『第2回智美術館大賞 現代の茶陶 造形の自由・見立ての美』
菊池寛実記念智美術館
※6月22日(日)まで
一昨年の夏、鈴木藏氏の志野茶碗のチラシがあまりにも素敵だったので、吸い寄せられるように暑い中を友人と連れ立って『第1回 現代の茶陶』展を観に行った。
そして、斬新というか不思議な茶陶の世界に頭がポーっとした。
最後に池田巌氏の茶杓を見て、なぜかすごくホッとした事が記憶に残っている。
当時の自分には“応用力”がなかった。
“想像力”も乏しく、心の許容範囲も狭かった。
だから、あの斬新な茶陶たちが渋い茶室に存在する姿をどうしてもイメージすることが出来なかったのだと思う。
この2年間、古いものから新しいものまで、国宝から普段遣いまで幅広く茶道具を観るように心がけてきた。
また、いろいろな茶会の会場にも足も運ぶようにした。
そして、観たものや感じたことを備忘録として書き留めるようにしてきた。
(書くことによって、頭が整理され、理解力がついてきた)
その結果、少しは“許容力”の幅や奥行きも広がってきたのではないかと思う。
その上で臨んだ第2回の現代茶陶展だったので、前回の中が頭がフリーズすることもなく、観賞できた。
楽吉左衛門氏はあえてフランスで制作した茶碗のみ出品。
土が違うことで、出来上がりの色合いはもちろん、作品から沸き立つオーラもこんなに変わるのかと正直驚いた。
今まで観た楽さんの斬新なお茶碗は挑戦的であり、日常の茶道を寄せ付けない尖った印象があったが、フランスで焼かれたお茶碗は淡く優しい印象。
角がとれたような感じだった。
鈴木藏さんは前回のような王道を行くような志野茶碗ではなく前衛っぽい花器。
先日、和食展を観ていたので、さして驚きはなかった。
他は色絵のモザイク模様の水指や茶碗とかキノコのような茶器とかユニークな作品が多かったが、これもフムフムと余裕で消化。
山本出さんの鳩が翼を広げて羽ばたくような形をした備前焼の水指には「おぅ」と思ったが、「面白い」と受け入れる余裕あり。
川口洋さんの色絵近彩の器には「これも茶陶?」と首をひねったが、落としの塗り蓋をはめて水指として存在している茶席を頭に浮かべることができた。
今泉今右衛門さんの磁器の水指や香合はとても綺麗。
百貨店の画廊や伝統工芸展などでお皿などを観る程度だったが、茶陶でも高度な技法を十二分に発揮されている。
精緻さに感動した。
これらの試みの茶陶たちが、今後はどんな場所のいかなる茶席において活躍するのだろうか。
“再会の日”が楽しみだ。
前回の智美術館はこちら。
菊池寛実記念智美術館
※6月22日(日)まで
一昨年の夏、鈴木藏氏の志野茶碗のチラシがあまりにも素敵だったので、吸い寄せられるように暑い中を友人と連れ立って『第1回 現代の茶陶』展を観に行った。
そして、斬新というか不思議な茶陶の世界に頭がポーっとした。
最後に池田巌氏の茶杓を見て、なぜかすごくホッとした事が記憶に残っている。
当時の自分には“応用力”がなかった。
“想像力”も乏しく、心の許容範囲も狭かった。
だから、あの斬新な茶陶たちが渋い茶室に存在する姿をどうしてもイメージすることが出来なかったのだと思う。
この2年間、古いものから新しいものまで、国宝から普段遣いまで幅広く茶道具を観るように心がけてきた。
また、いろいろな茶会の会場にも足も運ぶようにした。
そして、観たものや感じたことを備忘録として書き留めるようにしてきた。
(書くことによって、頭が整理され、理解力がついてきた)
その結果、少しは“許容力”の幅や奥行きも広がってきたのではないかと思う。
その上で臨んだ第2回の現代茶陶展だったので、前回の中が頭がフリーズすることもなく、観賞できた。
楽吉左衛門氏はあえてフランスで制作した茶碗のみ出品。
土が違うことで、出来上がりの色合いはもちろん、作品から沸き立つオーラもこんなに変わるのかと正直驚いた。
今まで観た楽さんの斬新なお茶碗は挑戦的であり、日常の茶道を寄せ付けない尖った印象があったが、フランスで焼かれたお茶碗は淡く優しい印象。
角がとれたような感じだった。
鈴木藏さんは前回のような王道を行くような志野茶碗ではなく前衛っぽい花器。
先日、和食展を観ていたので、さして驚きはなかった。
他は色絵のモザイク模様の水指や茶碗とかキノコのような茶器とかユニークな作品が多かったが、これもフムフムと余裕で消化。
山本出さんの鳩が翼を広げて羽ばたくような形をした備前焼の水指には「おぅ」と思ったが、「面白い」と受け入れる余裕あり。
川口洋さんの色絵近彩の器には「これも茶陶?」と首をひねったが、落としの塗り蓋をはめて水指として存在している茶席を頭に浮かべることができた。
今泉今右衛門さんの磁器の水指や香合はとても綺麗。
百貨店の画廊や伝統工芸展などでお皿などを観る程度だったが、茶陶でも高度な技法を十二分に発揮されている。
精緻さに感動した。
これらの試みの茶陶たちが、今後はどんな場所のいかなる茶席において活躍するのだろうか。
“再会の日”が楽しみだ。
前回の智美術館はこちら。