話を戻すが、普通預金債権については、通常、銀行の普通預金約款において、債権譲渡が禁止されているが、「譲渡を禁止する条項が、自己信託をも対象とするものと解釈されるか否か」と言う問題が生じる。浅田隆、井上聡、岡正晶他「座談会 銀行から見た新たな信託法制――想定され得る設例を契機に――」(金融財政事情研究会『金融法務事情』Vol.1810(2007.08)所収)pp.42-43に依れば、係る債権譲渡禁止特約が、銀行の相殺に対する期待を保護することを目的としている点を重視すれば、サービサー名義の預金債権が自己信託された場合、銀行は、原則として、当該預金債権を、サービサーに対するサービサーの固有財産を引当てとする債権を以て相殺することが出来なくなることから(新信託法第22 条柱書(箇条書きのある条文の箇条書きの前の部分のこと))、自己信託に関しても、係る債権譲渡禁止特約の対象と解すべきであると言った指摘が為される可能性がある点が指摘されたのである。この問題に関しては、更なる検討が要される訳であるが、実際には銀行の承諾を得ておくことで、当該約款との関係では問題なく自己信託を設定することが出来ることとなるので、実際に問題となったケースがそれほどないと推察出来る。
参考
浅田隆「自己信託・事業信託から考えられる企業の対応」(ぎょうせい『法律のひろば』Vol.60(5)(2007.05)所収)P42。
「相手方に自己信託が設定された場合には、相殺期待が侵される場合があるので、実務上は自己の債務の帰趨につき常に把握しておくか、契約上、自己信託設定を含んだ処分禁止特約を設定しておくのが望ましい」
注:預金拘束の捉え方は、次の3パターンに分類される。

出典:安東克正、佐々木宏之、潮見佳男、吉田桂公、堂園昇平「座談会 預金拘束の適法性と内部規程のあリ方」(経済法令研究会『銀行法務21』Vol.755(2013.03)所収)P13
Aの立場は、債権回収に対する抽象的な危険があれば預金拘束が正当化されるという立場であり、ここでの預金拘束は相殺を目的としたものではなく、追加担保の提供や事業計画書の提出等をさせるための交渉カードとして用いられるものである。返済可能性に合理的な疑いが生じたときには、債権保全相当事由を充足しない場合でも預金拘束が正当化されてよいという価値観を見て取ることが出来る。Bの立場は、債権保全相当事由が生じれば請求喪失が可能になり、さらにそれが相殺へと進むという、いわば直線的な視点で預金拘束を捉えようとする立場である。債権保全相当事由が生じれば期限の利益喪失請求をしなければならず、しかしそれをしたからといって預金拘束が直ちに正当化されることにはならず、あくまでも相殺を前提とした担保財産の確保のための行為として預金拘束を位置付けようとする立場であると考えられる。Cの立場は、預金拘束をするためには債権保全相当事由の存在が必要であるが、追加担保の提供や事業計画書の提出の要請等に進むことを可能にするべきであり、そのための手段として預金拘束を位置付けようとする考え方である。Aの考え方との違いは、債権保全相当事由の存在が前提である点にある。さらにCの考え方によれば、預金拘束をいつまでも続けてよいわけではなく、一定の段階になれば請求喪失して、さらに相殺を実行しなければならないのではないかとも考えられる。
金融機関は、与信先の信用不安等に因って債権保全を必要とする相当な理由が生じた場合、当該与信先が期限の利益を喪失する前であったとしても、与信先名義の口座について適法に預金払戻拒絶措置(緊急拘束措置)を執ることが可能である(東京高裁平成21年4月23日判決(金融法務事情1875号76頁))。金融機関は預金払戻拒絶措置を執った後、内容証明郵便を送付する等して与信先の期限の利益を喪失させた後、預金相殺を行うことになる。
参考
亀井洋一「銀行法務FORUM(68)期限の利益喪失前の預金拘束の適法性――東京高裁平成21年4月23日判決(金融法務事情1875号76頁)」(経済法令研究会『銀行法務21』Vol.711(2010.01)所収)
伊藤眞「危機時期における預金拘束の適法性――近時の下級審裁判例を素材として」(金融財政事情研究会『金融法務事情』Vol.1835(2008.05)所収)
本多知成「金融判例研究会報告 預金の払戻拒絶措置の適否」(金融財政事情研究会『金融法務事情』Vol.1899(2010.06)所収)
宇野太賀慶「PROLOGUE 問題の所在と若干の検討」(経済法令研究会『銀行法務21』Vol.755(2013.03)所収)
石倉尚「岡山金融取引研究会(24)危機時期における預金拘束の法的根拠」(経済法令研究会『銀行法務21』Vol.722(2010.10)所収)
鈴木仁史「最新判例からみる融資先の信用不安と預金拘束の実際」(銀行研修社『銀行実務』Vol.652(2013.09)所収)
川西拓人「預金拘束に関する裁判例の概観と分析」(経済法令研究会『銀行法務21』Vol.755(2013.03)所収)
安東克正、佐々木宏之、潮見佳男、吉田桂公、堂園昇平「座談会 預金拘束の適法性と内部規程のあリ方」(経済法令研究会『銀行法務21』Vol.755(2013.03)所収)
安東克正「債権管理回収局面における預金拘束再考」(金融財政事情研究会『金融法務事情』Vol.1969(2013.05)所収)
なぜならば、信託財産の独立性(新・信託法23条1項、同法25条)から、信託財産たる当該回収金口座は、自己信託設定後にサービサーが破産した場合に於いても、破産財団、その他の倒産手続に服する会社(この場合サービサー)の財産に属しないと言うことが明白である為である。基本的には、当該財産を明確に特定する体制の整備や、財産の分別管理(信託財産と固有財産の分別管理)の徹底(第三者の利害関係から隔離し、期中に於ける信託スキームの信用力を維持する。新・信託法34条関係)がポイントとなる(注)。
注:ちなみに、分別管理義務は、別段の定めに拠り免除することは出来ない。新・信託法34条1項但し書きに関して、村松・富澤・鈴木・三木原(2008)に依れば、信託行為の定めに拠っても全く分別管理をしないことを認めない趣旨であるとしている。仮に分別管理が免除された場合、真正自己信託の問題が発生し得る。真正自己信託が否定(自己信託の形式を取りつつも、当事者の意思が自己信託ではない)された場合、信託財産として会計上振替が行われた財産は、信託財産ではなく固有財産に帰属し、受益者と呼称される者は「受益者」ではなく、当該財産に譲渡担保権を有する債権者となることになる。この事態を回避する為にも、分別管理は非常に重要なのである。
真正自己信託の成否は、「当事者の合理的意思を推認する」形式で決定することになる。先に挙げた最高裁判所第一小法廷判決平成14年1月17日最高裁判所民事判例集56巻1号20頁は、公共工事の前受金に関し、「契約書等、その他の書面に於いて「信託」と言う文字が無いにも拘わらず」地方公共団体と請負者との間に信託契約の成立を認めたが、真正自己信託の成否はこの判例の裏返しを行えば良いことになる。具体的には、以下の事情が検討事項となるだろう。
出典:高橋淳「自己信託の実践的活用方法(下)法律の壁を打ち破るための3つのケーススタディ」(中央経済社『旬刊経理情報』Vol.1224(2009.08)所収)P77、図表3
1 信託契約書の記載
2 対象財産の支配・管理状況 2.1 信託財産の入れ替えに関する委託者に依る関与の有無・内容
2.2 委託者に依る信託契約に係る解約権の有無・内容
2.3 委託者が保有する信託財産の処分に係る関与の有無・内容
2.4 委託者が保有する信託財産の管理に係る関与の有無・内容
2.5 対象財産に於ける分別管理の有無・内容
2.6 対象財産に於ける信託財産に係る対抗要件具備の有無・内容
3 対象財産に関する利益及びリスクの移転
3の場合、自益信託(信託設定と受益権譲渡が一連のものとして予定されている場合を除く)に於いては対象財産に関する利益及びリスクが信託設定に拠り受託者に移転しないのは当然のことだが、他益信託または自益信託に於いて信託設定と受益権譲渡が一連のものとして予定されている場合は、対象財産に関する利益及びリスクが、受託者を介して受益者に移転しているか否かが検討事項となる。
参考
村松秀樹、富澤賢一郎、鈴木秀昭、三木原聡『概説新信託法』(金融財政事情研究会、2008.08)P112(注5)
高橋淳「自己信託解禁で再び注目!信託のスキーム・ツール別活用法(下)」(中央経済社『旬刊経理情報』Vol.1208(2009.03)所収)P61
高橋淳「自己信託の実践的活用方法(下)法律の壁を打ち破るための3つのケーススタディ」(中央経済社『旬刊経理情報』Vol.1224(2009.08)所収)pp.76-77
具体的には信託財産に係る帳簿を作成(新・信託法37条)することで対応することが想定される(注)。
注:金融法委員会「サービサー・リスクの回避策としての自己信託活用の可能性」(2008.07.08)P8。
一般口座による場合において、一般口座に係る預金債権の一部のみ自己信託する方式による場合は、当該預金債権のうち信託財産に属する部分とサービサーの固有財産に属する部分とをどのように分別管理するかが問題となるが、信託財産に属する部分と固有財産に属する部分とをそれぞれ計算上明らかにする限り、分別管理義務違反はないと解される〔引用者注:信託法第34条第1項第2号ロ参照〕。これに対し、一般口座に係る預金債権の全体が自己信託の設定対象とされる場合は、専用口座による場合と同様、分別管理義務との関係で特段の問題を生じないように理解される〔引用者注:この場合でも、受託者として、各受益権に係る配当を行うために、信託財産に係るキャッシュフローにつき、いずれの債権に係る回収金かを、計算上明確に区分し、管理することは必要となる〕。
北見良嗣「サービサーリスクと代理店等制度について――平成15年2月の最高裁判決を受けて――」(帝京大学法学会『帝京法学』Vol.25(1)(2007.03)所収)P35。
ここで、公正証書を委託者側と受託者側で別にしてしまうと、外形的に確認することが難化してしまう。この「当該回収金口座を巡る、現在又は将来の利害関係者との衝突の可及的回避」を目的として、如何様に工夫するかがポイントとなろう。考えられる例としては、信託スキーム内に入金状況を常時適切に把握可能となる体制を整備しておくことや、裏付資産のコンポーネントである原債務者ベースで回収状況を把握可能とする体制にすること、係る回収状況について、受益者や、当該回収金口座開設金融機関に随時レポート(注)可能な事務体制を敷いておくこともポイントとなろう。
注:新・信託法37条2項には「受託者は、毎年一回、一定の時期に、法務省令で定めるところにより、貸借対照表、損益計算書その他の法務省令で定める書類又は電磁的記録を作成しなければならない。」とあるが、これは必要最低限としてのインターバルを提示したものである。通例では、信託スキームの場合、信託計算期日を月次で設定し財産状況を確認しているものが多い。
(信託財産に属する財産に対する強制執行等の制限等)
第二十三条
信託財産責任負担債務に係る債権(信託財産に属する財産について生じた権利を含む。次項において同じ。)に基づく場合を除き、信託財産に属する財産に対しては、強制執行、仮差押え、仮処分若しくは担保権の実行若しくは競売(担保権の実行としてのものを除く。以下同じ。)又は国税滞納処分(その例による処分を含む。以下同じ。)をすることができない。
第二十五条
受託者が破産手続開始の決定を受けた場合であっても、信託財産に属する財産は、破産財団に属しない。
(分別管理義務)
第三十四条
受託者は、信託財産に属する財産と固有財産及び他の信託の信託財産に属する財産とを、次の各号に掲げる財産の区分に応じ、当該各号に定める方法により、分別して管理しなければならない。ただし、分別して管理する方法について、信託行為に別段の定めがあるときは、その定めるところによる。
一 第十四条の信託の登記又は登録をすることができる財産(第三号に掲げるものを除く。)当該信託の登記又は登録
二 第十四条の信託の登記又は登録をすることができない財産(次号に掲げるものを除く。)次のイ又はロに掲げる財産の区分に応じ、当該イ又はロに定める方法
イ 動産(金銭を除く。)信託財産に属する財産と固有財産及び他の信託の信託財産に属する財産とを外形上区別することができる状態で保管する方法
ロ 金銭その他のイに掲げる財産以外の財産 その計算を明らかにする方法
三 法務省令で定める財産 当該財産を適切に分別して管理する方法として法務省令で定めるもの
2 前項ただし書の規定にかかわらず、同項第一号に掲げる財産について第十四条の信託の登記又は登録をする義務は、これを免除することができない。
(帳簿等の作成等、報告及び保存の義務)
第三十七条
受託者は、信託事務に関する計算並びに信託財産に属する財産及び信託財産責任負担債務の状況を明らかにするため、法務省令で定めるところにより、信託財産に係る帳簿その他の書類又は電磁的記録を作成しなければならない。
この分別管理を「一般の事業会社が行う」のか、「SPVが行う」のかで、話が多少変わってくる。前者の様に、事業会社として実態が有る様な会社であれば、それなりの対応は不可能ではないだろう。しかし、後者はそうも行かない。必ずしも会社としての実態があるものでもない上に、そもそも会社に常駐している従業員が基本的に存在しないのである。仮にSPVが保有する総ての資産を自己信託するとして、その管理主体は一体誰なのだろうか(この問いを根底から覆す前提として、そもそもSPVは事業に係る資産(担保対象資産)を保有しないことが通常であることが挙げられるが、それを今回は無視して話を進める)。仮にプロジェクト・ファイナンスにて自己信託を適用する場合、まず事業運営会社等がコンソーシアム(Consortium)を形成し、SPVを出資設立する(中には、コンソーシアムの中に、純粋な出資のみを行う参加者も存在する可能性は否定出来ないが、それは今回考えないものとする)。そうして、個々の出資者がSPVから個々の事業委託を受け、委託契約はSPVの信託勘定に属することとなる。故に、業務受託者がSPVの資産分別管理を行う主体とは成り得ない。故にSPVが自分で行わなければならない訳であるが、別の方法として、SPVが、管理者として会計事務所等に会計を委託し、SPVの固有勘定と信託勘定の監査報告を行わせると言うものもある。しかしこの方法では、未だに分別管理が十分か否かと言う観点が不明確である以上、この手法は危ない橋を渡ることになる。
「外形的に確認することが難しい」点では、公示の問題も控えている。金銭債権や預金口座等、「登記又は登録すべき財産」に該当しないものは、信託の公示なしに第三者対抗要件を具備可能である(注)。
注:寺本昌広『逐条解説 新しい信託法』(商事法務、2007.07)P71(注2)、四宮和夫『新版 信託法』(有斐閣、1989.09)P169、佐藤哲治編著『Q&A信託法』(ぎょうせい、2007.11)P100。法制審議会信託法部会第24 回議事録においても、債権について自己信託を行った場合には、財産が移転していない以上、公示を行うことはできず、また、登記・登録すべき財産ではないため、信託の公示なくして対抗できるものとされていた(その上、自身から自身への登記移転自体が、現行の不動産登記法上で対応が出来ない)。なお、公示手段が存しないことを許容する根拠としては、以下のものが挙げられていた。
1.債権については、譲渡登記制度がある以上、債務者に情報が集中している訳でもなく、また、譲渡登記制度が人的編成主義を採っている以上、何かを見れば全てが分かる様にはなっておらず、譲渡に関する公示として完全なものではないこと。
2.受託者が、信託財産である金銭で債権を買い取った場合の債権譲渡通知・承諾又は債権譲渡登記に於いても、それが受託者の固有財産となったのか、信託財産となったのか分からないこと。
但し、その財産の所有権が受託者に移転したことの対抗要件に関しては、新法下の自己信託に於いては、信託を設定する場合に他の人格への財産権の移転がない為、どの様に考えるべきかが問題となる。ここでは、二重譲渡的な状況、例えば、Aが信託の委託者として、ある財産について自己信託をする一方で、当該財産をBに譲渡した場合(他には、Aが、同一の財産について、二重に自己信託を行った場合に於ける、各信託の受託者としてのBの関係等も題材と成り得るが、今回は「ある財産について自己信託をする一方で、当該財産をBに譲渡した場合」のみを考えるものとする)を考えてみよう。争点となるのは、以下の2点である。
1.委託者兼受託者としてのAとBの関係が、そもそも対抗関係にあるのか。
2.委託者兼受託者としてのAとBの関係が対抗関係であるとすれば、対抗要件は何か。
不動産や登録制度のある動産については、自己信託を権利の変更の一類型と整理し、対抗要件を具備すべきものとしている(民法第177 条、不動産登記法第98 条等)。これに対し、債権については、民法第467 条第1 項は債権の「譲渡」を以て対抗要件を具備すべき行為としており、また、自己信託を念頭に置いた特段の立法上の手当てもなされていないことから、債権の自己信託については「Aがある財産について自己信託をする一方で、当該財産をBに譲渡した場合」と言う意味に於ける対抗要件は問題とならない。即ち、上記の例に於ける委託者兼受託者であるAは、当該債権をBに譲渡した本人でもあり、当該委託者兼受託者から当該債権を譲り受けた第三者と民法第467条第1項に於ける対抗関係に立つものではないのである。
但し、上記例における甲による乙への債権の譲渡については、当該債権の自己信託設定後に於ける、受託者に依る信託財産に関する権限違反行為としての面を有し、新信託法第27 条第1項に定める規律に服するものと解される以上、当該第三者との優劣は、最終的には、「当該譲渡に係る取消の成否如何」に因り決する。これに依れば、当該譲渡が権限外行為であることについて第三者(B)の悪意又は重過失が有った場合に限り、当該譲渡は取り消される(それを通じて、自己信託に係る受益者の権益が保護される)ことになる。
この公示の問題は、取引先が自己信託を行い、債権譲渡と自己信託設定の双方が為され、二重譲渡となった場合である。債権譲渡される側にとっては、自己信託設定が先行していないことを確認したいにも拘わらず、確認を行える公示制度が存在しないのである。譲渡人に自己信託設定の有無を紹介・レプワラを設定させるのも手法としては可能だが、譲渡人が虚偽の回答を行う可能性が排除出来ない為、この観点に関しては、今後整理・法整備が要される点である。
ちなみに、非常に稀なケースではあるが、対抗要件の具備策として、倒産隔離を行った、借入人であるSPVとは別の担保代理人(SPV)を利用することで、同様の目的を達成することを画策したケースがあった(注)。
注:江口直明、豊原信治、塚谷昭子「日本におけるプロジェクト・ファイナンスの法律的側面(下)」(金融財政事情研究会『旬刊金融法務事情』Vol.1567(2000.01)所収)P77。
江口・豊原・塚谷(2000)の紹介するケースでは、担保代理人SPVがABLレンダーに対し保証契約を締結し、保証担保として借入人SPVからセキュリティ・パッケージ(総ての担保権)の提供を受けるシステムとなっている。江口(2003)はこのケースに関し、当時に於ける異端振りを述懐している。
「これまで親しんできた自己名義の抵当権登記という安心感から担保代理人に担保管理を任せるという発想にはギャップがありすぎて未だに実例はないようである」(江口直明「日本におけるプロジェクト・ファイナンスの立法課題」(有斐閣『ジュリスト』Vol.1238(2003.02)所収)P45)
もちろん当時に於いては、担保権の信託が認められるか否かの時点であり、信託を利用する発想そのものがなかったのであるが、システムとしては現在と大して変わらないものであり、この発想でスキームを組成した人物の先見性には高い評価をすべきであろう。
口座に関しては従来通り、金銭債権に対しても、裏付資産の受託者である回収金見合い受益権受益者を質権者として、根質権(注)を設定することを併用すれば、なお有用である様に思われる。
注:将来発生する特定の債権や、継続的取引により発生する一定の範囲に属する不特定の債権も担保する質権のこと。
ここで、単一の信託スキームでなく、複数の信託スキームが並存するケースを考えてみよう。仮に、あるオートローン債権プールを裏付資産とする信託スキームを組成し、その回収金口座を対象に自己信託を設定し、同じ回収金口座で回収される別のオートローン債権のプールを裏付資産とする信託スキームを組成するケースを想定するとしよう。ここで、後から組成した信託スキームにも同様に当該回収金口座に自己信託を設定する場合、再度の自己信託設定となり、前者の自己信託との間に競合関係が生じる(自分自身と競合関係にあると言う点で、感覚的には妙な話なので、あくまでも形式的なものであろう)点と、受託者の権限違反行為(これもまた形式的な問題である様に思われる)が問題となり得る点で、盤石性にやや難がある。この建付けの悪さには、各信託スキームの関係当事者及び口座開設金融機関が協議の上、並存するスキームのうち、一番始めに組成した自己信託の結果、生成された残余受益権のうち、後に組成された信託スキームに係る回収金に相当する部分を、当該組成信託スキームの後に組成された信託スキームに係る回収金見合い受益権として順次転換を行っていく形式を執ることが良策である様に思われる。
さて、最後の問題として、自己信託終了後の観点に着目しよう。仮に委託者兼受託者が株式会社であり、破産手続の開始決定が為された場合、自己信託の委託者兼受託者はその任を解かれる(新・信託法56条1項4号。正確には、会社法471条5号にて、当該委託者兼受託者が解散してから、となる)。信託そのものの主な終了事由と、自己信託の終了を阻止する為のスキーム上での対応を以下に纏めた。
信託そのものの主な終了事由と、自己信託の終了を阻止する為のスキーム上での対応
出典:宮澤秀臣「事業証券化と自己信託」(小林秀之編『資産流動化・証券化の再構築』(日本評論社、2010.09)所収)P291、図表6
信託そのものの主な終了事由 信託そのものの主な終了事由に係る根拠条文(新・信託法163条) 自己信託の終了を阻止する為のスキーム上での対応 自己信託の終了を阻止する為のスキーム上での対応に係る根拠条文
受託者が欠けた状態であって、新受託者が就任しない状態が1年継続したこと 3号 受託者の任務を終了させない 新・信託法56条2項5号・7号
信託の終了を命ずる裁判 6号 申立権者からのノン・ペティション(注) 新・信託法165条
信託財産についての破産手続開始の決定 7号 改正破産法244条の4
双方未履行双務契約(注)の解除の規定に拠る信託契約の解除 8号 委託者の権利・義務を排除 新・信託法145条1項
注:申立権の不行使に関する特約を指す。当該特約は、いわゆる「不起訴の合意」に準ずるものとして、その効力を認めることが可能と考えられている。
注:信託契約が解除された場合、将来に向かって信託の終了効果が発生し、信託清算手続に移行する(寺本昌広『逐条解説 新しい信託法』(商事法務、2007.07)P364(注11)、359(注1・2))。自己信託は「単独行為」に準ずるものと捉えることが出来、「契約」ではない(それ故に、本来であれば考慮する問題ではないと言える)。しかし、信託財産が独立性(新・信託法25条)を有する点を踏まえた場合、自己信託の委託者(即ち受託者)に信用事由が発生した場合、その時点で固有財産と信託財産との間で、財産の帰属を争点として一種の緊張関係が生まれる可能性がある。
(信託財産と受託者の破産手続等との関係等)
第二十五条
受託者が破産手続開始の決定を受けた場合であっても、信託財産に属する財産は、破産財団に属しない。
双方未履行双務「契約」性が直ちに発現すると言う話にはならないだろうが、「契約」的な法律関係は、状況に因っては争点となるリスクが存在する。先の通りの対策を執るか、仮に当該権利・義務を残す場合には、委託者兼受託者に信用事由が発生したことを解除条件として、当該権利・義務が消滅する様なスキームを構築しておくことがより無難な信託構造を構築出来るだろう。
普通、コミングリング・リスク対策としての自己信託で、他の受託者に承継させることは考え難いので、通常は信託行為に、当該事由発生時(破産時)には、発生と伴に当該自己信託を終了させると明記し、発生時には当該自己信託を終了する(新・信託法163条9号)ことが適当であろう。終了後、信託の清算手続(新・信託法175条)に従い、残余信託財産からの回収金が受益者に引き渡され、コミングリング・リスク対策は完遂することになる。但し、残余信託財産からの回収金を引き渡す際に、引渡し金額が正確に算定されていること等の点に関し、管財人あるいは保全管理人に於ける確認・了承を受ける必要が生じる可能性があり、その場合、当該受益者への回収金の着金が遅れる可能性(コミングリング・ディレイ(Commingling Delay, Commingling Retard))が出てくる。但し、自己信託がここで否定されない限りは、何れにせよ回収金相当額はその全額が確実に当該受益者に配当される以上、回収金に関し実損(コミングリング・ロス(Commingling Loss, Perte de Commingling))を被ると言う意味合いでの、コミングリング・リスクを回避する目的は達成される。
清算手続が本来必要な状況下で、奥の手(Dernier Recours)として、清算手続を執らずに自己信託を終了させる別案としては、自己信託を裏付資産の信託に併合させる(新・信託法163条5号)手段がある。信託の併合では、自己信託の清算手続を必要としない(新・信託法175条括弧書き)点で、自己信託に係る手仕舞いの負担は軽くなると考えられる。信託の併合自体が新信託法の前から既にハードルが高い(裏付資産の受託者が信託業法上の厳格な引受基準で審査する必要がある)為、実務的にあまり使えるとは思われない(注)。
注:信託の併合を選択するくらいならば清算手続を採る為か、研究自体は2008年で止まっており、実務的に有用なものとは言い難い。
参考
佐藤勤「信託法講座(37)信託の併合および分割」(経済法令研究会『銀行法務21』Vol.689(2008.06)所収)
田中和明「信託の併合・分割」(経済法令研究会『金融・商事判例』Vol.1261(2007.03)所収)
藤田友敬「信託契約の変更・信託の併合及び分割」(信託法学会『信託法学会』Vol.25(2000)所収)
(信託の終了事由)
第百六十三条
信託は、次条の規定によるほか、次に掲げる場合に終了する。
五 信託の併合がされたとき。
(清算の開始原因)
第百七十五条
信託は、当該信託が終了した場合(第百六十三条第五号に掲げる事由によって終了した場合及び信託財産についての破産手続開始の決定により終了した場合であって当該破産手続が終了していない場合を除く。)には、この節の定めるところにより、清算をしなければならない。
但し、実務問題としては、審査が問題なのであって、他の点では容易である。自己信託の対象となっている金銭等は、裏付資産が回収され、預金債権や金銭等と言った財産に名を変えたものである以上、その財産が裏付資産の受託者が保有する信託財産に該当することは信託財産の物上代位性(注)からも明白であり、この観点から見れば、信託の併合はある程度は容易なものであると考えられる。
注:新・信託法16条。抵当権は、最終的に目的物を金銭に換えて、弁済を受けるものであるが、目的物の売却、賃貸、滅失、損傷等に因り、抵当不動産の所有者が金銭等を受け取る場合は、その請求権に対して抵当権を行使することを認めても良い訳である(なぜならば、これらの請求権は、目的物が別の価値に姿を変えたもの、即ち目的物の身代わりと言えるからである)。この様に、「目的物の代わりの請求権に対して、権利を行使すること」を物上代位という。
(信託財産の範囲)
第十六条
信託行為において信託財産に属すべきものと定められた財産のほか、次に掲げる財産は、信託財産に属する。
一 信託財産に属する財産の管理、処分、滅失、損傷その他の事由により受託者が得た財産
二 次条、第十八条、第十九条(第八十四条の規定により読み替えて適用する場合を含む。以下この号において同じ。)、第二百二十六条第三項、第二百二十八条第三項及び第二百五十四条第二項の規定により信託財産に属することとなった財産(第十八条第一項(同条第三項において準用する場合を含む。)の規定により信託財産に属するものとみなされた共有持分及び第十九条の規定による分割によって信託財産に属することとされた財産を含む。)
参考
丹田信行「抵当権の物上代位性とはどういうことですか?」(たんだ鑑定登記事務所)
http://www.tanda-fk.com/article/124500320.html
参考
浅田隆「自己信託・事業信託から考えられる企業の対応」(ぎょうせい『法律のひろば』Vol.60(5)(2007.05)所収)P42。
「相手方に自己信託が設定された場合には、相殺期待が侵される場合があるので、実務上は自己の債務の帰趨につき常に把握しておくか、契約上、自己信託設定を含んだ処分禁止特約を設定しておくのが望ましい」
注:預金拘束の捉え方は、次の3パターンに分類される。

出典:安東克正、佐々木宏之、潮見佳男、吉田桂公、堂園昇平「座談会 預金拘束の適法性と内部規程のあリ方」(経済法令研究会『銀行法務21』Vol.755(2013.03)所収)P13
Aの立場は、債権回収に対する抽象的な危険があれば預金拘束が正当化されるという立場であり、ここでの預金拘束は相殺を目的としたものではなく、追加担保の提供や事業計画書の提出等をさせるための交渉カードとして用いられるものである。返済可能性に合理的な疑いが生じたときには、債権保全相当事由を充足しない場合でも預金拘束が正当化されてよいという価値観を見て取ることが出来る。Bの立場は、債権保全相当事由が生じれば請求喪失が可能になり、さらにそれが相殺へと進むという、いわば直線的な視点で預金拘束を捉えようとする立場である。債権保全相当事由が生じれば期限の利益喪失請求をしなければならず、しかしそれをしたからといって預金拘束が直ちに正当化されることにはならず、あくまでも相殺を前提とした担保財産の確保のための行為として預金拘束を位置付けようとする立場であると考えられる。Cの立場は、預金拘束をするためには債権保全相当事由の存在が必要であるが、追加担保の提供や事業計画書の提出の要請等に進むことを可能にするべきであり、そのための手段として預金拘束を位置付けようとする考え方である。Aの考え方との違いは、債権保全相当事由の存在が前提である点にある。さらにCの考え方によれば、預金拘束をいつまでも続けてよいわけではなく、一定の段階になれば請求喪失して、さらに相殺を実行しなければならないのではないかとも考えられる。
金融機関は、与信先の信用不安等に因って債権保全を必要とする相当な理由が生じた場合、当該与信先が期限の利益を喪失する前であったとしても、与信先名義の口座について適法に預金払戻拒絶措置(緊急拘束措置)を執ることが可能である(東京高裁平成21年4月23日判決(金融法務事情1875号76頁))。金融機関は預金払戻拒絶措置を執った後、内容証明郵便を送付する等して与信先の期限の利益を喪失させた後、預金相殺を行うことになる。
参考
亀井洋一「銀行法務FORUM(68)期限の利益喪失前の預金拘束の適法性――東京高裁平成21年4月23日判決(金融法務事情1875号76頁)」(経済法令研究会『銀行法務21』Vol.711(2010.01)所収)
伊藤眞「危機時期における預金拘束の適法性――近時の下級審裁判例を素材として」(金融財政事情研究会『金融法務事情』Vol.1835(2008.05)所収)
本多知成「金融判例研究会報告 預金の払戻拒絶措置の適否」(金融財政事情研究会『金融法務事情』Vol.1899(2010.06)所収)
宇野太賀慶「PROLOGUE 問題の所在と若干の検討」(経済法令研究会『銀行法務21』Vol.755(2013.03)所収)
石倉尚「岡山金融取引研究会(24)危機時期における預金拘束の法的根拠」(経済法令研究会『銀行法務21』Vol.722(2010.10)所収)
鈴木仁史「最新判例からみる融資先の信用不安と預金拘束の実際」(銀行研修社『銀行実務』Vol.652(2013.09)所収)
川西拓人「預金拘束に関する裁判例の概観と分析」(経済法令研究会『銀行法務21』Vol.755(2013.03)所収)
安東克正、佐々木宏之、潮見佳男、吉田桂公、堂園昇平「座談会 預金拘束の適法性と内部規程のあリ方」(経済法令研究会『銀行法務21』Vol.755(2013.03)所収)
安東克正「債権管理回収局面における預金拘束再考」(金融財政事情研究会『金融法務事情』Vol.1969(2013.05)所収)
なぜならば、信託財産の独立性(新・信託法23条1項、同法25条)から、信託財産たる当該回収金口座は、自己信託設定後にサービサーが破産した場合に於いても、破産財団、その他の倒産手続に服する会社(この場合サービサー)の財産に属しないと言うことが明白である為である。基本的には、当該財産を明確に特定する体制の整備や、財産の分別管理(信託財産と固有財産の分別管理)の徹底(第三者の利害関係から隔離し、期中に於ける信託スキームの信用力を維持する。新・信託法34条関係)がポイントとなる(注)。
注:ちなみに、分別管理義務は、別段の定めに拠り免除することは出来ない。新・信託法34条1項但し書きに関して、村松・富澤・鈴木・三木原(2008)に依れば、信託行為の定めに拠っても全く分別管理をしないことを認めない趣旨であるとしている。仮に分別管理が免除された場合、真正自己信託の問題が発生し得る。真正自己信託が否定(自己信託の形式を取りつつも、当事者の意思が自己信託ではない)された場合、信託財産として会計上振替が行われた財産は、信託財産ではなく固有財産に帰属し、受益者と呼称される者は「受益者」ではなく、当該財産に譲渡担保権を有する債権者となることになる。この事態を回避する為にも、分別管理は非常に重要なのである。
真正自己信託の成否は、「当事者の合理的意思を推認する」形式で決定することになる。先に挙げた最高裁判所第一小法廷判決平成14年1月17日最高裁判所民事判例集56巻1号20頁は、公共工事の前受金に関し、「契約書等、その他の書面に於いて「信託」と言う文字が無いにも拘わらず」地方公共団体と請負者との間に信託契約の成立を認めたが、真正自己信託の成否はこの判例の裏返しを行えば良いことになる。具体的には、以下の事情が検討事項となるだろう。
出典:高橋淳「自己信託の実践的活用方法(下)法律の壁を打ち破るための3つのケーススタディ」(中央経済社『旬刊経理情報』Vol.1224(2009.08)所収)P77、図表3
1 信託契約書の記載
2 対象財産の支配・管理状況 2.1 信託財産の入れ替えに関する委託者に依る関与の有無・内容
2.2 委託者に依る信託契約に係る解約権の有無・内容
2.3 委託者が保有する信託財産の処分に係る関与の有無・内容
2.4 委託者が保有する信託財産の管理に係る関与の有無・内容
2.5 対象財産に於ける分別管理の有無・内容
2.6 対象財産に於ける信託財産に係る対抗要件具備の有無・内容
3 対象財産に関する利益及びリスクの移転
3の場合、自益信託(信託設定と受益権譲渡が一連のものとして予定されている場合を除く)に於いては対象財産に関する利益及びリスクが信託設定に拠り受託者に移転しないのは当然のことだが、他益信託または自益信託に於いて信託設定と受益権譲渡が一連のものとして予定されている場合は、対象財産に関する利益及びリスクが、受託者を介して受益者に移転しているか否かが検討事項となる。
参考
村松秀樹、富澤賢一郎、鈴木秀昭、三木原聡『概説新信託法』(金融財政事情研究会、2008.08)P112(注5)
高橋淳「自己信託解禁で再び注目!信託のスキーム・ツール別活用法(下)」(中央経済社『旬刊経理情報』Vol.1208(2009.03)所収)P61
高橋淳「自己信託の実践的活用方法(下)法律の壁を打ち破るための3つのケーススタディ」(中央経済社『旬刊経理情報』Vol.1224(2009.08)所収)pp.76-77
具体的には信託財産に係る帳簿を作成(新・信託法37条)することで対応することが想定される(注)。
注:金融法委員会「サービサー・リスクの回避策としての自己信託活用の可能性」(2008.07.08)P8。
一般口座による場合において、一般口座に係る預金債権の一部のみ自己信託する方式による場合は、当該預金債権のうち信託財産に属する部分とサービサーの固有財産に属する部分とをどのように分別管理するかが問題となるが、信託財産に属する部分と固有財産に属する部分とをそれぞれ計算上明らかにする限り、分別管理義務違反はないと解される〔引用者注:信託法第34条第1項第2号ロ参照〕。これに対し、一般口座に係る預金債権の全体が自己信託の設定対象とされる場合は、専用口座による場合と同様、分別管理義務との関係で特段の問題を生じないように理解される〔引用者注:この場合でも、受託者として、各受益権に係る配当を行うために、信託財産に係るキャッシュフローにつき、いずれの債権に係る回収金かを、計算上明確に区分し、管理することは必要となる〕。
北見良嗣「サービサーリスクと代理店等制度について――平成15年2月の最高裁判決を受けて――」(帝京大学法学会『帝京法学』Vol.25(1)(2007.03)所収)P35。
ここで、公正証書を委託者側と受託者側で別にしてしまうと、外形的に確認することが難化してしまう。この「当該回収金口座を巡る、現在又は将来の利害関係者との衝突の可及的回避」を目的として、如何様に工夫するかがポイントとなろう。考えられる例としては、信託スキーム内に入金状況を常時適切に把握可能となる体制を整備しておくことや、裏付資産のコンポーネントである原債務者ベースで回収状況を把握可能とする体制にすること、係る回収状況について、受益者や、当該回収金口座開設金融機関に随時レポート(注)可能な事務体制を敷いておくこともポイントとなろう。
注:新・信託法37条2項には「受託者は、毎年一回、一定の時期に、法務省令で定めるところにより、貸借対照表、損益計算書その他の法務省令で定める書類又は電磁的記録を作成しなければならない。」とあるが、これは必要最低限としてのインターバルを提示したものである。通例では、信託スキームの場合、信託計算期日を月次で設定し財産状況を確認しているものが多い。
(信託財産に属する財産に対する強制執行等の制限等)
第二十三条
信託財産責任負担債務に係る債権(信託財産に属する財産について生じた権利を含む。次項において同じ。)に基づく場合を除き、信託財産に属する財産に対しては、強制執行、仮差押え、仮処分若しくは担保権の実行若しくは競売(担保権の実行としてのものを除く。以下同じ。)又は国税滞納処分(その例による処分を含む。以下同じ。)をすることができない。
第二十五条
受託者が破産手続開始の決定を受けた場合であっても、信託財産に属する財産は、破産財団に属しない。
(分別管理義務)
第三十四条
受託者は、信託財産に属する財産と固有財産及び他の信託の信託財産に属する財産とを、次の各号に掲げる財産の区分に応じ、当該各号に定める方法により、分別して管理しなければならない。ただし、分別して管理する方法について、信託行為に別段の定めがあるときは、その定めるところによる。
一 第十四条の信託の登記又は登録をすることができる財産(第三号に掲げるものを除く。)当該信託の登記又は登録
二 第十四条の信託の登記又は登録をすることができない財産(次号に掲げるものを除く。)次のイ又はロに掲げる財産の区分に応じ、当該イ又はロに定める方法
イ 動産(金銭を除く。)信託財産に属する財産と固有財産及び他の信託の信託財産に属する財産とを外形上区別することができる状態で保管する方法
ロ 金銭その他のイに掲げる財産以外の財産 その計算を明らかにする方法
三 法務省令で定める財産 当該財産を適切に分別して管理する方法として法務省令で定めるもの
2 前項ただし書の規定にかかわらず、同項第一号に掲げる財産について第十四条の信託の登記又は登録をする義務は、これを免除することができない。
(帳簿等の作成等、報告及び保存の義務)
第三十七条
受託者は、信託事務に関する計算並びに信託財産に属する財産及び信託財産責任負担債務の状況を明らかにするため、法務省令で定めるところにより、信託財産に係る帳簿その他の書類又は電磁的記録を作成しなければならない。
この分別管理を「一般の事業会社が行う」のか、「SPVが行う」のかで、話が多少変わってくる。前者の様に、事業会社として実態が有る様な会社であれば、それなりの対応は不可能ではないだろう。しかし、後者はそうも行かない。必ずしも会社としての実態があるものでもない上に、そもそも会社に常駐している従業員が基本的に存在しないのである。仮にSPVが保有する総ての資産を自己信託するとして、その管理主体は一体誰なのだろうか(この問いを根底から覆す前提として、そもそもSPVは事業に係る資産(担保対象資産)を保有しないことが通常であることが挙げられるが、それを今回は無視して話を進める)。仮にプロジェクト・ファイナンスにて自己信託を適用する場合、まず事業運営会社等がコンソーシアム(Consortium)を形成し、SPVを出資設立する(中には、コンソーシアムの中に、純粋な出資のみを行う参加者も存在する可能性は否定出来ないが、それは今回考えないものとする)。そうして、個々の出資者がSPVから個々の事業委託を受け、委託契約はSPVの信託勘定に属することとなる。故に、業務受託者がSPVの資産分別管理を行う主体とは成り得ない。故にSPVが自分で行わなければならない訳であるが、別の方法として、SPVが、管理者として会計事務所等に会計を委託し、SPVの固有勘定と信託勘定の監査報告を行わせると言うものもある。しかしこの方法では、未だに分別管理が十分か否かと言う観点が不明確である以上、この手法は危ない橋を渡ることになる。
「外形的に確認することが難しい」点では、公示の問題も控えている。金銭債権や預金口座等、「登記又は登録すべき財産」に該当しないものは、信託の公示なしに第三者対抗要件を具備可能である(注)。
注:寺本昌広『逐条解説 新しい信託法』(商事法務、2007.07)P71(注2)、四宮和夫『新版 信託法』(有斐閣、1989.09)P169、佐藤哲治編著『Q&A信託法』(ぎょうせい、2007.11)P100。法制審議会信託法部会第24 回議事録においても、債権について自己信託を行った場合には、財産が移転していない以上、公示を行うことはできず、また、登記・登録すべき財産ではないため、信託の公示なくして対抗できるものとされていた(その上、自身から自身への登記移転自体が、現行の不動産登記法上で対応が出来ない)。なお、公示手段が存しないことを許容する根拠としては、以下のものが挙げられていた。
1.債権については、譲渡登記制度がある以上、債務者に情報が集中している訳でもなく、また、譲渡登記制度が人的編成主義を採っている以上、何かを見れば全てが分かる様にはなっておらず、譲渡に関する公示として完全なものではないこと。
2.受託者が、信託財産である金銭で債権を買い取った場合の債権譲渡通知・承諾又は債権譲渡登記に於いても、それが受託者の固有財産となったのか、信託財産となったのか分からないこと。
但し、その財産の所有権が受託者に移転したことの対抗要件に関しては、新法下の自己信託に於いては、信託を設定する場合に他の人格への財産権の移転がない為、どの様に考えるべきかが問題となる。ここでは、二重譲渡的な状況、例えば、Aが信託の委託者として、ある財産について自己信託をする一方で、当該財産をBに譲渡した場合(他には、Aが、同一の財産について、二重に自己信託を行った場合に於ける、各信託の受託者としてのBの関係等も題材と成り得るが、今回は「ある財産について自己信託をする一方で、当該財産をBに譲渡した場合」のみを考えるものとする)を考えてみよう。争点となるのは、以下の2点である。
1.委託者兼受託者としてのAとBの関係が、そもそも対抗関係にあるのか。
2.委託者兼受託者としてのAとBの関係が対抗関係であるとすれば、対抗要件は何か。
不動産や登録制度のある動産については、自己信託を権利の変更の一類型と整理し、対抗要件を具備すべきものとしている(民法第177 条、不動産登記法第98 条等)。これに対し、債権については、民法第467 条第1 項は債権の「譲渡」を以て対抗要件を具備すべき行為としており、また、自己信託を念頭に置いた特段の立法上の手当てもなされていないことから、債権の自己信託については「Aがある財産について自己信託をする一方で、当該財産をBに譲渡した場合」と言う意味に於ける対抗要件は問題とならない。即ち、上記の例に於ける委託者兼受託者であるAは、当該債権をBに譲渡した本人でもあり、当該委託者兼受託者から当該債権を譲り受けた第三者と民法第467条第1項に於ける対抗関係に立つものではないのである。
但し、上記例における甲による乙への債権の譲渡については、当該債権の自己信託設定後に於ける、受託者に依る信託財産に関する権限違反行為としての面を有し、新信託法第27 条第1項に定める規律に服するものと解される以上、当該第三者との優劣は、最終的には、「当該譲渡に係る取消の成否如何」に因り決する。これに依れば、当該譲渡が権限外行為であることについて第三者(B)の悪意又は重過失が有った場合に限り、当該譲渡は取り消される(それを通じて、自己信託に係る受益者の権益が保護される)ことになる。
この公示の問題は、取引先が自己信託を行い、債権譲渡と自己信託設定の双方が為され、二重譲渡となった場合である。債権譲渡される側にとっては、自己信託設定が先行していないことを確認したいにも拘わらず、確認を行える公示制度が存在しないのである。譲渡人に自己信託設定の有無を紹介・レプワラを設定させるのも手法としては可能だが、譲渡人が虚偽の回答を行う可能性が排除出来ない為、この観点に関しては、今後整理・法整備が要される点である。
ちなみに、非常に稀なケースではあるが、対抗要件の具備策として、倒産隔離を行った、借入人であるSPVとは別の担保代理人(SPV)を利用することで、同様の目的を達成することを画策したケースがあった(注)。
注:江口直明、豊原信治、塚谷昭子「日本におけるプロジェクト・ファイナンスの法律的側面(下)」(金融財政事情研究会『旬刊金融法務事情』Vol.1567(2000.01)所収)P77。
江口・豊原・塚谷(2000)の紹介するケースでは、担保代理人SPVがABLレンダーに対し保証契約を締結し、保証担保として借入人SPVからセキュリティ・パッケージ(総ての担保権)の提供を受けるシステムとなっている。江口(2003)はこのケースに関し、当時に於ける異端振りを述懐している。
「これまで親しんできた自己名義の抵当権登記という安心感から担保代理人に担保管理を任せるという発想にはギャップがありすぎて未だに実例はないようである」(江口直明「日本におけるプロジェクト・ファイナンスの立法課題」(有斐閣『ジュリスト』Vol.1238(2003.02)所収)P45)
もちろん当時に於いては、担保権の信託が認められるか否かの時点であり、信託を利用する発想そのものがなかったのであるが、システムとしては現在と大して変わらないものであり、この発想でスキームを組成した人物の先見性には高い評価をすべきであろう。
口座に関しては従来通り、金銭債権に対しても、裏付資産の受託者である回収金見合い受益権受益者を質権者として、根質権(注)を設定することを併用すれば、なお有用である様に思われる。
注:将来発生する特定の債権や、継続的取引により発生する一定の範囲に属する不特定の債権も担保する質権のこと。
ここで、単一の信託スキームでなく、複数の信託スキームが並存するケースを考えてみよう。仮に、あるオートローン債権プールを裏付資産とする信託スキームを組成し、その回収金口座を対象に自己信託を設定し、同じ回収金口座で回収される別のオートローン債権のプールを裏付資産とする信託スキームを組成するケースを想定するとしよう。ここで、後から組成した信託スキームにも同様に当該回収金口座に自己信託を設定する場合、再度の自己信託設定となり、前者の自己信託との間に競合関係が生じる(自分自身と競合関係にあると言う点で、感覚的には妙な話なので、あくまでも形式的なものであろう)点と、受託者の権限違反行為(これもまた形式的な問題である様に思われる)が問題となり得る点で、盤石性にやや難がある。この建付けの悪さには、各信託スキームの関係当事者及び口座開設金融機関が協議の上、並存するスキームのうち、一番始めに組成した自己信託の結果、生成された残余受益権のうち、後に組成された信託スキームに係る回収金に相当する部分を、当該組成信託スキームの後に組成された信託スキームに係る回収金見合い受益権として順次転換を行っていく形式を執ることが良策である様に思われる。
さて、最後の問題として、自己信託終了後の観点に着目しよう。仮に委託者兼受託者が株式会社であり、破産手続の開始決定が為された場合、自己信託の委託者兼受託者はその任を解かれる(新・信託法56条1項4号。正確には、会社法471条5号にて、当該委託者兼受託者が解散してから、となる)。信託そのものの主な終了事由と、自己信託の終了を阻止する為のスキーム上での対応を以下に纏めた。
信託そのものの主な終了事由と、自己信託の終了を阻止する為のスキーム上での対応
出典:宮澤秀臣「事業証券化と自己信託」(小林秀之編『資産流動化・証券化の再構築』(日本評論社、2010.09)所収)P291、図表6
信託そのものの主な終了事由 信託そのものの主な終了事由に係る根拠条文(新・信託法163条) 自己信託の終了を阻止する為のスキーム上での対応 自己信託の終了を阻止する為のスキーム上での対応に係る根拠条文
受託者が欠けた状態であって、新受託者が就任しない状態が1年継続したこと 3号 受託者の任務を終了させない 新・信託法56条2項5号・7号
信託の終了を命ずる裁判 6号 申立権者からのノン・ペティション(注) 新・信託法165条
信託財産についての破産手続開始の決定 7号 改正破産法244条の4
双方未履行双務契約(注)の解除の規定に拠る信託契約の解除 8号 委託者の権利・義務を排除 新・信託法145条1項
注:申立権の不行使に関する特約を指す。当該特約は、いわゆる「不起訴の合意」に準ずるものとして、その効力を認めることが可能と考えられている。
注:信託契約が解除された場合、将来に向かって信託の終了効果が発生し、信託清算手続に移行する(寺本昌広『逐条解説 新しい信託法』(商事法務、2007.07)P364(注11)、359(注1・2))。自己信託は「単独行為」に準ずるものと捉えることが出来、「契約」ではない(それ故に、本来であれば考慮する問題ではないと言える)。しかし、信託財産が独立性(新・信託法25条)を有する点を踏まえた場合、自己信託の委託者(即ち受託者)に信用事由が発生した場合、その時点で固有財産と信託財産との間で、財産の帰属を争点として一種の緊張関係が生まれる可能性がある。
(信託財産と受託者の破産手続等との関係等)
第二十五条
受託者が破産手続開始の決定を受けた場合であっても、信託財産に属する財産は、破産財団に属しない。
双方未履行双務「契約」性が直ちに発現すると言う話にはならないだろうが、「契約」的な法律関係は、状況に因っては争点となるリスクが存在する。先の通りの対策を執るか、仮に当該権利・義務を残す場合には、委託者兼受託者に信用事由が発生したことを解除条件として、当該権利・義務が消滅する様なスキームを構築しておくことがより無難な信託構造を構築出来るだろう。
普通、コミングリング・リスク対策としての自己信託で、他の受託者に承継させることは考え難いので、通常は信託行為に、当該事由発生時(破産時)には、発生と伴に当該自己信託を終了させると明記し、発生時には当該自己信託を終了する(新・信託法163条9号)ことが適当であろう。終了後、信託の清算手続(新・信託法175条)に従い、残余信託財産からの回収金が受益者に引き渡され、コミングリング・リスク対策は完遂することになる。但し、残余信託財産からの回収金を引き渡す際に、引渡し金額が正確に算定されていること等の点に関し、管財人あるいは保全管理人に於ける確認・了承を受ける必要が生じる可能性があり、その場合、当該受益者への回収金の着金が遅れる可能性(コミングリング・ディレイ(Commingling Delay, Commingling Retard))が出てくる。但し、自己信託がここで否定されない限りは、何れにせよ回収金相当額はその全額が確実に当該受益者に配当される以上、回収金に関し実損(コミングリング・ロス(Commingling Loss, Perte de Commingling))を被ると言う意味合いでの、コミングリング・リスクを回避する目的は達成される。
清算手続が本来必要な状況下で、奥の手(Dernier Recours)として、清算手続を執らずに自己信託を終了させる別案としては、自己信託を裏付資産の信託に併合させる(新・信託法163条5号)手段がある。信託の併合では、自己信託の清算手続を必要としない(新・信託法175条括弧書き)点で、自己信託に係る手仕舞いの負担は軽くなると考えられる。信託の併合自体が新信託法の前から既にハードルが高い(裏付資産の受託者が信託業法上の厳格な引受基準で審査する必要がある)為、実務的にあまり使えるとは思われない(注)。
注:信託の併合を選択するくらいならば清算手続を採る為か、研究自体は2008年で止まっており、実務的に有用なものとは言い難い。
参考
佐藤勤「信託法講座(37)信託の併合および分割」(経済法令研究会『銀行法務21』Vol.689(2008.06)所収)
田中和明「信託の併合・分割」(経済法令研究会『金融・商事判例』Vol.1261(2007.03)所収)
藤田友敬「信託契約の変更・信託の併合及び分割」(信託法学会『信託法学会』Vol.25(2000)所収)
(信託の終了事由)
第百六十三条
信託は、次条の規定によるほか、次に掲げる場合に終了する。
五 信託の併合がされたとき。
(清算の開始原因)
第百七十五条
信託は、当該信託が終了した場合(第百六十三条第五号に掲げる事由によって終了した場合及び信託財産についての破産手続開始の決定により終了した場合であって当該破産手続が終了していない場合を除く。)には、この節の定めるところにより、清算をしなければならない。
但し、実務問題としては、審査が問題なのであって、他の点では容易である。自己信託の対象となっている金銭等は、裏付資産が回収され、預金債権や金銭等と言った財産に名を変えたものである以上、その財産が裏付資産の受託者が保有する信託財産に該当することは信託財産の物上代位性(注)からも明白であり、この観点から見れば、信託の併合はある程度は容易なものであると考えられる。
注:新・信託法16条。抵当権は、最終的に目的物を金銭に換えて、弁済を受けるものであるが、目的物の売却、賃貸、滅失、損傷等に因り、抵当不動産の所有者が金銭等を受け取る場合は、その請求権に対して抵当権を行使することを認めても良い訳である(なぜならば、これらの請求権は、目的物が別の価値に姿を変えたもの、即ち目的物の身代わりと言えるからである)。この様に、「目的物の代わりの請求権に対して、権利を行使すること」を物上代位という。
(信託財産の範囲)
第十六条
信託行為において信託財産に属すべきものと定められた財産のほか、次に掲げる財産は、信託財産に属する。
一 信託財産に属する財産の管理、処分、滅失、損傷その他の事由により受託者が得た財産
二 次条、第十八条、第十九条(第八十四条の規定により読み替えて適用する場合を含む。以下この号において同じ。)、第二百二十六条第三項、第二百二十八条第三項及び第二百五十四条第二項の規定により信託財産に属することとなった財産(第十八条第一項(同条第三項において準用する場合を含む。)の規定により信託財産に属するものとみなされた共有持分及び第十九条の規定による分割によって信託財産に属することとされた財産を含む。)
参考
丹田信行「抵当権の物上代位性とはどういうことですか?」(たんだ鑑定登記事務所)
http://www.tanda-fk.com/article/124500320.html