITC)の統計では、米国の2023年の中国からの輸入額は前年比で20.3%減となり、国・地域別の輸入元でメキシコに次ぐ2位に転落した。2007年から占めてきた首位の座を譲っており、品目別ではノートパソコンとスマートフォンで減少が目立つ。一方で、ノートパソコンではベトナムからの輸入(前年比296.8%増の78億6100万ドル)、スマホではインドからの輸入(同327.8%増の49億3700万ドル)が急増している。
パソコンやスマホの生産では前々回の記事で触れた通り、中国に巨大な工場群を持つ鴻海精密工業などの台湾のEMS(電子機器の受託製造サービス)会社が長年、世界シェアの大半を握ってきた。ICなどの基幹部品を日米韓台から輸入し、中国工場の人海戦術で割安に完成品へと組み立て、米国を中心とする世界市場に出荷する国際分業が定着していた。
鴻海が組み立ての約6割を請け負ってきた米アップルのスマホ「iPhone」が代表例だ。しかし、2018年以降は本稿で検証してきた半導体の輸出入規制や米中双方による追加関税の賦課などで国際分業の条件が激変している。米顧客が台湾EMSに対し、サイバーセキュリティーに関わるIT機器を中国以外で生産するよう求める例も報告されている。
ベトナムやインドは近年、台湾EMSが新たな工場を設ける場所として頻繁に取りざたされてきた。2023年にはこれらの国々で新工場の運営が軌道に乗り、IT機器の供給網における脱中国が貿易統計でも確認できるまで進んだ可能性が高い。
「もしトラ」で米中を含む世界のIT供給網に波乱が起きる可能性
2024年以降の米中半導体摩擦を展望するうえで、最大の不確定要素は2024年11月の米大統領選挙だろう。すでに民主党のバイデン大統領と共和党のトランプ前大統領による再戦の構図が確定している。本稿で検証してきた通り、対中半導体規制はトランプ政権が通信機器大手の中興通訊(ZTE)との取引禁止で発動し、バイデン政権が先端IC全般における対中包囲網に発展させてきた。どちらが当選しても、米国側が一方的に譲歩して半導体摩擦を収束させる方針転換は考えにくい。
ただ、トランプ氏が2025年に政権の座に復帰すれば、米中を含む世界のIT供給網に波乱が起きる可能性は高まりそうだ。トランプ氏は米メディアの取材で「台湾は米国から(半導体)ビジネスを奪った」「中国からの輸入品に60%超の関税を課す」などと発言している。これらが正確な認識なのか、あるいは経済合理性があるかは別にして、関係国・企業にはいわゆる「もしトラ」への備えが欠かせなくなっている。
一方で、米バイデン政権は2023年12月、防衛、自動車など米重要産業における中国製レガシー半導体の利用・調達について2024年1月から調査を始めると発表している。実際に、4月に訪中したイエレン米財務長官は中国側に対し、補助金を背景としたEVや太陽光パネルの過剰生産能力が市場の競争を阻害していると伝えたもようだ。
このうちEV生産は、背景にキーデバイスであるパワー半導体の大増産があることは前述した通りだ。従来は安全保障に直結する通信や人工知能(AI)に偏っていた米政府の対中半導体規制は今後、自国メーカーの保護という産業政策の要素を加え、対象が広がっていく可能性がある。
日本企業は米中摩擦に過度に萎縮せず、中国ビジネスを是々非々で継続を
本稿ではここまで、7年目に突入した米中半導体摩擦の経緯を振り返り、2024年11月の米大統領選が次の転機になるシナリオを指摘した。この状況に日本の政府・産業界はどう対応すべきだろうか。大きく2点を提言したい。
ひとつは日本企業が米中摩擦に過度に萎縮せず、中国ビジネスを是々非々で続けることだ。半導体製造装置が好例だ。日本半導体製造装置協会(SEAJ)によると、2022年の日本製装置の中国販売額は9496億円だった。前年比では微減だったが、国・地域別では全体の26%を占める首位を維持した。2023年も高水準だったとみられる。
中国では2024年以降もレガシー半導体への旺盛な投資が続き、当面は台湾や韓国と並ぶ得意先である公算が大きい。中国では北方華創科技集団(NAURA)など地元の製造装置メーカーが急成長しており、日本メーカーは中国勢がライバルに育つことをけん制する観点からも対中輸出を積極的に続けるべきだ。もちろん、米制裁の抜け穴を探るような輸出を行い、米国とのビジネスを失うことがあってはならない。
中国の製造装置最大手NAURAの「セミコン・チャイナ」の展示ブース
日本の利益を総合的に考慮した中国対応策を
もうひとつは米制裁に追従するだけでなく、日本の利益を総合的に考慮した中国対応策を打ち出すことだ。米制裁は従来、中国が通信やAIで技術覇権を握ることを阻止する意図を強く打ち出してきた。ただ、日本にとっては自動車や製造装置など自らの得意分野で中国企業が力をつける方が脅威だ。むしろ、米政府が最近、対中制裁の軸足をEVなど日本の利害に深く関わる産業政策に移してきたことに目配りした方がよい。
中国は日本にとって安保上の脅威だが、半導体分野では依然として大きな商機でもある。日中関係で安保と経済のどちらか一方を重視しすぎるあまり、日本全体でみた利益が小さくなる事態は避けなければならない。
山田 周平
日本経済新聞社で台北支局長、産業部キャップ、中国総局長などを歴任し、2023年より桜美林大学大学院特任教授。 専門は中華圏の産業動向・経済安全保障など。中国、台湾関連の共著を多数執筆。早稲田大学政治経済学部卒業、北京大学外資企業EMBA修了。
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