アメリカ合衆国領キューバ自治州(コモンウェルス・キューバ)

2024-03-26 15:38:25 | 新大陸(アメリカ大陸)
キューバ自治州

Commonwealth of Cuba U.S.A

キューバ自治州とは、カリブ海・中央アメリカのアメリカ合衆国の領土である。
2028年6月、アメリカ軍のキューバ侵攻(トランプ政権側は人権擁護作戦と主張)により併合された。
単にキューバ、キューバ連邦自治領とも呼称する。



・キューバ共産党の独裁

キューバは第一次キューバ革命(1959年)以降、マルクス・レーニン主義(スターリン主義)を標榜して、共産党の一党独裁、言論の自由や政治活動の制限を行っていた。
人権侵害として、キリスト教会への監視と抑圧、自由主義や親米意見の検閲などがあった。

・在米亡命キューバ人団体とCIAの関与

第二次トランプ政権は、反共主義系の亡命キューバ人らで作る「キューバ解放自由会議」(CLFC)
やキューバ国民党(CPP)からの要請があったとして、キューバ侵攻を2027年の10月10日に発表した。
国連加盟国の大半はトランプ政権の暴走に反対した。
とくにロシア連邦、中華人民共和国、イラン共和国などは「アメリカ帝国主義」の単語を用いて強く反対して経済制裁を辞さないとした。
トランプ政権は「カストロ一族と、共産主義者をキューバから追い出す。革命政府と人民によりキューバの共産主義者らは処刑されるべきだ」と主張した。
米国政府は第二次キューバ革命を支援すると発表した。
「全米反共産主義統一戦線」(AACCUF)や「ヒスパニック・フリーダム・カンファレンス」(HFC)、「キューバ民主化評議会」(CDC)は反共系キューバ人に武装蜂起を呼び掛けた。


・トランプ政権のキューバ侵攻


2028年1月1日、「キューバの民主化運動と、第二次キューバ革命を支援する。」
として、CIA直轄の「特別攻撃師団」(SAD)と「フリーダム・コマンドー」はキューバに侵攻した。
ハバナにあるキューバ国防省とキューバ共産党のビルに集中爆撃が行われた。

一連の介入は、「第二次キューバ革命のための人権擁護作戦」と呼ばれ、トランプ政権は人権擁護作戦と一貫して発表した。
中国やロシアなどからは「キューバ侵略」と呼ばれた。
日本政府は米国に合わせて「キューバにおける限定的な軍事介入」という表現になり戦争にはあたらないとした。
だがマスコミレベルでは「第二次キューバ危機」「キューバ侵攻」「キューバ戦争」と呼ばれた。




日本社会主義府(北朝鮮による統治下の日本列島)

2024-03-26 13:18:22 | 極東-ロシア
日本社会主義府(イルボン シャヘジュイブ 일본사회주의부 Socialist District of Japan) 日本社会主義府は、西暦2033年3月26日から2057年4月17日まで続いた北朝鮮の一部としての日本列島に置かれた行政区分である。 正式な名称は、「朝鮮人民民主主義共和国 日本社会主義府」である。また2033年から2039年までは「日本社会主義自治区」であった。 第四次世界大戦後、中国は戦勝国にはなったが大幅に国力は低下して新疆省の放棄も行うなど大胆な改革を行っていた。 第四次世界大戦後の秩序は汎イラン主義と汎トルコ主義の戦に移行していった。 日本列島の分割統治で、本州の大部分は国力がほとんど低下していなかった朝鮮の管理下になった。 ただ名目上は朝鮮労働党の党組織が派遣されていたものの、日本の社会主義者や共産主義者らが府政府として統治していたために、 朝鮮人民民主主義共和国側は限定的な介入しかしていなかった。 府議会は一院制で、市民代表院があり、自由民主党、日本共産党、日本社会党、朝鮮労働党在日地下党、朝鮮労働党日本委員会、無所属の6会派に分かれていた。 ※ここでいう自由民主党や日本共産党は、日本国時代の自民党や日共とは別の組織である。 府歌は「北上川から遠賀川まで」であり、君が代の曲調とさくらさくらの曲調を組み合わせたようなものだった。 府旗は、北朝鮮の旗とほぼ同じだが、縦横の比率と色合いが若干違った。青がやや藍色に近く、赤がより深かった。 しかし、差異は微妙だったのと、色覚弱者にとっては判別がつきにくいとして批判もあり、2034年12月2日に若干修正された。