私は車で夜の新宿を目指した。
途中、私とカゲはいくつかのやり取りをした。
運転しながらの脳内での会話だ。
私「単独犯か?」
カゲ「そうです」
私「何者だ?」
カゲ「動物です」
カゲがいう動物とは、
この世に生を受けた動物のことではない。
見えない世界での玄妙な動物のことである。
一見、四つ足の動物に見えても、
必ずしも常時四つ足のままとは限らないし、
時には必要に応じて人型にも変化する。
羽が生えて飛ぶものもいるし、
危険を察知すると巧妙に姿を消すこともある。
そして何より、
この物質的な世の中で問題を起こすような動物は、
ほぼ例外なく気性が荒く、血を好む。
そうではない穏やかな動物もたくさんいるのだが。
私「なんでそんな動物なんかが・・・」
カゲ「・・・・・・」
私「所轄の手に負えないんだ?」
私は所轄という言葉をよく使う。
問題のある行動をしたものを取り締まる係の中で、
いわば地域の警察のような存在を指す。
カゲ「合体してるんです」
私「合体?」
カゲ「30体くらいが合体して一匹になってます」
私「・・・・・・」
カゲ「それで強くなってます」
私「ほう」
カゲ「・・・・・・」
私「所轄が狩れない理由はそれか・・・」
動物の中には、時にこういう相手がいる。
数十体が合体しているとさすがに強力になる。
ちなみに、
生粋の人型はあまり合体はしない。
したとしてもケンカになって別れやすいようだ。
私「なんで日本全国のあちこちで活動したんだ?」
カゲ「それは・・・」
私「・・・・・・」
カゲ「単純にテリトリーを全国に広げたというか・・・」
私「・・・・・・」
カゲ「全国に広げて憑依対象を増やしたというか・・・」
この世のものではない存在たちは、
ごく日常的に、物質的なこの世界に干渉している。
よくあるのが憑依である。
憑依とは、心へのハッキングのようなものだ。
人間の心に干渉して、狙い通りの行動を起こさせる。
狙った人間に何をさせるかはいろいろだ。
暴言、傷害、レイプ、殺人、さまざまなものがある。
そして、
ハッキングされて操られるようにやってしまった行為は、
基本的には衝動的な行動となる。
その結果その人間は、
あとから冷静に振り返ったときに後悔する。
なんであのとき自分はあんなことをしたのだろう、と。
憑依されやすい人間には、決まった傾向がある。
ハッキングされて暴力をふるってしまう人間は、
もともと暴力的な人間であるし、
憑依によって殺人を犯してしまう人間は、
元来、衝動的に人を殺してしまう可能性があった人だ。
反対に、
自分は絶対に盗みなどはしない、という意志の固い人なら、
どんなに誘惑的な状況でも、
どんなにハッキングが上手い者が憑依を試みても、
盗みを働いたりはしないものだ。
何事にも動じない堅固な心をもつ人間は、
霊的存在から心を陥落させられることは少ない。
とはいえ、
それほどの人物はほとんどいないわけだが。
カゲ「つまり・・・」
私「・・・・・・」
カゲ「手っ取り早く子供殺しをさせやすそうな・・・」
私「・・・・・・」
カゲ「そんな対象をほぼ毎日捕らえるために・・・」
私「・・・・・・」
カゲ「広い範囲で動いたようです」
随分と安直な手口だ。
よほど幼い血に飢えていたのだろう。
その、飢えに苛まされていた30体ほどの動物たちが、
寄り集まって合体したことにより、
突如、狂ったように連続憑依に及んだのだろう。
カゲ「犯行時の動画、見ます?」
私「え?」
カゲ「動物の記憶の中に残ってたものですが・・・」
私「そんなの入手したのか!」
カゲ「・・・・・・」
私「見せてみろ」
視覚とは異なる脳内のビジョンで、
私は犯行時の動画記録をついつい見てしまった。
車を運転している最中なので、
普通の視覚では車外の風景を見ているのだが、
それと並行して、脳内の映像を見ることも可能だ。
私はその凄惨な動画を、
ほんの数分の間だけ確認し、そして辟易とした。
その数分間はとても長く感じられた。
私「もういい、もう見たくない」
カゲ「・・・・・・」
私「十分だ」
カゲ「・・・・・・」
私「酌量の余地はない」
カゲ「・・・・・・」
私「ハンターたちを差し向けろ」
カゲ「はい」
ハンターとは、
私のカゲの中で、狩りを専門とする連中のことだ。
私のカゲはひとりではない。
いろんな分野の専門家たちが、驚くほど多く存在する。
それが私の特徴だ。
そしてそれが、
私がこれまで生き残ってこれた理由なのだ。