鞠子。平塚らいてうにあう3
らいてうは鞠子に
原稿を書くという。
そして、戦後になって
考えが変わったと
いった。
鞠子が会社に帰ると東堂が
きていた。
心配していたのと
鞠子がらいてうに会うというので
様子を見に来たのだ。
原稿を受けて下さったと
報告するとみんなが喜んだ。
もう一度女性に勇気を与える
ような原稿をお願いしたら
あなたの暮らしには似合わないと
いわれた。
子育てや戦争などで
考えが変わったといった。
考えが変わるというのはいいこと
なのよともいった。
それはなぜかというと
環境が変わったことで
なにより、毎日の平和な生活が
大事なことなのだと分かったという。
その言葉に、鞠子は感動したと
東堂につげた。
そして、原稿がアップした日
鞠子は原稿を抱きしめて
会社へ走って帰ってきた。
花山に見せると
すばらしい!!!
と、いった。
ごまのお汁粉の作り方である。
鞠子は
女性の権利主張の原稿を依頼したが
それを却下してしかし、それ以上の
ゴマのお汁粉の原稿を書かせたのは
鞠子のお手柄だとほめた。
鞠子は、とまどった。
花山は平塚らいてうの
原稿だぞう~~~~~~~と
よろこんだ。
その帰り道
鞠子は水田に結婚の申し出を
謹んでお受けしますといった。
水田は鞠子が働き続けることが
希なのだと思っていたという。
しかし、今回やっと自分が水田の
太陽になれると自信を持つことが
できたという。
水田は鞠子に
鞠子さん、僕と結婚してくださいと
いった。
鞠子は
はい、ふつつかものですが、よろしく
お願いしますと
頭を下げた。
ふたりはそのまま
小橋家にいった。
小橋家の君子、常子、美子の
前で水田は
正座して結婚の申し出をした。
鞠子さんを僕にください。
君子は、常子にあなたが
お返事してと言った。
常子は
両手をついて鞠子を
お願いしますといった。
君子も美子も、一緒に言った。
水田と一緒に鞠子は
こちらこそ、よろしくお願い
しますといった。
さて、つぎは結婚式の日取り
とか媒酌人を決めないといけない。
花山に媒酌品を頼んだが
変人のため、断られた。
堅苦しいことが嫌いだという。
宗吉の店ではすでに常子から
結婚するという話を聞いた
宗吉と照代が
良かったよかったと
よろこんだが、常子は
自分から聞いたことは内緒です
といった。
そのとき鞠子と水田が店に来て
宗吉夫婦に媒酌人を頼んだ。
あまりの展開の速さに
宗吉は媒酌人だって?と
驚いた。
*********************
すてきなお母様です。
君子さんは天然だとトトがいって
いましたが、天然だからこそ
娘たちがのびのびと
責任感を持って生きることを
身に着けたと思いました。
親はどこまで賢くどこからあほで
いいのか、よくわかりません。
鞠子の責任感の強さは常子とも
美子ともにも
通じています。
で・・・・
いよいよ
結婚式ですが・・・・
ああ・・・・
子供のころね・・・
えっと
昭和30年代ぐらいよ。
新幹線もない時代よ。
あるおうちで遊んでいたのよ。
小さな子供だったので誰とも
遊ぶことができた年頃よ。
おそらく、大きな農家のおうち
だったのだろうと思います。
突然、その家のお母様が
お嫁さんが来るよ
というので
友だちは窓の外を見ました。
お嫁さん???
わたしは、意味が分からず友達と
一緒に外を見ました。
すると二階からとなりの家の玄関先が
みえます。
着物を着た男性や女性が列を作って
歩いてきました。
荷物を持っている人
きれいな着物を着ている人
そして迎える側も
きれいな着物を着ていました。
お嫁さんは
文金高島田に
しろい角隠しをして
きれいな着物をきていました。
そして、馬に乗ってやって
来ました・・・
馬の付けた鈴がしゃらしゃらと
なっていました。
感動しました~~~~~~~~
あの光景はもう一度見たいと思っても
みれないものですよね。
丁度年代的には
鞠子が結婚する年代です。
らいてうは鞠子に
原稿を書くという。
そして、戦後になって
考えが変わったと
いった。
鞠子が会社に帰ると東堂が
きていた。
心配していたのと
鞠子がらいてうに会うというので
様子を見に来たのだ。
原稿を受けて下さったと
報告するとみんなが喜んだ。
もう一度女性に勇気を与える
ような原稿をお願いしたら
あなたの暮らしには似合わないと
いわれた。
子育てや戦争などで
考えが変わったといった。
考えが変わるというのはいいこと
なのよともいった。
それはなぜかというと
環境が変わったことで
なにより、毎日の平和な生活が
大事なことなのだと分かったという。
その言葉に、鞠子は感動したと
東堂につげた。
そして、原稿がアップした日
鞠子は原稿を抱きしめて
会社へ走って帰ってきた。
花山に見せると
すばらしい!!!
と、いった。
ごまのお汁粉の作り方である。
鞠子は
女性の権利主張の原稿を依頼したが
それを却下してしかし、それ以上の
ゴマのお汁粉の原稿を書かせたのは
鞠子のお手柄だとほめた。
鞠子は、とまどった。
花山は平塚らいてうの
原稿だぞう~~~~~~~と
よろこんだ。
その帰り道
鞠子は水田に結婚の申し出を
謹んでお受けしますといった。
水田は鞠子が働き続けることが
希なのだと思っていたという。
しかし、今回やっと自分が水田の
太陽になれると自信を持つことが
できたという。
水田は鞠子に
鞠子さん、僕と結婚してくださいと
いった。
鞠子は
はい、ふつつかものですが、よろしく
お願いしますと
頭を下げた。
ふたりはそのまま
小橋家にいった。
小橋家の君子、常子、美子の
前で水田は
正座して結婚の申し出をした。
鞠子さんを僕にください。
君子は、常子にあなたが
お返事してと言った。
常子は
両手をついて鞠子を
お願いしますといった。
君子も美子も、一緒に言った。
水田と一緒に鞠子は
こちらこそ、よろしくお願い
しますといった。
さて、つぎは結婚式の日取り
とか媒酌人を決めないといけない。
花山に媒酌品を頼んだが
変人のため、断られた。
堅苦しいことが嫌いだという。
宗吉の店ではすでに常子から
結婚するという話を聞いた
宗吉と照代が
良かったよかったと
よろこんだが、常子は
自分から聞いたことは内緒です
といった。
そのとき鞠子と水田が店に来て
宗吉夫婦に媒酌人を頼んだ。
あまりの展開の速さに
宗吉は媒酌人だって?と
驚いた。
*********************
すてきなお母様です。
君子さんは天然だとトトがいって
いましたが、天然だからこそ
娘たちがのびのびと
責任感を持って生きることを
身に着けたと思いました。
親はどこまで賢くどこからあほで
いいのか、よくわかりません。
鞠子の責任感の強さは常子とも
美子ともにも
通じています。
で・・・・
いよいよ
結婚式ですが・・・・
ああ・・・・
子供のころね・・・
えっと
昭和30年代ぐらいよ。
新幹線もない時代よ。
あるおうちで遊んでいたのよ。
小さな子供だったので誰とも
遊ぶことができた年頃よ。
おそらく、大きな農家のおうち
だったのだろうと思います。
突然、その家のお母様が
お嫁さんが来るよ
というので
友だちは窓の外を見ました。
お嫁さん???
わたしは、意味が分からず友達と
一緒に外を見ました。
すると二階からとなりの家の玄関先が
みえます。
着物を着た男性や女性が列を作って
歩いてきました。
荷物を持っている人
きれいな着物を着ている人
そして迎える側も
きれいな着物を着ていました。
お嫁さんは
文金高島田に
しろい角隠しをして
きれいな着物をきていました。
そして、馬に乗ってやって
来ました・・・
馬の付けた鈴がしゃらしゃらと
なっていました。
感動しました~~~~~~~~
あの光景はもう一度見たいと思っても
みれないものですよね。
丁度年代的には
鞠子が結婚する年代です。