【阿多羅しい古事記/熊棲む地なり】

皇居の奥の、一般には知らされていない真実のあれこれ・・・/荒木田神家に祀られし姫神尊の祭祀継承者

付記5c: 侍女が替わりました

2024年03月01日 | 歴史

 

「侍女が替わりました」と、女官が見覚えのない若い女を部屋へ招き入れた。幼児の私が皇居へ参内した時に、世話をしてくれる侍女のことだ。けれども、その背後で落ち着かない視線を床へ落としている女は、服の上からでも分かるほど背骨が浮き出て、まるで皇居へ迷い込んで来た野良猫のようだった。

 

女官が出て行くと、侍女は私を鏡台の前に座らせて、髪を梳いてくれた。櫛が私の後頭部を滑り下って、首筋に当たるたびに、私は硬直した。
「あの・・・ 貴女は、何処か悪いんですか?」
子供の愚直な質問に、女は酷く動揺した様子だった。片手を高く張った頬骨にやって、じっと何かに耐えているかのように動かなかった。その手の甲に、青黒い静脈の網が浮いていた。

 

私の恐怖は一層増幅して、次々に言葉が口を突いて出た。「お医者へは行ったの? ・・・それで、何て言ったの?」
もし黙ったら、女の手がすぐさま翻って、自分の首根っこに掴み掛かって来るような気がしたのだ。
しかし、痩せた女は別段怒りもせず、ただ弱々しく呟いただけだった。「行ったほうがいいかしら・・・」

 

女はベッドの端に座って、衣服をたたみ始めた。私のほうは話しかける話題も無くなって、ぼんやりとその手の動きを目で追っていた。
「何を見てるの?」と女が訊いたので、「手・・・」と答えた。すると、女は素早く手を引っ込めて、「見ないで」と言った。

 

突然、女がたたんでいたブラウスを両手で皺くちゃに掴んだかと思うと、そこへ顔を埋めた。背骨が小刻みに震え、噛み締めた歯の隙間から、ううっ、と嗚咽が漏れた。「ねえ、治らないの? ・・・ねえ、お薬飲んだ?」 私は自分の不安を紛らわすために無用な質問を繰り返したが、女は・・・そんな子供には微塵も関心は無い様子で、「あの男が・・・」と怨嗟の情話を語り出した。