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大善人へ身魂磨き

アフリカの子供達



以前、アフリカに行きたいと娘が言い出し、私は何事も経験と思うので、行っておいでと行かせました。黄熱病やマラリアは怖かったですが、対策をして行きました。コロナ禍では、とんでもないですので、コロナになる前です。


物がなく、シャワーは水だけだったようです。しかし、裸足で遊ぶ子供達の瞳は大きくキラキラしていて、集まれば踊り笑っていて、ダンスの好きな娘も輪に入り思い切り楽しみ遊んだみたいです。


娘は、物がなく可哀想な顔をした写真を目にし、ただ実情を見たくて行ったのですが、作られた写真のイメージとは裏腹に、行ってみて、もののある無しがそのまま幸福感のある無しには繋がらないことがわかったようです。良く笑い人懐っこい子供達が可愛くてたまらなかったようです。





もちろん、物が無さすぎたら苦しみが生まれますから、援助は大切ですし、教育が受けられず児童労働をしている子達を街中で目の当たりにしたことの衝撃と、電気のない教室で一個の消しゴムをみんなでシェアしたりしていた姿を娘は忘れられないと話してくれました。


巨万の富を得ることをよしとする社会。世界に目を向けると、なんてこった、、、の格差があります。


しかしながら、アフリカの話を聞くと、富と心の豊かさは比例しない。日本ほど豊かな国に死を選ぶ人や子供が多いことが物語っています。


日本に生まれてこれるのは幸せなことだと私は思います。世界では、発言の自由のない国、強烈な性差別のある国、児童労働などが行われる国もあります。子供に武器を持たせる国も。ひとの選択は自由だけど、生まれてくる国の選択はスタートから違います。そういう国を選ぶ魂があります。


そこにはその人なりの人生を彩る経験があるから良い悪いはいえないけれど、恵まれた国の当たり前は、決して当たり前ではないのだと思います。



写真をみてると、弾ける笑顔は宝です。子供達の笑顔がとても良いです。教室に電気がなくても、文具がなくても、笑顔。なんだかどんな環境にあっても、笑顔でいられる子供は幸せな気もします。


日本は、snsの功罪か、空気をよんだり、コミュ力を要求されるのが低年齢化して、子供達が生き辛くなっていると思います。いじめなんかは、陰湿化して昔より簡単に集団で一瞬に人の心を傷つけます。


物が溢れる社会は、何かが少しずつ失われていく社会なのかもしれません。便利なものが溢れることによる負の部分に目を逸らさず、生きづらい子供達を大人はどうにか守らないといけないし、子供達自身が自分の心を守る事が出来るように育てることが大切かなと思います。














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