今日は心持ち早く職場を出て、いつもの商店街をはいったところ、思わず立ち止まった。
小振りの懐かしい食卓の虫除けカバーが、店頭になにげなくぶら下がっていたのだ。傘のように広げた状態で控えめに幾多の商品の間に佇み、パステルカラーの丸い模様が白地の網目についている。端にいかにもチャチな白いレースがついているのも、かえっていじましく郷愁をそそる。
ほしい!! いくらやろ?
500円!!
すぐさまどんどんお店に入って、元気そうな白髪のおばちゃんに「あれ、ください」と指差す。
「おたく、何人家族や?」
「5人です」
「ほしたら、もうちょっと大きいのやな」
見回せば、お店の中は昭和中期(40年代)の懐かしいものが、ぶらさがったり、陳列されていたり。しかも、全部売り物。
窒рチて作ったカゴは、私が子どもの頃、ご近所のおばちゃんたちが、野良仕事に出るとき、湯のみ茶碗を入れて、布巾をかぶせて田んぼに持っていったものだ。
カラフルなビニールチューブで編んだ、エコバッグの半分にも満たない容量の、しっかりした買い物カゴは、ご近所の食料品店で、ちょっとばかしの食品を買う時に、母親が下げていたものだ。
養鶏農家の家に、卵を買いに行く時にも持って行った。卵を買いに行くのは、私の仕事だった。
もっと昔のものだって! 洗濯板や背負篭、草鞋(わらじ)や火打石まであるらしい。時代劇のロケ班も、ここなら「わらじ」や「火打石」の調達は可能だ。
荒松商店のおばちゃんは、てきぱきとした人情家っぽい方で、熱に浮かされたようにうっとり状態の私に、ご満悦だったようにも思える。
VIVA! 荒松商店!
なにしろ250年前の宝暦11年(1761年/江戸時代:山東京伝が生まれた年!)より代々荒物品販売一筋の店として今日に至っているのだ。現代の生活品と昔からの道具が共存している、その陳列のミックス具合が絶妙。
ネット上で店頭の写真を探しだしましたので、「ちょっと、きて、みて」ください。「ほんまち商店街」の店舗紹介のトップです。↓
http://www.odakocci.jp/shoppingmall/honmachi/honmachi.html#1
虫除けカバーの写真は明日また。
小振りの懐かしい食卓の虫除けカバーが、店頭になにげなくぶら下がっていたのだ。傘のように広げた状態で控えめに幾多の商品の間に佇み、パステルカラーの丸い模様が白地の網目についている。端にいかにもチャチな白いレースがついているのも、かえっていじましく郷愁をそそる。
ほしい!! いくらやろ?
500円!!
すぐさまどんどんお店に入って、元気そうな白髪のおばちゃんに「あれ、ください」と指差す。
「おたく、何人家族や?」
「5人です」
「ほしたら、もうちょっと大きいのやな」
見回せば、お店の中は昭和中期(40年代)の懐かしいものが、ぶらさがったり、陳列されていたり。しかも、全部売り物。
窒рチて作ったカゴは、私が子どもの頃、ご近所のおばちゃんたちが、野良仕事に出るとき、湯のみ茶碗を入れて、布巾をかぶせて田んぼに持っていったものだ。
カラフルなビニールチューブで編んだ、エコバッグの半分にも満たない容量の、しっかりした買い物カゴは、ご近所の食料品店で、ちょっとばかしの食品を買う時に、母親が下げていたものだ。
養鶏農家の家に、卵を買いに行く時にも持って行った。卵を買いに行くのは、私の仕事だった。
もっと昔のものだって! 洗濯板や背負篭、草鞋(わらじ)や火打石まであるらしい。時代劇のロケ班も、ここなら「わらじ」や「火打石」の調達は可能だ。
荒松商店のおばちゃんは、てきぱきとした人情家っぽい方で、熱に浮かされたようにうっとり状態の私に、ご満悦だったようにも思える。
VIVA! 荒松商店!
なにしろ250年前の宝暦11年(1761年/江戸時代:山東京伝が生まれた年!)より代々荒物品販売一筋の店として今日に至っているのだ。現代の生活品と昔からの道具が共存している、その陳列のミックス具合が絶妙。
ネット上で店頭の写真を探しだしましたので、「ちょっと、きて、みて」ください。「ほんまち商店街」の店舗紹介のトップです。↓
http://www.odakocci.jp/shoppingmall/honmachi/honmachi.html#1
虫除けカバーの写真は明日また。
この地には、もっと大きい通りに面した荒物屋さんもあり、そこには蓑(みの)など、藁細工?関係のレア物件もありました。
(たぶん)国旗の一部と思われる棹の部分も、虫除けカバーの近くで見ました。 てっぺんに金色の球があって、白黒の縞模様になっていました。
未来永劫がんばって欲しい荒物屋さんです!
みれば「国旗」も売っている。