本日2回目の投稿です。
今回のテーマは「泣く」(涙を流す)
です。
一言に「泣く」といっても、その背景には色々あると思います。感動の涙、うれしさの涙、悲しみの涙、辛いときの涙、悔しさの涙等色々あるでしょう。
「泣く」という行為は単純に目から涙が出るというだけでなく、自分自身のストレスを流す効果があると言われています。
実際に私自身、涙もろい(涙もろくなってしまった
)のですが、こんな話を聞いた時に思わず感動して涙が出てしまいました。
ディズニーランドへある一組の夫婦が訪れ食事をしようとした時の話です。
その夫婦は自分達の食事と、その他に「お子様ランチ」を頼んだそうです。
しかし、ディズニーランドでは子供以外は「お子様ランチ」を頼めないことになっているそうで、店員さんがその旨伝えるとその夫婦は申し訳なさそうに次の話をしたそうです。
「私達には子供が一人おりました。ディスにーランドへ来るのをとても楽しみにしていたのです。ところが、その子はディスにーランドへ来る事無しに亡くなってしまったのです。もっと早くあの子を連れてきてやれば良かったと後悔し、今日は二人揃って、我が子の分まで楽しませて頂こうとしてここへやって来たのです。先ほどの「お子様ランチ」は、ついに夢を果たせなかった我が子のために注文したものなのです
」
これを聞いた店員さんは、「分かりました」とだけ答えて厨房の方へ戻っていったそうです。
そして、間もなく食事が運ばれてくると、何と「お子様ランチ」が夫婦の食事とともにあるではありませんか

また、その店員さんは夫婦のテーブル席へ子供用の小さな椅子までわざわざ運んでくれたそうです。
それを見た夫婦はディズニーランド側の対応にとても感激し、涙を浮かべて、その店員さんに「ありがとうございました
」と感謝したというお話です。
私はこの話を人伝えに聞きましたので、詳細とは少し違う書き方をしているかと思いますが、大まかには合っていると思います。
この話を聞いた時には、亡くした我が子のためにディズニーランドへ訪れた夫婦、さぞや楽しみにしていたのであろう亡くなったお子さん、そしてその心を察して本来は禁じられている行為をあえて破ってまで、その夫婦(とそのお子さん)のために「お子様ランチ」を作り、更に子供用の椅子まで用意するというディズニーランド側の粋な計らいに、恥ずかしながら私は感動の涙を浮かべてしまいました。
皆さんも、そのような経験はありませんでしょうか?
私自身の話になりますが、私の父は10年以上前に癌で他界しました。生きている間はそれほど多くの会話もしませんでしたし、正直父親の言動や行動に不満を持っており、疎ましくさえ思った事もありました。
しかし、亡くなってから遺品を整理していたところ、一冊の手帳を発見し中をペラペラめくると、そこには「X月X日XX(私の名前)が熱を出して病院へ連れて行く」とか「X月X日XXの入学式」等といった記載がそこには綴られていたのです。それを見たときに初めて父の子を思う気持ちに触れました。そして、とめどなく涙が溢れたのです。
後悔すでに遅し・・生きている間の私の父に対する接し方のなんと愚かなことだったことでしょう。父は言葉には出しませんでしたが、子供思いの父だというのが亡くなってから知ったのです。それを思うと自分の愚かさと、何も言わずに子供のことを思っていてくれた父への感謝の念で涙が溢れ出たのです
話が長くなってしまいましたね。
私自身、映画やTVなど、あるいは本を読んだりしても感動や悲しみの涙を流します。すると、泣いた後には何か自分の中で鬱積していたものが涙とともに流れていったような感覚になるのです。
悔し涙が「癒し」に繋がるかは分かりませんが、冒頭で述べたそれ以外の涙は人の心を「癒し」てくれるのでは無いかと実感しました。
また、最近の研究では実際に「泣く」ことがストレス解消につながるという結果も出ているそうです(ちなみに、玉ねぎを切ったときの涙では効果が無いとのことです。あくまでも「心」を揺り動かされるものがあった上で流す涙に効果があるのだとか。
ですので、私のストレス解消法の一つとしての「泣く」という行為はかなり効果があります。
時々、ネット上で掲載されている感動の逸話を見ては一人で泣いております
「泣く」「感動」などのキーワードで検索すればたくさんの話を目にすることができると思いますので、ストレスを解消したいときには是非とも、「感動の逸話」で泣いてみて下さい。スッキリすると思いますよ。
一昔前は「男は滅多なことで泣くものではない」とされてきましたが、ストレスの多い現代においては男女問わず、泣きたい時には思いっきり泣きましょう。人前で泣くのが恥ずかしければ人目に付かないところで泣けば良いではありませんか?
泣く事を我慢し過ぎるのは身体にも心にも良くないそうですよ。
ご参考までに、youtubeから「泣ける」動画を右側に添付しました。
この実話は「感動」では無いと思いますが、深く考えさせらことと思いますし、私自身この動画を見て涙してしまいました。
今回のテーマは「泣く」(涙を流す)

一言に「泣く」といっても、その背景には色々あると思います。感動の涙、うれしさの涙、悲しみの涙、辛いときの涙、悔しさの涙等色々あるでしょう。
「泣く」という行為は単純に目から涙が出るというだけでなく、自分自身のストレスを流す効果があると言われています。
実際に私自身、涙もろい(涙もろくなってしまった

ディズニーランドへある一組の夫婦が訪れ食事をしようとした時の話です。
その夫婦は自分達の食事と、その他に「お子様ランチ」を頼んだそうです。
しかし、ディズニーランドでは子供以外は「お子様ランチ」を頼めないことになっているそうで、店員さんがその旨伝えるとその夫婦は申し訳なさそうに次の話をしたそうです。
「私達には子供が一人おりました。ディスにーランドへ来るのをとても楽しみにしていたのです。ところが、その子はディスにーランドへ来る事無しに亡くなってしまったのです。もっと早くあの子を連れてきてやれば良かったと後悔し、今日は二人揃って、我が子の分まで楽しませて頂こうとしてここへやって来たのです。先ほどの「お子様ランチ」は、ついに夢を果たせなかった我が子のために注文したものなのです

これを聞いた店員さんは、「分かりました」とだけ答えて厨房の方へ戻っていったそうです。
そして、間もなく食事が運ばれてくると、何と「お子様ランチ」が夫婦の食事とともにあるではありませんか


また、その店員さんは夫婦のテーブル席へ子供用の小さな椅子までわざわざ運んでくれたそうです。
それを見た夫婦はディズニーランド側の対応にとても感激し、涙を浮かべて、その店員さんに「ありがとうございました

私はこの話を人伝えに聞きましたので、詳細とは少し違う書き方をしているかと思いますが、大まかには合っていると思います。
この話を聞いた時には、亡くした我が子のためにディズニーランドへ訪れた夫婦、さぞや楽しみにしていたのであろう亡くなったお子さん、そしてその心を察して本来は禁じられている行為をあえて破ってまで、その夫婦(とそのお子さん)のために「お子様ランチ」を作り、更に子供用の椅子まで用意するというディズニーランド側の粋な計らいに、恥ずかしながら私は感動の涙を浮かべてしまいました。
皆さんも、そのような経験はありませんでしょうか?
私自身の話になりますが、私の父は10年以上前に癌で他界しました。生きている間はそれほど多くの会話もしませんでしたし、正直父親の言動や行動に不満を持っており、疎ましくさえ思った事もありました。
しかし、亡くなってから遺品を整理していたところ、一冊の手帳を発見し中をペラペラめくると、そこには「X月X日XX(私の名前)が熱を出して病院へ連れて行く」とか「X月X日XXの入学式」等といった記載がそこには綴られていたのです。それを見たときに初めて父の子を思う気持ちに触れました。そして、とめどなく涙が溢れたのです。
後悔すでに遅し・・生きている間の私の父に対する接し方のなんと愚かなことだったことでしょう。父は言葉には出しませんでしたが、子供思いの父だというのが亡くなってから知ったのです。それを思うと自分の愚かさと、何も言わずに子供のことを思っていてくれた父への感謝の念で涙が溢れ出たのです

話が長くなってしまいましたね。
私自身、映画やTVなど、あるいは本を読んだりしても感動や悲しみの涙を流します。すると、泣いた後には何か自分の中で鬱積していたものが涙とともに流れていったような感覚になるのです。
悔し涙が「癒し」に繋がるかは分かりませんが、冒頭で述べたそれ以外の涙は人の心を「癒し」てくれるのでは無いかと実感しました。
また、最近の研究では実際に「泣く」ことがストレス解消につながるという結果も出ているそうです(ちなみに、玉ねぎを切ったときの涙では効果が無いとのことです。あくまでも「心」を揺り動かされるものがあった上で流す涙に効果があるのだとか。
ですので、私のストレス解消法の一つとしての「泣く」という行為はかなり効果があります。
時々、ネット上で掲載されている感動の逸話を見ては一人で泣いております

「泣く」「感動」などのキーワードで検索すればたくさんの話を目にすることができると思いますので、ストレスを解消したいときには是非とも、「感動の逸話」で泣いてみて下さい。スッキリすると思いますよ。
一昔前は「男は滅多なことで泣くものではない」とされてきましたが、ストレスの多い現代においては男女問わず、泣きたい時には思いっきり泣きましょう。人前で泣くのが恥ずかしければ人目に付かないところで泣けば良いではありませんか?
泣く事を我慢し過ぎるのは身体にも心にも良くないそうですよ。
ご参考までに、youtubeから「泣ける」動画を右側に添付しました。
この実話は「感動」では無いと思いますが、深く考えさせらことと思いますし、私自身この動画を見て涙してしまいました。