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昭和は遠くなりにけり この国を愛し、この国を憂う がんばれ日本

昭和21年生まれの頑固者が世相・趣味・想いを語る。日本の素晴らしさをもっと知り、この国に誇りを持って欲しい。

逝きし世の面影で語られる旧き良き日本4

2016-02-08 02:19:11 | 日本の素晴らしさ
まだまだこの種の記述はあるのだがきりがないので、最後にリンダウが長崎近郊農村での体験だ。
「私はいつも農夫たちの素晴らしい歓迎を受けた事を決して忘れないであろう。
火(灯)を求めて農家の玄関先に立ち寄ると、ただちに男の子、女の子があわてて火鉢を持ってきてくれるのであった。私が家の中に入るやいなや、父親は私に座るようにすすめ、母親は丁寧に挨拶してお茶を出してくれる。・・・・・

もっとも大胆な者は私の服の生地を手でさわり、ちっちゃな女の子がたまたま私の髪にさわって、笑いながら恥ずかしそうに逃げ出してゆくこともあった。幾つかの金属製のボタンを与えると「大変ありがとう」と、皆揃って何度も繰り返して礼を言う。そして躓いて、可愛い頭を下げて優しく微笑むのであったが、社会の下の階層の中でそんな態度に出会って、全く驚いた次第だ。

私が遠ざかって行くと、道のはずれまで見送ってくれて、殆ど見えなくなっても「さよなら、またみょうにち」と私に叫んでいる、あの友情の籠もった声が聞こえるのであった」

最初にこの本の紹介をした時に、本書はその時に「日本にあった有機的な個性としての文明が滅んだ」と言っていると述べた。
それはこの著者が言っていることでなく、この当時の異邦人観察者が言っていたことである。
たびたび紹介したチェンバレンは1905年に書いた「日本事物誌」の序論で
「筆者は繰り返し言いたい。古い日本は死んで去ってしまった。そしてその代わりに若い日本の世の中になった」と書いている。
これは単に時代は移ったとか、日本は変わったとかの意味ではない。彼はひとつの文明が死んだと言っているのだ。

日本における近代登山の開拓者ウェストンは1925年発行の「知られざる日本を旅して」の中で
「明日の日本が、外面的な物質的進歩と革新の分野において、今日の日本よりはるかに富んだ、おそらくある点ではよりよい国になるのは確かなことだろう。しかし、昨日の日本がそうであったように。昔のように素朴で絵のように美しい国になることとは決してあるまい」と言っている。

日本に来てすぐに文明滅亡の予感を記した人たちもいる、有名なハリスは下田で「厳粛な反省ー変化の前兆ー疑いもなく新しい時代が始まる。あえて問う。日本の真の幸福となるだろうか」と日記に書いている。

このハリスの有能な通訳であったヒュースケンは1857年の日記で
「いまや私がいとしさを覚えはじめている国よ。この進歩はほんとうにお前のための文明なのか。この国の人々の質素な習俗とともに、その飾り気のなさを私は賛美する。この国土の豊かさを見、いたるところに満ちている子どもたちの愉しい笑い声を聞き、そしてどこにも悲惨なものを見いだすことができなかった私は、おお、神よ、この幸福な情景がいまや終わりを迎えようとしており、西洋の人々が彼らの重大な悪徳を持ち込もうとしているように思われてならない」とも書いている。

更にこの二年後にヒュースケンは「・・・・・日本はこれまで実に幸福に恵まれていたが、今後どれほど多くの災難に出遭うかと思えば、恐ろしさに耐えなかったゆえに、心も自然に暗くなった」とも書いている。

つまりヒュースケンは自分がこの国にもたらそうとしている文明が「日本古来のそれより一層高い」ものであることに確信をもってはいたが、しかしそれが日本に「果たして一層多くの幸福をもたらすかどうか」については、まったく自信をもてなかったのである。

1855年にプロシャ商船の人夫で下田にきたリュードルフなる人さえ「日本人は歴史的第一歩を踏み出した。しかし、ちょうど、自分の家の礎石を一個抜き取ったと同じで、やがては全部の壁石が崩れ落ちることになるであろう。そして日本人はその残骸の下に埋没してしまうであろう」

異邦人たちが予感し、やがて目撃し証言することになった古き日本の死は、個々の制度や文物や景観の消滅にとどまらぬ、ひとつの全体的関連としての有機的生命。
すなわちひとつの個性をもった文明の滅亡であった。

国民の性格をどう見ていたのであろうか。
チェンバレンは「知的訓練を従順に受け入れる習性や、国家と君主に対する忠誠心や、付和雷同を常とする集団行動癖や、更には”外国を模範として真似するという国民性の根深い傾向”」を記している。

そしてこれらの特性は16世紀から17世紀にかけて日本を見聞したポルトガル人やスペイン人が、まったく同じようなことを言っているのを知れば、ひとつの国民的特性なるものがどんなに変わりにくく長い持続力をもつか、しばし呆然とすると筆者は述べている。
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逝きし世の面影で語られる旧き良き日本3

2016-02-07 01:50:45 | 日本の素晴らしさ
「古い日本は妖精の棲む小さくて可愛らしい不思議の国であった」
「地上で天国(パラダイス)あるいは極楽(ロータスランド)に最も近づいている国だ」

ここまで言われると面映いが、これは幕末~明治の日本について語ったものだ。スピーチは多少のお世辞が混じっているとしても、妖精が棲むとまで言われる程、魅力的であったらしい。
西洋人の東洋に対するあこがれ(オリエンタリズム)と見れなくもないが、次の様な著述もある。

同じイギリスの日英修好通商条約の締結使節団の一員オズボーンは
「この町で(長崎)もっとも印象的なのは男も女も子どもも、みんな幸せで満足そうに見えるということだった」
彼は日本訪問を終えたあと、母親に当てた手紙に
「日本人は私がこれまで会った中で、もっとも好感の持てる国民で、日本は貧しさや物乞いのまったくない唯一の国です。私はどんな地位であろうともシナへ行くのはごめんですが、日本なら喜んで出かけます」
少なくても最後の文章は私信だ。お世辞もオベンチャラも必要のない母親宛の手紙だ。
ここで語られているのは・・・・・封建時代であった江戸時代だ・・・・・・・・

妖精が棲む・・・・とまで言われる我が国、日本。オズボーンと共に来たオリファント(イギリスの旅行家・著述家)は、次の様に網羅して語っている。

「日本人の衣服や装飾の趣味の優雅さ、幕府の役人の洗練された紳士ぶり、気違いのようになって買い漁らずにおられない美しい品々、錠も鍵もない部屋に物を置いて一度も盗まれた事がないとか、女の口汚く罵る声を聞いたことがないのは不思議だとか、子どもが虐待されるのを見たことがないとか、その他数々の好意的観察を並べ立てている」

ヤング・ジャパンの著者ブラック(新聞発行業)は
「思うに、他の国々を訪問した後で日本に到着する旅行者たちが、一番気持ちのよい特徴の一つと思うに違いないことは、乞食がいないことだ」と書いている。

オズボーンも幕吏や富裕な町人は着飾っているし、女たちの着物の生地が上等である事を認めた上で、しかしその色彩への好みはしぶくて品がよいと言っている。そしてそれは、趣味の洗練とみなしている。
でこれは、ヨーロッパの夫人の基準とそう乖離がないらしい。
オリファントは「我々の部屋には錠も鍵もなく開放されていて、宿舎の近辺の人は誰でも出入りできる。そこに誰でも欲しくなるようなイギリスの珍奇な物をいつも並べておく。それでもいまだかって、まったくとるにたらないような品物でさえ、なくなったことがない」
他の一人はこう言っている。
「たえず財布の入ったポケットを押さえていたり、ベンチに置き忘れた洋傘をあきらめたりしないでいい国に住む幸せを味わい続けた」

また、日本の家の清潔さを「汚れた長靴で立ち入るのがはばかるほど」という人だけでなく、イザベラ・バードに至っては日光の町に立ち寄った時、街路が掃き清められて、あまりに清潔なので、泥靴でその上を歩くのが気が引けたとまで言っている。

さて、細々と彼らの記述をあげてきたが取りまとめるとこう言う事らしい。
文明としては西欧文明のほうが当然ながら優位に立っている。
しかし、極東の島国に来た時にそれら西欧文明と全く基準の違う文明に接した。その文明の下では、環境・行動基準等々は西欧文明とは言わば対極にあり、しかし人々は幸せで満足しているらしい。
こうした小さい、かわいらしい、夢の様な文明がありうるということは彼らにとって啓示ですらあった。

なぜなら、当時彼らが到達していた文明は、まさにそのような特質とは正反対の重装備の錯綜した文明であったのだ。

十九世紀半ば、日本の地を始めて踏んだ欧米人が最初に抱いたのは、他の点はどうあろうとも
この国民はたしかに満足しており、幸福であるという印象だった。
オールコック(イギリス・初代日本領事)は「日本人はいろいろな欠点をもっているとはいえ、幸福で気さくな、不満のない国民であるように思われる」といい、」ペリーは「人々は幸福で満足そう」と言っている。もっともっとこの種の記述がある。

1860年に来日したプロシャのオイレンブルク使節団
「どうみても彼らは健康で幸福な民族であり、外国人などいなくてもよいかもしれない」

水道設計で来日のイギリス人ヘンリー・S・パーマー(伊香保温泉の湯治客を見て)
「誰の顔にも陽気な性格の特徴である幸福感、満足感、そして機嫌のよさがありありと現れていて、その場所の雰囲気にぴったりと融けあう。彼らは何か目新しく素敵な眺めに出会うか、森や野原で物珍しいものを見つけてじっと感心して眺めている時以外は、絶えずしゃべり続け、笑いこけている」

オズボーン江戸上陸当日「不機嫌でむっつりした顔にはひとつとして出会わなかった」
オイレンブルク使節団のベルク
「彼らは話し合う時冗談と笑いが興を添える。日本人は生まれつきそういう気質があるのである」

イギリスの大学教授ディクソン
「上機嫌な様子がゆきわたっているのだ。西洋の都会の群集によく見かける心労にひしがれた顔つきなど全く見られない。頭をまるめた老婆から赤子にいたるまで、彼ら群集はにこやかに満ち足りている。彼ら老若男女を見ていると、世の中に悲哀など存在しないかと思われてくる」
東京外大でロシア語を教えたメーチニコフは来日当初「のべつまくなしに冗談をとばしては笑い転げる我が人足たち」に見とれずにおられなかったそうである。
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逝きし世の面影で語られる旧き良き日本2

2016-02-06 03:45:37 | 日本の素晴らしさ
時は封建時代で領主の専制・圧政の下、武士以外は高い年貢に悩まされ、自由も制限され幸せで明るい筈がない。こう教えられたし、こう考えるのがまず一般的であろう。
しかし、そうではないようである。
我々が考える以上に当時の市民は自由で、明るく、快活に過ごしているのだ。

それを証明するのが当時日本に来た各国の外交官や商人、医者等が書き残した書物である。
1820年から29年まで、出島オランダ商館に勤務したフィッセルが、1833年に出版した著作には、すでに次のように述べられていたのである。いいですか1833年ですよ、明治維新の35年も前の出版でですよ。
「日本人は完全な専制主義の下に生活しており、したがって何の幸福も満足も享受していないと普通想像されている。ところが私は彼ら日本人と交際してみて、まったく反対の現象を経験した。専制主義はこの国では、ただ名目だけであって実際には存在しない」

「自分たちの義務を遂行する日本人たちは、完全に自由であり独立的である。奴隷制度という言葉はまだ知られておらず、封建的奉仕という関係さえも報酬なしには行われない。勤勉な職人は高い尊敬を受けており、下層階級のものもほぼ満足している」。

「日本には、食べ物にこと欠くほどの貧乏人は存在しない。また上級者と下級者との間の関係は丁寧で温和であり、それを見れば、一般に満足と信頼が行きわたっていることを知ることができよう」。
フィッセルの見るところでは、将軍や大名、それに上級の武士階層は何ら羨むべき存在ではなかった。将軍や大名は窮屈な儀礼に縛られ、自分の国土と家臣についてよく知らず、実権は下級に移行していて、威厳は見せかけだけで何の権力ももたない。と言っている。

上級者と下級者との間の関係は丁寧で温和である。と言う事については次のような逸話が語られている。
アリス・ベーコン(アメリカ・女性教育者。1884年来日、華族女学校英語教師・後の学習院女学校。1894年「日本の内側」出版)は
「自分たちの主人には丁寧な態度をとるわりには、アメリカと比べると使用人と雇い主の関係はずっと親密で友好的です。(中略)使用人は、自分の眼に正しいと映ることを、自分が最善と思うやり方で行う。命令にたんに盲従するのは、日本の召使にとって美徳とはみなされない。彼は自分の考えに従ってことを運ぶのでなければならぬ。もし主人の命令に納得がいかなければ、その命令は実行されない」

「欧米では、召使が上級者の会話に興味を示したり、あるいは口を挟んだりするのは分不相応なことであって、話しかけられぬ以上決して口を開かず、どんな事情があろうともにやりと笑ったりすることはないと知って、これを知った日本の女学生が驚きをしめした」

「日本では、夜に入って一家が火鉢のある部屋に集まって団欒する時、女中もその仲間入りをして、自分の読んでいる本の知らぬ字を主人にたずねることができる。」

当時の日本人の暮らしはどう本人たちが感じていたのか?
実は日本は鎖国中でもあり、自らの位置は自分自身では残念ながら測定できないと思われる。それに比べてこれらの異邦人は自らの国だけでなく世界各国を巡ってきているので、そうした中で見た日本の記録は鮮明・公平であると言える。
中には女性一人で東北~北海道に旅行して細かく紀行文を残しているイザベラ・バードの様な人もいる。
私はそれらに触れてビックリした。各国の人々が日本を、近代以前の日本を褒め称えているのだ。

イギリスの日本研究家B・H・チェンバレンは
「古い日本は妖精の棲む小さくて可愛らしい不思議の国であった」と書き残している。彼は1873~1911の間、日本にいて東京帝大の教師も勤めた。

同じイギリスの詩人エドウィン・アーノルドに至っては日本を
「地上で天国(パラダイス)あるいは極楽(ロータスランド)に最も近づいている国だ」と賞賛し、スピーチでは
”その景色は妖精のように優美で、その美術は絶妙であり、その神の様にやさしい性質はさらに美しく、その魅力的な態度、その礼儀正しさは、謙虚ではあるが卑屈に堕することなく、精巧であるが飾る事もない。これこそ日本を、人生を生甲斐あらしめるほとんどすべてのことにおいて、あらゆる他国より一段と高い地位に置くものである”と述べている。
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「逝きし世の面影」で語られる旧き良き日本

2016-02-05 04:03:21 | 日本の素晴らしさ
書物によって知った日本の素晴らしさ・・・・・これから数冊を紹介させていただきます。
最初は「逝きし世の面影」です。私の生涯の愛読書です。

「逝きし世の面影」と言う表題の単行本がある(平凡社 渡辺京二著 )。1999年度に和辻哲郎文化賞を受賞している。
 


画像の平凡社の単行本は600ページもあり読み応えのある本であるが奇妙な名前の本でもある。
実は今の近代化された日本に変貌するターニングポイントは「明治維新」であったと思われるのだが、本書はその時に
「日本にあった有機的な個性としての文明が滅んだ」と言っている。
そして、それを当時日本に滞在した外国人の目を通して描いている。

私たちは明治以前の江戸時代は封建時代であって、領主の専制・圧政の下、武士以外は高い年貢に悩まされ、自由もなく不幸であった時代と捉えがちだ。
しかし、幕末~明治初期に滞在した外国人がその時代の日本を、日本人を褒め称えている。この事実は案外認識されていない。その事を事実をもって書き著したのが本著である。
私はこの本を読んで改めて日本の素晴らしさを認識したので、これから何回かに分けてご紹介してみたい。

その内容に触れる前に本の帯に著名人が記した推薦文を紹介してみたい。
逢坂剛(作家) 本書を読めば、幕末から明治を生きた日本人が、今ではほとんど失われてしまった美徳を、いかに自然に身につけていたか、ありありと知ることができる。

田中優子(江戸文化研究者) 著者の文章力のゆえであろう。ここに出現している江戸時代日本に、私は渦に巻き込まれるが如く引き込まれ酔いしれる。桃源郷とはこのことである。

玉木正之(スポーツライター) 西洋文明を追って140年。アメリカ文化にかぶれて六十余年。「逝きし世」をただ偲ぶのではなく、我々が真に誇るべき過去を未来へのエネルギーにしたい。日本人必読の一冊。

平川祐弘(比較文学者) 子どもへのこんなやさしさ、両親と老人に対するこのような尊重、洗練された趣味と習慣のかくのごとき普及、異邦人に対するかくも丁寧な態度、自分も楽しみひとも楽しませようとする上でこのような熱心ーこの国以外のどこにこのようなものが存在するというのか。


浦賀にペリーが来航(黒船来航)したのが1853年(嘉永6年)、その15年後には明治維新を迎えた。
永く鎖国政策をとっていた我が国は紆余曲折の末「開国」の道を選び、時代は明治へと繋がってゆく。

この明治維新前後の数十年は日本に大変革があった訳で、300年続いた徳川幕府が倒れ「王政復古」「廃藩置県」「殖産興業」「富国強兵」等々の施策導入があり、日本は近代国家への歩みを始めたと私たちは学んできた。

それでは、それまでの時代つまり直近の江戸時代は近代国家ではなかったのか・・・・・・電気・鉄道・工業機械・造船・兵器等々をとってみても彼我の差は激しく、近代国家であったとはとても言えないでだろう。
*まったく私の個人的思い出であるが・・・・・私が多分10歳頃の時(だから昭和30年前後)、家の照明器具が白熱灯から蛍光灯に替えた晩をわすれられない。電球でも不自由はしていなかったのだが、蛍光灯が点った時の明るさは強烈であった。それまでの照明が何であったのかと言うくらい明るく隅々まで照らした。
それまでの行灯・・・つまり蝋燭や菜種油の照明だったこの時代の人が、初めて電球が点灯した時どんなにビックリしたかが良く分かる。
それでは江戸の時代は近代国家でないが故に国民は不幸であったのか・・・・・・

時は封建時代で領主の専制・圧政の下、武士以外は高い年貢に悩まされ、自由も制限され幸せで明るい筈がない。こう考えるのがまず一般的であろう。
しかし、そうではないようである。
我々が考える以上に当時の市民は自由で、明るく、快活に過ごしているのだ。
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【日本の凄さ】世界が「日本を特別視してる理由」&「日本を恐れる理由」

2016-02-04 02:41:43 | 日本の素晴らしさ
私は、このブログで最もやりたかったことは「日本の素晴らしさ」を訴えてゆく事だった。もちろん私がそれらを全て承知している訳ではない。
書物やネットで勉強しながらである。
書物では「逝きし世の面影」(渡辺京二 平凡社)、「梅干しと日本刀」(樋口清之 祥伝社)、「世界が愛した日本」(四條たか子 竹書房)等などを愛読している。
下記の動画で日本の素晴らしさを訴えている。中韓の非難が続く事もあるだろうが、こうした話題を多くしてゆきたいです。

【日本の凄さ】世界が「日本を特別視してる理由」&「日本を恐れる理由」
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世界最強 日本の天皇陛下!桁外れな権威の裏側に隠された「孤独との闘い」

2016-02-01 00:18:33 | 日本の素晴らしさ
今日はコメント無しで御覧ください。


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【海外の反応】アメリカ国民も認める天皇陛下の深過ぎる慈愛溢れる御言葉に全米が泣いた

2016-01-31 00:12:44 | 日本の素晴らしさ
この表題にいう”全米が泣いた”は、些か大袈裟表現である。
しかし、昭和天皇の感謝のお言葉がアメリカ人の琴線に触れた事は間違いないようだ。
勿論、逆に原爆投下や空襲による一般民殺戮を棚に上げてのご意見もあるでしょう。気持ちは分かるが、それを陛下のお言葉にしてはいけません。

【海外の反応】アメリカ国民も認める天皇陛下の深過ぎる慈愛溢れる御言葉に全米が泣いた
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【韓国の反応】オバマ大統領が日本の天皇陛下に90度の深いお辞儀をした動画を見た反応は?

2016-01-30 00:12:26 | 日本の素晴らしさ
2009年11月アジア歴訪で14日に来日したオバマ大統領は、天皇、皇后両陛下を訪ねた際に、握手をしながら腰を90度に曲げて深々とお辞儀をした。これについて、米国の保守系FOXテレビは15日、外国の要人に頭を下げるのは「米国の大統領として不適切」と批判したそうだ。
お辞儀は日本の礼儀であり、日本に来たオバマが”外交儀礼”としてお辞儀をすることに異を唱える、この報道は間違っている。

さて問題は、ここでも韓国だ。
このお辞儀で大騒ぎのコメントがネットで出た、あんたら関係ないでしょが!
オバマの深いお辞儀を見てショックを感じ、この後に韓国を訪問するオバマが同じように深いお辞儀をするか心配なんだとか!!

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天皇皇后両陛下 佐賀県行幸啓 沿道の人々の君が代を両陛下が・・・

2016-01-28 03:51:43 | 日本の素晴らしさ
前にも記したように、私自身は皇室の方々にお目にかかる幸運に何度か恵まれた事があった。
その時に自然と身が引き締まる思いがしたのであった。
それは、そうしろ、そうせよと教わった物ではない。今考えると、日本人のDNAなのかとも思えるのだ。
下記の動画はもう10年も前、佐賀県を行啓された時の人々の歓迎の熱狂ぶりだ。私はこの状況が理解できる、私がここにいたならば同じようにしている筈だ。

天皇皇后両陛下 佐賀県行幸啓 沿道の人々の君が代を両陛下が・・・
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記昭和天皇の沖縄への想いに感涙!叶わなかった願いに滲む悔しさ

2016-01-26 03:38:29 | 日本の素晴らしさ
今上天皇がフィリピン訪問の旅に出られた。昨年のパラオに次いで、かっての大戦の慰霊の旅である。
各地に散って、故国に帰れなかったご英霊は慰められる事であろうと思う。
この慰霊のご訪問は昭和天皇も行ってこられたが、国内・国際情勢は今と違う時代だ。ついに昭和天皇の沖縄訪問は実現しなかった。
国内唯一で地上戦となり、多くの犠牲者を出した沖縄に対する思いは天皇にとって特別な物があったと思われる。ついに昭和62年に訪問の日程が組まれたのだが、その後に体調を崩され実現に至らなかったのでありました。以下の動画に詳しい。

昭和天皇の沖縄への想いに感涙!叶わなかった願いに滲む悔しさ
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天皇陛下のお金の裏話に驚愕!皇室の知られざる食卓事情!慎ましい生活に驚愕

2016-01-25 03:11:17 | 日本の素晴らしさ
天皇家でお使いになる物品を皇室御用達と言う。
先日、何気なく本屋で立ち読みしながら本を漁っていたら、この御用達の物品一覧が本になっていたのを拾い読みした。
基本的には食品添加物などを使わない物のようだが、これは私達でも買うことが出来る。
天皇の食卓は基本的には慎ましいご様子だ。

天皇陛下のお金の裏話に驚愕!
皇室の知られざる食卓事情!慎ましい生活に驚愕
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愛知県一宮市の市立中学の男性校長(56)がブログで天皇を語る

2016-01-24 02:09:19 | 日本の素晴らしさ

愛知県一宮市の市立中学の男性校長(56)が、学校のホームページ上のブログに、神話に基づく日本建国の由来などに触れながら、自国に誇りを持つよ う訴える記事を掲載したところ、市教育委員会から「神話を史実のように断定的に書いている」との注意を受け、記事を削除していた(2015年2月)。
イギリスの歴史学者アーノルド・J・トインビー氏は「12・13歳までに民族の神話を学ばなかった民族は必ず滅びる!」
という言葉を残し、自国の神話や歴史を学ぶ事の大切さを強調している。

この校長の上記ブログの全文は以下の通りだが、これのどこに問題があると言うのか・・・・・

2月11日は建国記念日です。そこで、今日は日本のルーツ、日本の起源について、お話をしたいと思います。日本の建国は、今から2675年前の紀元 前660年2月11日、初代、神武天皇が即位した日が始まりです。世界一広いお墓、大仙古墳で有名な、16代仁徳天皇が、ある日高台に登って遠くをご覧に なられました。すると人々の家からは、食事の準備のために煮炊きする煙が少しも上がっていないことに気付いたのです。

 仁徳天皇は「民のかまどより煙がたちのぼらないのは、貧しくて炊くものがないのではないか。都がこうだから、地方はなおひどいことであろう」と仰せられ、三年間、税を免除されました。

 税を免除したために朝廷の収入はなくなり、宮殿は大いに荒れました。天皇は衣を新調されず、茅葦屋根が破れ、雨漏りがして、星の光が屋根の隙間から見えるという有様でした。
三年がたって、仁徳天皇が同じ高台に出られて、遠くをご覧になると今度は、人々の家々から煮炊きする煙が盛んに立つのをご覧になり、その時、仁徳天皇がこのように言われたということです。

 「高き屋に のぼりて見れば煙立つ 民のかまどは賑わいにけり」

 そして、一緒におられた皇后に「私は豊かになった。喜ばしいことだ」とおっしゃったということです。

 皇后はそれを聞いて「陛下は変なことをおっしゃいますね。衣服には穴があき、屋根が破れているのに、どうして豊かになったといえるのですか」

  すると「国とは民が根本である。その民が豊かでいるのだから、私も豊かということだ」と言われ、天皇は引き続き、さらに三年間、税をとることをお許しにな らず、六年が経過して、やっと税を課して、宮殿の修理をお許しになりました。すると人々は命令もされていないのに、進んで宮殿の修理をはじめ、またたくま に立派な宮殿ができあがったといいます。

 この話は神話であり、作り話であるという説もあります。しかし、こうした神話こそが、その国の国柄を示しているとも言えるのです。

こうした天皇と国民の関係性は、何も仁徳天皇に限ったことではありません。敗戦直後の1945年9月27日、124代昭和天皇はマッカーサーと会見をしました。そして、その会見で昭和天皇はこのようにマッカーサーに話したのです。

  「今回の戦争の責任はすべて自分にあるのであるから、東郷や重光らを罰せず、私を罰してほしい。ただし、このままでは罪のない国民に多数の餓死者が出る恐 れがあるから、是非食糧援助をお願いしたい。ここに皇室財産の有価証券類をまとめて持参したので、その費用の一部に充ててほしい」と述べたのでした。

  それまで、天皇陛下が、多くの国王のように、命乞いに来たのだろうと考えていたマッカーサー元帥は、この言葉を聞いて、やおら立ち上がり、陛下の前に進 み、抱きつかんばかりにして陛下の手を握り、「私は初めて神のごとき帝王を見た」と述べて、陛下のお帰りの際は、マッカーサー自らが出口まで見送りの礼を 取ったのです。

 このように、初代、神武天皇以来2675年に渡り、我が国は日本型の民主主義が穏やかに定着した世界で類を見ない国家です。

 日本は先の太平洋戦争で、建国以来初めて負けました。しかし、だからといってアメリカから初めて民主主義を与えられたわけではありません。また、革命で日本人同士が殺しあって民主主義をつくったわけでもありません。

古代の昔から、日本という国は、天皇陛下と民が心を一つにして暮らしてきた穏やかな民主主義精神に富んだ国家であったのです。

 私たちは日本や日本人のことを決して卑下する必要はありません。皆さんは、世界一長い歴史とすばらしい伝統を持つこの国に誇りを持ち、世界や世界の人々に貢献できるよう、一生懸命勉強に励んで欲しいと思います。
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天皇はなぜ尊いのか

2016-01-23 03:06:18 | 日本の素晴らしさ
日本人は今、世界一、自分の国の歴史を知らない人たちになっている。自分の国の歴史を知らない人が、何で「国民」なのか。日本人の歴史を知らない人が、何で「日本人」なのか。(櫻井よしこさんの言葉)

webサイト「ぼやきくっきり」の著者が、非常に明確にこれを語っています(以下引用)。
いつの時代も、天皇は日本国民と共に在りました。今上陛下はじめ歴代天皇は日本国民のために日々祈りを捧げてこられました。

両陛下がこんなふうに祈りを捧げられる光景は、これまでに国民の見ていないところで、それこそ数えきれないほどあったのではないでしょうか(宮中祭祀も含め)。
しかし、天皇が(天皇制が)何故必要なのかと(天皇制反対論者)問われれば、明確に説明できない。
しかし、以下の竹田恒泰氏の発言でそれが明確になった。

以下が第3回教科書改善シンポジウム詳報「日本文明のこころとかたち」における竹田恒泰さん(明治天皇の玄孫にあたる方)の発言です。

まず、日本を知るということは、天皇を知るということ、そして日本を語るということは天皇を語るということ、その逆もしかりなわけですけども、天皇とは何かということを説明するのは非常にやっぱり難しいことなのですね。それで人それぞれ感じ方も違いますし、持っているものも違う。

 天皇はなぜ尊いか。私も何年間も考えておりました。考えた挙げ句、思想家の葦津珍彦(あしづ・うずひこ)先生の全集を読んでいた時、「これだー」と思った一節に当たりました。

 葦津珍彦先生は戦後、特に神道界において非常に重要な役割を担った方です。日本中の神職の方もたいへん尊敬をしている方ですけれども、この方は神道のこと、日本の伝統のこと、そして皇室、憲法のこと、天皇のことなどを非常に論理的に事細かに説明される先生なんですね。その葦津珍彦先生が著書の中でこういうことを言っているわけです。

 天皇はなぜ尊いか。これについては「言葉では説明できない」と。これだけ論理的に明解に説明される先生が、説明ができないとおっしゃるんですね。それで僕はそれ読んだ時、「これだ」と思いました。これしかないという思いでした。

 たとえば最初に申し上げましたけど、天皇がなぜ尊いか。人によって思いはまちまちです。中にはかっこいいとか、素敵とかいういう人もいれば、歴史上の流れを汲んだ上でいう人もいれば、愛子様がかわいいとか、皇室が好きな理由はいろいろあると思います。

 ただし、葦津珍彦先生は、世界の中で天皇ほど非政治的な君主はないが、国民に対してこれほど影響力を持っている君主もないのだということを言っているわけですね。
それで国民はいろんな理由で天皇を尊敬する。その尊敬もいろいろバラバラであるというわけです。でもバラバラでいいということなんですね。ただ、それが今だけの話ではなくて、五十年前も百年前も、それこそ幕末だろうが江戸時代、平安時代、もう日本のわが国の歴史始まって以来、その状況は変わらなかったというわけです。

 故高松宮殿下のお言葉を借りれば、なぜ二千年皇室が続いてきたか。それは歴史的に国民によって守られてきたからです。
ですからもしどこかの時代で、天皇なんか要らないという時代が一カ所でもあれば、今皇室はなかったわけですよね。どの時代も国民が守り続けた。
ですから今の皇居は徳川の城ですから城壁があってお堀に囲まれてますけども、本来の天皇のおわす場所は京都御所。お堀もなければ塀だって誰かが軍事力で抹消しようと思ったら簡単にできてしまう、低くて薄っぺらい塀でした。
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映像制作会社が作った 世界一長く続いている国【日本】

2016-01-21 02:02:00 | 日本の素晴らしさ
もう暫くすると2月11日の建国記念日を迎えることになる。
下記の映像に出てくるのだが、この日は神武天皇の即位した日で、西暦では今年が2016年だが、皇紀では2676年となる(下記映像では2673年としているが、三年前に制作されたものである)。
日本に次ぐ建国以来の歴史を持つ国はデンマークが1000年、次いでイギリス王国の900年である。
改めて、日本の素晴らしさを認識できる映像だ。

映像制作会社が作った 世界一長く続いている国【日本】

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世界最強は日本の天皇陛下!日本人が知らない桁外れな権威と海外での地位

2016-01-20 04:34:39 | 日本の素晴らしさ
日本国民は皇室を崇拝し、その存在を誇りにしている。
しかし、日本皇室が世界中で最高の権威を持って遇されているかを、知っている人は少ない。
下記の動画で出てくるのだが、ローマ法王や英国王室とて天皇陛下を上座にして対応される。
それは”最古の王朝””唯一のエンペラー”として、皆が認めていることなのだ。
アインシュタイン博士さえ、こう言っている。


世界最強は日本の天皇陛下!日本人が知らない桁外れな権威と海外での地位
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