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あおくさいはなし

2012-06-16 00:00:00 | 洛中洛外野放図
 不可解な写真がある。なにも「写っては不可ないモノが写っている」とかいうのではなく何の変哲もない極普通のスナップ写真なのだが、写っている人物の取り合わせが妙ちくりんなのである。

 下宿近所のお寺の境内にあったジャングルジムに絡みついて会津さん、古邑さん、佐宗さん、松田が写っている。不可解なのはそのシャッターを切った人物、なのだ。そのほか会津さんと並んで立っている松田、ジャングルジムから転げ落ちそうになっている古邑さん、野良猫を抱く松田、カメラに向かって中指をおったてている佐宗さんの横でこらこら、という表情をしている会津さん、の写真に混じって『てんちゃん』の佇む姿や会津さんと喋りながら笑っているところの写真があり、最初のジャングルジムに絡みついた面面の松田と『てんちゃん』の交替した写真がある。

 『てんちゃん』こと柳本さんは松田の1年後輩にあたる眼のくりくりとした小柄な女の子で、典子(のりこ)という名前から『てんこ』、そこから『てんちゃん』と呼ばれている。付き合いのいい人で住んでいるところもさほど離れてないこともあって、松田の下宿で呑むときはちょこちょこと顔を見せていた。上の写真に写っている服装からすると季節はどうやら秋らしくて、ということは会津さんの就職活動も終わった後らしい。来る者拒まず須(すべか)らく皆呑み友達な松田の下宿を接点として説明はつくのだけれど、卒業を控えた会津さんの同期、その下の古邑さんの同期とそのまた下の松田の同期という三期の取り合わせ、あるいは古邑さんの同期とその下の松田の同期、そのまた下の典ちゃんの同期という三期の取り合わせで呑むことは多かったのだが、会津さんと典ちゃん、松田の下宿でもあまり絡むことのない4回生と1回生の取り合わせが妙といえば妙なのである。けれども写真の中では皆違和感なく上機嫌でいる。

 その写真の日付から随分と経ったある土曜日のこと、すでに卒業して名古屋で働いている古邑さんから電話があった。京都駅のホームからかけているというその後ろで、駅の喧騒にまぎれて

「あーんたまどーこかけとんのはよしやーてー」

という女性の声が聞こえた。それ以前に結婚を決めたということは知らされていたのでおそらくその人だろうとは思ったけれど、言っている内容がわからない。のちに名古屋弁を解する識者に訊くところによると『あなた、どこに電話をかけているのですか、早く済ませてくださいね』というほどの意味らしい。電話の用向きはやはり婚約者と一緒に京都にやってきた、ついては一緒に食事でもどうだ、というもので、けれども古邑さんの奥さんに初めてお目にかかったのはお二人の結婚式でのことだから、そのときは何か差し支えがあったのだろう。とはいえ京都に着いた途端、一番に連絡してくれたのは嬉しいことである。

 おそらくその当時大阪にいた会津さんや佐宗さんとお祝いをしたことだと思うが、そのおめでたい宴に同席できなかったことを悔やみながらご丁寧にも「じゃぁ帰るわ」という電話をもらった翌日曜日の日もとっぷりと暮れた頃電話がかかってきた。出てみると典ちゃんだったのだが、彼女は
「古邑さんがね」
と言うなり泣き始め、そのまま嗚咽になって言葉にならない。受けたこちらはただおろおろするばかりである。何だ何だ何だ? こんな良いコを泣かすとは、何をしやがったんやあのおっさんは!
なにしろ泣いてばかりで埒があかない。それでもどうにか落ち着いて「ごめんなさい」という。謝られてもしょうがない。しょうがないけれど、突っぱねる訳にもいくまい。どうしたん? と尋ねると「いろいろ話をしたいのでお酒を飲みませんか」と言う。それは構わんけど、呑みに来られる?

 電話の前にも泣いていたそうで、泣き腫らした目で出かけたくないけど話をしたいから呑みに来ませんかという。お酒のあるところに出かけていくのは望むところで吝かでないので出かけることにしたが、彼女の住んでいるアパートの大まかな位置は知っていたけれど行ったことがない。近所まで行って電話をかけて迎えに来てもらった。

 簡単に作ってくれた料理を当てに缶ビールを一本ずつ、飲みながらまず「松田さんは知ってたんですか」と聞かれた。古邑さんがまだ学生だった頃、古邑さんによく懐いていた典ちゃんは事前に婚約のことを聞かされておらず、何の心の準備もないままいきなり婚約者を伴ってやって来られて「びっくりした」のだそうだ。自分の大事に思っているいろいろなことが自分の知らないところで様変わりしていくのが置いてきぼりにされているようにも感じられて、どうしようもなく寂しくなってしまった、というやけに青臭い話の途中でビールが空いて、途中のコンビニで買ってきたワインを開けて、ワインも空いて、もうおつもりかと思っていたらちょっと待ってくださいね、と言う。そう言いながらカナディアン・クラブを出してきた。このコはひとりでこんな物を呑んでんのか? 前日古邑さんの婚約を聞かされたとき、よく一緒に呑んでいた松田の下宿で祝杯をあげようと思って買ってきたのだそうだ。だから日曜日松田の下宿に持参して呑むつもりでいたけれど、せめて直接来る前に教えといて欲しかったと思ったら上記の考えに囚われてどうしようもなくなってしまったらしい。そう言ってほぼストレートに近いカナディアン・クラブを舐めながら「子どもみたいなことを言ってごめんなさい」と言う。自覚があるならいいですよ、なにも謝ることはない。どうしようもないものはどうしようもないんだから。そんな様子もかわいらしい。それから改めてお祝いの乾杯をして、明け方に気づいたらテーブルに突っ伏していた。クッションの上に眠っている典ちゃんに自分の羽織ってきたジャケットを着せ掛けてある。そのままそっとしといて帰ろうか、でもその前に、と換気扇の下で煙草を一服。していると典ちゃんも目を覚ました。淹れてもらった紅茶を飲んで、もう大丈夫と言う笑顔に見送られて下宿に帰るともう疲労困憊である。月曜だというのに授業にも出ず暗くなるまで泥のように眠りこけた。

 そんな風な思い人のあるのも、そんな風に思ってくれる人があるのも幸せなことだろう。まったく、典ちゃんは人騒がせな幸せ者で、古邑さんは罪作りな幸せ者で、いや、はや、なんとも。

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