**馬耳東風**

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中国の侵略 (中米ニカラグアに新運河建設)

2015-12-04 | 世事諸々
中国は昨年(2014年)中米のニカラグアでパナマ運河を凌駕する地上最大規模の運河建設に着手しました。これまで大西洋と太平洋を繋ぐ船舶の通路にスエズ運河とパナマ運河があるのは周知の通りですが、その二つの運河に加えてニカラグア大運河の建設が、なぜか、中国人の手によって始まっているのです。

地図でみると、アメリカ大陸と南米大陸を結ぶ細長い紐の部分が中米で、その先端のパナマには、大西洋と太平洋を結ぶ全長80キロのパナマ運河が1914年アメリカの建設で完成していて(昨年運用100周年記念を祝った)今日まで海上運輸の要となっています。ニカラグアの立地はそのパナマ運河のある国パナマと、間に小国コスタリカを挟む隣接国で地図上は並行して見える場所になります。

2014年に中国系で香港籍のHKND(香港ニカラグア開発)によって新運河の設計施工は始められ建設は進んでいます。総工費500億ドル(6兆円)で建設資金のすべてをHKNDが調達し、2019年度中に完成させる予定とのことです。

HKNDは北京に本社をもつ信威通信産業集団〔会長王靖〕によって2012年香港に設立された会社でニカラグア運河建設のための基軸会社です。ニカラグア政府との契約はこの会社との間で取り交わされ、その内容は運河完成後50年間、その後更に50年間更新可能とし、運河の経営権はHKNDにあるとするものです。


ニカラグア政府は更に、運河の両端(太平洋口と大西洋口)の港湾浚渫と自由貿易区の整備建設、さらにはリゾート開発の利権をもHKNDに与えているのです。これにより運河沿岸地域全長に渡って中国系企業の管轄となり、運河の経営権を含めてこの広大な地域一帯が、事実上100年の間、中国の租借地となるということです。そして、おそらく数百万人の中国人がニカラグアに移住可能となるのです。

イギリスはかって戦勝による賠償で中国から香港を租借地として取得していました。それは99年間の期限後既に返還されていますが、今中国は戦争によらず経済力によって、巧妙な駆け引きのみで中米の地に広大な租借地を得ることになったのです。両大洋を結ぶ新運河建設と、その完成後100年に亘る運河の経営権と、租借地開発や運河の周辺事業による膨大な権益を一手に握ることになるのです。

新運河の必要性は喫緊のもので、近年の船舶による物流量の増加は留まるところを知らず、パナマ、スエズ両運河とも慢性的な渋滞状況で、なおかつ最近益々大型化するタンカーやコンテナ船の多くは許容量を越えてパナマ運河では受け入れ不能で、やむなく旧来の迂回航路〔スエズ運河経由〕を選択する状況のままなのです。

ニカラグア新運河は設計の段階から水深・幅員ともに巨大船舶のすべてを通行可能にするもので、閘門でのリフティグ機構も(HKNDによると)最新のものでスピードアップになるということです。パナマ運河通過時間は現在約24時間ですが、それを大幅に短縮出来るだろうということです。

実のところ、アメリカ合衆国はニカラグアに新運河を建設する計画を誰よりも早く考えていたのです。2006年ニカラグアの首都マナグアで開催された米州国防相会議では、ニカラグアを東西に横切る大運河構想、として議題に上っていたのです。この年の世界海上貨物量は10,529百万トンと推定されていて、そのうちパナマ運河を通過したのは300百万トンで2.8%に過ぎず大きな需給ギャップがあったのです。ニカラグア大運河構想ではその完成により別途416百万トン、世界海上輸送量の4%を受け持つ事が出来るとされたのです。

しかしこの構想はその後進展しなかったのです。パナマ運河方式では太平洋と運河との高低差32メートルを数段階に分けて閘門内で水位調整をして巨大船舶をリフトアップ・ダウンさせる技術的困難さが指摘され、またニカラグアは地震国なのでその対応も検討されなければならなかったのです。資金調達問題もあったことでしょう、それにパナマ国の反対もあったに相違ありません。


近隣に競争相手ができるのを好まないのは当然なことです。そこで新たにパナマ運河拡張案が別に提案されて了承されたのです。それなら資金調達も数分の一で済み、容易で実現可能なので急遽パナマ運河拡張計画が実施されることになったのです。パナマ運河拡張によりこれまでの3倍の貨物量通過が可能として輸送量の問題も解決とされたのです。そのため、アメリカによるニカラグア新運河構想は後退し具体化しなかったのです。

ニカラグア政府の落胆は大きく、アメリカに裏切られたと思ったことでしょう。無理からぬことです。長年、大運河を建設して、その運用による通航料など膨大な収益を国の主要財源にする(パナマのように)のが念願だったからです。その強い欲求もあったところに、突然、殆ど唐突に、中国が、表面的には香港拠点の(NGO)のHKNDが具体的な新運河建設計画を提示して来たのです。ニカラグア政府は一も二もなくそれを受託したのでした。

アメリカに相談することはなかったのです。(ニカラグアはそれまで中国と国交はなく台湾とあったので、香港拠点の会社との契約は中国が表面にでないだけ好都合だったようです)

一方、パナマ運河拡張工事は2007年に開始され、以来、工事は着々と進んでいて今年、2015年末には完成予定となっているのですが、それでも問題はすべて解決される訳ではないのです。現在のところ大型船舶の8割は通行可能とされ、運河の幅員をそれまでの30米から50米まで拡幅したのですが、事前の打ち合わせがなかったのか、日本のエネルギィー戦略の今後の主力と目されるLNG(液化天然ガス)用Qフレックスと呼ばれる大型輸送船がどうやら通れそうにないのです。

この輸送船は最大幅が50米で、拡張後のパナマ運河の許容幅が49米なのです。僅か一メートルの余丈で通過できないということなのです。LNGに関しては搬送にQフレックス大型輸送船が使用できなければメリットはないとのことで、パナマ運河の拡張も日本にとっては万全とはいえないようなのです。

今後、世界のエネルギィー事情は大きく変わるそうです。中東依存度が減り、日本向け天然ガス(シェールガス)もその最大の供給源となるのはアメリカで、それもテキサス、オクラホマ、ルイジアナ、ペンシルバニアで、いずれも東海岸(大西洋)が積出港となるのです。そのため、パナマ運河通過が不可能ならやむなくスエズ運河経由となるのですが、日本までの所要日数が5-10日余分に掛かり、その分大幅なコスト高になるそうです。LNGは予想される年間輸送量が膨大なものだけに、運輸コストはエネルギィー選択の要になるとのことです。そうなるとニカラグア大運河の完成は日本にとっても幾ばくか期待されるものとなりそうです。

スエズ運河は地形的に両大洋の水面と運河水面の高低差がゼロで、そのため建設が容易だったので、当初から航路に十分な幅員と深度を有していて、現在運航中の全ての船舶がスムースに通行出来る余裕をもっているのです。一方、パナマ運河と新ニカラグア大運河は海洋と陸地横断面との高低差が32米を越えるというハンディキャップがあるのです。それだけに建設にあたっては閘門への給排水システムなど船舶リフティングに伴う技術面での困難があるそうです。中国の新ニカラグア大運河建設に一抹の不安があるとすればこの閘門設計(未公開)の難事をどのように克服しているか、ということのようです。

中国は戦略を持った国です。アメリカが躊躇している問題にすっと入ってくるのです。また人権問題その他で経済制裁を受けている国など、世界のいたるところにあり、その様子を見て制裁当事国の欧米の鼻先からすっと(トンビに油揚げで)手を差し伸べて利権をもぎ取り、その積み重ねで侮りがたい経済進出を世界で果たしているのです。ニカラグア大運河建設にしても同様で、ニカラグアのオルテガ大統領の反米姿勢がアメリカの同国への巨大投資を躊躇わせるであろうと、先読みしていて準備を怠らず、機敏にその機会を逃さなかったといえるのです。

二カラグア大運河には軍事的戦略も当然含まれているのです。中国の空母や戦艦、潜水艦などこれまで両大洋を最短距離で行き来することが出来なかったものが自国の管理下にある新運河なら全てを可能にしてくれるのです。アメリカは当然その点に関しても、いまさらながら失態を痛感して切歯扼腕していることでしょう。ニカラグア大運河が今後百年、アメリカにとってどれほどの戦略的な負目になるか・・・今なら想像できるでしょうか。アメリカは将棋でいうところの(差し違え)をしているのです。

オバマ大統領という思わぬエポックメーキングを捉えて中国はしゃにむに躍進しているかに思えます。かってないほど弱体化している(ように見える)アメリカは、妙に穏和で、自国の目と鼻の先に大胆にも巨大なネズミ穴、通行路を掘られているのを呆然と見ているだけなのです。

その昔、ケネディ大統領はアメリカの目と鼻の先の(同じカリブ海の中の)キューバにフルシチョフがミサイル基地を設置すると激怒して、世界戦争も厭わぬ剣幕で海軍を差し向けキューバを包囲した経緯が記憶に残っています。フルシチョフはポーカーゲームに負けてミサイル基地を撤去したのです。それがかってのアメリカであり、アメリカだったのです。

新ニカラグア大運河は予定通り2019年に完成しないまでも、数年の遅れで貫通するのは疑いないところです。中国はアフリカのスーダンその他に幾多の巨大ダムを建設しているのです。土木技術の優位性に疑問の余地はないのです。