歯科技工管理学研究

歯科技工管理学研究ブログ
歯科技工士・岩澤 毅

50年間、お待たせしました-「歯科技工所の構造設備基準と品質管理指針」の位相-

2005年08月12日 | ごまめ・Dental Today
『ごまめ』35号(06年3月発行予定)原稿
50年間、お待たせしました
-「歯科技工所の構造設備基準と品質管理指針」の位相-

岩澤 毅(秋田市)

はじめに
2005年3月18日「医政発第0318003号」として「歯科技工所の構造設備基準及び歯科技工所における歯科補てつ物等の作成等及び品質管理指針について」が、厚生労働省医政局長より都道府県知事・保健所を設置する市の市長・特別区長に対して通知されました。
この通知に関し現場に若干の混乱も見られるようですが、私の感想を記したいとと思います。

50年間の忘れ物
今回の「医政発第0318003号」が、歯科技工法(現在の歯科技工士法)制定時に必要であった基準が、50年の長きに渉り欠落し続け、今回はじめて埋められたものであるとの認識が重要と思います。歯科技工法第25条(改善命令)同第25条(使用禁止)に規定される「構造設備」に関し何らの明文規定が存在しないこの欠落状況は、行政の不作為と業界の体質(当初の基準を設けても業界自体が耐えられないと判断されても、致し方ない状況は、確実に存在したと思われる)は、歯科技工士の力不足が生み出したものと率直に反省を込めて考えます。

私の見聞した中でも少なくない車庫等を簡易的に改造した歯科技工所や、自宅の一室を応急的に改造し歯科技工所とし、防塵・防音等に疑問のある歯科技工所。近隣住民にとって迷惑施設となりかねない歯科技工所。排水を公共下水道等に直接流し込む歯科技工所が、確実に存在していました。

歯科技工業界が、患者と社会に歯科補綴物等の安心安全に対してどのような最低基準を示すことが出来るのか、あるいは求められているのか、ここに今回の「歯科技工所の構造設備基準及び歯科技工所における歯科補てつ物等の作成等及び品質管理指針について」を考える起点があると思います。

歯科技工士法
(昭和三十年八月十六日法律第百六十八号)
最終改正年月日:平成一六年一二月一日法律第一五〇号
(改善命令)
第二十四条
 都道府県知事は、歯科技工所の構造設備が不完全であつて、当該歯科技工所で作成し、修理し、又は加工される補てつ物、充てん物又は矯正装置が衛生上有害なものとなるおそれがあると認めるときは、その開設者に対し、相当の期間を定めて、その構造設備を改善すべき旨を命ずることができる。
(使用の禁止)
第二十五条
 都道府県知事は、歯科技工所の開設者が前条の規定に基く命令に従わないときは、その開設者に対し、当該命令に係る構造設備の改善を行うまでの間、その歯科技工所の全部又は一部の使用を禁止することができる。第九条の規定は、この場合において準用する。
モスバーガーに見る安心安全の情報公開
私たちを取り巻く現在の、消費者と生産・流通側の関係を考えるに際して、教訓を学ぶべき幾つかの事例があると思います。
特にBSE騒動・雪印乳業の製品偽装と三菱自動車の車両の欠陥隠し事件以降は食と製品の安全安心に対する消費者の要求水準と、生産・流通側の自己防衛的あるいは他との差別化を図るための安全安心への取り組みが飛躍的に向上しています。
モスバーガーのHPには、「モスの安心・安全への取り組み」とのタイトルで、原料の選定から店頭で商品を引き渡すまでの衛生管理を簡潔に判り易く伝えています。
またモスバーガーでは、店舗の衛生指導を行う専門会社を設け、衛生指導員が抜き打ちの店舗検査を実施し、店舗の安心・安全の担保としようとしています。
 
前提としての安心と安全
医療と食に求められる要としての「安心と安全」は、絶対不可欠の前提としての「安心と安全」と言えると思います。「安心と安全」の保障の無い医療と食は、医療とも食とも呼べないものです。

供給者側・歯科技工所が長年にわたり歯科補綴物に何らの基準も持たないことに鈍感・不感でいられ、新たな基準の設定を歓迎できない心性は、安心と安全に何らの責任も取りえない、無責任な業界の一部の心性であると言い換えることも可能と思います。歯科技工業界は、半世紀の長き間この責任を果してこなかったとの誹りを受けても反論できない立場にあることに自覚的であるべきだと考えます。

患者主権・当事者主義
歯科技工士である私たちの中にも、生産者側の論理に「ヒキコモリ」、留まる姿勢あるいは医療提供者側にある遺物としての医療父権主義の影に引きずられている部分が少なからずあるのではないかと思います。

これらの過去の遺物を清算し、現代に求められる「患者主権・当事者主義」への理解が歯科技工士の現代的再生の道を開くものと思います。

「第三者評価と説明責任の時代」と財団法人日本医療機能評価機構
 既に消費者の主権者意識の向上と消費者保護法制の整備とともに、生産者側の主観的な職業認識と職業意識が通用しない時代が到来しています。

 この時代の大きな変化が、第三者機関による外部評価を目指した財団法人日本医療機能評価機構の登場を促したと言えると思います。

財団法人日本医療機能評価機構はその設立趣旨を「国民が適切で質の高い医療を安心して享受できることは、医療を受ける立場からは無論のこと、医療を提供する立場からも等しく望まれているところです。 国民の医療に対する信頼を揺るぎないものとし、その質の一層の向上を図るために、病院を始めとする医療機関の機能を学術的観点から中立的な立場で評価し、その結果明らかとなった問題点の改善を支援する第三者機関として、財団法人日本医療機能評価機構は設立されました。」と説明しています。

歯科においては、NPO法人歯科医療情報推進機構が設立されましたが、まだ不明な部分も多く、新たな時代の端緒と成り得るものか、評価以前の段階と言えると思います。
歯科技工・歯科補綴物等に関しても「国民の歯科医療・歯科技工に対する信頼を揺るぎないものとし、その質の一層の向上を図るために、歯科医療機関・歯科技工所の機能を学術的観点を含め中立的な立場で評価し、その結果明らかとなった問題点の改善を支援する第三者機関」が、近い将来に求められるのは必然ではないでしょうか。

この萌芽を、「歯科技工所の構造設備基準及び歯科技工所における歯科補てつ物等の作成等及び品質管理指針」から生み出せるか否かが、歯科技工士の側の力量を測る一つの基準となり得るのではないかと考えます。

産直に活路を求める農民と追随する流通大手と行政
戦後の揺れ動く農政に翻弄され続けた秋田県大潟村(米・食料増産のため旧八朗湖を干拓し作られた)の入植農家の一部は、「食の安全と安心には、理念と根拠が必要です」をスローガンに掲げ、あきたこまち生産者協会を組織し、国際環境規格ISO4001・国際品質規格ISO9001の取得や、残留農薬分析システムの導入、重金属(カドミウム)分析システムの導入、安全基準の公開などを取り組み、消費者からの信頼を最重要視することで、様々な困難の中その存在を高め経営的にも一定の基盤を確立する努力を続けています。

また、消費者との交流を求め、生産現場の情報を公開し、土壌の履歴農薬等の使用の履歴を透明化し、安心安全の提供の一助とする動きも更に進んでいます。これらは消費者の支持こそが経営その他の基盤であることを知り、信頼こそが次代を切り開くキーワードとの認識の上に立った行動と思います。

日本を代表する流通グループのイオンは、生産者と消費者のこれらの動きに影響されながら、消費者からの信頼を求め自社HPでイオンのトレーサビリティーの仕組みを解説し「トレーサビリティーとは、英語の「トレース」(足跡を追う)と、「アビリティー」(できること)を合わせた言葉で、「追跡可能性」(追跡ができること)と訳されます。イオンで取り扱う国内産牛肉は、全て生産から店頭までの履歴を追跡可能な牛肉ばかり。「国内産牛肉の安心確認システム」では、お客さまのご自宅からお買い求めいただいた牛肉の生産履歴をインターネットで検索いただけるサービスへの取組みを開始しました。」と記し、時代の動きとの連動に努めています。

農林水産省は、消費者と農民更には外食産業の先進的な動きの後追い政策ながらも、平成17年7月28日、「外食における原産地表示に関するガイドラインについて」を地方農政局等、都道府県及び関係団体に通知し、原産地表示を進めています。

JIS(日本工業規格)とISO(国際標準化機構)とJAS(日本農林規格)

確立し安定した商品経済社会において「規格・標準」という物差しは、私たちの生活の様々な場面を快適にし、安心と安全を支えています。電気製品のプラグとコンセント、電池等々がメーカーを問わず互換性を持つ事で、消費者は利便性を獲得するわけです。

 標準が統一されず分裂した場合の不便さとその不経済は、ビデオシステムにおけるVHSとベータ間の争いなどが思い起こされます。

世界史的にも古代から政権の統一は、度量衡の統一、歴の統一等利便の提供を促し国家の基礎をなしていたわけです。

工業化社会の時代には、JIS(日本工業規格)が身近に感じられ、ブランドへの信頼を高めました。経済の世界規模でのボーダーレス化の広がりと地球規模の視点が必要とされる時代、環境への影響も重視される時代にはISO(国際標準化機構)が上位の「規格・標準」として生まれる必然性を持つ訳です。

農産品を自家生産・自家消費した時代やごく近所で生産した農産品を消費していた時代には必要とされていなかった農業・農産品に対する品質表示基準制度も、流通が広域化し生産と消費が切り離された時代には必要とされます。JAS(日本農林規格)は、加工食品・遺伝子組換え食品・有機農産物等々を含めた基準を設け、更に認証手続き・認証機関による制度的保証に取り組んでいます。

これらは消費者保護と共に、産業振興の一助の働きをしていると言えると思います。

終りに
もし、コンタクトレンズ使用者・国民がコンタクトレンズの製造・流通業者の一部の「構造設備と品質管理」の実態が、過去の歯科技工所レベルと同様などということがあったとし、それが消費者の知るところとなった場合を想定する時、それは大きな社会問題となっていたことでしょう。私は、そのレベルのコンタクトレンズの購入・使用を拒否し、より信頼できるコンタクトレンズの製造・流通業者を探すと思います。

消費者の潜在的要求を発見しそれに応えた時、経済の単線的論理を超えて時代は動き、文化を動かし後世に影響を与え時代を変える時があると思います。

供給者サイドの論理に身を固め、目と耳を閉ざした時、未来は閉ざされます。

国民・患者の側に立ち続け、歯科技工物に「安心・安全・快適・利便」を提供することが、我々歯科技工士の未来を開くことにつながると思います。

「歯科技工所の構造設備基準及び歯科技工所における歯科補てつ物等の作成等及び品質管理指針について」を、如何に有効に活用するかに、我々歯科技工士の側が試されているのだとの時代認識を強く持ちます。

我が国の歯科材料および関連機械器具の製造・販売業界の大手GC社が、日本経済新聞社他の品質経営度調査において日本を代表する大企業に伍してすばらしい評価を得たとの報道がなされました。時代の推移の中で、次代を切り開く経営努力が、「企業品質」として認められたものと敬服いたします。

患者国民に安心安全な歯科医療、ことに安心安全な歯科補綴物を提供するための歯科技工士自身による自助努力と、社会に受け入れられる基準の構築と制度化が、我々歯科技工士の未来を開くことに繋がると思います。

50年間・半世紀の欠落と不作為から、一挙に現代的要件の適用を受けることは歯科技工所の側には様々な困難を伴うこととは思いますが、乗り越えなければならない課題と認識します。

最後に、参照サイトに「理容所及び美容所における衛生管理要領」をご紹介いたします。私たちが日常的に利用する街の床屋・パーマ屋さんが既にこの様な衛生管理要領のもとに運営されていたことを思う時、「歯科技工所の構造設備基準及び歯科技工所における歯科補てつ物等の作成等及び品質管理指針」に対し、「50年間お待たせしました」、更には国民患者の皆様に対しては、「長年に渡りご迷惑をお掛けいたしました」とのこの二つの言葉以外に、私は如何なる言葉を持たないのです。

50年間お待たせしました。

http://www.jncm.co.jp/necess/history/19461964.html
2005.08.12記

株式会社ジーシーの歯科情報ホームページ(2005.08.04取得)
http://www.gcdental.co.jp/topics/2005/050803.html
日本経済新聞社と日本科学技術連盟(奥田碩会長【日本経団連会長】)から「GCの企業品質」が高く評価されました。

参照サイト
モスフードサービス http://www.mos.co.jp/index.html
外食産業における原産地表示に関するガイドライン
http://www.maff.go.jp/www/press/cont2/20050728press_6b.pdf
あきたこまち生産者協会 http://www.akitakomachi.co.jp/
産直センター潟の店http://www.ogata.or.jp/bk/sanchoku.htm
ゆうこそ!青柳農場へ。http://www.aoyagifarm.com/
有限会社 芹田http://www.mcci.or.jp/www/mameya/serita.htm
イオングループのトレーサビリティー
http://www.aeon.jp/kodawari/beef/anshin/index.htmlJASnethttp://www.jasnet.or.jp/
日本工業標準調査会(JISC)Japanese Industrial Standards Committee
http://www.jisc.go.jp/
財団法人日本医療機能評価機構 http://www.jcqhc.or.jp/html/
特定非営利法人歯科医療情報推進機構 http://www.identali.or.jp/
日本科学技術連盟http://www.juse.or.jp/

理容所及び美容所における衛生管理要領
http://www.city.shizuoka.jp/deps/hoken/hokenjo/seikatsu/todokede_shisetsu/yoko/biyo_eiseikanri.pdf
医療法施行規則
http://law.e-gov.go.jp/htmldata/S23/S23F03601000050.html
法令上作成保存が求められている書類
 厚生労働省医政局研究開発振興課医療技術情報推進室(平成16年6月24日)
http://www.mhlw.go.jp/shingi/2004/06/s0624-5e.html

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