コリントの信徒への手紙 10章。
9 また、ある者たちがしたように、わたしたちは主を試みてはならない。主を試みた者は、へびに殺された。
10 また、ある者たちがつぶやいたように、つぶやいてはならない。つぶやいた者は、「死の使」に滅ぼされた。
11 これらの事が彼らに起ったのは、他に対する警告としてであって、それが書かれたのは、世の終りに臨んでいるわたしたちに対する訓戒のためである。
12 だから、立っていると思う者は、倒れないように気をつけるがよい。
13 あなたがたの会った試錬で、世の常でないものはない。神は真実である。あなたがたを耐えられないような試錬に会わせることはないばかりか、試錬と同時に、それに耐えられるように、のがれる道も備えて下さるのである。
14 それだから、愛する者たちよ。偶像礼拝を避けなさい。
15 賢明なあなたがたに訴える。わたしの言うことを、自ら判断してみるがよい。
16 わたしたちが祝福する祝福の杯、それはキリストの血にあずかることではないか。わたしたちがさくパン、それはキリストのからだにあずかることではないか。
17 パンが一つであるから、わたしたちは多くいても、一つのからだなのである。みんなの者が一つのパンを共にいただくからである。
18 肉によるイスラエルを見るがよい。供え物を食べる人たちは、祭壇にあずかるのではないか。
19 すると、なんと言ったらよいか。偶像にささげる供え物は、何か意味があるのか。また、偶像は何かほんとうにあるものか。
20 そうではない。人々が供える物は、悪霊ども、すなわち、神ならぬ者に供えるのである。わたしは、あなたがたが悪霊の仲間になることを望まない。
21 主の杯と悪霊どもの杯とを、同時に飲むことはできない。主の食卓と悪霊どもの食卓とに、同時にあずかることはできない。
22 それとも、わたしたちは主のねたみを起そうとするのか。わたしたちは、主よりも強いのだろうか。
23 すべてのことは許されている。しかし、すべてのことが益になるわけではない。すべてのことは許されている。しかし、すべてのことが人の徳を高めるのではない。
試錬と同時に、それに耐えられるように、のがれる道も備えて下さるのである。
*今行われている数々の圧政について、逃れ道を用意している。
例えば米騒ぎがあるが、別に米食わんでも生きていけるだろう?
肉によるイスラエルを見るがよい。供え物を食べる人たちは、祭壇にあずかるのではないか。
*イスラエル10氏族は日本で日本人に習い、神ヤハウェに対して罪を犯した。
主の杯と悪霊どもの杯とを、同時に飲むことはできない。主の食卓と悪霊どもの食卓とに、同時にあずかることはできない。
*悪霊については前から説明しているが、そういう存在はいない。
いても神ヤハウェの操る者である。神ヤハウェ自身が全てを操れる。
悪霊は例えであって、三位一体の神以外を崇拝、信仰してはいけないという事。
それとも、わたしたちは主のねたみを起そうとするのか。わたしたちは、主よりも強いのだろうか。
*神ヤハウェより自身が強いと思うなら、神ヤハウェを怒らせるといい。
すべてのことは許されている。しかし、すべてのことが益になるわけではない。すべてのことは許されている。しかし、すべてのことが人の徳を高めるのではない。
*全ての行動は許されているが、救いは聖書の1ルートのみである。
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