テニスと読書とデッサンと!

波間に現れた思い出。

中学生の頃、父と釣りに行った海。

遠い記憶なのであやふやなのだけれど

当時ここはこんなに美しく

護岸整備がされていなかったと思う。

陸地には野原が広がり、

延々と続く真っ直ぐな堤防と

海から吹き寄せる強い潮風、

波が堤防に砕ける音、

そしてその波がときおり細かな波飛沫となって

堤防を乗り越えてきたのを覚えている。

 

その日、朝から始めた釣りは

一向にアタリらしきものがなく、

冬の寒さにすっかり指先が悴んで

もう終わりにしようかという夕方近く、

リールを巻き始めると手応えを感じた。

「なにかかかっているんじゃないか?」

父の言葉がぼくを興奮させる。

ドキドキしながら巻き上げてみると

仕掛けの先にはぼくの掌よりも

小さなマコガレイがかかっていた。

魚屋で見かけるものよりもずいぶんと小さい。

それでもちゃんとカレイの形をしている。

そのことがなんだか不思議に思えた。

隣で糸を垂れていたおじさんが

タバコを口に咥えたまま拍手してくれた。

「お前に会いにきてくれたんだな」

父にそう言われると急にバケツの中に

入れるのがかわいそうになってしまった。

カレイは大抵の場合

針を飲み込んでしまうものなのに

このカレイは幸い針が口先で止まっていたため、

ぼくはカレイの口から慎重に針を外してやり、

バケツに入れようか逃そうか迷った。

一旦はバケツに入れてみたけれど、

結局逃してあげることにした。

釣りを始めてから初めてのカレイだったのに

どうしてぼくは逃したのだろう。

ただカレイがぼくの手から離れ、

再び海の中に吸い込まれていくのを見て

残念なような誇らしいような

すごく複雑な気持ちになった。

それを横で見ていたタバコを咥えたおじさんが

「ボク、えらいなぁ。逃したカレイ、

おじさんがもらっとくわ」と笑った。

父も笑った。でもぼくは笑わなかった。

たぶん心のどこか隅のほうに

悔しい気持ちもあったのだと思う。

 

この海を眺めていると

そんな昔のことを思い出してしまう。

海は当時のまま、陸地だけが変わってゆく。

そしてぼくの記憶はいま見ている景色の中に

知らず知らずのうちに

当時の面影をしばらく探してしまうのだ。


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