カネサダ番匠の作事場(サクジバ、特に郡上では大工小屋をこう呼びます。もちろん木造ですよ)の上空には、今日も抜けるような青い空が広がっています。
今回は、青い空を守るための、石膏(せっこう)ボードの驚くべき働きについてのお話です。
さて、これは木造で築40年の公民館の耐震補強工事の事例です。木造建築の耐震診断と耐震補強工事については別の機会にお話ししましょう。
台所の仕上はビニールクロス貼りですが、下地には厚さ12.5㎜の石膏ボードを使用しています。耐震補強をする場合、壁に石膏ボードを使うことは建物の耐震性能を高めるためには有効な方法のうちのひとつです。新築においてももちろん同じなのですが、建築基準法において耐力を有するものとして規定されています。
一般的な石膏ボードの表は黄みがかった色の紙、裏はねずみ色の紙で石膏がくるまれています。メーカーはチヨダウーテといい、三重県四日市市に工場があります。
石膏とはいったい何なのか?漆喰(しっくい)もおなじく白いし、似ているけど、何が違うんだろう?というのが積年の疑問でした。(漆喰については、このブログ中の「漆喰を化学すれば・・」をご覧ください)。
施工管理上の知識としては、石膏は弱酸性、漆喰は強アルカリ性だということは知っていました。事実、石膏ボードをノコギリやカッターナイフで切ると、ほどなく刃が錆びてきます。リフォームで30~40年経った石膏ボードを解体すると、留めつけてある釘はかなり錆びています。
石膏は正式には「硫酸カルシウム二水和物」といいます。石膏ボードでは「二水石膏(CaSO4・2H2O)」という状態で使用されています。
CaSO4中のSO2は実は二酸化硫黄です。日本の四大公害の四日市ぜんそくの原因物質です。また、大気中で酸化されて水に溶けると硫酸(H2SO4)となり、酸性雨の原因物質となります。
ではいったい何故?もとは公害物質である二酸化硫黄が石膏ボード中に含まれることになるのでしょうか?
1959年から翌年にかけて、三重県四日市市で東洋最大の石油化学コンビナートが操業を開始します。戦後の復興や経済成長のシンボルでもありました。しかし、それ以降、ぜんそく症状を訴える周辺住民が続々と増えていきます。石油や石炭には硫黄(S)分が含まれています。それらを燃料とする工場からの排煙中の二酸化硫黄(SO2)を主な原因物質とする公害病の「四日市ぜんそく」は社会的に大問題を引き起こしました。
1960年代の大気汚染による公害問題の後、汚染物質に対する規制が定められます。各企業による低硫黄燃料の確保や排煙脱硫装置の導入などが行われました。排煙からの脱硫にはいくつかの方式がありますが、日本国内で主流を占めるにいたったのは「石灰石-石膏法」と呼ばれる方式です。
日本では天然石膏はほとんど産出されません。しかし、石灰石資源は豊富です。その石灰石を使った脱硫方式を日本では独自に編み出しました。
「石灰石-石膏法」を説明します。
排煙を石灰石(CaCO3)スラリー(ミキサーで石灰石の粉末と水を混ぜた、焼く前のホットケーキの素みたいな状態のもの)と反応させると、排煙中の二酸化硫黄(SO2)が吸収され、亜硫酸カルシウム(CaSO3)となります(吸収工程)。
CaCO3+SO2+1/2H2O→CaSO3・1/2H2O+CO2
その後、亜硫酸カルシウムを酸素と反応させます(酸化工程)。
CaSO3・1/2H2O+1/2O2+3/2H2O→CaSO4・2H2O
この結果として出来上がった、CaSO4・2H2O、これがまさに二水石膏そのものです。天然石膏に対して、脱硫の結果として出来る石膏を化学石膏といいます。日本で作られる石膏ボードの原料はほとんどが、この化学石膏なのです。
日本では公害問題を受けて排煙脱硫装置の設置が進められました。そのおかげで、四日市市でも二酸化硫黄濃度の年平均値は減少し、四日市ぜんそくの新規認定患者も1975年度をピークに減少していきました(しかしそれから40年以上経った現在でも450名近くの認定患者がぜんそくに苦しみながら生活されています)。四日市市にもほどなく青い空が取り戻されました。現在日本では2000基ほどの排煙脱硫装置が稼働中です。そのおかげで、日本で「公害」や「大気汚染」という言葉を耳にする機会はほとんどなくなりました。
ただし、日本の発電所や工場で石油や石炭が燃やし続けられている限りは、24時間排煙脱硫の結果としての化学石膏は生み出され続けています。
青い空と石膏ボードの切っても切れない驚くべき関係。調べてみると、私には本当に驚きの事実でした。
私はこの場で石膏ボードや化学石膏の是非を言うつもりはありません。私自身、車にも乗りますし、電気も使います。石膏ボードも仕事では使います。
石膏ボードとして使用する限りでは人体には影響は与えません。
でも、石膏ボードの使用量は極力控えたいと思っています。何故かといいますと、石膏ボードに関して、一番の問題として捉えるべきは、その処分です。
工事現場や住宅メーカーの工場などで出た廃石膏ボードは回収され、そのほとんどは再利用されています。問題は解体現場で出た廃石膏ボードです。
廃石膏ボードは産業廃棄物となり、管理型最終処分場に持ち込まれます。管理型最終処分場とは簡単にいうと、谷間の地形の地面を水がしみ込まないようなシートで覆った、巨大な穴です。どうするか、というと埋め立てるんです。土中には硫酸還元菌が存在し、その働きで硫化水素が発生する事例がすでに実際に起こっています。これから日本では解体による廃石膏ボードがとんでもなく大量に発生してきますが、いったい誰がそれを永久的に管理するというのでしょうか?日本にそれを全て埋め立てられる土地がどれほど残されているというのでしょうか?いえ、そもそも他に処分する手立てがなく、ただ土中に埋めてフタをして見えないふりをする、そんなことが許されるはずがないのではありませんか?現代の私たちはいったいどうして未来の地球に禍根を残すようなことを行っているのでしょうか?
青い空を見上げながら、石膏ボードの大いなる働きに感謝しつつも、その行く末をも心配しています。