あ~、おなかすいた。タバコが吸いたい。
こんなに月がキレイで風も気持ちのいい夜なのに、
なぜ、お客さんは妖子のお店にこないのかしら?
お酒はあるし、お料理だってできる。お金が欲しいわ。ドレスを買いたいの。
来月のリサイタル用に新しいドレスを買わなければ・・・。
半開きのドアにもたれて、妖子はぼんやりと二ヶ月前のソロ・リサイタルの事を思い出していた。
それは駆け出しの歌手、妖子にとって初めての大きいステージだった。
大きいと言っても新宿コマ劇場ではない。オーナーが変わるたびにその内容も
ダンスホール、ストリップ、映画館、舞踏や演劇、と変わり
今はバンド演奏を中心とした、ライブハウスと呼ばれる収容客数300人程度の
ハコのステージ。大きかったのは、プレッシャーと希望、夢である。
たいした宣伝もしていなかったが、どこからか妖子の歌の評判を聞きつけ
集まった人々で満員となり、好評のうちにリサイタルは幕を閉じた。
まだ歌だけでは食べていけないため、BARを開いたのだがこちらのほうは
サッパリお客が入らない。不思議な感じだった。
こんなんじゃ、お店の家賃も払えやしないわ。
ためいきまじりにお店のなかへ戻ろうとしたそのときだった。
眼の前を「何か得体の知れない生きモノ」が猛スピードで横切った。
何を見たのか確認するために、自分の数秒前の記憶を再生したが
それは、透明の脚を持った毛のない猫?金目で腹が赤く点滅するネズミ?
触手と吸盤を持ったカラス?自分の知識と理解の範囲を超えていた。
しかし、冷静に、普通に考えてそんな生き物はいるはずがない。
強いて言うなら、タコに似ていたような気がする。しかしこの新宿のど真ん中を
タコが猛スピードで走っているなんて、そんなこと、ある?
見たと思わない事。それがいい。疲れているからきっと幻想を見たんだわ。
後ろ手にドアを閉め店の中に入った足下に、じっと妖子を見上げる
「何か得体の知れない生きモノ」の存在の気配と視線を感じた。
出てって!足下は見ずに心の中で叫んだ。そむけた視線の先にそれはもう一匹いた。
一匹どころではなかった。ざっと数えて七~八匹はいる。まさに四方八方に
「何か得体の知れない生きモノ」が店内を陣取っている。招かれざる客。
招かれざる客の一匹が、触手でバーボンの瓶を持ち、ラッパ飲みをしている。
もう一匹はジンとライムシロップを両手に持って飲み干し口の中でシェイクしている。
もう一匹はビールサーバーのハンドルを操作し、のどを鳴らしながらビールを飲んでいる。
開店祝いに贈られたシャンパンのマグナムボトルのコルクが、
立ちつくす妖子の頬の脇をかすめ飛び、薔薇色がかった金の泡が吹き出した瞬間、キレた。
あんたたちっ!出ていってよっ!私の大事なシャンパンをよくも・・・!
とっさにモップを手に取り、シャンパンの瓶に群がる招かれざる客達を一網打尽にすべく
振り下ろした。しかし逃げ足の方が一歩速かった。
新宿の街、月明かりの下、雑踏の中を猛スピードで逃げていく
「何か得体の知れない生きモノ」八匹を、もしDR.ムニェーニエが見たならこう叫ぶだろう。
「誰かあのブロッパスを捕まえてくれ!」
こんなに月がキレイで風も気持ちのいい夜なのに、
なぜ、お客さんは妖子のお店にこないのかしら?
お酒はあるし、お料理だってできる。お金が欲しいわ。ドレスを買いたいの。
来月のリサイタル用に新しいドレスを買わなければ・・・。
半開きのドアにもたれて、妖子はぼんやりと二ヶ月前のソロ・リサイタルの事を思い出していた。
それは駆け出しの歌手、妖子にとって初めての大きいステージだった。
大きいと言っても新宿コマ劇場ではない。オーナーが変わるたびにその内容も
ダンスホール、ストリップ、映画館、舞踏や演劇、と変わり
今はバンド演奏を中心とした、ライブハウスと呼ばれる収容客数300人程度の
ハコのステージ。大きかったのは、プレッシャーと希望、夢である。
たいした宣伝もしていなかったが、どこからか妖子の歌の評判を聞きつけ
集まった人々で満員となり、好評のうちにリサイタルは幕を閉じた。
まだ歌だけでは食べていけないため、BARを開いたのだがこちらのほうは
サッパリお客が入らない。不思議な感じだった。
こんなんじゃ、お店の家賃も払えやしないわ。
ためいきまじりにお店のなかへ戻ろうとしたそのときだった。
眼の前を「何か得体の知れない生きモノ」が猛スピードで横切った。
何を見たのか確認するために、自分の数秒前の記憶を再生したが
それは、透明の脚を持った毛のない猫?金目で腹が赤く点滅するネズミ?
触手と吸盤を持ったカラス?自分の知識と理解の範囲を超えていた。
しかし、冷静に、普通に考えてそんな生き物はいるはずがない。
強いて言うなら、タコに似ていたような気がする。しかしこの新宿のど真ん中を
タコが猛スピードで走っているなんて、そんなこと、ある?
見たと思わない事。それがいい。疲れているからきっと幻想を見たんだわ。
後ろ手にドアを閉め店の中に入った足下に、じっと妖子を見上げる
「何か得体の知れない生きモノ」の存在の気配と視線を感じた。
出てって!足下は見ずに心の中で叫んだ。そむけた視線の先にそれはもう一匹いた。
一匹どころではなかった。ざっと数えて七~八匹はいる。まさに四方八方に
「何か得体の知れない生きモノ」が店内を陣取っている。招かれざる客。
招かれざる客の一匹が、触手でバーボンの瓶を持ち、ラッパ飲みをしている。
もう一匹はジンとライムシロップを両手に持って飲み干し口の中でシェイクしている。
もう一匹はビールサーバーのハンドルを操作し、のどを鳴らしながらビールを飲んでいる。
開店祝いに贈られたシャンパンのマグナムボトルのコルクが、
立ちつくす妖子の頬の脇をかすめ飛び、薔薇色がかった金の泡が吹き出した瞬間、キレた。
あんたたちっ!出ていってよっ!私の大事なシャンパンをよくも・・・!
とっさにモップを手に取り、シャンパンの瓶に群がる招かれざる客達を一網打尽にすべく
振り下ろした。しかし逃げ足の方が一歩速かった。
新宿の街、月明かりの下、雑踏の中を猛スピードで逃げていく
「何か得体の知れない生きモノ」八匹を、もしDR.ムニェーニエが見たならこう叫ぶだろう。
「誰かあのブロッパスを捕まえてくれ!」