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中国アニメ事情

2020年11月20日 | Weblog
先日知人の紹介でもって中国で製作されたアニメの劇場版を観てきました

大変面白かった

元は中国で10年以上ウェブ上で連載されていた短編のアニメで個人製作の物だそうです

日本を筆頭にいろいろなアニメを研究している様子が見て取れます(相当観てますね)

内容もキャラクターも魅力的でしたが戦闘シーンでのカット割りや疾走感、躍動感が全体を引き締めた印象になっていました

確かにnetflixなどに中国製アニメは多くアップされていますが中華アニメは侮れませんね


そ~言えば中華アニメは見ますが韓流アニメって聞きませんねぇ

喜ぶからだ

2020年11月09日 | Weblog
前回は女子フィジークの審査について私見を書いてみましたが、今回は全く違う事柄についてです(いつも違う内容ですけれど)

これも先日のラジオでのこと

MCを務める女性が(彼女はフードコーディネーターということでした)ゲストへのインタビューでゲストの女性の「朝食は有機肥料の野菜と果物のフレッシュジュースです」
というのを聞いて
すかさず「まぁ体が喜びそう!」

と言ったんです

そうだなぁと思ったリスナーも多かったのかもしれません

しかし

ちょっと待って


そんなもの(失礼)寝起きのまだ起きてない身体に入れたら胃がびっくりするでしょうに。だいたいこういうものは冷たいと相場が決まってる

これからの活動に備えて体はウォームアップを始めて温まっていこうとしているときに胃袋を冷やすんですか?

そりゃぁ交感神経が優位になるでしょうねぇ


そういうものを摂るなら先ず軽い体操やウォーキング、ジョギングなどで体を温めた後、タンパク質と脂質、そして少量の糖質とともにゆっくり含むように飲めば身体は喜ぶでしょう

そうでなければ朝は暖かいスープ類や粥などをゆっくり少量とれば十分

新鮮な野菜=体がきれい=健康に良い
とか
肉より魚、化学肥料より減農薬、それより有機肥料か無農薬
養殖より天然、人工よりも自然

が優れているという神話に観念が固定化されていませんか?

ベジタリアンやビーガンを非難する気はさらさらありませんが彼らが肉食系より優れているとは思っていません(肉体的にも精神的にも)
それは個人の資質に由来するものでしょう

話がだいぶそれてきたようですのでこのへんで



〇〇らしさって

2020年11月06日 | Weblog
こんにちわ

私は知っての通り筋トレを長年しています、若い頃はいわゆるボディビルダーとして多くの大会に参加もしてきたしベンチプレスの大会やパワーリフティングという競技にも参加してきた経験があります

しかしながらボディビルの世界から足を洗って(笑)ずいぶんと経ちますが最近の大会事情は大きく様変わりをしていてカテゴリーが複雑になり最早私には何がどうなのかがわからないことになってます

特に女子の部門は何が基準なのかがさっぱりです

ここからは全くの私見です(偏見もあるかも)

女子のカテゴリーではみんな女性らしさが審査対象になってるらしいんですが、トップレベルと言われる選手いわく

頭の先からつま先まで、髪形や肌の色つや、アクサラリーからコスチュームまでが審査対象だというんですね。
立ち居振る舞いから表現方法まですべてがそうだと言ってました

いま書き出した事柄には身体のことは含まれていませんよね

ボディビルって身体の優劣を競うのではなかったのかな?
まぁ当然身体の出来も審査対象でしょうけれど

そのすべてに女性らしさが要求されるっていうことにとても違和感を感じてしまいます

それにビルダーのような筋肉量は必要ないそうなのです

私に言わせればこれってビューティーコンテストとなにがちがうのかなぁ~
と思ってしまいます

それにやたらとおしりを強調するようなコスチュームやハイヒールを履くことの意味もわからない

大会に参加している各選手の日ごろからの努力を否定するつもりは毛頭ありませんそれは尊いものです(ここは強調しておきます)
先に出てきたトップビルダー(?)の女性も食事を含めて生活様式はとても普通の人がまねできるレベルではなかったです

しかし、です

フィジーク競技ってのは筋肉の質、量、バランスと表現力で競われるものでアクセサリーやハイヒールなんて関係ないはず....


だったと思います

確かに女子のボディビルにはその初めの時代からやれ女性らしくないとか身体が綺麗じゃないっとダメとかいろいろあって、不必要に胸だけシリコンを入れてふくよかな選手も多くいたりして競技としてなかなか確立できないこともあるわけです

それでもほかのスポーツと同様に自分も身体を鍛えてビルドアップしたい女性が少なからず存在するわけです

だったら男性と同様に筋肉量や質、バランスで競えばいいんじゃないかなと考えるのです

陸上競技やサッカー、ラグビー、その他の競技でそんなに男女差があることはないのではと考えます


はっきり言って私には女性らしさというものが判りません

今の世の中では〇〇らしさという言葉は性差別にも触れてしまう危うい表現だと思うし、いまのフィジークコンテストは全く興味がわきませんね

というのが今回のお話でした



もう霜月!!!

2020年11月05日 | Weblog
早、霜月

今年もあと2か月未満!!

報告を怠っていましたが、前回記したブログ記事の相手はなんと詐欺でした!!

詳細は控えますが皆さんもくれぐれもご注意願います

被害?

ご安心を、その前に気が付きましたから

もうSNSはヒヤヒヤ物ですね(笑)

とりあえずご報告と霜月のごあいさつまで

近々また会いましょう!!

残暑御見舞申し上げます

2020年08月28日 | Weblog
タイトル通り残暑御見舞申し上げます

今年は梅雨が長かったせいなのか短い夏を真夏の太陽が照りつけまくっていますね
日中はまだまだ猛暑日が続きそうです、みなさんも十分ご注意願います

さて、全く話は変わりますが
みなさんもSNSを何かしら行っていると思います(ほぼ前提)が私も例に盛れず仕事絡みも含めてアカウントを持っています(このブログもしかり)

そんなSNS、何かと問題も多くリスクもそれなりにあるけれど楽しいこともたくさんありますね

先日、私の個人SNSのアカウントに外国の方からのアクセスがありました

それ自体は驚くことではなくSNSの種類によっては割とよくあります。ただ今回はちょっと勝手が異なり突然話しかけて来ました

これもまぁくだらない勧誘や良からぬサイトへの詐欺などこれまでも数多く、その殆どに対してすでに耐性があるので問題なくパスしていますが、今回に関してはそれらとは全く異なりごく普通のSNSユーザーのようで「HALLO NICE TO MEET YOU」で始まり元気ですか?
あなたはどこに住んでいる?何をしている?(原文は英語)
などなど、話しかけてきます

ちゃんと敬語も使ったりして(多分)、真面目に話しかけてくるので信用して返事を返しました

相手はアメリカの女性兵士で何とイエメンの紛争地付近で平和維持活動に従軍していると。

陸軍に13年いていわゆる職業軍人らしい

何度かのやり取りをすることで仲良くなりお互いに親しみを感じています

時差が6時間でやり取りの時間帯にかなりの制約がありますが海の向こうに友人ができて楽しみがひとつ増えました

彼女のいる場所が場所だけにすごく心配していますが不慣れな英文に翻訳アプリと格闘しながら少しちぐはぐな会話を楽しんでます

SNSは仕事絡みが多く楽しいことが僅かですけれどこういった嬉しいことも提供してくれるんですね

私の若い頃にはとても想像できなかった繋がりがこうしたものでできる世の中に間に合ったことはとてもありがたいなぁと実感ですね

未来の世の中も悲観的なことばっかりじゃなさそうでこの先にも楽しいことを増やしていきましょう!!!

健康禍というもの

2020年08月01日 | Weblog
巷はコロナウイルス感染者の増加で相当な不安が広まっています
検査数が増えてそれに伴い陽性者も増え、毎日陽性者が最高と報道されるばかりで不安材料は満載、しかしながら何故か街を見回せば何事も無いように多くの人が行き交っている。判然としない矛盾をはらんだような 日々がこの先もダラダラと続いていくんじゃないかと半ばあきらめの気持ちも沸いてきたりして・・・・

そんな中で<健康>でなきゃ

<免疫力>を高めなきゃ

と声高に叫ぶ人がネットにも活字にも多く目につきますね

そういう私自身が健康に関連した仕事に携わっています

しかしながら健康を絶対視することの弊害にも憂慮しています

健康であることを自分に強制することでたくさんの情報に振り回されて何をどうしたらよいのかが判らなくなってしまう

あれが足りない、これも足りない
これは身体に良くない、こうしなければ

〇〇の為にはこれをしよう、毎日これをすれば〇〇にはならない(かもしれない)

「え~そんなにいろいろしないといけないの?」
「当然です、健康のためだから」

「もっとこんなこともしたいし、甘いものだってもっと食べたいのに・・・」

「何言ってるの、あなたは健康になりたくないの?健康第一でなければ何にもできないでしょ」

どんなことも<健康>という善(正義と置き換えてもいいか)の前では太刀打ちができない。かくして健康の大義名分が大手を振ってまかり通り健康とイコールにならないものは<健康に良くない><身体に悪い>ものとして一刀のもとに両断され、そして健康神話が形成されていく

これを<コロナ禍>になぞらえて一部の医師の間では<健康禍>と呼ばれ始めてる

これでいいのか?

健康は大事だ、しかしそもそも健康とはいったい何ぞや?

健康とはあらゆるものの上位に位置するもので何らかの犠牲の上にあり立つものなのだろうか

健康な生き方ってより自分が楽しく充実した生を実感できるような生き方じゃァないのだろうか

自分の好きなものや好きなことが健康や体に良くないからと我慢を強いられ、健康に良いことは嫌いでやりたくなくてもしなければ<いけない>のだろうか?
健康のために・・・

少し挑戦的な言葉を使おう

<長生きはしなければいけないものなのだろうか>

長寿はめでたいかもしれないが目指すほど大切なことなのか

今を充実させること、の連続の先に結果としての長寿があり、自分の寿命が世間でいう長寿のカテゴリーから外れていたとしてもそれは人間の力の及ばぬところでの営みであり受け入れておればなんら問題はないのでなないのかと思う

確かに死は怖いし、別れは悲しみと虚しさを伴うけれど、それはいつ訪れるのか誰にもわからない

その時が来るまでできるだけ好きなこと、好きなものに囲まれた生き方を手放さないようにしようと考えている



運動の効率って

2020年07月06日 | Weblog
今朝だったかな、疲れない身体の使い方なんて言うものをラジオの番組で講釈しているゲストがいた

なんでも、普段あまり運動をしない人が疲れないような動きだそうな

物を拾うとき、しゃがんだり前屈のようにせず片足を後ろに上げながら拾うとエネルギーロスが少なく疲れにくいと
ゴルファーがカップからボールを拾うときによくする動作らしい

うん、確かに片足を軸にしてバランスをとることで余計な筋力を使わずに済むようだ

しかし

これはプロゴルファーのように予選、決勝ラウンドで四日間18ホール回るプレーヤーでましてやぎりぎりの真剣勝負をしている彼らにとっては些細なエネルギーロスも致命的になりかねない

そんな状況で少しでもエネルギーやパワーを温存したいときには有効な手段と思う

翻って、普段からあまり身体を動かす機会のない一般社会人にとってこんなものが有益か?

ゴルフはカップに入ったボールを数時間の間に18回は拾うしそのほかにも自分のボールにマーカーをセットしたり沢山同じ動作を繰り返す

あなたは数時間の間に何回物を拾うだろう?一日に換算したっておそらく10回とはないんじゃないだろうか

たったそれだけのことに効率よく身体を使うよりも逆に余計にエネルギーを使うような動作で少しでも運動不足を補うようにする方が得策ではないだろうか

あなたが80歳を超えており脚や腰に問題を抱えているならいざ知らず、まだまだ動かなければいけない年代であったならば余計にもっと身体を動かすようにしなければならないはずだ。いや。80代だって動けるならばしゃがんで拾った方が動きが多く筋肉にも良い刺激になる

疲れないようにするんだったら道具を使った方がいいだろうに

なぁにが効率よく疲れにくい動作だ
そうやって身体は機能低下をおこして衰えていく

こういう輩が偉そうに本なんか出してちゃってちやほやされて勘違いしていく

身体は甘やかしちゃいけないんだよ

このゲストはこうも言っていた

でも、重いものを持つときにはそれに身体を近づけてしっかりしゃがんで腰を曲げずに足の力で立ち上がってください、そうすることで身体の負担が減ります

だって

そんなことアンタに教わらなくっても普通の大人なら当たり前に誰でも知ってるワ

繰り返すけれど最初の動作などはわずかな差が勝敗を左右するようなアスリートにとっては重要かもしれないがそうでない運動不足な大人たちにとっては不要でかえってあだになってしまう可能性のほうが大きい

もっと現実に即したアドバイスができないものか

健康、食事、運動

2020年06月25日 | Weblog
先日何かのアンケートの結果があって20~30代の20%以上が朝食を摂ってないとラジオで騒いでいた
「えっどうして?摂らなきゃダメでしょ」

と番組のMCが訴える

私に言わせれば
「えっなんで摂らなきゃいけないの?」

結論から言っちゃえば、朝食を摂るかそうしないかは個人の問題でどっちでもいい、大体朝食を摂るかどうかなど他人からとやかく言われる筋ではない。

朝、食べたほうが元気が出て調子が良いと思えば食べればよいし、朝は食欲ないしお腹にもたれてしまうなどと感じていれば食べなければよい

こんな時にいつも出てくるデータに、成績と朝食の関係を示すもの。

学校の成績の良かったグループとそうでないグループではよかった方のグループに朝食を摂るひとが多くそうでないグループでは朝食を抜いてる人が大半だった、というもの

こんないい加減なものはない

この手のデータにこんな検証はあるだろうか?
つまり、成績の良いグループをある一定期間朝食を摂らずに過ごさせて成績を評価してみる。あるいはその逆に成績の悪いグループに一定期間朝食を摂らせて成績を評価する

こうしなければ本当に朝食が成績に影響を与えてるかどうかなんてわからない

これだけでは不十分だけど詳細は長くなるので書かない
こう言ってしまうと申し訳ないが成績の良くない人たちはおそらく朝食を摂ったって成績は変わらない、ぶっちゃけ出来が悪いのだ。これは教育の問題であることの方が大きく朝食云々ではないと思う

先生の教え方などを棚に上げて成績の良しあしを食べ物のせいにされてはたまらない

それから、私の周りには朝食を食べないことで身体の調子が良い人が大勢いる。午前中、どうも調子が今一つという人に朝食を摂らないように勧めると結構な人が調子が良くなる
こういう事例を無視してはいけない

私には三食きっちり食べることが良いという人には条件があると思っている(詳細は割愛)

とにかく朝ごはんをむやみやたらと勧めないで欲しいものだ

もうひとつ

ラジオにMetsという言葉が出てきた

聞きなじみがないけど(知っています)運動強度の単位らしい

座っていると1Mets、立ってると2Mets、歩くと3Metsという具合に数字が増えていく

ここからが本題ですが

日常で3Mets程度の運動を1時間くらい行うことを厚労省が推奨しているそうな。
つまり歩行のことですね

これまた大きなお世話なはなし

一日一時間ウォーキングしたい人はすればいい、歩くと気持ちいい、終わった後快適だと感じてる人はおこなえばいい

そうでない人にとっては苦痛かもしれない

いやいや、やってみれば気持ちいいかも

やってみて気持ち良ければいいけど、やっぱりつまんないし歩きたくない人には大変だ

そして、この運動によって何がどうなるというんだろう?

がんの発症リスクが減るのか?心筋梗塞や脳出血のリスクが減るのか?

10代の人にとって何が利益になる?

さっきの朝食もそうだけど朝食を摂ると何かのパフォーマンスが上がるのだろうか?

そういった報告はほとんどない

<健康のためになる>

このフレーズに大体集約される

今、健康に関して特段問題も不安もないのにさらにどうして何かを付け加える必要があるのか
より健康を目指すため?

より良い健康って何?

前回、健康の定義って人さまざまではないかと提案しました(鈴木信行氏の著書からの引用)

自分の生き方や考え方を他人に委ねない
一見、わがままに思えるようでそうではない主体性を持った生き方、過ごし方を今後も提案していこうと考えています

健康というもの

2020年06月17日 | Weblog
WHOによる健康の定義

<健康とは、病気でないとか、弱っていないということではなく、肉体的にも、精神的にも、そして社会的にも、すべてが満たされた状態にあることをいいます。(日本WHO協会訳) >

ふむふむ

なるほど~と思う

真っ青な空、ぽっかりと浮かぶ真っ白な雲
草原に立つ若い男女が笑顔で大きくジャンプするようなイメージを連想させる文面ですね

でもよく考えてみるとこのよ うな<健康>なひとってどれだけいるんだろうって思う

この文面では身体や精神にしょうがいがあったり、先天性の難病がある、或いは社会的にリタイヤした人、さらにはいわゆるマイノリティーに属する人たちは<健康>じゃないってこと?

この人たちは健康にはなれないってこと?

こんな一文があります

<病気があっても、考えと生き方を変えることで、健康になることはできる。私はそう思うのです。 自分にとっての、「健康」の定義はなんですか? (鈴木信行『医者・病院・薬局 失敗しない選び方・考え方』33ページ)>

上の文面を記した著者は二分脊椎という先天性障害を持ち精巣がん、甲状腺がんを経験した人です


少なくとも私にはWHOの定義より鈴木信行氏の言葉のほうが心に響きます

病気があっても障害があっても自分という主体を手放さない生き方を諦めないこと

強さってこういうものじゃないでしょうか

生き方の主体性を自らが持ち続ける

それは戦いかもしれない、地道な行動をだれの為でもなくやり続ける


<健康><健やかに生きる>

もう一度考える必要がありそうです

データの扱い

2020年06月13日 | Weblog
梅雨に入ってしまいましたね

コロナ渦は収束のめども立たない中で経済も再開されつつあり政治はすでに収束を諦めたのだろうなと思いますがどうでしょうね

そんな中でデータの取り扱いについてひとつ

よく何かの有効性を示すためにデータが示されることが多いと思います

データというものはその数値やグラフの表す曲線に間違いはないのですが(実際に検証結果を忠実に載せていなければデータ詐称で大きな問題になってしまいます)それを使用する側(個人や団体)の使用目的や意図によって相手側を自分の有利な方向へ向かわせることに使われることが非常に多いんですね
つまりデータ使用者にとって有利になるように誘導するために使われるんです

特にその誘導の先に大きな金銭的利益がある場合にはなおさらです

例えば、何かの商品の宣伝のために含まれる成分に対しての実証データを示すなんて場合は注意が必要です。
ほんとにそれだけか?

その成分を客観的に判断する他の数値などはないのか?

<これを摂っていれば〇〇に効く!>
<この症状には〇〇がいい!>
<たったこれだけで〇〇が下がる!!>

などなど、データとともに踊るうたい文句

これらの文面をなるべく正しく読み取ることはなかなか難しいことではありますが、少なくともデータというものは使い手の意図に沿うように使われていることが多いと認識していて間違いないと思います