2023年9月、「東海村歴史と未来の交流館」で開催されていた夏季企画展「村松軌道100周年記念 村を走った幻の小さな鉄道 —村松軌道—」を訪れた。
村松軌道は常磐線石神駅(現・東海駅)と、名所・村松虚空蔵尊の手前、阿漕ヶ浦付近に存在した阿漕駅を結んでいた軽便鉄道である。詳細な説明は他に譲るが、当初企図した村松虚空蔵尊の門前への乗り入れは果たせぬまま、実質的な運行期間わずか6年ほど(企画展パンフレットによる)で幕を閉じた軽便鉄道であり、「幻の小さな鉄道」という企画展のタイトルに偽りはない。
さて、展示内容で驚きだったのが、かつて東海駅西口にあった「東海タクシー」の車庫(待機所?)に隣接していた古めかしい建物に村松軌道の古レールが使われていたというもの。
(2018-11撮影)
上の写真がその建物。「何か古い建物があるな」程度の考えで撮ったスナップであるが、このあと駅西口の再開発でこの建物は車庫と共に取り壊されてしまった。その解体工事の最中に村松軌道の古レールが「出土」したというのである。企画展パンフレットによれば、レールには「ET USA IG40」という刻印が確認できるとのことである。気になる方は「廃線系鉄道考古学Vol.4 」(イカロス・ムック)を参照されたし。
さて、この建物は村松軌道の発起人の一人であり、後に代表取締役も務めた根本秀之介氏の所有だったということである。村松軌道と「東海タクシー」には何らかの関連がありそうだ。
(2021-9撮影)
取り壊されてしまった東海駅西口の「東海タクシー」であるが、東海村内では原研前にも営業所があり、こちらの建物は現存している。ただし、最近は営業している様子はなく、「東海タクシー」は閉業してしまったものと思われる。盛業中はきっと村松虚空蔵村への参拝客も運んでいただろう。
ひっそりと閉業したタクシー会社と幻の軽便鉄道、両社に思わぬ繋がりの可能性を見出した企画展訪問であった。
村松軌道は常磐線石神駅(現・東海駅)と、名所・村松虚空蔵尊の手前、阿漕ヶ浦付近に存在した阿漕駅を結んでいた軽便鉄道である。詳細な説明は他に譲るが、当初企図した村松虚空蔵尊の門前への乗り入れは果たせぬまま、実質的な運行期間わずか6年ほど(企画展パンフレットによる)で幕を閉じた軽便鉄道であり、「幻の小さな鉄道」という企画展のタイトルに偽りはない。
さて、展示内容で驚きだったのが、かつて東海駅西口にあった「東海タクシー」の車庫(待機所?)に隣接していた古めかしい建物に村松軌道の古レールが使われていたというもの。
(2018-11撮影)
上の写真がその建物。「何か古い建物があるな」程度の考えで撮ったスナップであるが、このあと駅西口の再開発でこの建物は車庫と共に取り壊されてしまった。その解体工事の最中に村松軌道の古レールが「出土」したというのである。企画展パンフレットによれば、レールには「ET USA IG40」という刻印が確認できるとのことである。気になる方は「廃線系鉄道考古学Vol.4 」(イカロス・ムック)を参照されたし。
さて、この建物は村松軌道の発起人の一人であり、後に代表取締役も務めた根本秀之介氏の所有だったということである。村松軌道と「東海タクシー」には何らかの関連がありそうだ。
(2021-9撮影)
取り壊されてしまった東海駅西口の「東海タクシー」であるが、東海村内では原研前にも営業所があり、こちらの建物は現存している。ただし、最近は営業している様子はなく、「東海タクシー」は閉業してしまったものと思われる。盛業中はきっと村松虚空蔵村への参拝客も運んでいただろう。
ひっそりと閉業したタクシー会社と幻の軽便鉄道、両社に思わぬ繋がりの可能性を見出した企画展訪問であった。
神戸港付近にて岡本海運のJFE N1 & 清丸。プッシャー・バージ方式のRORO船でバージがJFE N1、プッシャーが清丸です。神戸の街並みと「飛鳥Ⅱ」が友情出演。
(阪九フェリー「せっつ」より 2023-8-27)
「太平洋セメント」というよりは「チチブセメント」ですね。
須賀川方の「かまぼこ型踏切」とのコラボ。
現在はSSとして機能しているのでしょうか?
(3枚とも 2022-7-2)
Kodak Ultramax 400/現像:奈良写真現像屋さん