愛しのリビヤ

日本からの訪問者がそれほど多くないリビヤに滞在する機会を得た。そこでその経験を記録することにする。

レプティス・マグナ遺跡

2003-12-19 17:40:42 | リビヤ
正直言って小生はリビヤ最大のこの遺跡を見ることは諦めていた。しかし、帰国にあたりM社のS氏の配慮により調査をする機会を得たので、リビヤ観光をする諸氏のために少し紹介したいと思う。
この日も金曜日であり、午後2時半過ぎからM社トリポリ事務所のアデルさんの運転でS氏が案内してくれた。S氏にとってこれで2度目の訪問とのことであった。
12月19日なのに気温は19℃、信じられないような暖かさである。そこはトリポリから東へ約1時間半ばかりのドライブであるが、景色はベンガジと根本的には変らない。ただ印象に残ったのは、ベンガジに比べて緑が多いことである。木々も多いし地に這う草も圧倒的に多いように思う。確かにトリポリは建物も近代的で物量も豊富な大都会ではあるが、長く居たせいか田舎者の小生にとってはベンガジの方が馴染める感じがする。
直進すればベンガジを越えてエジプトまで行ける広い道路をやがて左折Uターンしてすぐに右折するとそこが目的地であった。アポロニアの遺跡に比べて幹線道路脇でなんだかあっけないような気の抜けたような今から遺跡調査だと意気込めるようなものは何も感じ取れないところにそれはあった。
それほど広くない未舗装の駐車場に入ると正面にガイド用の小屋があり、2人が手持ち無沙汰に人待ちをしていた。そこから少し離れた左側に土産物売り場があり、遺跡のロゴが入ったTシャツや民芸品などを売っていたが、客は皆無であった。
カメラを持って車から降りるとそこへは行かずに入口近くにある入場券売り場へ行く。入場料3LDとカメラ使用料5LDを支払って中に入る。生垣に挟まれた狭い通路を2分程歩くと、そこに神殿風の門が鎮座していて視界が広がった。思わず「すごい!」と感嘆の声を上げてしまうほど大規模な遺跡であった。

(チケット売場)
階段を下りる前に早速シャッターを切る。数少ない案内板をみると紀元後間もない頃の遺跡であり、世界遺産にも登録されていることがわかる。S氏の説明では何でもローマ帝国時代この地出身の5賢帝の1人がこれを造らせたそうである。

(世界遺産に登録されているという碑文)                (入ってすぐの正面にある門)

日本と違って順路というものがなく案内板もないため、S氏の案内でただぶらぶらと2人で歩きまわる。ここで彼ら彼女達は用を済ませたのか、ここで服を脱いで風呂に入ったのかと感心しながら、小生は時々脇道へ逸れ写真を撮り、ただすごいすごいを連発するのみである。ここはスーサとは異なり海岸近くで海水浴に最適なビーチもある。劇場にしてもアポロニア遺跡より随分大きい。ただ残念なのは金曜日の休日であるにも関わらず観光客が非常に少数であることである。

(トイレの跡)


(大劇場跡)
石畳の通路脇には大理石の柱や梁が倒れたままとなっており、修復する意思さえ垣間見られない。小生はここへ来た記念として薄緑大理石円柱のかけらと水仙の種を拾得してこっそりポケットに入れて持ち帰った。これは今も自宅に置いてある。

(このような梁や柱が倒れたままになっている)             (これで遺跡箇所が海岸線にあることがわかる)
2時半過ぎにホテルを出たが、すでに日は落ちて薄暗くなっている。ただ当てもなく歩いただけで1時間半居たことになる。結局ここでも何も買わず、ホテルへ直行する。
途中でアデルさんが車を停めると道端で売っている蜂蜜を買い求めた。ここでもほとんど花らしいものをみかけないので不思議に思っていたが、突然思い当った。それはオリーブである。この木はいたるところにあったのだが、花の色が緑なので同化して思い至らなかったのである。

(蜂蜜売り)
6時になり、アデルさんは道路脇に車を停めるとモスクへ礼拝にいった。15分は戻ってこないと思って諦めて待っていたが、5分で帰ってきた。もういいのかと聞くと、参加するだけでいいのだとの返事が返ってきた。このようなモスレムもいるのかと感心しながらリビヤ最後の日が暮れた。3月にマルタの資本で建てられた真新しいコリンシアホテルで二泊してリビヤもさよならである。