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資料室B3F

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の移籍版。

増補改訂版 自己信託解説(その5)

2014-07-26 23:11:45 | CMBS論集用小ネタ
話を戻すが、普通預金債権については、通常、銀行の普通預金約款において、債権譲渡が禁止されているが、「譲渡を禁止する条項が、自己信託をも対象とするものと解釈されるか否か」と言う問題が生じる。浅田隆、井上聡、岡正晶他「座談会 銀行から見た新たな信託法制――想定され得る設例を契機に――」(金融財政事情研究会『金融法務事情』Vol.1810(2007.08)所収)pp.42-43に依れば、係る債権譲渡禁止特約が、銀行の相殺に対する期待を保護することを目的としている点を重視すれば、サービサー名義の預金債権が自己信託された場合、銀行は、原則として、当該預金債権を、サービサーに対するサービサーの固有財産を引当てとする債権を以て相殺することが出来なくなることから(新信託法第22 条柱書(箇条書きのある条文の箇条書きの前の部分のこと))、自己信託に関しても、係る債権譲渡禁止特約の対象と解すべきであると言った指摘が為される可能性がある点が指摘されたのである。この問題に関しては、更なる検討が要される訳であるが、実際には銀行の承諾を得ておくことで、当該約款との関係では問題なく自己信託を設定することが出来ることとなるので、実際に問題となったケースがそれほどないと推察出来る。

参考
浅田隆「自己信託・事業信託から考えられる企業の対応」(ぎょうせい『法律のひろば』Vol.60(5)(2007.05)所収)P42。
「相手方に自己信託が設定された場合には、相殺期待が侵される場合があるので、実務上は自己の債務の帰趨につき常に把握しておくか、契約上、自己信託設定を含んだ処分禁止特約を設定しておくのが望ましい」



注:預金拘束の捉え方は、次の3パターンに分類される。

出典:安東克正、佐々木宏之、潮見佳男、吉田桂公、堂園昇平「座談会 預金拘束の適法性と内部規程のあリ方」(経済法令研究会『銀行法務21』Vol.755(2013.03)所収)P13

Aの立場は、債権回収に対する抽象的な危険があれば預金拘束が正当化されるという立場であり、ここでの預金拘束は相殺を目的としたものではなく、追加担保の提供や事業計画書の提出等をさせるための交渉カードとして用いられるものである。返済可能性に合理的な疑いが生じたときには、債権保全相当事由を充足しない場合でも預金拘束が正当化されてよいという価値観を見て取ることが出来る。Bの立場は、債権保全相当事由が生じれば請求喪失が可能になり、さらにそれが相殺へと進むという、いわば直線的な視点で預金拘束を捉えようとする立場である。債権保全相当事由が生じれば期限の利益喪失請求をしなければならず、しかしそれをしたからといって預金拘束が直ちに正当化されることにはならず、あくまでも相殺を前提とした担保財産の確保のための行為として預金拘束を位置付けようとする立場であると考えられる。Cの立場は、預金拘束をするためには債権保全相当事由の存在が必要であるが、追加担保の提供や事業計画書の提出の要請等に進むことを可能にするべきであり、そのための手段として預金拘束を位置付けようとする考え方である。Aの考え方との違いは、債権保全相当事由の存在が前提である点にある。さらにCの考え方によれば、預金拘束をいつまでも続けてよいわけではなく、一定の段階になれば請求喪失して、さらに相殺を実行しなければならないのではないかとも考えられる。

金融機関は、与信先の信用不安等に因って債権保全を必要とする相当な理由が生じた場合、当該与信先が期限の利益を喪失する前であったとしても、与信先名義の口座について適法に預金払戻拒絶措置(緊急拘束措置)を執ることが可能である(東京高裁平成21年4月23日判決(金融法務事情1875号76頁))。金融機関は預金払戻拒絶措置を執った後、内容証明郵便を送付する等して与信先の期限の利益を喪失させた後、預金相殺を行うことになる。

参考
亀井洋一「銀行法務FORUM(68)期限の利益喪失前の預金拘束の適法性――東京高裁平成21年4月23日判決(金融法務事情1875号76頁)」(経済法令研究会『銀行法務21』Vol.711(2010.01)所収)
伊藤眞「危機時期における預金拘束の適法性――近時の下級審裁判例を素材として」(金融財政事情研究会『金融法務事情』Vol.1835(2008.05)所収)
本多知成「金融判例研究会報告 預金の払戻拒絶措置の適否」(金融財政事情研究会『金融法務事情』Vol.1899(2010.06)所収)
宇野太賀慶「PROLOGUE 問題の所在と若干の検討」(経済法令研究会『銀行法務21』Vol.755(2013.03)所収)
石倉尚「岡山金融取引研究会(24)危機時期における預金拘束の法的根拠」(経済法令研究会『銀行法務21』Vol.722(2010.10)所収)
鈴木仁史「最新判例からみる融資先の信用不安と預金拘束の実際」(銀行研修社『銀行実務』Vol.652(2013.09)所収)
川西拓人「預金拘束に関する裁判例の概観と分析」(経済法令研究会『銀行法務21』Vol.755(2013.03)所収)
安東克正、佐々木宏之、潮見佳男、吉田桂公、堂園昇平「座談会 預金拘束の適法性と内部規程のあリ方」(経済法令研究会『銀行法務21』Vol.755(2013.03)所収)
安東克正「債権管理回収局面における預金拘束再考」(金融財政事情研究会『金融法務事情』Vol.1969(2013.05)所収)

なぜならば、信託財産の独立性(新・信託法23条1項、同法25条)から、信託財産たる当該回収金口座は、自己信託設定後にサービサーが破産した場合に於いても、破産財団、その他の倒産手続に服する会社(この場合サービサー)の財産に属しないと言うことが明白である為である。基本的には、当該財産を明確に特定する体制の整備や、財産の分別管理(信託財産と固有財産の分別管理)の徹底(第三者の利害関係から隔離し、期中に於ける信託スキームの信用力を維持する。新・信託法34条関係)がポイントとなる(注)。

注:ちなみに、分別管理義務は、別段の定めに拠り免除することは出来ない。新・信託法34条1項但し書きに関して、村松・富澤・鈴木・三木原(2008)に依れば、信託行為の定めに拠っても全く分別管理をしないことを認めない趣旨であるとしている。仮に分別管理が免除された場合、真正自己信託の問題が発生し得る。真正自己信託が否定(自己信託の形式を取りつつも、当事者の意思が自己信託ではない)された場合、信託財産として会計上振替が行われた財産は、信託財産ではなく固有財産に帰属し、受益者と呼称される者は「受益者」ではなく、当該財産に譲渡担保権を有する債権者となることになる。この事態を回避する為にも、分別管理は非常に重要なのである。
真正自己信託の成否は、「当事者の合理的意思を推認する」形式で決定することになる。先に挙げた最高裁判所第一小法廷判決平成14年1月17日最高裁判所民事判例集56巻1号20頁は、公共工事の前受金に関し、「契約書等、その他の書面に於いて「信託」と言う文字が無いにも拘わらず」地方公共団体と請負者との間に信託契約の成立を認めたが、真正自己信託の成否はこの判例の裏返しを行えば良いことになる。具体的には、以下の事情が検討事項となるだろう。


出典:高橋淳「自己信託の実践的活用方法(下)法律の壁を打ち破るための3つのケーススタディ」(中央経済社『旬刊経理情報』Vol.1224(2009.08)所収)P77、図表3
1 信託契約書の記載
2 対象財産の支配・管理状況 2.1 信託財産の入れ替えに関する委託者に依る関与の有無・内容
2.2 委託者に依る信託契約に係る解約権の有無・内容
2.3 委託者が保有する信託財産の処分に係る関与の有無・内容
2.4 委託者が保有する信託財産の管理に係る関与の有無・内容
2.5 対象財産に於ける分別管理の有無・内容
2.6 対象財産に於ける信託財産に係る対抗要件具備の有無・内容
3 対象財産に関する利益及びリスクの移転

3の場合、自益信託(信託設定と受益権譲渡が一連のものとして予定されている場合を除く)に於いては対象財産に関する利益及びリスクが信託設定に拠り受託者に移転しないのは当然のことだが、他益信託または自益信託に於いて信託設定と受益権譲渡が一連のものとして予定されている場合は、対象財産に関する利益及びリスクが、受託者を介して受益者に移転しているか否かが検討事項となる。

参考
村松秀樹、富澤賢一郎、鈴木秀昭、三木原聡『概説新信託法』(金融財政事情研究会、2008.08)P112(注5)
高橋淳「自己信託解禁で再び注目!信託のスキーム・ツール別活用法(下)」(中央経済社『旬刊経理情報』Vol.1208(2009.03)所収)P61
高橋淳「自己信託の実践的活用方法(下)法律の壁を打ち破るための3つのケーススタディ」(中央経済社『旬刊経理情報』Vol.1224(2009.08)所収)pp.76-77


具体的には信託財産に係る帳簿を作成(新・信託法37条)することで対応することが想定される(注)。

注:金融法委員会「サービサー・リスクの回避策としての自己信託活用の可能性」(2008.07.08)P8。

一般口座による場合において、一般口座に係る預金債権の一部のみ自己信託する方式による場合は、当該預金債権のうち信託財産に属する部分とサービサーの固有財産に属する部分とをどのように分別管理するかが問題となるが、信託財産に属する部分と固有財産に属する部分とをそれぞれ計算上明らかにする限り、分別管理義務違反はないと解される〔引用者注:信託法第34条第1項第2号ロ参照〕。これに対し、一般口座に係る預金債権の全体が自己信託の設定対象とされる場合は、専用口座による場合と同様、分別管理義務との関係で特段の問題を生じないように理解される〔引用者注:この場合でも、受託者として、各受益権に係る配当を行うために、信託財産に係るキャッシュフローにつき、いずれの債権に係る回収金かを、計算上明確に区分し、管理することは必要となる〕。

北見良嗣「サービサーリスクと代理店等制度について――平成15年2月の最高裁判決を受けて――」(帝京大学法学会『帝京法学』Vol.25(1)(2007.03)所収)P35。

ここで、公正証書を委託者側と受託者側で別にしてしまうと、外形的に確認することが難化してしまう。この「当該回収金口座を巡る、現在又は将来の利害関係者との衝突の可及的回避」を目的として、如何様に工夫するかがポイントとなろう。考えられる例としては、信託スキーム内に入金状況を常時適切に把握可能となる体制を整備しておくことや、裏付資産のコンポーネントである原債務者ベースで回収状況を把握可能とする体制にすること、係る回収状況について、受益者や、当該回収金口座開設金融機関に随時レポート(注)可能な事務体制を敷いておくこともポイントとなろう。

注:新・信託法37条2項には「受託者は、毎年一回、一定の時期に、法務省令で定めるところにより、貸借対照表、損益計算書その他の法務省令で定める書類又は電磁的記録を作成しなければならない。」とあるが、これは必要最低限としてのインターバルを提示したものである。通例では、信託スキームの場合、信託計算期日を月次で設定し財産状況を確認しているものが多い。

(信託財産に属する財産に対する強制執行等の制限等)
第二十三条
信託財産責任負担債務に係る債権(信託財産に属する財産について生じた権利を含む。次項において同じ。)に基づく場合を除き、信託財産に属する財産に対しては、強制執行、仮差押え、仮処分若しくは担保権の実行若しくは競売(担保権の実行としてのものを除く。以下同じ。)又は国税滞納処分(その例による処分を含む。以下同じ。)をすることができない。

第二十五条
受託者が破産手続開始の決定を受けた場合であっても、信託財産に属する財産は、破産財団に属しない。

(分別管理義務)
第三十四条
受託者は、信託財産に属する財産と固有財産及び他の信託の信託財産に属する財産とを、次の各号に掲げる財産の区分に応じ、当該各号に定める方法により、分別して管理しなければならない。ただし、分別して管理する方法について、信託行為に別段の定めがあるときは、その定めるところによる。
一  第十四条の信託の登記又は登録をすることができる財産(第三号に掲げるものを除く。)当該信託の登記又は登録
二  第十四条の信託の登記又は登録をすることができない財産(次号に掲げるものを除く。)次のイ又はロに掲げる財産の区分に応じ、当該イ又はロに定める方法
イ 動産(金銭を除く。)信託財産に属する財産と固有財産及び他の信託の信託財産に属する財産とを外形上区別することができる状態で保管する方法
ロ 金銭その他のイに掲げる財産以外の財産 その計算を明らかにする方法
三  法務省令で定める財産 当該財産を適切に分別して管理する方法として法務省令で定めるもの
2  前項ただし書の規定にかかわらず、同項第一号に掲げる財産について第十四条の信託の登記又は登録をする義務は、これを免除することができない。

(帳簿等の作成等、報告及び保存の義務)
第三十七条
受託者は、信託事務に関する計算並びに信託財産に属する財産及び信託財産責任負担債務の状況を明らかにするため、法務省令で定めるところにより、信託財産に係る帳簿その他の書類又は電磁的記録を作成しなければならない。

この分別管理を「一般の事業会社が行う」のか、「SPVが行う」のかで、話が多少変わってくる。前者の様に、事業会社として実態が有る様な会社であれば、それなりの対応は不可能ではないだろう。しかし、後者はそうも行かない。必ずしも会社としての実態があるものでもない上に、そもそも会社に常駐している従業員が基本的に存在しないのである。仮にSPVが保有する総ての資産を自己信託するとして、その管理主体は一体誰なのだろうか(この問いを根底から覆す前提として、そもそもSPVは事業に係る資産(担保対象資産)を保有しないことが通常であることが挙げられるが、それを今回は無視して話を進める)。仮にプロジェクト・ファイナンスにて自己信託を適用する場合、まず事業運営会社等がコンソーシアム(Consortium)を形成し、SPVを出資設立する(中には、コンソーシアムの中に、純粋な出資のみを行う参加者も存在する可能性は否定出来ないが、それは今回考えないものとする)。そうして、個々の出資者がSPVから個々の事業委託を受け、委託契約はSPVの信託勘定に属することとなる。故に、業務受託者がSPVの資産分別管理を行う主体とは成り得ない。故にSPVが自分で行わなければならない訳であるが、別の方法として、SPVが、管理者として会計事務所等に会計を委託し、SPVの固有勘定と信託勘定の監査報告を行わせると言うものもある。しかしこの方法では、未だに分別管理が十分か否かと言う観点が不明確である以上、この手法は危ない橋を渡ることになる。

「外形的に確認することが難しい」点では、公示の問題も控えている。金銭債権や預金口座等、「登記又は登録すべき財産」に該当しないものは、信託の公示なしに第三者対抗要件を具備可能である(注)。
注:寺本昌広『逐条解説 新しい信託法』(商事法務、2007.07)P71(注2)、四宮和夫『新版 信託法』(有斐閣、1989.09)P169、佐藤哲治編著『Q&A信託法』(ぎょうせい、2007.11)P100。法制審議会信託法部会第24 回議事録においても、債権について自己信託を行った場合には、財産が移転していない以上、公示を行うことはできず、また、登記・登録すべき財産ではないため、信託の公示なくして対抗できるものとされていた(その上、自身から自身への登記移転自体が、現行の不動産登記法上で対応が出来ない)。なお、公示手段が存しないことを許容する根拠としては、以下のものが挙げられていた。

1.債権については、譲渡登記制度がある以上、債務者に情報が集中している訳でもなく、また、譲渡登記制度が人的編成主義を採っている以上、何かを見れば全てが分かる様にはなっておらず、譲渡に関する公示として完全なものではないこと。
2.受託者が、信託財産である金銭で債権を買い取った場合の債権譲渡通知・承諾又は債権譲渡登記に於いても、それが受託者の固有財産となったのか、信託財産となったのか分からないこと。

但し、その財産の所有権が受託者に移転したことの対抗要件に関しては、新法下の自己信託に於いては、信託を設定する場合に他の人格への財産権の移転がない為、どの様に考えるべきかが問題となる。ここでは、二重譲渡的な状況、例えば、Aが信託の委託者として、ある財産について自己信託をする一方で、当該財産をBに譲渡した場合(他には、Aが、同一の財産について、二重に自己信託を行った場合に於ける、各信託の受託者としてのBの関係等も題材と成り得るが、今回は「ある財産について自己信託をする一方で、当該財産をBに譲渡した場合」のみを考えるものとする)を考えてみよう。争点となるのは、以下の2点である。

1.委託者兼受託者としてのAとBの関係が、そもそも対抗関係にあるのか。
2.委託者兼受託者としてのAとBの関係が対抗関係であるとすれば、対抗要件は何か。

不動産や登録制度のある動産については、自己信託を権利の変更の一類型と整理し、対抗要件を具備すべきものとしている(民法第177 条、不動産登記法第98 条等)。これに対し、債権については、民法第467 条第1 項は債権の「譲渡」を以て対抗要件を具備すべき行為としており、また、自己信託を念頭に置いた特段の立法上の手当てもなされていないことから、債権の自己信託については「Aがある財産について自己信託をする一方で、当該財産をBに譲渡した場合」と言う意味に於ける対抗要件は問題とならない。即ち、上記の例に於ける委託者兼受託者であるAは、当該債権をBに譲渡した本人でもあり、当該委託者兼受託者から当該債権を譲り受けた第三者と民法第467条第1項に於ける対抗関係に立つものではないのである。
但し、上記例における甲による乙への債権の譲渡については、当該債権の自己信託設定後に於ける、受託者に依る信託財産に関する権限違反行為としての面を有し、新信託法第27 条第1項に定める規律に服するものと解される以上、当該第三者との優劣は、最終的には、「当該譲渡に係る取消の成否如何」に因り決する。これに依れば、当該譲渡が権限外行為であることについて第三者(B)の悪意又は重過失が有った場合に限り、当該譲渡は取り消される(それを通じて、自己信託に係る受益者の権益が保護される)ことになる。
この公示の問題は、取引先が自己信託を行い、債権譲渡と自己信託設定の双方が為され、二重譲渡となった場合である。債権譲渡される側にとっては、自己信託設定が先行していないことを確認したいにも拘わらず、確認を行える公示制度が存在しないのである。譲渡人に自己信託設定の有無を紹介・レプワラを設定させるのも手法としては可能だが、譲渡人が虚偽の回答を行う可能性が排除出来ない為、この観点に関しては、今後整理・法整備が要される点である。


ちなみに、非常に稀なケースではあるが、対抗要件の具備策として、倒産隔離を行った、借入人であるSPVとは別の担保代理人(SPV)を利用することで、同様の目的を達成することを画策したケースがあった(注)。
注:江口直明、豊原信治、塚谷昭子「日本におけるプロジェクト・ファイナンスの法律的側面(下)」(金融財政事情研究会『旬刊金融法務事情』Vol.1567(2000.01)所収)P77。

江口・豊原・塚谷(2000)の紹介するケースでは、担保代理人SPVがABLレンダーに対し保証契約を締結し、保証担保として借入人SPVからセキュリティ・パッケージ(総ての担保権)の提供を受けるシステムとなっている。江口(2003)はこのケースに関し、当時に於ける異端振りを述懐している。

「これまで親しんできた自己名義の抵当権登記という安心感から担保代理人に担保管理を任せるという発想にはギャップがありすぎて未だに実例はないようである」(江口直明「日本におけるプロジェクト・ファイナンスの立法課題」(有斐閣『ジュリスト』Vol.1238(2003.02)所収)P45)

もちろん当時に於いては、担保権の信託が認められるか否かの時点であり、信託を利用する発想そのものがなかったのであるが、システムとしては現在と大して変わらないものであり、この発想でスキームを組成した人物の先見性には高い評価をすべきであろう。

口座に関しては従来通り、金銭債権に対しても、裏付資産の受託者である回収金見合い受益権受益者を質権者として、根質権(注)を設定することを併用すれば、なお有用である様に思われる。

注:将来発生する特定の債権や、継続的取引により発生する一定の範囲に属する不特定の債権も担保する質権のこと。

ここで、単一の信託スキームでなく、複数の信託スキームが並存するケースを考えてみよう。仮に、あるオートローン債権プールを裏付資産とする信託スキームを組成し、その回収金口座を対象に自己信託を設定し、同じ回収金口座で回収される別のオートローン債権のプールを裏付資産とする信託スキームを組成するケースを想定するとしよう。ここで、後から組成した信託スキームにも同様に当該回収金口座に自己信託を設定する場合、再度の自己信託設定となり、前者の自己信託との間に競合関係が生じる(自分自身と競合関係にあると言う点で、感覚的には妙な話なので、あくまでも形式的なものであろう)点と、受託者の権限違反行為(これもまた形式的な問題である様に思われる)が問題となり得る点で、盤石性にやや難がある。この建付けの悪さには、各信託スキームの関係当事者及び口座開設金融機関が協議の上、並存するスキームのうち、一番始めに組成した自己信託の結果、生成された残余受益権のうち、後に組成された信託スキームに係る回収金に相当する部分を、当該組成信託スキームの後に組成された信託スキームに係る回収金見合い受益権として順次転換を行っていく形式を執ることが良策である様に思われる。
さて、最後の問題として、自己信託終了後の観点に着目しよう。仮に委託者兼受託者が株式会社であり、破産手続の開始決定が為された場合、自己信託の委託者兼受託者はその任を解かれる(新・信託法56条1項4号。正確には、会社法471条5号にて、当該委託者兼受託者が解散してから、となる)。信託そのものの主な終了事由と、自己信託の終了を阻止する為のスキーム上での対応を以下に纏めた。


信託そのものの主な終了事由と、自己信託の終了を阻止する為のスキーム上での対応
出典:宮澤秀臣「事業証券化と自己信託」(小林秀之編『資産流動化・証券化の再構築』(日本評論社、2010.09)所収)P291、図表6
信託そのものの主な終了事由 信託そのものの主な終了事由に係る根拠条文(新・信託法163条) 自己信託の終了を阻止する為のスキーム上での対応 自己信託の終了を阻止する為のスキーム上での対応に係る根拠条文
受託者が欠けた状態であって、新受託者が就任しない状態が1年継続したこと 3号 受託者の任務を終了させない 新・信託法56条2項5号・7号
信託の終了を命ずる裁判 6号 申立権者からのノン・ペティション(注) 新・信託法165条
信託財産についての破産手続開始の決定 7号 改正破産法244条の4
双方未履行双務契約(注)の解除の規定に拠る信託契約の解除 8号 委託者の権利・義務を排除 新・信託法145条1項

注:申立権の不行使に関する特約を指す。当該特約は、いわゆる「不起訴の合意」に準ずるものとして、その効力を認めることが可能と考えられている。

注:信託契約が解除された場合、将来に向かって信託の終了効果が発生し、信託清算手続に移行する(寺本昌広『逐条解説 新しい信託法』(商事法務、2007.07)P364(注11)、359(注1・2))。自己信託は「単独行為」に準ずるものと捉えることが出来、「契約」ではない(それ故に、本来であれば考慮する問題ではないと言える)。しかし、信託財産が独立性(新・信託法25条)を有する点を踏まえた場合、自己信託の委託者(即ち受託者)に信用事由が発生した場合、その時点で固有財産と信託財産との間で、財産の帰属を争点として一種の緊張関係が生まれる可能性がある。

(信託財産と受託者の破産手続等との関係等)
第二十五条
受託者が破産手続開始の決定を受けた場合であっても、信託財産に属する財産は、破産財団に属しない。

双方未履行双務「契約」性が直ちに発現すると言う話にはならないだろうが、「契約」的な法律関係は、状況に因っては争点となるリスクが存在する。先の通りの対策を執るか、仮に当該権利・義務を残す場合には、委託者兼受託者に信用事由が発生したことを解除条件として、当該権利・義務が消滅する様なスキームを構築しておくことがより無難な信託構造を構築出来るだろう。

普通、コミングリング・リスク対策としての自己信託で、他の受託者に承継させることは考え難いので、通常は信託行為に、当該事由発生時(破産時)には、発生と伴に当該自己信託を終了させると明記し、発生時には当該自己信託を終了する(新・信託法163条9号)ことが適当であろう。終了後、信託の清算手続(新・信託法175条)に従い、残余信託財産からの回収金が受益者に引き渡され、コミングリング・リスク対策は完遂することになる。但し、残余信託財産からの回収金を引き渡す際に、引渡し金額が正確に算定されていること等の点に関し、管財人あるいは保全管理人に於ける確認・了承を受ける必要が生じる可能性があり、その場合、当該受益者への回収金の着金が遅れる可能性(コミングリング・ディレイ(Commingling Delay, Commingling Retard))が出てくる。但し、自己信託がここで否定されない限りは、何れにせよ回収金相当額はその全額が確実に当該受益者に配当される以上、回収金に関し実損(コミングリング・ロス(Commingling Loss, Perte de Commingling))を被ると言う意味合いでの、コミングリング・リスクを回避する目的は達成される。

清算手続が本来必要な状況下で、奥の手(Dernier Recours)として、清算手続を執らずに自己信託を終了させる別案としては、自己信託を裏付資産の信託に併合させる(新・信託法163条5号)手段がある。信託の併合では、自己信託の清算手続を必要としない(新・信託法175条括弧書き)点で、自己信託に係る手仕舞いの負担は軽くなると考えられる。信託の併合自体が新信託法の前から既にハードルが高い(裏付資産の受託者が信託業法上の厳格な引受基準で審査する必要がある)為、実務的にあまり使えるとは思われない(注)。

注:信託の併合を選択するくらいならば清算手続を採る為か、研究自体は2008年で止まっており、実務的に有用なものとは言い難い。
参考
佐藤勤「信託法講座(37)信託の併合および分割」(経済法令研究会『銀行法務21』Vol.689(2008.06)所収)
田中和明「信託の併合・分割」(経済法令研究会『金融・商事判例』Vol.1261(2007.03)所収)
藤田友敬「信託契約の変更・信託の併合及び分割」(信託法学会『信託法学会』Vol.25(2000)所収)

(信託の終了事由)
第百六十三条
信託は、次条の規定によるほか、次に掲げる場合に終了する。
五  信託の併合がされたとき。

(清算の開始原因)
第百七十五条
信託は、当該信託が終了した場合(第百六十三条第五号に掲げる事由によって終了した場合及び信託財産についての破産手続開始の決定により終了した場合であって当該破産手続が終了していない場合を除く。)には、この節の定めるところにより、清算をしなければならない。

但し、実務問題としては、審査が問題なのであって、他の点では容易である。自己信託の対象となっている金銭等は、裏付資産が回収され、預金債権や金銭等と言った財産に名を変えたものである以上、その財産が裏付資産の受託者が保有する信託財産に該当することは信託財産の物上代位性(注)からも明白であり、この観点から見れば、信託の併合はある程度は容易なものであると考えられる。

注:新・信託法16条。抵当権は、最終的に目的物を金銭に換えて、弁済を受けるものであるが、目的物の売却、賃貸、滅失、損傷等に因り、抵当不動産の所有者が金銭等を受け取る場合は、その請求権に対して抵当権を行使することを認めても良い訳である(なぜならば、これらの請求権は、目的物が別の価値に姿を変えたもの、即ち目的物の身代わりと言えるからである)。この様に、「目的物の代わりの請求権に対して、権利を行使すること」を物上代位という。
(信託財産の範囲)
第十六条
信託行為において信託財産に属すべきものと定められた財産のほか、次に掲げる財産は、信託財産に属する。
一 信託財産に属する財産の管理、処分、滅失、損傷その他の事由により受託者が得た財産
二 次条、第十八条、第十九条(第八十四条の規定により読み替えて適用する場合を含む。以下この号において同じ。)、第二百二十六条第三項、第二百二十八条第三項及び第二百五十四条第二項の規定により信託財産に属することとなった財産(第十八条第一項(同条第三項において準用する場合を含む。)の規定により信託財産に属するものとみなされた共有持分及び第十九条の規定による分割によって信託財産に属することとされた財産を含む。)

参考
丹田信行「抵当権の物上代位性とはどういうことですか?」(たんだ鑑定登記事務所)
http://www.tanda-fk.com/article/124500320.html





増補改訂版 自己信託解説(その4)

2014-07-26 23:06:12 | CMBS論集用小ネタ


スキーム概要
1.オリジネーターP社は、債務者Rに対する譲渡禁止特約が付された債権を自己信託し、信託受益権を取得する。
2.オリジネーターP社は、信託受益権を第三者である投資家Q社へ売却することに依り、資金調達を行う。
3.オリジネーターP社は、自己信託した債権の管理及び回収を行い、回収金を原資として、信託受益権の配当及び償還を行う。

出典:福田政之、村治能宗「自己信託を利用した譲渡禁止特約付債権等の証券化・流動化の実務と法的諸問題」(流動化・証券化協議会『SFJジャーナル』Vol.8(2014.02)所収)P11、図表1。

この問いに関しての仮説は、以下の2通りの回答が挙げられる。

1.自己信託は譲渡でないが故に譲渡禁止特約の対象にならない。
2.債務者の相殺期待を害するが故に譲渡禁止特約が類推される。

この仮説を検証する為に、まず譲渡禁止特約の趣旨に遡ることとしよう。奥田(1992)に依れば、譲渡禁止特約の趣旨は、一般に、以下の事項を確保することにあるとされる(注)。

注:奥田昌道『債権総論 増補版』(悠々社、1992.07)P429、内田貴『債権総論・担保物権 第3版』(東京大学出版会、2005.09)P211。池田(2009)は譲渡禁止特約の趣旨に関して、「反対債権との相殺の利益を確保する、あるいは特殊な金融商品のため当事者の変更があっては困る、というような実質的な理由から、事務手続の煩雑を避けるとか、思いがけない譲受人から弁済請求を受けることを避けるといった、債務者のエゴというべき理由まで、様々である」と述べている(池田真朗「債権譲渡禁止特約と譲渡人からの援用の否定――最二小判平成21.3.27をめぐって」(金融財政事情研究会『金融法務事情』Vol.1873(2009.07)所収)P9)。

1.譲渡に伴う事務の煩雑さを避けること
2.債権者が債務者に対して有する相殺可能性の期待

先の2点は、譲渡禁止特約の役割を二分した内の後者に起因するものである。

1.当該契約の利益を第三者が取得することを妨げることを企図するもの。
例:ある財団から特定の研究者に対し助成金が出ることになったが、当該研究者が、その研究助成金の支払請求権を譲渡することが禁じられた場合。
2.元々の債権者以外の者との間で取引をしなければならなくなることから債務者を守ろうとするもの。

例題として、売掛債権や請負代金債権等、証券化・流動化目的に於ける自己信託設定が想定される債権の場合、1.の場合同様に特定の債権者自身が債権の利益を享受することに意義があるとは通常考えにくい事態である(むしろ2.に分類されると考える方が自然である)。2.であれば信託対象債権の利益に於ける実質的な享受主体が誰であるかは問題とならないが、1.の場合では問題と成り得る。仮に1.に該当する場合、自己信託が設定され、信託受益権を譲り受けた第三者が、信託対象債権の利益を実質的に享受することが、1.に於ける譲渡禁止特約の趣旨に反するか否かが争点となるリスクが生じることとなる(注)。

注:道垣内弘人「譲渡禁止特約付債権の自己信託」(「新信託法の理論と運用」研究会編『新信託法の理論分析』(トラスト60、2010.02)所収)P35以下。

話を譲渡禁止特約の趣旨に戻そう。前者はそもそも自己信託の場合には議論するまでもなく、債権の自己信託の場合には該当しない。何故ならば、債権者の変動が自己信託の場合には存在しない為である(注)。

注:村松秀樹、富澤賢一郎、鈴木秀昭、三木原聡『概説新信託法』(金融財政事情研究会、2008.08)P17(注9)。

尤も、譲渡禁止特約付債権に質権が設定された場合、質権者が悪意を有した者であれば、当該質権設定は無効であるとした判例が存在する(注)以上、「自己信託が譲渡ではなく債権の移転が生じない」と言う形式のみを捉えて、自己信託に民法466条2項に基づく譲渡禁止特約の効力が及ばない、と話をすることは早計である。

(債権の譲渡性)
第466条
1.債権は、譲り渡すことができる。ただし、その性質がこれを許さないときは、この限りでない。
2.前項の規定は、当事者が反対の意思を表示した場合には、適用しない。ただし、その意思表示は、善意の第三者に対抗することができない。

注:大審院判例、大正13年6月12日、大審院民事判例集第3巻P272。

民法466条2項が直接適用されることはないにしても、準用乃至類推適用される可能性も無きにしも非ず、であり、それを鑑みれば、譲渡禁止特約の実質的な目的・趣旨に照らして、譲渡禁止特約付債権の自己信託が、民法466条2項に基づく譲渡禁止特約に違反するか否かを検討する必要性があることを留意すべきである。

問題は後者である。新・信託法22条1項に拠れば、受託者の固有財産に係る債権を有する者は、当該債権を以て信託財産に属する債権に係る債務と相殺することが出来ないとされている。


出典:高橋淳「自己信託解禁で再び注目!信託のスキーム・ツール別活用法(下)」(中央経済社『旬刊経理情報』Vol.1208(2009.03)所収)P62、図表3。

債権の自己信託が行われた場合、当該債権の債務者が保有する相殺権を喪失することになる為、これを禁止することに依り、相殺可能性に係る期待を確保する要請があると思料することが出来る。ただ、仮に当該債権が貸付債権でなく、売掛債権であるとするならば、譲渡禁止特約(注)の趣旨は前者のみで良いことになり、前者が否定された以上、後者を含まない場合であるとするならば、譲渡禁止特約は、債権の自己信託を妨げる結果とはならないと考えられる。
注:譲渡禁止特約に関する文献自体は多岐に渡る。最近のものでは、石田剛『債権譲渡禁止特約の研究』(商事法務、2013.03)、山田誠一「債権譲渡 譲渡禁止特約、および、将来債権の譲渡について」(有斐閣『法学教室』Vol.394(2013.07)所収)、児島幸良「民法(債権関係)の改正と信用金庫への影響(第7回)債権譲渡をめぐる諸論点(その1)譲渡禁止特約」(全国信用金庫協会『信用金庫』Vol.68(5)(2014.05)所収)が挙げられる。

そうでない場合であれば、受託者の固有財産に係る債務について、併存的に信託財産責任負担債務とすることで、相殺期待可能性は確保可能である(注)。

注:工藤(2008)は、この点に関して「預金債権に適用ある銀行預金約款には、通常、譲渡・質入禁止条項が挿入されており、他人を受益者に指定する自己信託は第三者の権利の設定に該当し、当該条項に違背するとみなされる可能性が高い」と指摘する。この指摘に於いては、「他人を受益者に指定する自己信託は第三者の権利の設定に該当」するにしても、「他人を受益者に指定する自己信託」が「当該条項に違背する」か否かは、当該条項の趣旨に遡り、適宜検討が要されると考えられる。ただ、質入禁止条項との関係を考えた際に、受益者は、信託期間存続中に於いては、債務者である銀行との接点は存在しない点で、他人を受益者に指定する自己信託は「第三者の権利の設定」には該当しないと考えられる。何故ならば、受益者は「直接取立権(民法366条1項)を有する質権者」とは異なる為である。

(質権者による債権の取立て等)
第三百六十六条
質権者は、質権の目的である債権を直接に取り立てることができる。

参考
鈴木正具、大串淳子編『コンメンタール信託法』(ぎょうせい、2008.11)P652〔工藤聡一〕

平山(2008)は、委託者兼受託者が新・信託法22条2項及び同法31条2項1号又は2号に従い、係る債務者に依る相殺を常に承認するのであれば、自己信託の効力自体を否定する必要はないと指摘する(注)。

注:平山俊輔「回収金引渡請求権の保全と倒産後の取扱い」(「信託と倒産」実務研究会編『信託と倒産』(商事法務、2008.11)所収)pp.283-285。

問題は、通常の債権譲渡に於ける文脈で、債権譲渡後の、債務者に依る相殺抗弁の主張を許すならば、債権譲渡の有効性が認められると言った議論が今に於いても為されておらず(注)、実際に認められることへの可能性がやや低いと考えられる点である。

注:そもそも、その様な結論が採用されたことがない。例として、昭和47(オ)111、預金支払請求、昭和48年07月19日、最高裁判所第一小法廷判決(破棄差戻し)、最高裁判所民事判例集第27巻7号P823が挙げられる。

昭和47(オ)111、預金支払請求、昭和48年07月19日、最高裁判所第一小法廷判決(破棄差戻し)、最高裁判所民事判例集第27巻7号P823

判示事項
民法四六六条二項但書と重大な過失のある第三者

裁判要旨
譲渡禁止の特約のある債権の譲受人は、その特約の存在を知らないことにつき重大な過失があるときは、その債権を取得しえない。

「(前略)民法四六六条二項は債権の譲渡を禁止する特約は善意の第三者に対抗することができない旨規定し、その文言上は第三者の過失の有無を問わないかのようであるが、重大な過失は悪意と同様に取り扱うべきものであるから、譲渡禁止の特約の存在を知らずに債権を譲り受けた場合であつても、これにつき譲受人に重大な過失があるときは、悪意の譲受人と同様、譲渡によつてその債権を取得しえないものと解するのを相当とする。そして、銀行を債務者とする各種の預金債権については一般に譲渡禁止の特約が付されて預金証書等にその旨が記載されており、また預金の種類によつては、明示の特約がなくとも、その性質上黙示の特約があるものと解されていることは、ひろく知られているところであつて、このことは少なくとも銀行取引につき経験のある者にとつては周知の事柄に属するというべきである。(中略)上告人がその主張の譲渡禁止の特約をもつて脱退被控訴人に対抗することができるかどうかを判断するためには、原審はさらにすすんで釈明権を行使し、脱退被控訴人に重大な過失があつたかどうかについての主張立証を尽くさせるべきであつたのである。」

平山の論に対し、水野(2007)は先の判例を引き、以下の様に否定する(注)。

「譲渡禁止特約付債権の債権譲渡については、債権譲渡の有効性を肯定しつつ債務者の抗弁主張を無条件に認めるという結論は採られておらず(中略)、自己信託と債権譲渡の場合で異なる法律構成が採られることを理論的にどのように説明できるのかは定かではない。以上からすると、譲渡禁止特約付債権の自己信託についてはその効力に一定の疑義があることを否定しがたいように思われる。」(井上聡編、福田政之、水野大、長谷川紘之、若江悠『新しい信託30講』(弘文堂、2007.09)P196)

注:水野の見解は、以下の論文にも同趣旨の内容が掲載されている。
水野大「新信託法・改正信託業法が証券化・流動化取引に及ぼす影響と実務対応(下)」(レクシスネクシス・ジャパン『Lexis企業法務』Vol.20(2007.08)所収)P50。

上記から考え得る対応としては、以下の2通りが存在する。

譲渡禁止特約付債権を自己信託に拠り設定する際の対応策
採用するスキーム 対応
1.当該債務者の相殺が出来ることを前提とするスキーム 信託行為に相殺が出来ることを記載する。
2.当該債務者の相殺が出来ないことを前提とするスキーム 予め、譲渡禁止特約付債権の債務者に自己信託する。
反対債権が発生した場合に相殺が出来ないことの同意を取る。

上記より、結論として述べた通り、受託者の固有財産に係る債務(自働債権(相殺しようとする側の債権)に係る債務)について、以下の図に示された通り、信託財産責任負担債務化(実際には、債務引受けに類似した行為の位置付けとなる)を行う場合であれば、譲渡禁止特約付債権の自己信託を否定する必要性は存在しないこととなる。



出典:高橋淳「自己信託解禁で再び注目!信託のスキーム・ツール別活用法(下)」(中央経済社『旬刊経理情報』Vol.1208(2009.03)所収)P62、図表4。

上記から、実際に債権の自己信託が為された場合、債権・債務の対立構造は以下の通り示される。



A1:債務者RがP社(オリジネーター。委託者兼受託者)に対して取得する債権。
A2:P社が自己信託した債権。

出典:福田政之、村治能宗「自己信託を利用した譲渡禁止特約付債権等の証券化・流動化の実務と法的諸問題」(流動化・証券化協議会『SFJジャーナル』Vol.8(2014.02)所収)P13、図表2。

上記のスキームに於いて、Rに依るA1の取得するタイミングに因り、相殺保護可能性の成否が分かれる。以下に、タイミング別の可能性を纏めた。

1.Rに依るA1の取得するタイミングがA2への自己信託よりも早い場合 債権譲渡につき、債務者対抗要件を具備する前に債務者が譲渡人に対する自働債権を有している場合、自働債権と受働債権に係る弁済期の前後を問わず、両債権の弁済期が到来すれば相殺可能とする、債権譲渡と相殺に関する、いわゆる「無制限説」(注)に立脚した場合、Rの相殺期待を保護することは可能となる(注)。
2.Rに依るA1の取得するタイミングがA2への自己信託よりも遅い場合 無制限説の準用に拠るRの相殺期待を保護することが出来ない。新・信託法22条1項柱書本文を適用した(受託者(P社)が固有財産のみを以て履行する責任を負う債務に係る債権(A1)を有する者(R)が、当該債権を以て信託財産に属する債権(A2)に係る債務と相殺することが禁じられている)場合、債務者に依る相殺期待が妨げられる虞が生じる。そこで、係る相殺制限の例外要件(新・信託法22条1項1号・2号)に該当するか否かが問題となる。

注:昭和44(オ)655、譲受債権請求、昭和50年12月08日、最高裁判所第一小法廷判決、最高裁判所裁判集民事第29巻11号P1864。

昭和44(オ)655、譲受債権請求、昭和50年12月08日、最高裁判所第一小法廷判決、最高裁判所裁判集民事第29巻11号P1864。

判示事項
債権が譲渡される前から債権者に対して反対債権を有していた債務者が右反対債権を自働債権とし被譲渡債権を受働債権としてした相殺を有効と認めた事例

裁判要旨
債権が譲渡され、その債務者が、譲渡通知を受けたにとどまり、かつ、右通知を受ける前に譲渡人に対して反対債権を取得していた場合において、譲受人が譲渡人である会社の取締役である等判示の事実関係があるときには、右被譲渡債権及び反対債権の弁済期の前後を問わず、両者の弁済期が到来すれば、被譲渡債権の債務者は、譲受人に対し、右反対債権を自働債権として、被譲渡債権と相殺することができる。

「被上告人が上告人に対し、本件売掛債権及びこれに対する遅延損害金の支払を求めて提起した本訴第一審第二回口頭弁論期日(同年七月二四日)において、上告人は本件手形債権をもつて被上告人の本訴請求債権と対当額で相殺する旨の意思表示をした。本件における問題点は、右相殺の許否であるが、原審の確定した以上の事実関係のもとにおいては、上告人は、本件売掛債権を受働債権とし本件手形債権を自働債権とする相殺をもつて被上告人に対抗しうるものと解すべきである。
(中略)裁判官岸上康夫の補足意見は、次のとおりである。(一) 金銭債権が譲渡されその債務者が譲渡通知を受けたに止まる場合において、債務者が譲渡通知を受ける前に譲渡人に対して金銭債権を取得していたとき、その弁済期が、被譲渡債権のそれより後であつて、かつ、右譲渡通知のあつた時点より後に到来するものでも、被譲渡債権の債務者が、右事実をもつて民法四六八条二項所定の「通知ヲ受クルマテニ譲渡人ニ対シテ生シタル事由」にあたるものとして、譲受人に対し、被譲渡債権を受働債権とし、自己が譲渡人に対して有する債権を自働債権としてする相殺をもつて対抗しうるかどうかは、相殺制度の目的及び機能、同条同項の立法趣旨並びに被譲渡債権の債務者及び譲受人の利害関係等を考慮して決すべきものである。(中略)この判決は、債権が差し押えられた場合に第三債務者が債務者に対し有する反対債権をもつてした相殺の効力に関する民法五一一条の解釈を示したものであるが、右法条にいう差押債権者と債権譲渡の場合に関する同法四六八条二項にいう債権の譲受人とは、いずれも当該債権の権利としての積極的利益の取得者であつて両者は実質的に異なる立場にあるものではなく、また、債務者は債権が差し押えられた場合と譲渡された場合とにおいて別異な取扱を受くべき理由はないから、右判決によつて示された相殺制度の目的及び機能からする相殺権者の保護の要請は、被差押債権の債務者についてのみでなく、被譲渡債権の債務者についてもひとしく妥当するものというべきである。また、民法四六八条二項の立法趣旨は債務者の意思に関係なく行われる債権譲渡により債務者の地位が譲渡前より不利益になることを防止することにあると考えられるところ、債権者のした債権譲渡によつて、債務者が相殺をなしうべき地位を失うことが債務者にとつて不利益であることは前示相殺制度の目的及び機能に徴し明らかであるから、債務者が、債権譲渡の通知を受けた時点において、債権者に対し法律上相殺に供しうる反対債権(自働債権)を取得しているときには、これをもつて同条項にいう「通知ヲ受クルマテニ譲渡人ニ対シテ生シタル事由」にあたるものとして、譲受人に対抗することができるものと解するのが相当である。したがつて叙上民法の規定及び大法廷判決の趣旨に鑑みるときは、債権の譲渡があつた当時債務者が譲渡人に対し反対債権を有する以上、たとえ反対債権の弁済期が、被譲渡債権のそれより後であつて、かつ、債権譲渡通知のあつた時より後に到来すべきものであつても、債務者は、両債権の弁済期が到来したときには、譲受人に対し、反対債権による相殺を主張しうるものというべきである。もつとも、以上のように解すると、指名債権の取引の安全を害し、その譲受人の保護に欠けるおそれがあるとの意見があるが、民法は、四六八条一項により、債務者が、債権譲渡を異議なく承諾したときには、譲渡人に対して主張しえた事由をもつて譲受人に対抗しえないものとし、また、同条二項により、債務者が債権譲渡の通知を受けた後に譲渡人に対して生じた事由、本件に即していえば右通知後に譲渡人に対し取得した反対債権による相殺をもつて、譲受人に対抗することはできないものとし、右の限度においてのみ、指名債権の取引の安全と譲受人の利益をはかろうとしたに止まるものと解すべきである。叙上の解釈に照らせば、本件において、上告人は、本件売掛債権の譲渡通知を受けた当時、右債権の譲渡人である訴外会社に対し本件手形債権を取得していたのであるから、本件売掛債権を受働債権とし本件手形債権を自働債権とする相殺をもつて被上告人に対抗しうるものというべきである。」

岸上の意見に対し、藤林は反対意見を以下の様に述べている。

「裁判官藤林益三の反対意見は、次のとおりである。(中略)私は、銀行と取引先との間においては、被差押債権である預金債権と反対債権である貸付債権とが、相殺適状になつて銀行から相殺できる場合は、最高裁判所昭和三六年(オ)八九七号同三九年一二月二三日大法廷判決・民集一八巻一〇号二二一七頁(以下、三九年判決という。)が適切に判示するように、「差押当時両債権が既に相殺適状にあるときは勿論、反対債権が差押当時未だ弁済期に達していない場合でも、被差押債権である受働債権の弁済期より先にその弁済期が到来するものであるとき」に限られるべきものと思う。そして、預金者の一般債権者から銀行が防禦する手段は、四五年判決によつて認められた相殺予約又はその後の最高裁判所昭和四二年(オ)第九〇〇号同四五年八月二〇日第一小法廷判決・裁判集民事一〇〇号三三三頁によつて認められた貸付債権の期限利益喪失約款によれば足りると考えるのである。(中略)私は、この判決の法定相殺の要件に関する説示はいささか広きに過ぎるおそれがあるものと感じていたところ、本件事案の判断をするにあたつて、そのおそれが具体化したように思われてならない。すなわち、金融機関が当事者でない場合、相殺予約が存しない場合、もしくは、債権の発生、対立そのものが偶発的な場合、例えば、自働債権が不法行為に基づく損害賠償請求権であるとか、不当利得返還請求権であるとかいうような場合にまで、右判例は推及されるおそれがある。そこで、これに対しては、差押債権者と反対債権者との利益衡量の見地から、歯止めをかける必要があると思う。(中略)私は、債権の仮差押、差押、取立命令の場合と債権譲渡、転付の場合とでは、これを分けて考察すべきものと思う。すなわち、仮差押、差押は、被差押債権について民法五一一条による債権対立の必要的最終時点を画するだけのものであるし、取立命令は、被差押債権について権利主体を変えることなく、被差押債権の代位取立を可能にさせるだけのものである。したがつて、取立命令の場合だけに限つていえば、四五年判決が示した判断は、私にも理解できないではない。しかし、これを債権譲渡と強制的債権譲渡である転付の場合にまで拡げていくことに、私は賛成することができない。民法四六八条二項の「其通知ヲ受クルマテニ譲渡人ニ対シテ生シタル事由」の中に相殺事由をどの程度まで含ませるかは、利益衡量の問題にならざるを得ないが、三九年判決の線をもつて妥当と考える。そして、債権譲渡の通知又は転付命令の送達時に相殺適状にあるか、反対債権の弁済期が譲受債権の弁済期前に到来する関係にある場合には、譲渡された債権の債務者は、相殺をもつて債権譲受人又は転付債権者に対抗しうるが、これとは反対に、譲受債権の弁済期が反対債権の弁済期よりも先に到来する関係にある場合には、相殺を主張しえないものと考えるのである。このような考え方で本件をみると、被上告人は昭和四二年九月一四日訴外会社から弁済期同年一二月三日の本件売掛債権の譲渡を受け、訴外会社は同日上告人に対し右債権譲渡の通知をし、その頃右通知は上告人に到達したというのであり、上告人の訴外会社に対する本件手形債権の弁済期は、昭和四三年一月一三日訴外会社の倒産による期限利益喪失により、同日到来したというのであるから、債権譲渡の通知当時には両債権はいずれも弁済期未到来で相殺適状にはなく、また、被上告人の譲受債権である本件売掛債権の弁済期は、上告人の反対債権である本件手形債権の弁済期よりも先に到来する関係にあつたのであるから、上告人は被上告人に対し相殺を主張しえないものと解するのほかはない。(中略)相殺を広く認めると、反対債権の弁済期が譲受債権の弁済期よりも後に到来する関係にある場合に、不誠実な反対債権者が自己の債務の履行を遅らせておいて、相殺適状を到来させてから相殺を可能にするという不都合な事態を生じさせることがあるとの非難は、従来から存するところであり、私もこれに同感である。これに対し、このような場合には、事情により信義則、公序良俗違反あるいは相殺権の濫用として相殺が無効になり、ときには相殺の抗弁の提出が民訴法一三九条の時機に遅れた防禦方法とせられて却下されることとなるであろうという議論がある。しかし、このように一般条項を持ち出さなければ救済できないような事態が生じることを見越してまで法定相殺の要件を緩和する必要はない。しかも、この一般条項の要件事実の主張、立証が譲受債権者又は転付債権者の責任においてされるべきものとなるのは公平でなく、また、実務上、この主張、立証責任の負担が訴訟当事者にとつて軽易なものでないことは明らかであるから、さらにその感を深くするのである。」

注:道垣内弘人「譲渡禁止特約付債権の自己信託」(「新信託法の理論と運用」研究会編『新信託法の理論分析』(トラスト60、2010.02)所収)P42、角紀代恵『自己信託の諸相(トラスト60研究叢書)』(トラスト60、2011.03)P35。対照的に、内田(2005)は、昭和44(オ)655、譲受債権請求、昭和50年12月08日、最高裁判所第一小法廷判決、最高裁判所裁判集民事第29巻11号P1864が無制限説を採用したとする説に疑問を呈しており(内田貴『債権総論・担保物権 第3版』(東京大学出版会、2005.09)P262以下)、内田の見解を反映させた場合、「Rに依るA1の取得するタイミングがA2への自己信託よりも遅い場合」のアレンジを適用する必要が生じることになるだろう。

「Rに依るA1の取得するタイミングがA2への自己信託よりも遅い場合」に係る問題に関して、以下の3つのケースに分けて考える必要がある。


1.RがA1取得時にA2への自己信託設定につき善意無過失であった場合 新・信託法22条1項但書1号の例外に該当する為、相殺可能。
2.RがA1取得時にA2への自己信託設定につき悪意を有していた、或いは有過失であった場合 A2に譲渡禁止特約を付したRの期待は保護に値する(厳密には、RがA2への自己信託設定につき悪意を有していた後に譲渡禁止特約が付された場合には、当該譲渡禁止特約に拠る相殺期待は保護するに値しないと言える。しかし、実際には、その様な場合も含めて債務者の相殺期待を保護することになると考えられる(注))と考えられる。しかし、新・信託法上、係る相殺の期待を正面から保護する規定は存在しない。この場合、自己信託証書にて、「債務者から相殺が為された場合、受託者は、新・信託法22条2項に基づきこれを『承認』する」(注)と言う旨を規定しておく(承認自体は、新・信託法31条1項4号の利益相反行為に該当する。しかし、上記の様に規定することで、新・信託法31条2項1号に於ける、利益相反行為を許容する例外規定をも同時に満たすことが可能となる)ことが無難な対応であると考えられる。
3.RがA2負担時にA2への自己信託設定につき悪意を有していた、或いは有過失であった場合(例:A2につき将来債権として自己信託が為された後、RがA1を取得し、その後、RがA2を負担した(A2が現在債権として発生した)場合)

注:道垣内弘人「譲渡禁止特約付債権の自己信託」(「新信託法の理論と運用」研究会編『新信託法の理論分析』(トラスト60、2010.02)所収)P42。

注:実際に当該相殺が為された場合、信託財産がその分減少して、受益者に対する配当が減少する虞が生じる。その為、係る信託財産・投資家への配当減少に対し、オリジネーターの固有財産から信託へ金銭等で補填を行う旨を約束しておく必要が生じる。但し、自己信託後もオリジネーターが信託財産のリスクを負担していることになる以上、自己信託設定が更生手続に於いて信託対象債権に対する担保権の設定として再構成されない(真正信託性)と解釈される可能性が生じる。尤も、上記同様に相殺相当額についてP社がその固有財産に於いて負担するだけであれば、オリジネーターの固有財産が相殺対象債権に係る債務を対等額で免れていることを考慮するならば、そもそもオリジネーターに依る信用補完ではないと解釈出来る。また、オリジネーターに依る「信託対象債権が相殺対象とならない」旨のレプワラや、誓約違反に基づくサンクション(制裁)であると解釈するのであれば、真正信託性に悪影響を及ぼすものではないと考えられる。

上記の様な債務者に依る相殺保護のアレンジを施すことを前提とするならば、自己信託の設定は譲渡禁止特約の実質的な目的・趣旨何れをも害しないことになる。故に、上述した様に、譲渡禁止特約付債権の自己信託は、民法466条2項(準用乃至類推適用を含む)に基づく譲渡禁止特約に違反しないと結論付けられる。仮に民法466条2項が適用された場合、係る特約に違反した自己信託の効力はどうなるだろうか。この点(物権的効力説(注)に立つこと)を明示した最高裁判例は現時点では存在しないが、最二小判平成21.3.27の第一審判決に於いては、その理由にて「債権の譲渡禁止特約の効力について、同特約は債権の譲渡性を物権的に奪うものであり、特約に反してなされた譲渡は無効であり(物権的効力)(後略)」と述べた上で、原審(高裁)も叙上(じょじょう)の見解を踏襲し、係る最高裁判例もこれを否定していない。

注:一般に、譲渡禁止特約は債権の譲渡性を奪うもので、特約に反して債権を第三者に譲渡した場合、債権者の義務違反を生じるだけではなく、禁止特約の存在につき悪意(或いは重過失)の譲受人に対しては債権移転の効果が生じないとする立場。

また、特約に違反した譲渡を債務者が承諾した場合、譲渡は「譲渡の時に遡って有効とな」ると言う構成を取っており(注)、判例(注)から見ても、物権的効力説に立脚していると一般に解されている。

注:池田真朗「債権譲渡禁止特約と譲渡人からの援用の否定――最二小判平成21.3.27をめぐって」(金融財政事情研究会『金融法務事情』Vol.1873(2009.07)所収)P12。

注:昭和48(オ)823、転付債権請求、昭和52年03月17日、最高裁判所第一小法廷判決棄却、最高裁判所裁判集民事第31巻2号P308、平成5(オ)1164、供託金還付請求権確認、供託金還付請求権取立権確認、平成9年06月05日、最高裁判所第一小法廷判決棄却、最高裁判所裁判集民事第51巻5号P2053。

昭和48(オ)823、転付債権請求、昭和52年03月17日、最高裁判所第一小法廷判決棄却、最高裁判所裁判集民事第31巻2号P308

判示事項
譲渡禁止の特約のある指名債権を譲受人が特約の存在を知つて譲り受けたのち債務者がその譲渡につき承諾を与えた場合と承諾後債権の差押・転付命令を得た第三者に対する右債権譲渡の効力

裁判要旨
譲渡禁止の特約のある指名債権を譲受人が特約の存在を知つて譲り受けた場合でも、債務者がその譲渡につき承諾を与えたときは、債権譲渡は譲渡の時にさかのぼつて有効となり、譲渡に際し債権者から債務者に対して確定日付のある譲渡通知がされている限り、債務者は、右承諾後に債権の差押・転付命令を得た第三者に対しても債権譲渡の効力を対抗することができる。

「譲渡禁止の特約のある指名債権をその譲受人が右特約の存在を知つて譲り受けた場合でも、その後、債務者が右債権の譲渡について承諾を与えたときは、右債権譲渡は譲渡の時にさかのぼつて有効となり、譲渡に際し債権者から債務者に対して確定日付のある譲渡通知がされている限り、債務者は、右承諾以後において債権を差し押え転付命令を受けた第三者に対しても、右債権譲渡が有効であることをもつて対抗することができるものと解するのが相当であり、右承諾に際し改めて確定日付のある証書をもつてする債権者からの譲渡通知又は債務者の承諾を要しないというべきである。(中略)被上告人が本件保証金返還請求権の譲渡について承諾を与えたことによつて、右債権譲渡は譲渡の時にさかのぼつて有効となり、右承諾に際し改めて確定日付のある証書をもつてDからの譲渡通知又は被上告人の承諾がされなくても、被上告人は上告人に対し右債権譲渡が有効であることをもつて対抗することができる(後略)」

平成5(オ)1164、供託金還付請求権確認、供託金還付請求権取立権確認、平成9年06月05日、最高裁判所第一小法廷判決棄却、最高裁判所裁判集民事第51巻5号P2053

判示事項
譲渡禁止の特約のある指名債権の譲渡後にされた債務者の譲渡についての承諾と債権譲渡の第三者に対する効力

裁判要旨
譲渡禁止の特約のある指名債権について、譲受人が特約の存在を知り、又は重大な過失により特約の存在を知らないでこれを譲り受けた場合でも、その後、債務者が債権の譲渡について承諾を与えたときは、債権譲渡は譲渡の時にさかのぼって有効となるが、民法一一六条の法意に照らし、第三者の権利を害することはできない。

「譲渡禁止の特約のある指名債権について、譲受人が右特約の存在を知り、又は重大な過失により右特約の存在を知らないでこれを譲り受けた場合でも、その後、債務者が右債権の譲渡について承諾を与えたときは、右債権譲渡は譲渡の時にさかのぼって有効となるが、民法一一六条の法意に照らし、第三者の権利を害することはできないと解するのが相当である(最高裁昭和四七年(オ)第一一一号同四八年七月一九日第一小法廷判決・民集二七巻七号八二三頁、最高裁昭和四八年(オ)第八二三号同五二年三月一七日第一小法廷判決・民集三一巻二号三〇八頁参照)。(中略)仮に上告人の主張するように、昭和六二年一二月九日に上告人がD金型から本件売掛代金債権の譲渡を受けたものであるとしても、上告人は、右当時、本件売掛代金債権の譲渡禁止特約の存在を知り、又は重大な過失によりこれを知らなかったのであるから、右譲渡によって本件売掛代金債権を直ちに取得したということはできない。そして、本件売掛代金債権に対して、同月一一日にF社会保険事務所長により、同月二二日にH税務署長により滞納処分による差押えがされているのであるから、Eが昭和六三年一月二九日にD金型から上告人への本件売掛代金債権の譲渡に承諾を与えたことによって右債権譲渡が譲渡の時にさかのぼって有効となるとしても、右承諾の前に滞納処分による差押えをした被上告人に対しては、債権譲渡の効力を主張することができないものというべきである。」

係る物権的効力説に立脚した場合、仮に民法466条2項が適用された場合、係る特約に違反した自己信託設定は、オリジネーターの義務違反のみならず、それ自体が無効であり、自己信託設定の効力自体が無効となる可能性が高い。実務的には、別の契約や覚書にて、その様な無効なストラクチャーを構築したことに対する委託者兼受託者の補償責任等について手当てを行っておくことが考えられる(係る補償責任が実際に履行されるか否かは、仮に民法466条2項が適用された場合、係る特約に違反した自己信託の効力委託者兼受託者の信用リスクに左右される為、委託者兼受託者が破綻した場合等には履行されないと言う点では、この約款にも限界はある)。




増補改訂版 自己信託解説(その3)

2014-07-26 23:01:27 | CMBS論集用小ネタ
注:一般的な証券化商品に於いては、裏付資産やSPVがオリジネーターの破綻による影響を受けない様に仕組まれる為、法的には証券化商品がオリジネーターの信用リスクから切断される様に契約書等が検討される。しかし、こうした仕組み上の手当てをしても、原資産の譲渡人としての立場から生じるリスクを完全に排除しきれないケースもある。

1.オリジネーター破綻時に、管財人等から、オリジネーターからSPVへの原資産の移転が譲渡担保と見做されてしまうリスク(いわゆる真正売買・更生担保権化リスク)。
2.オリジネーター破綻時に、管財人等から、譲渡行為自体の効力を否定されてしまうリスク(否認リスク)。
3.債権の二重譲渡やヒストリカルデータの虚偽記載等、オリジネーターに依る詐欺的行為。

参考
「Q&A」(株式会社日本格付研究所(JCR))
http://www.jcr.co.jp/qa/qa_desc.php?report_no=qa04031

注:信託銀行のバランスシートには銀行勘定と信託勘定が存在し、信託銀行自身の自己資本、資金の運用、調達に係るバランスシートのことを「銀行勘定」と言い、信託銀行が委託者から信託を受け、信託目的に沿い受益者の為に管理・運用・処分する信託財産に係るバランスシートを「信託勘定」と言う。「信託勘定」に於ける管理・運用・処分の成果(損益)は、信託銀行が受領する信託報酬を除き受益者に帰属し、原則として「銀行勘定」に影響を及ぼすことはない。但し、貸付信託(貸信。貸付信託は既にどこも新規の募集を停止している)と合同運用指定金銭信託(合同)に関しては、例外的に元本補填契約が付されており、預金保険の対象にもなっている為。貸信・合同勘定については個別にバランスシートを公表しており、銀行勘定と合算して「3勘定」と称し、信託銀行に於いては、財務上の様々なリスクを3勘定のベースで管理することが一般的となっている。



出典:「信託銀行の財務諸表の見方 個人投資家の皆様へ」(三井住友トラスト・ホールディングス)

参考
「信託銀行の財務諸表の見方 個人投資家の皆様へ」(三井住友トラスト・ホールディングス)
http://smth.jp/investors/view_of_finantial_affairs/

注:オリジネーターとサービサーの兼任者が破綻した場合、回収金が、サービサー自身の資金と混淆してしまうリスクのこと。元々債権を保有していた企業が、債権回収額を他の目的に流用してしまうと言った状態になり、他の資産と混在が起きることに因って、資金の流れが把握できなくなること。プロジェクトファイナンスの様に、特定の資金の流れを、個別に把握する必要がある形態の取引に於いて、発生する可能性がある。企業が経営難に陥っている場合等に発生することが多い。
例えば、回収元利金はサービサー(オリジネーターが兼任していればオリジネーター)の固有勘定を経由する(図参照)が、同勘定で他の金銭等と混淆する場合、金銭とはそもそも所有と占有が一致する性質(注:昭和38(オ)146、仮差押に対する第三者異議、昭和39年01月24日、最高裁判所第二小法廷判決棄却、最高裁判所裁判集民事第71号331頁)を持つ以上、SPVは、「受託者として当該未交付の回収元利金を実質的に所有する者」であるにも拘わらず、サービサーに対し、回収元利金引渡請求権を持つに過ぎない存在であることになる。



出典:高橋淳「自己信託の実践的活用方法(上)資産流動化におけるサービサー倒産リスクの回避」(中央経済社『旬刊経理情報』Vol.1221(2009.07)所収)P46、図表1。

昭和38(オ)146、仮差押に対する第三者異議、昭和39年01月24日、最高裁判所第二小法廷判決棄却、最高裁判所裁判集民事第71号331頁。

裁判要旨
金銭の直接占有者は、特段の事情のないかぎり、その占有を正当づける権利を有するか否かにかかわりなく、金銭の所有者とみるべきである。

金銭は、特別の場合を除いては、物としての個性を有せず、単なる価値そのものと考えるべきであり、価値は金銭の所在に随伴するものであるから、金銭の所有権者は、特段の事情のないかぎり、その占有者と一致すると解すべきであり、また金銭を現実に支配して占有する者は、それをいかなる理由によつて取得したか、またその占有を正当づける権利を有するか否かに拘わりなく、価値の帰属者即ち金銭の所有者とみるべきものである(昭和二九年一一月五日最高裁判所第二小法廷判決、刑集八巻一一号一六七五頁参照)。

故に、例としてこの状況下で、サービサーに会社更正手続が開始されたとすると、SPVは更正担保権者としての域を出ず、償還原資としての回収元利金を満額かつタイムリーに確保することは難しくなる(破産債権の限度でしか回収出来ない為)。当然、資金の出し手(投資家)は満額の弁済を受けられない可能性が高まる(注)。これを放置して信託スキームにリスクを付着させておいたまま資金調達を行うと、サービサーの破産時に投資家に影響が及ぶ以上、金融商品として非常にリスクの高いものとなる。また、本邦に特有なリスクファクターとして、回収の仕方が挙げられる。金融機関の自動引き落としで行う国は非常にマイナーな位置付けである(同様の例として韓国が挙げられるが、金融システムの規模や法制が本邦とは異なる為、韓国では本邦ほど証券化の障害として存在していない。参考として江川由紀雄、堺美智子「コミングリングリスク再訪」(ドイツ証券株式会社『Global Markets Research』(2008.08.12)所収)P6が挙げられる)。原債務者の支払が月中に分散し、エスクロー(Escrow, Dépôt Fiduciaire)勘定(第三者預託。第三者を通じ代金の支払いを行う仕組みのこと)等が利用出来ることがグローバル・スタンダードである中で、この様な本邦の特異性が、コミングリング・リスクのインパクトに拍車を掛けているのである。
注:これは、サービサーの回収金引渡義務に拠るものである。三村藤明、大島義孝、井出ゆり「会社更正手続における集合債権譲渡担保とABL(2・完)」(商事法務『NBL』Vol.821(2005.11)所収)pp.25-26を参照されたい。

「弁済禁止の保全処分によって禁止される弁済は「申立の前日までの原因に基づいて生じた債務の弁済」であり〔引用者注:図を参照されたい〕、申立ての前日までに回収した回収金の送金が禁止されることに問題はない。(中略)他方、申立日以降に回収した回収金については問題があり、その送金が「申立の前日までの原因に基づいて生じた債務の弁済」に該当するか否かは必ずしも一義的に明らかではない。①仮に営業貸付債権の信託譲渡について真正売買性が否定されるとした場合、サービサー契約を含むABLスキームの全体は、申立前の金銭消費貸借契約とこれに対する担保提供にすぎず、オリジネーターによる回収金の送金は申立前の借入金の担保権者への弁済にほかならないので、申立日以降の回収金の送金(および/または信託銀行からSPCへの送金)は保全処分によって禁止される。②他方、真正売買性を認めた場合には、サービサー契約のみを問題としてその送金義務の発生時期を検討することになるが、(i)サービサー契約は申立前に発生した原因に基づく債務である(営業貸付債権の回収は送金義務発生の停止条件にすぎない)と考えれば、弁済禁止の対象に含まれることとなるのに対し、(ii)サービサー契約に基づく回収金の送金義務は回収金を回収するごとに新たに発生する義務であると考えれば、回収金の送金義務は弁済禁止の保全処分の対象外となり、契約の定めに従い弁済されると考えることとなると思われる。(中略)ABSを採用していた株式会社日本リースの会社更生手続において、ティーシーエムと同様、申立後も投資家との和解が成立するまで回収金の送金を止めていた。他方、株式会社ライフの会社更生手続においてはそもそも弁済禁止の保全命令中においてサービサーの回収金送金義務が明示的に例外として取り扱われていたため、上記の問題が生じることがなかった。また、アエル株式会社および株式会社ナイスの事案においては、申立前の回収金については裁判所の許可を取得して送金を行い、申立後の回収金についても共益債権として送金を継続していた。このように、実務上の取扱いはまちまちとなっているが、上記のとおり、そもそもサービサーとしての送金義務が「申立前に発生した原因」に基づく義務であるかどうかが必ずしも一義的でないことに加え、その判断は、上記真正売買の議論やサービサー契約の解釈とも密接に関係するので、各保全管理人(または管財人)は、これらの要素と各事案における保全の必要性等を総合的に考慮して、更生裁判所と協議の上、事案に応じた判断を行っているものと思われる。」


出典:三村藤明、大島義孝、井出ゆり「会社更正手続における集合債権譲渡担保とABL(2・完)」(商事法務『NBL』Vol.821(2005.11)所収)P25、図表2。

仮に上記の条件で会社更正法が適用された場合、当該回収元利金引渡請求権は更正債権として扱われる。故に、信託スキームはオリジネーターの信用力に牽連する(スキームの信用力がオリジネーターの低い信用力に収斂する)ことになり、ウィーク・リンクが顕現化することになる。

コミングリング・リスク参考
宮澤秀臣「コミングリングリスクを回避する手段としての自己信託」(小林秀之編『資産流動化・証券化の再構築』(日本評論社、2010.09)所収)
金融法委員会「サービサー・リスクの回避策としての自己信託活用の可能性」(2008.07.08)
http://www.flb.gr.jp/jdoc/publication28-j.pdf
田爪浩信「自己信託を利用した保険料保管専用口座の実務――コミングリングリスクの回避を目的とした自己信託の活用――」(日本保険学会『保険学雑誌』No.603(2008) 所収)
https://www.jstage.jst.go.jp/article/jsis/2008/603/2008_603_603_49/_pdf
川上嘉彦、有吉尚哉「新信託法下での新たな信託類型の資産流動化・証券化取引における利用可能性に関する一考察」(金融財政事情研究会『金融法務事情』Vol.1798(2007.03)所収)pp.10-12。
井上聡「信託をめぐる制度改正の動向(下)信託業法、担信法、信託法の改正と実務」(商事法務『NBL』Vol.814(2005.08)所収)P41
高木新二郎、伊藤眞編集代表『倒産手続における新たな問題 特殊倒産手続』(日本評論社、2006.05)
林繁樹『証券化ビジネスガイドブック 実務とWBSへの展開』(中央経済社、2010.05)
小野傑「信託法改正と商事信託」(商事法務『NBL』Vol.832(2006.05)所収)P27
勝田信篤「自己信託――回収金保全目的の信託」(新井誠、神田秀樹、木南敦編『信託法制の展望』(日本評論社、2011.03)所収)

2014年7月時点までに検討されたのは、預金債権に自己信託を設定する(注)ことでコミングリング・リスクを回避する案(金融法委員会(2008)、田爪(2008)、宮澤(2010)、小野(2006))である。

注:普通預金債権を信託財産とすることが可能かという根本的な議論に関しては、「回収金のみを入金するための専用の銀行口座が開設される場合において、当該専用口座(全体)に係る預金債権を自己信託することが可能であることについては,特段異論はないものと思われる」(道垣内弘人ほか「パネルディスカッション 新しい信託法と法務」(有斐閣『ジュリスト』Vol.1322(2006.11)所収)P30以降、井上聡編、福田政之、水野大、長谷川紘之、若江悠『新しい信託30講』(弘文堂、2007.09)P197)と評価されている。

まず、自己信託の設定対象となる権利を考えてみよう。回収金に係る権利を自己信託する場合、何を信託すればよいだろうか。金銭(回収金)そのもの、あるいは回収口座に係る預金債権である。しかし、前者は後者に較べ非常にリスキーな方法である。

前者では、基本的に回収の都度、金銭を信託することが考えられるが、自己信託自体が要式行為とされており(新・信託法第3条第3号)、かつ、公正証書の作成(公正証書又は公証人の認証を受けた書面若しくは電磁的記録に拠って自己信託を設定する場合、当該公正証書等の作成に依って効力が生ずる)又は受益者となるべき者に対する確定日付ある証書(公正証書等以外の書面又は電磁的記録によって自己信託を設定する場合,受益者となるべき者として指定された第三者(当該第三者が2人以上ある場合にあっては、その1人)に対する確定日付のある証書で、当該信託がされた旨及びその内容の通知を行うことに依って効力が生ずる)に依る通知が効力発生要件とされている(新・信託法第4条第3項)こと等との関係上、事務手続やコストの負担の面から、あまり現実的な対応ではない。また、こればかりはどうしようもない問題だが、回収金を受領してから自己信託を設定するまでの間についてコミングリング・リスクが発生し得ることや、サービサーの破産に係る、倒産直前の時期における自己信託について否認リスクを免れられないこと等と言った問題を排除不可能であることを鑑みると、採用は難しい(注)。

注:道垣内弘人ほか「パネルディスカッション 新しい信託法と法務」(有斐閣『ジュリスト』Vol.1322(2006.11)所収)P30(道垣内発言)。

証券化の開始時において、将来にわたる回収金(金銭)を包括的に信託する方法も可能と言えば可能だが、その金銭について、将来債権(注)や集合動産のように将来有することとなるものの処分の可否、要件等について十分な議論が為されていない点から、法的な裏付けとしては薄い方法である(注)。

注:将来債権も、少なくともそれが(債権者・債務者・債権の発生原因等のファクターに拠り)特定出来る限りに於いては、他の財産同様に自己信託の設定が可能である(平成8(オ)1049、譲受債権請求事件、平成12年04月21日、最高裁判所第二小法廷判決棄却、最高裁判所民事判例集第54巻4号、P1562)。

平成8(オ)1049、譲受債権請求事件、平成12年04月21日、最高裁判所第二小法廷判決棄却、最高裁判所民事判例集第54巻4号、P1562

判示事項
既発生債権及び将来債権を一括して目的とするいわゆる集合債権の譲渡予約において譲渡の目的となるべき債権の特定があるとされる場合

裁判要旨
甲が乙との間の特定の商品の売買取引に基づき乙に対して現に有し又は将来有することのある売掛代金債権を目的として丙との間で譲渡の予約をした場合、譲渡の目的となるべき債権は、甲の有する他の債権から識別ができる程度に特定されているということができる。

「まず、債権譲渡の予約にあっては、予約完結時において譲渡の目的となるべき債権を譲渡人が有する他の債権から識別することができる程度に特定されていれば足りる。そして、この理は、将来発生すべき債権が譲渡予約の目的とされている場合でも変わるものではない。本件予約において譲渡の目的となるべき債権は、債権者及び債務者が特定され、発生原因が特定の商品についての売買取引とされていることによって、他の債権から識別ができる程度に特定されているということができる。」

注:川上嘉彦、有吉尚也「新信託法下での新たな信託類型の資産流動化・証券化取引における利用可能性に関する一考察」(金融財政事情研究会『金融法務事情』Vol.1798(2007.03)所収)P11。

残る後者であるが、この案は整合性が高く、こちらが推奨される。対象債権に係る回収、及び回収金のSPV への引渡しは、サービサーの預金口座を介して行われる(債務者によるサービサーの預金口座に対する振込並びに同口座からの引落及びSPV 名義口座への転送金)点に整合的である。但し、この回収口座が一般口座である場合、回収金に対応する預金債権を口座番号等に依り特定することが困難化する為、その点に関し、先に受益者レベルで解決しておく必要がある。即ち、一般口座に係る集合債権としての預金債権について、自己信託を設定した上で、SPVを回収金に対応する受益者として、サービサーをそれ以外の金員に対応する受益者として設定しておくこと等を対応策として先に対処しておく必要があるのである(図参照)。



出典:高橋淳「自己信託の実践的活用方法(上)資産流動化におけるサービサー倒産リスクの回避」(中央経済社『旬刊経理情報』Vol.1221(2009.07)所収)P48、図表2。

また、この案であれば、証券化取引の開始時に将来における回収金に対応する預金債権を対象として自己信託を設定することが可能であるとするならば、前者の様な難点もない。
この後者で、一旦前述した詐害行為に際しての関係を考えておこう。

普通預金の処分については、将来債権の集合債権譲渡担保の議論が基本的に妥当する。普通預金の担保化に関する議論に於いて、集合債権全体について、譲渡担保契約時に譲渡の効力が発生しているとするとしよう。仮に、危機時期に預金残高が増加することがあったとして、そのことを理由として、詐害行為取消又は否認により危機時期に於ける価値増殖部分について担保権の効力が及ぶことを否定する様な解釈が成立するだろうか。森田(2003)はこの問いに対し、否と言う指摘を行っている(注)。
注:森田宏樹「普通預金の担保化・再論」(道垣内弘人、大村敦志、滝沢昌彦編『信託取引と民法法理』(有斐閣、2003.12)P320。

但し、係る優先権が及ぶ普通預金口座に債務者が預入れをすることに依って実現される行為(原因行為)それ自体が、担保権者に対する偏頗弁済(注)と同視すべき行為と言えないか、という問題があるともしている(注)。

注:破産・免責手続に於いて、特定の時期に、一部の債権者のみを優遇するような弁済を行うこと。債権者平等の原則に反する為、禁止されている。

参考
「偏頗弁済とは」(法律事務所ホームワン)
http://www.houritsu-yougo.com/he/00264.html

注:森田宏樹「普通預金の担保化・再論」(道垣内弘人、大村敦志、滝沢昌彦編『信託取引と民法法理』(有斐閣、2003.12)pp.321-322。

森田の提示した論理は自己信託の場合に於いても援用出来る。信託行為の時点で将来に亘る預金債権全体について信託の効力が発生しており、その後、仮にサービサーの信用状況が悪化したとしても、預金残高の増加が詐害行為取消権又は否認権の対象となることはないと結論付けられる。

さて、ここで自己信託スキームの構造を纏めておこう。以下は、回収元本を受託者に確実に回金することを目的として、従来の信託スキームに自己信託を組み込んだモデルである。



出典:宮澤秀臣「コミングリングリスクを回避する手段としての自己信託」(小林秀之編『資産流動化・証券化の再構築』(日本評論社、2010.09)所収)P187。

さて、このシステムで回収金口座を信託財産として自己信託する場合、当該口座の開設金融機関との間で、自己信託設定に関して事前の協議が必要となる。仮定として、サービサーが当該口座の開設金融機関から与信を受けているものとした場合、預金相殺(注)の可能性を除去する必要がある。

注:預金者が破綻金融機関に対して借入金等を有している場合には、預金等の債権により借入金の債務を相殺出来ることがある。預金者が相殺を行う為には、民法及び預金規定・借入約定等に基づいて、預金者側から破綻金融機関に対して所定の手続をとって、相殺をする旨の意思を表示する必要がある。

参考
(2)相殺(預金保険機構)
http://www.dic.go.jp/shikumi/kaisetsu/kaisetsu4-2.html

事前協議を行っておかなければならない理由としては、浅田(2007)が指摘する様に、預金約款では通常、譲渡質入れの禁止が規定されており、新信託法立法前に制定された規定でもあることから、当然「自己信託設定禁止」といった文言は明記されていないことになる訳であるが、当該規定が相殺期待を保護するものであることに鑑みるならば、自己信託設定についても禁止していると解釈されるべきであるが故である(注)。

注:浅田隆「自己信託・事業信託から考えられる企業の対応」(ぎょうせい『法律のひろば』Vol.60(5)(2007.05)所収)P46。

「預金約款では、通常、譲渡質入れの禁止が規定されているが、新信託法立法前に制定された規定でもあり、当然自己信託設定禁止といった文言は明記されていない。(中略)本規定が相殺期待を保護するものであることに鑑みると、合理的解釈によって、自己信託設定についても禁止していると解すべきと思料する。」

その為、預金相殺の期待を保護する(注)為に、追加担保の提供等、貸付債権に係る保全措置に関し調整を図る必要が生じるのである。口座を自己信託する場合、既存の口座をそのまま自己信託するか、自己信託目的で新しく口座を開設する手段がある。しかし、実際には前者がほぼ大半である。なぜなら後者の場合、回収実務上、口座切り替えのシステム負担の大きさや、原債務者に対する周知コスト、金銭消費貸借契約書面の更新・差し替えコストと言った技術的問題に加え、競合他社への顧客流出リスクを抱えることになる。この問題点から、実際には前者が採用されることになる。

注:金融機関は、債務者対抗要件を具備されてしまうと、自己の預金との相殺が不可能となってしまう為、その不安から保護する必要が生じる。
参考
小林博司「「宣言信託」はローン債券市場の活性化と金融慣行の変革をもたらす」(金融財政事情研究会『金融財政事情』Vol.2474(2001.09)所収)P34

事前協議を行い、当該回収金口座を信託財産として自己信託した以降は、サービサーに信用不安や、期限の利益を喪失したとしても、金融機関から当該回収金口座を対象とした預金拘束(注)や預金相殺は生じないことになる。
預金相殺に関しもう一つ留意しておくこととして、自己信託と債権譲渡禁止特約との関係である。そもそも、(指名債権であると言う前提を付与した)譲渡禁止特約付債権に関し、自己信託は行えるのだろうか。結論としては「可能」である。まず、スキームを想定するところから始めよう。




増補改訂版 自己信託解説(その2)

2014-07-26 22:52:48 | CMBS論集用小ネタ
勝田(2007)が示す例としては、以下の様なものである(注)。

注:勝田信篤「信託の設定 自己信託と目的信託を中心に」(新井誠編著『新信託法の基礎と運用』(日本評論社、2007.09)所収)pp.36-37。他に、「担保権の設定による信託の登記(自己信託)の可否について」(テイハン『登記研究』Vol.735(2009.05)所収)P152、「自己信託Q&A」(日本公証人連合会法規委員会『公証』Vol.155(2009.02)所収)P268も同様の例を提示している。

経営者である親が障碍を持つ子を持っている場合に、その親がその子に財産を贈与したいと考えても、子自身による財産の管理は困難である。しかし、自己信託を利用すれば、委託者自身の倒産による財産の散逸の危険を避けながら、財産管理を自ら行いつつ、給付を行うことが出来る、と言うものである。これはまさに、信託の持つ倒産隔離機能に着目した利用方法である。
先の図に於ける5以降の項目は事業信託に関係した利用方法だが、まず基本的な法律論から繙いておこう。本来、事業自体は、債権と債務、物権と債権と言った要素同士が有機的に連結し、そこからキャッシュフローが生み出される。現行のDIP(Debtor in Possession)ファイナンス(民事再生法等の破産手続開始後も、旧経営陣に経営を任せつつ、新たな資金を提供する金融手法)等に於いてキャッシュフローを担保として取る、或いはそうしたキャッシュフローを返済原資として担保を設定し、貸付を行うケースを考えてみよう。集合概念と言うツール自体はあるが、実際には権利関係を1本ずつ繙き分類していく必要が生じる。例えば、債権であれば、その繙いた1本ずつに対して第三者対抗要件を具備することや、債権譲渡禁止条項の有無を確認する必要が生じることになる。この様な事業を「事業として」一括りにして、これに対して担保を設定することは、民法レベルでは困難を伴う。しかし、信託の基本的な機能である転換機能を使えば、物権であろうとも、債権であろうとも、一旦事業を信託財産にした以上は、受益権と言う物権的性格の強い債権に置き換えることが可能となるのである。信託で第三者を受託者として考える場合、委託者から受託者に対する事業の信託譲渡が必要となり、この場合には、民法の議論に立ち返らなくてはならないかと言う問題が生じる。しかし、ここで自己信託を使えば、譲渡行為を伴わない為、この問題を回避することが出来る。
例示として、5.6のトラッキング・ストック代用として利用する場面を想定してみよう。まず、A社がBと言う事業部門を所有していると仮定する。A社全体が債務超過の状態にあると仮定し、B事業部門からの将来キャッシュフローが十分投資対象としてまだ担保価値があるとする。このケースでは、B事業部門に対して当初の受益権をA社が固有勘定で取得した上で、受益権を投資家であるCに譲渡する形式を取る自己信託設定を行うことになる。CはB事業部門からのキャッシュフローを購入したと言う形を取り、会社法上のトラッキング・ストックに類似する。しかし、株式であればA社全体で分配可能な剰余金が存在しない為、配当不可能な状況に於いても信託と言う形式ならば受益権に対する分配は可能である為、柔軟な制度設計が行えることになる。この後は、信用補完として受益権を優先劣後に切り分け、Cは優先受益権を取得した上で、Aは劣後受益権を保有するスキーム(図参照)や、単純にB事業部門からのキャッシュフローを担保としてレンダーであるCに提供する(Aに融資をしたCに対して、担保として受益権を付与する形式)等の活用方法が考えられる。



出典:佐藤正謙「自己信託を利用した金銭債権の流動化・証券化取引に伴う法的諸問題――実体法上の論点を中心に」(金融財政事情研究会『事業再生と債権管理』Vol.129(2010.07)所収)P76、別図A。

実際に自己信託のスキームが使用されたケースは、中澤・松澤(2009)が指摘する株式会社ロジコムのケース(注)と、GEキャピタルのケース(注)のみであると考えられる(注)。

注:「EDINET提出書類 株式会社ロジコム 四半期報告書」pp.5、26
http://contents.xj-storage.jp/xcontents/89380/e979d731/ae0e/49f8/9fbd/049842d5f2f0/S0001SUV.pdf

2【経営上の重要な契約等】
(中略)
2 自己信託による当社連結子会社の異動について
当社は、平成20年10月27日開催の取締役会において、当社が所有する特定目的会社LC1(当社連結子会社)の優先出資権について、自己信託により第三者に受益権を設定することを決議し、同日実施いたしました。

3 自己信託による当社連結子会社の異動について
(中略)
(1)自己信託による受益権設定の理由
当社は、本優先出資権について自己信託の方法により、当社を委託者兼受託者として、第三者(合同会社LL1)に対し受益権を設定し、第三者より受益権設定の対価を現金で受領するという方法により、潤沢な資金を確実に調達する取り組みを実施することといたしました。
(中略)
(2)当社が優先出資権を有している連結子会社の概要
商号 特定目的会社LC1
事業内容 資産の流動化に関する法律に基づく資産流動化計画に従った特定資産の譲受並びにその管理及び処分にかかる業務
(中略)
(3)自己信託による受益権を設定する相手方
商号 合同会社LL1
事業内容 信託受益権の取得、保有及び処分並びに管理
(中略)
(4)自己信託の対象となる本件優先出資権の内容
発行会社名 特定目的会社LC1
名称 第1回B号優先出資
1口の金額 5万円
出資口数 2万口
総出資金額 10億円
(5)受益権設定の対価
10億円
(中略)
(7)自己信託及び優先出資権の受益権の譲渡による影響
①LL1より受益権設定の対価を受領することにより、平成20年10月28日から、LC1は当社連結子会社の対象外となります。
この点は、企業会計基準委員会平成19年8月2日付「信託の会計処理に関する実務上の取り扱い」に従い、会計上は本優先出資権を受益者が直接保有しているものと認識して会計処理いたします。
②自己信託により、本優先出資権の利益配当及び残余財産分配金を受領する権利は、受益者であるLL1が取得しますが、当社には受益者に対する配当分配にあたって信託報酬を受け取る権利があります。

注:「GEキャピタル、自己信託を活用した債権流動化スキームを初採用 Jトラストの連結子会社ロプロと融資契約を締結」(GE - Press-Releases、2012.06.07)
http://www.genewscenter.com/Content/Detail.aspx?ReleaseID=14569&NewsAreaID=2&ClientID=1

米GEキャピタルの日本における事業会社で法人金融を手がける日本GE株式会社GEキャピタル(中略)は、このたびJトラスト株式会社(大阪証券取引所2部上場 以下、Jトラストと表記)の連結子会社である株式会社ロプロ(以下、ロプロと表記)に対し、自己信託方式(中略)を活用した金銭債権の流動化スキームによる融資契約を締結しました。

本契約は、ロプロが資金調達の多様化を図り安定した事業資金を確保するため、自己信託方式を活用し自らが保有する金銭債権を流動化すること(中略)資金調達を実施するものです。

(中略)

① 調達スキーム 自己信託を活用した金銭債権の流動化
② 信託委託者 株式会社ロプロ
③ 信託受託者 同上
④ サービサー 同上
⑤ 優先受益者 合同会社LTD(ロプロの100%子会社である一般社団法人エーエスエー・ホールディングス・エイトの100%子会社)
⑥ 資金使途 運転資金
⑦ 調達先 日本GE株式会社
⑧ 調達金額 金20億円
⑨ 調達期間 2年間


出典:「GEキャピタル、自己信託を活用した債権流動化スキームを初採用 Jトラストの連結子会社ロプロと融資契約を締結」
http://www.genewscenter.com/ImageLibrary/detail.aspx?MediaDetailsID=4755

(1) ロプロの金銭債権を自己信託方式により信託設定し、優先受益権及び劣後受益権を組成
(2) 優先受益権をロプロの連結子会社である合同会社LTDに売却
(3) 優先受益権購入資金として、GEキャピタルが合同会社LTDに対して貸付実行(当該貸付についてJトラストが連帯保証)
(4) 合同会社LTDが優先受益権売却代り金をロプロに支払い

注:中澤栄仁、松澤大和「債権流動化の新潮流 自己信託スキーム活用例と会計税務上の論点」(金融財政事情研究会『事業再生と債権管理』Vol.125(2009.07)所収)pp.138-139。

ロジコムの場合、通常の場合優先出資証券は経済的な権利のみしか帰属しない為、経済的な権利の殆どを売却する様なケースに於いては、通常であれば当該優先出資証券をそのまま売却することが考えられるのであるが、本件ではそうしていない。想定するに、何らかの「当該優先出資証券の売却がし難い事情」があったと推量する方が自然ではある。GEの場合は教科書通りと言っていい、ごくスタンダードな債権流動化が行われた。

自己信託に於いては、そもそも財産の移転がないと言う性質(委託者と受託者が同一である為)から、信託の成立を不自然とする向きもあった(注)が、それは信託設定行為が「信託契約」に拠るものか「信託宣言」に拠るものかと言う違いを問うていることに他ならず、その問いには副次性しか持ち得ないのである。故にこの問いには、従来の信託スキームと自己信託に拠る流動化・証券化スキームに於いて、法的安定性の点で差異はないと回答するべきであろう。

注:潮見佳男「損害保険代理店の保険料保管専用口座と預金債権の帰属(下)――契約当事者レベルでの帰属法理と責任財産レベルでの帰属法理――」(金融財政事情研究会『金融法務事情』Vol.1683(2003.09)所収)pp.48-49、角紀代恵「判例評釈 損害保険代理店が保険料保管のために開設した専用口座の預金債権の帰属」(法律タイムズ社『判例タイムズ』Vol.1128(2003.11)所収)、P86。
損害保険会社保護の法理として信託に言及するが、(自己信託が許容されるか明らかでなかった旧法下において)財産権の移転がないことを理由に信託関係を認定することが困難としていた。ちなみに、この判決(最高裁第二小法廷判決平成15年2月21日最高裁判所民事判例集57巻2号95頁)の内容は、普通預金債権の帰属に係るものであり、損害保険代理店が損害保険会社との約定に基づき、保険契約者から収受した保険料を損害保険会社に送金するまでの一定期間、保険料を保管する為だけの目的で金融機関に開設した保険料保管専用口座に係る預金債権は、損害保険代理店に帰属すると判示したものである。判決前の主な議論としては、以下の文献が参考になる。

弥永真生「取戻権の対象――代理店が収受した保険料が専用口座に保管された場合の預金債権――東京地判昭和63・3・29」(有斐閣『ジュリスト』Vol.995(1992.02)所収)pp.107、110。
神谷高保「修繕積立金等を管理業者が預けた定期預金の帰属と信託――東京高判平成11.8.31」(有斐閣『ジュリスト』Vol.1203(2001.06)所収)P134。
藤瀬裕司「マンション管理会社・管理組合の預金の帰属と実務上の留意点」(金融財政事情研究会『金融法務事情』Vol.1555(1999.08)所収)P37。
道垣内弘人「「預かること」と信託――「信託業法の適用されない信託」の検討」(有斐閣『ジュリスト』Vol.1164(1999.10)所収)P81。
道垣内弘人『信託法理と私法体系』(有斐閣、1996.08)P205。
新井誠『信託法(初版)』(有斐閣、2002.07)P120。

判決後の主な議論としては、以下の文献が参考になる。
天野佳洋「預金は誰のものか 預金者の認定と信託法理(中)」(経済法令研究会『銀行法務21』Vol.623(2003.10)所収)P46。
新井誠『信託法(第2版)』(有斐閣、2005.04)P130。
新井誠、野村弘、堀裕他「座談会 損害保険料保管専用口座の帰属を考える」(損保ジャパン「ほうむ」Vol.50(2004.01)所収)pp.6、24。
弥永真生「資産流動化と信託法理の活用の余地」(弥永真生、山田剛志、大杉謙一編『現代企業法・金融法の課題』(弘文堂、2004.10)所収)pp.173、196。
安永正昭「預かり金の預金口座の差押え等と信託成立の抗弁」(米倉明編著『創立20周年記念論文撰集』(トラスト60、2007.05))pp.55、67。

参考
渡辺隆生「預金の帰属に関する二つの最高裁判決と銀行実務」(金融財政事情研究会『金融法務事情』Vol.1686(2003.09)所収)

天野佳洋、正田賢司、田爪浩信他「座談会 預金の帰属をめぐる最新判例と実務対応」(金融財政事情研究会『金融法務事情』Vol.1686(2003.09)所収)

升田純「預金帰属の主観説、客観説、折衷説――二つの最高裁判例の検討と今後の動向」(金融財政事情研究会『金融法務事情』Vol.1686(2003.09)所収)

また、牽制の利く立場が受益者のみであり、不正が行われる余地は小さくない為、信頼性の観点から批判を受けやすい側面がある。「オリジネーター自らが受託者となり保有資産を流動化し、受益権を投資家に販売する」ことが実際に可能か否かは、委託者兼受託者であるオリジネーターの信用力に依存する。信託業法の改正に拠り、自己信託に於ける受益者(実質的な受益者を含む)が50名以上となる場合に信託業法の規制対象(原則として事前の登録を義務付け、信託会社に準じた規制を及ぼす。要は登録制である)となる(注)が、このケースが適用される例は、規定人数から考えてあまりないと考えられる。


提出されたコメントの概要とコメントに対する金融庁の考え方
コメント 金融庁の回答
自己信託の登録を受けなければならない場合として、当該信託の受益者が50人以上になる場合とされているが、この人数をもっと引き上げるべきではないか。 受益者保護が徹底されず、自己信託に対する信頼性が低下するおそれがあるため、人数を引き上げるのは妥当でないと考えます。
自己信託の登録が必要となる場合として、受益者が50名以上となる場合等が規定されているが、受益者保護のためには、資産流動化型の信託については原則として登録を求め、将来にわたり50名未満の特定した投資家のみを相手にすることが確定している場合等、ごく例外的な場合にのみ登録不要とすべきである。 信託の利用形態如何にかかわらず、受益者が50名以上となった場合等には、登録が必要となることから、受益者保護は図られていると考えます。
自己信託の登録が必要となる場合として、受益者が50名以上となる場合等が規定されているが、その人数を50名とするのは、多数に過ぎるのではないか。 多数の受益者保護という観点と、自己信託の活用という観点から妥当な登録要件と考えます。

法制時にどう「50名」と言う基準を定めたのかは定かではないが、制定者の見通しは、制定時から7年が経ち思い返してみると、強ち間違っていなかったと思われる(結局、信託業法施行令第15条の2が取り沙汰されることはなかった(信託業法施行令第15条の2の対象となるケースがそれほどなかった)為である)。本質は「有価証券の取得・買付けに於ける勧誘の場面に於ける投資家保護の要件」と「信託に於ける受益者保護の要件」を同一要件とすることが果たして合理的であるか否かであるが、これに対する解答は未だに出ていない。

注:信託業法施行令(平成十六年十二月二十七日政令第四百二十七号)第15条の2。

(多数の者が受益権を取得することができる場合)
第十五条の二
法第五十条の二第一項に規定する政令で定める人数は、五十名とする。

「提出されたコメントの概要とコメントに対する金融庁の考え方」(2007.07.13)
http://www.fsa.go.jp/news/19/ginkou/20070713-1/01.pdf

コミングリング・リスクの回避に関しては、
立法過程においても、かかるコミングリング・リスク対処策としての自己信託の活用は、自己信託の許容に伴う効用の一つとして認識されていた(法制審議会信託法部会第10 回会議(2005年2月25日開催)議事録、法務省民事局参事官室「信託法改正要綱試案 補足説明」P184)。

「現行法においては(中略)試案においては、信託法部会における審議に基づき、甲案から丙案までの3案を提示している。(中略)乙案は、委託者と受託者が同一である信託の設定については、これまで指摘のあった資産の流動化の局面に加えて、サービサー、損害保険会社の代理店等が資金回収を行う場合(民事信託の局面において、所有と占有が一致する金銭の性格上、金銭を預かっている者の財産であるとせざるを得ないが、実質的には当該金銭を最終的に受領することとなる者の所有に帰属すると構成した方が合理的であると考えられる場合などもこれに類似する。)、事業の信託を行う場合、いわゆるトラッキング・ストックといった種類株式と同様の用い方をする場合等様々な創意工夫の下に多様な利用可能性があることを踏まえ、これを例外なく許容すべきであるとするものである。」

また、他人の利益のために金銭を保管すべき者が自己名義で預金をしている場合の当該他人のための救済法理として信託に論及したものがある。
最高裁判所第一小法廷判決平成14年1月17日最高裁判所民事判例集56巻1号20頁は、公共工事の前受金に関し、地方公共団体と請負者との間に信託契約の成立を認めた。
最高裁判所第一小法廷判決平成15年6月12日最高裁判所民事判例集57巻6号563頁の深沢・嶋田補足意見は、弁護士の預り金に関し、信託契約の締結を認定する余地に言及している。

平成12(受)1671、預金払戻等請求事件、平成14年01月17日、最高裁判所第一小法廷判決棄却、最高裁判所民事判例集第56巻1号20頁。

判示事項
公共工事の請負者が保証事業会社の保証の下に地方公共団体から支払を受けた前払金について地方公共団体と請負者との間の信託契約の成立が認められた事例

裁判要旨
地方公共団体甲から公共工事を請け負った者乙が保証事業会社丙の保証の下に前払金の支払を受けた場合において、甲と乙との請負契約には前払金を当該工事の必要経費以外に支出してはならないことが定められ、また、この前払の前提として甲と乙との合意内容となっていた乙丙間の前払金保証約款には、前払金が別口普通預金として保管されなければならないこと、預金の払戻しについても預託金融機関に適正な使途に関する資料を提出してその確認を受けなければならないこと等が規定されていたなど判示の事実関係の下においては、甲と乙との間で、甲を委託者、乙を受託者、前払金を信託財産とし、これを当該工事の必要経費の支払に充てることを目的とした信託契約が成立したと解するのが相当である。

本件請負契約を直接規律する愛知県公共工事請負契約約款は、前払金を当該工事の必要経費以外に支出してはならないことを定めるのみで、前払金の保管方法、管理・監査方法等については定めていない。しかし、前払金の支払は保証事業法の規定する前払金返還債務の保証がされたことを前提としているところ、保証事業法によれば、保証契約を締結した保証事業会社は当該請負者が前払金を適正に使用しているかどうかについて厳正な監査を行うよう義務付けられており(27条)、保証事業会社は前払金返還債務の保証契約を締結しようとするときは前払金保証約款に基づかなければならないとされ(12条1項)、この前払金保証約款である本件保証約款は、建設省から各都道府県に通知されていた。そして、本件保証約款によれば、前記1(3)記載のとおり、前払金の保管、払出しの方法、被上告人保証会社による前払金の使途についての監査、使途が適正でないときの払出し中止の措置等が規定されているのである。したがって、A建設はもちろん愛知県も、本件保証約款の定めるところを合意内容とした上で本件前払金の授受をしたものというべきである。このような合意内容に照らせば,本件前払金が本件預金口座に振り込まれた時点で、愛知県とA建設との間で、愛知県を委託者、A建設を受託者、本件前払金を信託財産とし、これを当該工事の必要経費の支払に充てることを目的とした信託契約が成立したと解するのが相当であり、したがって、本件前払金が本件預金口座に振り込まれただけでは請負代金の支払があったとはいえず、本件預金口座からA建設に払い出されることによって,当該金員は請負代金の支払としてA建設の固有財産に帰属することになるというべきである。また、この信託内容は本件前払金を当該工事の必要経費のみに支出することであり、受託事務の履行の結果は委託者である愛知県に帰属すべき出来高に反映されるのであるから、信託の受益者は委託者である愛知県であるというべきである。

平成13(行ヒ)274、債権差押処分無効確認等請求事件、平成15年06月12日、最高裁判所第一小法廷判決破棄自判、最高裁判所民事判例集第57巻6号563頁。

判示事項
債務整理事務の委任を受けた弁護士が委任事務処理のため委任者から受領した金銭を預け入れるために弁護士の個人名義で開設した普通預金口座に係る預金債権の帰属

裁判要旨
債務整理事務の委任を受けた弁護士甲が、委任事務処理のため委任者乙から受領した金銭を預け入れるために甲の名義で普通預金口座を開設し、これに上記金銭を預け入れ、その後も預金通帳及び届出印を管理して、預金の出し入れを行っていた場合には、当該口座に係る預金債権は、甲に帰属する。

裁判官深澤武久、同島田仁郎の補足意見は、次のとおりである。(中略)会社の資産の全部又は一部を債務整理事務の処理に充てるために弁護士に移転し、弁護士の責任と判断においてその管理、処分をすることを依頼するような場合には、財産権の移転及び管理、処分の委託という面において、信託法の規定する信託契約の締結と解する余地もあるものと思われるし、場合によっては、委任と信託の混合契約の締結と解することもできる。この場合には、会社の資産は、弁護士に移転する(同法1条)が、信託財産として受託者である弁護士の固有財産からの独立性を有し、弁護士の相続財産には属さず(同法15条)、弁護士の債権者による強制執行等は禁止され(同法16条1項)、弁護士は信託の本旨に従って善管注意義務をもってこれを管理しなければならず(同法20条)、金銭の管理方法も定められており(同法21条)、弁護士は原則としてこれを固有財産としたりこれにつき権利を取得してはならない(同法22条1項)など、法律関係が明確になるし、債務者が債権者を害することを知って信託をした場合には、受託者が善意であっても債権者は詐害行為として信託行為を取り消すことができる(同法12条)のである。これらの規定が適用されるならば、授受された金銭等をめぐる紛争の生ずる余地が少なくなるものと考えられる。

現実には、原債権に係る貸倒損失の対応、優先劣後構造に拠る信用補完、サービサーに、回収予定額を前払いさせると言う手段があり、それらの措置が講じられることが多い。しかし、この対策も、1回払い債権の様なコミングリング・リスクの高い債権には、この様な措置はあまり意味を成さない。コミングリング・リスク対策として、オリジネーター兼サービサーの回収金を自己信託することで、コミングリング・リスクの除去を図る方法が考案された。サービサーの回収口座に質権又は譲渡担保権を設定する手段も可能ではあるが、当該担保権の被担保債権(回収金の引渡請求権)は更生担保権に過ぎない(会社更生法第2条第10項(譲渡担保の場合も同様)(宮脇幸彦他『注解 会社更生法』(青林書院、1986.02)P432)。

「被担保債権は、その全額が更生担保権となるわけではなく、担保権で担保された範囲(すなわち目的物の価格)を限度として更生担保権となる。債権額が評価額を上回る部分は更生債権となる(後略)」

以上、サービサーについて更生手続が開始された場合、回収金の引渡請求権を有するSPV は、結局、回収金に対する権利行使を制限され、又はその権利を変更される可能性が排除出来ない。故に、この方法は使えない。
今まででは、サービサーのウィーク・リンクの回避に信用補完(金銭信託)にコストが取られていたが、そのコストが不要になり、資金効率を落とさずに済み、かつ、ウィーク・リンクからも解放されると言う利点がある。但し、その方法にしても、回収金の括りでは様々な種類・形態のもの(例えば、口座振替を行う銀行等に対する振替金の引渡請求権、サービサー名義の銀行等預金、集金代行会社を用いる際の、当該集金代行会社に対する債権、サービサーが保有・管理する現金等)が含まれている為、回収金の構成割合や金額が日々変動する中で、変動する回収金について、如何にして信託財産にするかと言う理論的・実務的な問題は未だに燻り続けている。

さて、自己信託と密接な問題として、詐害信託(委託者がその債権者を害することを知って信託を設定すること)が残っている(注)。

注:中野正俊「詐害目的の信託と債権者の取消権」(法政大学法学部、法政大学、和仏法律学校『法學志林』Vol.720(2001.11))P237。また、田頭章一「債権譲渡と否認・詐害行為取消権」(金融財政事情研究会『事業再生と債権管理』Vol.129(2010.07)所収)を参照されたい。詐害行為取消権の成否との関連に於ける債権譲渡の分類に関しては、飯原一乘『詐害行為取消訴訟』(悠々社、2006.06)P194以降が参考になる。

新信託法で導入された際にも、濫用防止制度(債権者詐害行為の目的で自己信託や目的信託が用いられることを防止する為に設けられた措置のこと。その設定方法に厳格な制限が設けられたり、万一詐害信託が設定された場合の債権者に対する救済措置が強化されたりすること等)の導入及びその内容について慎重な検討が為された(注)。

注:勝田信篤「信託の設定 自己信託と目的信託を中心に」(新井誠編著『新信託法の基礎と運用』(日本評論社、2007.09)所収)pp.35-37、44-45。

そして、結果として、以下の濫用防止制度が規定された。
出典:八並廉「自己信託及び目的信託に関する一考察 将来顕在化しうる法の衝突についての示唆」(九州大学法学会『九州大学成果文献』Vol.97(2008.09)所収)pp.216-217
濫用防止制度 補足
1 自己信託にかかる意思表示は、書面又は電磁的記録によるとされ、法定の事項を記載しなければならない旨が定められている(信託法第3条第3号)。 自己信託の設定を対外的に明らかにさせることで、濫用を防止する趣旨。具体的な記載事項については、信託法施行規則第3条が定めている。
2 自己信託の効力は、公正証書等の作成時、又は、受益者(予定者)の一人に対する確定日付ある通知の時から生ずる旨が定められている(信託法第4条第3項)。 自己信託の効力発生要件を厳格化する趣旨。受益者として指定された者が受益権を取得したことを認識し、受益者が受託者を監督することを期待できる状態になれば、第4条第3項の2で効力が発生する。債権者詐害目的の自己信託の設定が懸念される理由が、自己信託の設定が単独でなしうる点であることに着目した濫用防止措置である。前述の状態に至るまでに相当の期間を要することとなる場合の対処として、公正証書によって設定すれば、第4条第3項の1で効力が発生することとした。公正証書が作成されれば、信託設定の事実や日時が対外的に明らかになり、債権者詐害の虞が減少すると考えられるためである。
3 自己信託を使って受益権を発行する場合で、一定の人数以上のものが受益権を取得できる場合には、内閣総理大臣への登録が義務付けられる旨が定められている(信託業法第50条の2第1項)。 信託業法第50条の2第1項において政令で定めることとされている「多数の者」の具体的人数については、信託業法施行令第15条の2が「50名」と定めている。
4 自己信託の登録を受けた者が自己信託を利用する場合、当該信託財産に属する財産の状況その他当該財産に関する事項を第三者に調査させなければならない旨が定められている(信託業法第50条の2第10項)。 誰がチェックをするかについては、信託業法施行令第15条の5が定め、第三者によるチェックの具体的内容については、信託業法施行規則第51条の7が定めている。
5 委託者、受託者、受益者の三者が同一人格となることも、1年以内に限り認められる旨が定められている(信託法第8条、第163条第2号)。 受託者がいったん受益権の全部を固有財産で購入し、当該信託の運用実績を踏まえたうえで、受益権を販売するといったニーズが実務上存在するためである。
6 自己信託が詐害信託に当たる場合、委託者の債権者は詐害信託取消訴訟を提起することなく、信託財産に属する財産に対して強制執行等をすることができる旨が定められている(信託法第23条第2項)。 詐害信託として自己信託が用いられた場合、委託者の債権者による詐害信託の取消し(信託法第11条第1項)のほか、詐害行為取消訴訟を経ないで直接に自己信託財産に執行することも可能とすることで(同法第23条第2項)、債権者保護を図る趣旨。
7 公益の確保のための裁判所による終了命令の制度が定められている(信託法第166条)。 公益を確保するため、その存立を許すことができない信託については、裁判所は、法務大臣・利害関係人の申立てにより、信託の終了を命ずることができる。
8 法人の事業譲渡に関する規定(会社法等)が、自己信託の場合にも適用される旨が定められている(信託法第266条第2項)。 自己信託の場合は譲渡がないとする見解が、法制審議会において有力とされたことから、自己信託だからといって法人の事業譲渡に関する規定を免れないことを明文で規定して明らかにすることが必要と考えられたために設けられた定めである。この規定により、事業の全部又は重要な一部につき、自己信託の方法により信託を設定する場合には、第三者に譲渡する場合と同様に、原則として、会社法の規定にしたがい、株主総会の特別決議による承認が必要となる(会社法第467条第1項第1・2号、第309条第2項第11号)。
9 自己信託の設定方法に関する規定(信託法第3条第3号)は、信託法の施行の日から起算して1年を経過する日までの間は、適用しない旨が定められている(信託法附則第2条)。 自己信託制度の趣旨の周知徹底、債権者保護の措置の策定、会計・税制上の取り扱いの検討が必要であることを当条項の意義に含める見解(村松秀樹「新信託法の解説」(信託協会『信託』Vol.230(2007)所収)P104)もあるが、附則第2条の趣旨は執行逸脱の抑制と考える見解が有力である。

濫用防止措置の中で論が分かれるのは9の信託法附則第2条である。村松(2007)の様に「自己信託制度の趣旨の周知徹底、債権者保護の措置の策定、会計・税制上の取り扱いの検討が必要であることを当条項の意義に含める」見解がある中で、米倉(2008)は、「〔引用者:公布の日から附則第一条で定まる施行期日(公布の日から起算して最大一年六か月)までに、周知徹底・検討等を済ませればよさそうなもので〕さらに一年を上積みしないことには周知徹底・検討等ができないというのはスローテンポに過ぎる気がする」(米倉明「自己信託――新法におけるその抑制策について」(米倉明編著『信託法の新展開』(商事法務、2008.02)所収)pp.32-33)と指摘した。但し、米倉自身も、「強力な反対説を前にした新法実現策としてみる限り、むしろ合目的的、適切であった」(米倉明「自己信託――新法におけるその抑制策について」(米倉明編著『信託法の新展開』(商事法務、2008.02)所収)P37)と評価している(米倉に代表されるこの評価は、信託法附則第2条の意図の忖度が、自己信託を否定する学説に対する配慮を示して新信託法の立法を実現することや、自己信託が長期間設定されない結果、自己信託反対説が自然消滅することにあると解釈したものである)。但し、信託法附則第2条は、根本的にその存在妥当性を評価することは出来ない。そもそも、施行時期を延期したところで、施行後の濫用が抑制される効果は大して期待出来ない。そして、後に施行されることが確実であるのであれば、濫用を考える委託者は、自分の息のかかった者を受託者として信託を設定しておき、施行後に自己信託に切り替えることを考えることも出来る以上は、施行前の期間に於いてすら、濫用防止の効果が発揮されない状況が想定し得るのである。おそらく、信託法附則第2条を発案した者の意図を忖度するならば、米倉の見解が整合的である様に思われる。

そもそも、旧・信託法に於いては、以下の様な場合に分けて議論が為されていた。

1.自己信託設定行為が詐害行為に当たる場合(委託者が自己信託設定に因り一般財産に不足を来す、無資力となる場合)。
2.自己信託設定行為が詐害行為に当たらない場合(委託者が有資力に止まっている場合)。

旧信託法下の通説は、1と2の何れにせよ、執行逸脱の懸念が大きいという理由で自己信託を否定していた。対照的に、自己信託肯定説に於いては、米倉(2008)が、1については、「問題の自己信託設定行為を詐害行為として取り消すことができるのだから(旧〔引用者注:信託〕法第一二条第一項)、その方策で対処すればよく、およそ自己信託を否定するまでのことはなく」(米倉明「自己信託――新法におけるその抑制策について」(米倉明編著『信託法の新展開』(商事法務、2008.02)所収)P3)、また、2については、「場合により公序良俗違反(民法第九〇条)として問題の自己信託設定行為を無効とし、そこまでいかない場合には、それは委託者の財産運用の一つとして是認されるべきであって、自己信託をア・プリオリに否定すべきでない」(米倉明「自己信託――新法におけるその抑制策について」(米倉明編著『信託法の新展開』(商事法務、2008.02)所収)P3)と主張していた。

ちなみに、国際私法の分野では、信託の準拠法の決定ルールについて、通則法には特に明文規定が置かれていないが故に、各々の解釈に委ねられている。
通説的な見解(注)は、信託の成立や内部関係等(設定者、受託者、及び受益者の間の権利義務関係等)を、通則法第7条以下の法律行為として性質決定する(その様にして決まる準拠法を、以下では「信託準拠法」と称することにしよう)。

注:小出邦夫編著『一問一答新しい国際私法 法の適用に関する通則法の解説』(商事法務、2006.09)P160にて、「信託の準拠法についての学説上の議論は少なく、通説と評価できるまでに成熟している見解はみられません」とあり、ここから「通説」と言う断定的な表現を避けている。

通則法第7条により、原則として信託については、当事者による準拠法の選択(当事者自治)が認められることになる。尤も信託の場合、通則法第七条に云う「当事者」が誰であるかが問題となるのであるが、「委託者」による準拠法選択を認める見解が有力である(注)。

注:森田果「信託」(有斐閣『民商法雑誌』Vol.135(6)(2007.03)所収)P1035、澤木敬郎、道垣内正人『国際私法入門(第6版)』(有斐閣、2006.10)P228。

委託者による準拠法の選択がない場合には、通則法第8条によって、「当該法律行為の当時において当該法律行為に最も密接な関係がある地の法」に拠ることとなる(注)。

注:森田果「信託」(有斐閣『民商法雑誌』Vol.135(6)(2007.03)所収)P1036。

以上の様に信託に関しては、委託者による準拠法の選択が認められるとする見解が有力である訳であるが、詐害信託取消権の問題に関しては、森田(2007)は「詐害信託を取り消そうとする債権者の債権準拠法、および、信託財産の譲渡行為の準拠法とが累積的に適用されるべき」としている(注)。
注:森田果「信託」(有斐閣『民商法雑誌』Vol.135(6)(2007.03)所収)P1036。

森田(2007)は、「債権者取消権の準拠法選択ルールについての通説を、詐害信託取消権にも当てはめるべき」と主張する。この主張は、「法律回避(Evasion, Fraude à la Loi)(注)」に於いては正しい回答であろう。

注:本来適用されるべき国又は地域の法の適用を回避し自己に有利な国又は地域の法の適用を企図する行為のこと。

しかし、詐害行為の当事者が決定することが出来る、法律行為の準拠法に拠ることは、はたして適当であろうことだろうか。法律回避の観点から見た場合、詐害行為の当事者である委託者が、詐害行為取消権の制度を持たない法や、その行使の要件が厳しい法を準拠法と指定しておくことが通例であろう。そう考えれば、詐害行為の当事者たる委託者が、自己に有利な準拠法の選択を行うことも、国際私法上問題とされるべきではないと考える立場の理屈はどことなく整合性を帯びて見える。しかし、その法を使うのは人間である。性悪説に立つならば、改正後の信託法においては信託による詐害行為が一層懸念されるのである。ここで、債権者取消権の準拠法の議論に立ち返ってみよう。基本的には、以下の論が既に出ている。

1.債権者の有する債権の準拠法と財産の譲渡行為の準拠法とを累積的に適用する(通説)。
2.詐害行為の当事者による恣意的な準拠法操作を許すべきでないとの観点から、法廷地法に拠る説(注)
3.詐害行為の当事者による恣意的な準拠法操作を許すべきでないとの観点から、処分の対象とされた権利の準拠法に拠る説(財産所在地が詐害行為によって恣意的に変更されることが考えられるので、詐害行為がなければ当該財産が所在したはずの地の法に拠るもの。但し、澤木・道垣内(2006)に於いては、「詐害行為がなければ当該財産が所在したはずの地」を特定する術を明確に示していない。注)。

注:澤木敬郎、道垣内正人『国際私法入門(第6版)』(有斐閣、2006.10)pp.263-264、法例研究会「法例の見直しに関する諸問題(1)契約・債権譲渡等の準拠法について」(商事法務研究会『別冊NBL』Vol.80(2003.06)所収)pp.126-127。

注:澤木敬郎、道垣内正人『国際私法入門(第6版)』(有斐閣、2006.10)pp.263-264。

2及び3の場合、詐害行為取消権の問題を単一の準拠法によって判断する為、取消権の行
使範囲が広くなるが故に、結果的にではあるが、債権者保護に資することになるだろう。3の場合、澤木・道垣内(2006)の「詐害行為がなければ当該財産が所在したはずの地」を特定する術を明確に示していない点がそのまま問題となる。何故なら、3は詐害行為の対象となった財産の帰属の問題であることに着目して主張されているものであるから、「詐害行為がなければ所在したはずの財産所在地」を特定しなければならない。しかし、その特定に係る実務的対応が煩雑であり、有効な手段がない為かは不明確だが、具体的にどう認定すべきかが定まっていない以上、一般に詐害行為取消権は裁判による行使が許されているものであることから、これを手続法上のもの又はそれに近いものと見ることを加味して、3ではなく2を採用すべきであろう。





だんだん引用部分の分けるのとかがめんどくさくなってきたので、そのうち直します

増補改訂版 自己信託解説(その1)

2014-07-26 22:14:14 | CMBS論集用小ネタ
自己信託
その名前が示す通り、委託者自身が受託者となる信託のことである(注)。

注:勝田信篤「信託の設定 自己信託と目的信託を中心に」(新井誠編著『新信託法の基礎と運用』(日本評論社、2007.09)所収)P34。

自己信託の捉え方として、以下の2通りの考え方が有りうる中で、立法過程に於ける議論は、1の捉え方の整理に拠っていたとされている(注)。

注:道垣内弘人、井上聡、沖野眞已、吉元利行「パネルディスカッション 新しい信託法と実務」(有斐閣『ジュリスト』Vol.1322(2006.11)所収)P32〔沖野発言〕。

1.一つの法人格の中での責任財産の切り分けであり、対象資産の譲渡や移転はないとする考え方。
2.複数の責任財産間で譲渡が為されていると構成する考え方。

欧米では、「信託宣言(Declaration of Trust, Déclaration de Fiducie)」として認められていた(チャリタブル・トラストではこれが使われる)が、旧信託法の時点では、債務者の財産隠匿や執行免脱への悪用(注)と言うことへの懸念から、信託法施行日(2007年9月30日)から1年間凍結されていた(注)。

注:小野(2009)は、本邦に於ける信託と債権者の関係が、「信託行為が信託設定か自己信託か」と言うフレームワークでしか語られないことを指摘し、海外で信託と債権者の関係が取り沙汰されるのは「アセットプロダクショントラストとして議論されている、信託財産を受益者である債権者の差押えから如何に守るべきか」或いは「委託者と債権者の関係に於いて、委託者から信託に財産を移す行為に関して、詐害信託取消権をどの様に制度設計するか」と言うものであり、「設定行為自体が詐害信託に該当しないにもかかわらず、それを信託の執行免脱的利用と批判するのはあまりに飛躍した議論」と指摘し、本邦の議論に於けるデファクトスタンダードとの乖離を指摘している。

参考
小野傑「この人に聞く 自己信託は事業再生の資金調達に活用可――信託機能の有用性の認識を」(銀行研修社『ターンアラウンドマネージャー』Vol.5(1)(2009.01)所収)P22

注:小出卓哉、及川富美子「改正信託業法の概要(上)――改正信託業法への対応――」(金融財政事情研究会『金融法務事情』No.1799(2007.04)所収)P9。


「なお、自己信託については、改正信託法附則2号において、信託法の施行の日から起算して1年を経過する日までの間は適用しないとされており、自己信託に関する規定が適用されるまでは、当然、改正信託業法における自己信託に関する規定も適用されないこととなる。」



勝田信篤「信託の設定 自己信託と目的信託を中心に」(新井誠編著『新信託法の基礎と運用』(日本評論社、2007.09)所収)pp.34-36、43-45。

チャリタブル・トラスト自体は本邦でも使われ、機能としてはSPVと当事者の切断(倒産隔離)にある為、資産流動化法上での特定持分信託を利用した、TMKの出資持分を使った信託により、チャリタブル・トラストと同様の効果を得ようとする「日本版チャリタブル・トラスト」(注)や、一般社団法人を使った中間法人スキームで同様の効果を図ろうとすることもある。

注:チャリタブル・トラストに於いては、受益者の倒産からの隔離と支配の排除が争点となる。確かに、受益者そのものが存在しない為、確かに「受益者の倒産から隔離され支配されない状態」を作り出すことの実現は可能である。ただ、「委託者の倒産から隔離され支配されない状態」が作り出せるかの観点では、議論が生じている。委託者の倒産からの隔離と支配に於ける排除の為には、委託者の権利を出来るだけ低下させる必要がある。委託者の権利に於ける総てがデフォルト・ルール化されている一般的な信託と違い、受益者の定めが存在しない信託では、強行規定に拠り、新・信託法145条2項各号(但し6号を除く。注)に定められた権利に関しては、排除が不可能となっている。それ故に、委託者が、信託行為の定めで排除不可能となっているこれらの権利を保有している状態に於いて、委託者の倒産からの隔離と支配の排除を作り出せているのか否かが争点となる。この争点に関しては、2014年現在、詳述した論文が存在せず、賛否に触れた文献は有れども、解釈が確立しているものとは言い難い(注)。例えば、藤瀬(2008)の場合、先の争点に対し否定的見解を示している(注)ことに対し、小野・深山(2007)は同争点に対し肯定的な見解を示している(注)。私見としては、藤瀬同様に、そもそも受託者のなり手がいない点で実際には使い物にならない制度である様に思われる。受託者のなり手を探すだけで靴底を減らし、コストだけ嵩んで、漸く見つけた時にはコストの方が上回っていた、と言うことは容易に想像がつく話である(注)。そう言う現実で、実際に使わないであろうものに対し、あまり議論がないと言うのも、確かに納得は行く。但し、理論上だけで話をするのであれば、それはまた別問題である。受託者の属性を「法令違反以外にはNoを突き付けない」イエスマンとして仮定した上で、話を進めよう。理論的には、新・信託法第145条2項各号(但し、6号を除く)に抵触しない、資産流動化法33条2項の「特定出資信託」の要件を満たせば良いことになるので、以下の内容を信託行為の定款に記しておけば良いことになる。

注:井上聡編、福田政之、水野大、長谷川紘之、若江悠『新しい信託30講』(弘文堂、2007.09)P203。

注:藤瀬裕司『証券化のための一般社団・財団法人法入門』(商事法務、2008.10)pp.37-39。

「(前略)目的信託(引用者注:チャリタブル・トラストのこと)を証券化スキームにおける倒産隔離のために利用するのは、実務的には難しい点があるように思われる。まず、目的信託の設定は、契約又は遺言に限られており、ケイマンの慈善信託のように、自己信託による信託の設定は認められていない(信託法258条1項)。(中略)目的信託の受託者になることができる者は、別に法律で定める日までの間、当該信託に関する信託事務を適正に処理するに足りる財産的基礎及び人的構成を有する者として政令で定める法人(引用者注:信託法施行令3条)に限られている(信託法附則3項)。(中略)目的信託では、ノミナルな金額(10万円程度)の資産保有SPVの持分の信託を引き受けるだけで、それ以外には何も行うことがないため、受託者にとって僅かな報酬しか期待できないかもしれない。したがって、目的信託を設定するには、財産的基礎及び人的構成の要件を満たす者で、なおかつ、僅かな信託報酬で構わないという者を個別のディールごとに見つけ出して1回的に信託契約を締結するか、僅かな信託報酬で構わないという信託銀行等と信託契約を締結することになる。しかし、そのような信託契約を締結しようとする受託者を探し出すことは、いずれにしても容易ではないように思われる。仮に、目的信託の引受けをする者がいるとしても、目的信託によって、オリジネーター等が資産保有SPVの議決権・業務執行権を行使できないようにすることができるかどうかは、なお検討を要するように思われる。なぜならば、受益者の定めのない目的信託においても、受託者に対する監督によってその信託事務の処理が適正にされることを確保する必要があることに鑑み、当該目的信託には、委託者が有することができるすべての権利(信託法145条2項)を目的信託の委託者が有する旨、及び、受託者に負担させることができるすべての義務(信託法145条4項)を目的信託の受託者が負担する旨の定めが定められたとみなされるからである(信託法260条1項前段)。」

注:小野傑、深山雅也『新しい信託法解説』(三省堂、2007.04)P137。
注:有名な比喩に、「100万円の効果的な使い方を議論しているうちに、会議の弁当代で100万円使ってしまった」と言うものがある。目的信託も、それに似ている。

内田樹「会議と祝杯」(内田樹の研究室、2007.03.03)
http://blog.tatsuru.com/2007/03/03_1101.php
1.信託の目的が、資産流動化に係る業務が、円滑に行われる様に信託財産権を管理するものであること。
2.信託財産の管理に関して、委託者は受託者に対して指図を行うことが出来ない。
3.信託期間中に信託を終了することが出来ない(注)。
4.信託期間中に信託財産の管理方法を変更してはならない(注)。

上記4点を満たせば、基本的には「誰からも(信託スキームである以上、受託者自体の倒産からも)支配されない会社」を作り出すことが出来る。

注:但し、新・信託法第261条で読み替えた新・信託法第165条1項の規定に拠る終了に際しては排除不可能である。

「信託行為の当時予見することのできなかった特別の事情により、信託を終了することが信託の目的及び信託財産の状況その他の事情に照らして相当となるに至ったことが明らかであるときは、裁判所は、委託者、受託者又は受益者の申立てにより、信託の終了を命ずることができる」

注:但し、新・信託法第261条で読み替えた新・信託法第150条1項の規定に拠る変更に際しては排除不可能である。

「信託行為の当時予見することのできなかった特別の事情により、信託事務の処理の方法に係る信託行為の定めが信託の目的及び信託財産の状況その他の事情に照らして信託の目的の達成の支障となるに至ったときは、裁判所は、委託者、受託者又は受益者の申立てにより、信託の変更を命ずることができる」

基本的なスキームは以下の通りである。



出典:高橋淳「自己信託解禁で再び注目!信託のスキーム・ツール別活用法(上)」(中央経済社『旬刊経理情報』Vol.1206(2009.02)所収)P45、図表2。

自己信託が適用されるのは不動産流動化型スキーム、不動産ファンド型スキームの2種類である。



出典:高橋淳「自己信託解禁で再び注目!信託のスキーム・ツール別活用法(上)」(中央経済社『旬刊経理情報』Vol.1206(2009.02)所収)P44、図表1。

ここで、自己信託はどこまで適用可能なのかを確認しよう。仮に担保権を信託財産とする場合、受託者が担保権を被担保債権とは別に、信託財産として管理する特異性が見られる。その組成方法は、2通りある。AがBから資金の貸付けを受けるケースを考えよう。



出典:澤村泰介「セキュリティ・トラストのファイナンス取引への活用」(中央経済社『ビジネス法務』Vol.8(4)(2008.04)所収)P104、図表3。

設定方式
内容
委託者
受託者
受益者

直接設定方式
Bに依る貸付けと同時に(またはその後に)、Aが直接、C(信託銀行等)を抵当権者とする抵当権を自らの財産に設定する。
A(担保権設定者)、それ以外の者(物上保証)
C(担保権者)
B(当該貸付債権が債権譲渡されていた場合、その譲受人)

二段階設定方式
Bが貸付けを行い、当該貸付債権を被担保債権とする抵当権をAの財産に設定させる。その上で、担保権者であるBがCに対し、担保権のみを信託譲渡する。
B(被担保債権者)
C(担保権者)
B(当該貸付債権が債権譲渡されていた場合、その譲受人)



設定方式 内容 委託者 受託者 受益者
直接設定方式 Bに依る貸付けと同時に(またはその後に)、Aが直接、C(信託銀行等)を抵当権者とする抵当権を自らの財産に設定する。 A(担保権設定者)、それ以外の者(物上保証) C(担保権者) B(当該貸付債権が債権譲渡されていた場合、その譲受人)
二段階設定方式 Bが貸付けを行い、当該貸付債権を被担保債権とする抵当権をAの財産に設定させる。その上で、担保権者であるBがCに対し、担保権のみを信託譲渡する。 B(被担保債権者)

さて、これを自己信託でも行えるかを考えてみよう。自己信託の場合、直接設定方式に似た方法を取り、自己の有する不動産に、受託者としての自己を担保権者として自己信託を行うことになる。新信託法第3条3号には、以下の様に示されている。

(信託の方法)
第三条
信託は、次に掲げる方法のいずれかによってする。
三  特定の者が一定の目的に従い自己の有する一定の財産の管理又は処分及びその他の当該目的の達成のために必要な行為を自らすべき旨の意思表示を公正証書その他の書面又は電磁的記録(電子的方式、磁気的方式その他人の知覚によっては認識することができない方式で作られる記録であって、電子計算機による情報処理の用に供されるものとして法務省令で定めるものをいう。以下同じ。)で当該目的、当該財産の特定に必要な事項その他の法務省令で定める事項を記載し又は記録したものによってする方法
中>
ポイントは「自己の有する」と言う限定である。委託者兼受託者が、自己信託を設定する時点で既に有している財産が、自己信託の対象となることになる。直接設定方式では、「信託の際に」信託財産としての担保権を設定することになっていたが、果たしてこの担保権は、「自己の有する」一定の財産と言えるのだろうか。答えは否である。つまり、この様な担保権を設定することに依る自己信託は、信託法上認められないのである(注)。

注:仮にこの様な手法を取ることが可能である場合、別のハードルが登場してしまう。自分で自分に担保権を設定する場合、民法179(520)条との混同が発生する。基本的には、民法で認められないものが、信託法で認められるケースはないだろう。

(混同)
第179条
1.同一物について所有権及び他の物権が同一人に帰属したときは、当該他の物権は、消滅する。ただし、その物又は当該他の物権が第三者の権利の目的であるときは、この限りでない。
2.所有権以外の物権及びこれを目的とする他の権利が同一人に帰属したときは、当該他の権利は、消滅する。この場合においては、前項ただし書の規定を準用する。
3.前二項の規定は、占有権については、適用しない。

第520条
債権及び債務が同一人に帰属したときは、その債権は、消滅する。ただし、その債権が第三者の権利の目的であるときは、この限りでない。


別の方向で考えてみよう。そもそも担保権は、債務者または第三者が保有する財産に対して、「債権者の為に」設定されるものである。民法369条1項及び同法342条1項に拠れば、原則として債権者と担保権者は同一人であることが予定されていることになる。

(抵当権の内容)
第三百六十九条
抵当権者は、債務者又は第三者が占有を移転しないで債務の担保に供した不動産について、他の債権者に先立って自己の債権の弁済を受ける権利を有する。

(質権の内容)
第三百四十二条
質権者は、その債権の担保として債務者又は第三者から受け取った物を占有し、かつ、その物について他の債権者に先立って自己の債権の弁済を受ける権利を有する。



しかし信託に於ける受託者は、新・信託法第2条1項に拠れば、「専ら自己以外の利益を図る為に財産の管理処分を行う者」である。これは、受託者となる者が永続的に(新・信託法163条2号の規定する、「受託者が受益権の総てを固有財産で保有する期間の限度である」1年間と言う制限を超過して)その者のみの利益を図ることを目的として財産の管理・処分等を行うことは、受託者が他人(受益者)の為に信託財産の管理・処分等を行うと言う信託の本質から外れ、信託として構成不可能となってしまう為である(注)。

(信託の終了事由)
第百六十三条
信託は、次条の規定によるほか、次に掲げる場合に終了する。
二 受託者が受益権の全部を固有財産で有する状態が一年間継続したとき。


注:寺本昌広『逐条解説 新しい信託法〔補訂版〕』(商事法務、2008.07)P34(注7)。

即ち、受託者が担保権者である以上は、原則として債権者(委託者)で在ってはならないのであり、少なくとも一部の受益権を保有する受益者の存在が必要となるのである。後述するセキュリティ・トラストに於いては、この担保権者と債権者の分離が重要となり、信託法改正の意義は、両者の分離が可能である点を示した点にあると言える。何故ならば、信託法改正前までは、両者の分離が担保付社債信託法と言う限定された領域のみしか認められておらず、一般に(信託等を用いる等するならば)、「担保権者と債権者の分離が可能なのか」と言う問いが明確にされて来ることなく、結果として、実務に際しても利用が図られて来なかった為である。

(定義)
第二条
この法律において「信託」とは、次条各号に掲げる方法のいずれかにより、特定の者が一定の目的(専らその者の利益を図る目的を除く。同条において同じ。)に従い財産の管理又は処分及びその他の当該目的の達成のために必要な行為をすべきものとすることをいう。


結論としては、「担保権の設定に依る自己信託は不可能」と言うものになる(あくまでも自己信託では不可能であるだけで、担保権を設定することに拠る信託(セキュリティ・トラスト)自体は可能である(新信託法第3条1・2項))。また、仮に抵当権でなく、不動産権に自己信託を設定する場合はどうなるであろうか。委託者から受託者への権利移転は生じないものの、自己信託が設定された旨の登記自体は可能である(不動産登記法98条3項)。

(信託の登記の申請方法等)
第九十八条
3 信託法第三条第三号に掲げる方法によってされた信託による権利の変更の登記は、受託者が単独で申請することができる。


この場合に於いて登記を仮に行わなかった場合、委託者兼受託者は、当該不動産権が信託財産に属することを第三者に対抗することが出来ないことになる(新・信託法14条)。

(信託財産に属する財産の対抗要件)
第十四条
登記又は登録をしなければ権利の得喪及び変更を第三者に対抗することができない財産については、信託の登記又は登録をしなければ、当該財産が信託財産に属することを第三者に対抗することができない。

別の問題としては、善管注意義務の問題がある。信託銀行等が業務として受託する場合を仮定した場合、問題として受託者の義務に於ける程度及び範囲が焦点となる。実際には、信託行為の定款に書かれた通りに、最小限に善管注意義務を果たせばそれで良いので、この問題への対応は、明確に受託者が負う義務の具体的内容・範囲を規定することにある。
後述する目的信託特有のネックではあるが、受託者の定めのない信託を利用する場合、また別の問題が残っている。それは、存続期間が20年以内に限定される点である(注)。

注:信託法259条。

(受益者の定めのない信託の存続期間)
第二百五十九条
受益者の定めのない信託の存続期間は、二十年を超えることができない。

資産流動化の対象財産が35年フラット住宅ローンの様な、20年を超過してしまうローンでは使えない手であることになるが、実際には20年以内の不動産ローンも多く、基本的に裏付資産となる不動産ローンに於いては、実務上特段の問題にはならない。但し、自己信託に於いても20年を超過した場合、法人課税信託として認められず(法人税法施行令14条の5第5項)、税務上の取り扱いが変わってくる為、やはり期間も重要なファクターとなってくる。

(法人が委託者となる法人課税信託)
第十四条の五
法第二条第二十九号の二ハ(1)(定義)に規定する政令で定めるものは、同号ハ(1)の法人の株主等が取得する受益権の数(各受益権の内容が均等でない場合にあつては、その価額)の同号 ハ(1)の受益権の総数(各受益権の内容が均等でない場合にあつては、その総額)に占める割合が百分の五十を超えるものとする。
5 法第二条第二十九号の二ハ(2)に規定する政令で定める場合は、同号ハ(2)に規定する効力発生時等又は同号ハ(2)に規定する就任の時において、同号ハ(2)の信託財産に属する主たる資産が第五十六条 (減価償却資産の耐用年数、償却率等)に規定する財務省令で定める耐用年数が二十年を超える減価償却資産であることが見込まれていた場合(当該信託財産に属する主たる資産が減価償却資産以外の固定資産であることが見込まれていた場合を含む。)又は当該信託財産に属する主たる資産が償還期間が二十年を超える金銭債権を含む金銭債権であることが見込まれていた場合とする。

同様に、目的信託特有のネックとしては、受益者の定めがない故に、委託者と受益者の何れも議決権を行使出来ない点である。この点でいきなり独占禁止法11条に抵触する訳ではないが、「委託者でもなく受益者でもない(この2者から独立している(注))」第三者(信託管理人)を置くことが理想であろう。即ち、信託行為の定款を使い(注)、「信託目的の達成」を目的として、信託管理人に議決権行使の指図権を付与させるのである。信託管理人の制度自体は、受益者が存在しない場合に選任する制度であり、システム上受益者が存在しないので、独占禁止法の構造上では、委託者、あるいは受益者と見做すことが出来るだろう。即ち、上記2者からの独立と言う点から、当該SPVは、「誰からも支配されない会社」と言う存在を「理論上では」実現し得るのである。

注:新・信託法第261条で読み替えた新・信託法第126条第1・2項の規定に拠る。
「信託管理人は、善良な管理者の注意をもって、前条第一項の権限を行使しなければならない」(第1項)
「信託管理人は、信託の目的の達成のために、誠実かつ公平に前条第一項の権限を行使しなければならない」(第2項)

注:新・信託法第261条で読み替えた新・信託法第125条1項の規定に拠る。
(信託管理人の権限)
第百二十五条
信託管理人は、信託の目的の達成のために自己の名をもって受益者の権利に関する一切の裁判上又は裁判外の行為をする権限を有する。ただし、信託行為に別段の定めがあるときは、その定めるところによる。
参考
田中和明「新信託法制の資産流動型信託への影響と活用」(小林秀之編『資産流動化・証券化の再構築』(日本評論社、2010.09)所収)pp.109-113

自己信託の導入に依る流動化・証券化スキームにとっての選択肢の拡大と言う観点からは、以下のものが挙げられる。

1.オリジネーターが、信託銀行等を通すことなく、オリジネーター自らが受託者となり保有資産を流動化し、受益権を投資家に販売すること(債権流動化が一層機動的かつ安価に実現することが期待出来る)。尤も、投資家に受け入れられる水準の信託財産を管理する体制を整備することは必要になる。
2.オリジネーターが信託銀行等に資産を売却し、信託銀行等が自己信託を行い、信託銀行等自らが投資家に対し受益権を販売することに依り、受益権売却に係るオリジネーター・リスク(注)を回避すること。
3.信託銀行が自己の銀行勘定等の貸付債権を信託勘定(注)で流動化すること。
4.債権流動化に於いて、オリジネーターがサービサーを兼任している場合、サービサー業務に於ける回収金を信託財産にすることで、コミングリング・リスク(Commingling Risk, Du Risque Commingling、注)を回避すること。
5.事業証券化の一態様として、会社が経営実態を変えず、一部事業(資産と負債を含む)を信託し、受益権を投資家に販売することに依り、信託した当該事業の収益力を元に資金調達を行うこと(会社分割や事業譲渡と比較して、取引先との契約承継、許認可等の移転を行わずに済む分、手続負担や金銭コスト(注δ)の面でメリットがある。また、事業提携先に受益権を取得させることで、ジョイント・ベンチャーと同様の効果を得ることが可能である)。
5.1.事業の信託に依り、資産乃至事業を、委託者兼受託者としてのオリジネーターが保有する信用リスクから遮断しつつ、事業の許認可設定乃至承継に係る問題を一挙に回避することが可能となる可能性がある(但し、ストラクチャリングに当たり、業法規制の今後に於ける立法動向等も含めた慎重な検討が要される)。
5.2.信託行為に於いて、将来に於けるキャッシュフローに係る安定性の維持や、経営状況のモニタリングを目的とした各種コベナンツ(Covenants, Acte Unilatéral)、財務数値トリガーの設定、受益者指図事項等を、信用リスクのコントロールとして規定することに依り、これまでであれば、契約関係に拠り規律してきた内容を、信託法に於ける受託者の善管注意義務や、受益者に対する忠実義務の下に置くことが可能となる為、法的安定性が高いスキーム構築が可能となると考えられる。
5.3.事業や資産の移転についての対抗要件取得は不要と解され、コストを節約出来る可能性があること(但し、新・信託法第14条に於ける信託の公示自体は必要)。
5.4.事業の証券化で重要な、ステップ・イン・トリガー事由発生時に於ける、新たな事業主体への事業移行に関しても、新・信託法が予定する受託者変更手続(新・信託法第58条1・2・3項。信託行為に定めることも可能)に拠り、これを行うことや、その他の信託行為に於いて、事案に応じた仕組みを構築することに依り、より安定的な事業主体の変更手続が行える可能性があること。但し、信託銀行や信託会社が事業自体を承継する受託者となることは、兼業承認や事業自体の許認可上、困難である。その上、信託会社には兼業規制(新・信託法50条2項、新・信託業法施行規則51条8項。基本的には、財務状況が悪化している場合)が存在し、信託業務を適切かつ確実に営む上で支障(注)を及ぼす虞がない業務であり、当該信託業務に関するもののみを営むことが出来るもの、とされている以上、信託業としての規制が掛からない事業会社を後任の受託者とする方向性でのストラクチャリングが考えられる。不振部門のリストラクチャリングとして利用する例としては、図αを参照されたい。
5.5.従業員の雇用形態に変更を加える必要がない(転籍・出向に拠らない為、雇用者と労働者間に於ける従前締結されている労働契約に変更がない(注))上、ノウハウ流出も回避可能である。
5.6.トラッキング・ストック(Tracking Stock, Suivi de Stock、事業部門株。企業全体の業績とは独立した、利益配当の計算などを株式契約に組み込むことで、企業の特定の事業部門や子会社の業績に市場で形成された株価が連動する様に設計された株式の総称)の代用として利用可能である点。
5.7.事業提携に於ける利用(図β参照)。
5.8.敵対的買収からの防衛、プライベタイゼーション(市場から又は相対取引を通じて、自己株式を除く発行済株式の取得を図り、上場廃止申請を行う)、マネジメント・バイアウト(会社経営陣が株主から自社株式を譲り受けたり、事業部門統括者が当該事業部門を事業譲渡されたりすることで、オーナー経営者として独立する行為)の手段としての利用が可能である点(図γ参照)。

注δ:格付取得案件等に於いて、予めバックアップ用の受託者を選任しておくことまで要される場合、コスト削減どころか更なるコスト拡大要因となり得る。

参考
有吉尚哉、松澤大和「サービサー会社における自己信託の活用――その法務と税務・会計処理」(全国サービサー協会事務局『季刊サービサー』Vol.18(2009.10)所収)pp.36-37

注:兼業の財務的健全性に拠り判断される。小出卓哉『信託業法 逐条解説』(清文社、2008.06)P253を参照されたい。
1.2期連続または3期連続して経常損失を計上している場合には、他の業務を営むことが自己信託に係る事務を適正かつ確実に行うことにつき支障を及ぼす虞があるものとする(新・信託法施行規則51条8項の1)。
2.2期連続で経常損失を計上している場合であっても、純資産額が2期分の経常損失の合計額を上回る場合には、他の業務を営むことが自己信託に係る事務を適正かつ確実に行うことにつき支障を及ぼす虞がないものとする(新・信託法施行規則51条8項の2)。

注:佐藤哲治編著『Q&A信託法 信託法・信託法関係政省令の解説』(ぎょうせい、2007.11)P92。

図α


出典:坂井豊、土橋靖子「できる!自己信託を用いた事業信託(前)事業信託に自己信託を用いる利点とは」(中央経済社『ビジネス法務』Vol.9(6)(2009.06)所収)P83、図表1。

図β

出典:坂井豊、土橋靖子「できる!自己信託を用いた事業信託(前)事業信託に自己信託を用いる利点とは」(中央経済社『ビジネス法務』Vol.9(6)(2009.06)所収)P84、図表2。

図γ

出典:坂井豊、土橋靖子「できる!自己信託を用いた事業信託(前)事業信託に自己信託を用いる利点とは」(中央経済社『ビジネス法務』Vol.9(6)(2009.06)所収)P84、図表3。