女流立葵杯の街から

囲碁の女流棋戦の中継予定を中心に投稿しています。

仲間がいるからこそ~若手棋士イベント企画~

2019年11月21日 | 女流棋戦ふりかえり

 

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 2019年度の囲碁棋戦の主役は、間違いなく上野愛咲美さんでした。急成長の天才女流棋士に、女流棋戦のリーダー、謝依旻さんや藤沢里菜さんだけでは無く、若手の男性タイトルホルダーも翻弄され続けた。
 現に上野さんが囲碁棋戦の主役であるとすれば、囲碁普及の主役は一体誰か?
 囲碁普及の主役は〈星合志保・二段と、その盟友たち〉かも知れません。

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 ==女流棋戦ふりかえり
   ……2019、No.03(全3回)==
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 2018~19年にかけて女流棋士が行った一連の囲碁普及は、行動力も実績も、これまでとは比較にすらならない。
 それら全てを象徴する写真が、『囲碁棋士フォトブック』のツイッターに投稿されたこの1枚。

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【写真】段位・敬称略。
 左から木部夏生、星合志保、藤沢里菜、上野愛咲美、金子真季。

【アドレス】若手棋士イベント企画よりhttps://twitter.com/igo_photobook/status/1116661508799225856?s=19

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A》都内ですら少なかった囲碁活動

「金子真季さん、木部夏生さん、星合志保さん……
 東京本院所属の仲の良い女流棋士とチームを組んで、新しい囲碁活動をやってみたらどうですかね?」

 覚えていてくれているかどうか。そんな話を、私から金子さんと星合さんにしたのが2017年。理由の1つには、囲碁普及が盛んであろうと思っていた東京ですら、〈リアル碁初参加、歓迎します〉と言う様な活動は少な過ぎる──それを実感していた為でした。

 私が東京に通っていたのは2004~10年。当時の都内には、

〈囲碁の勉強が出来る所を探している囲碁初級者〉
〈リアル碁に興味あるネット碁ユーザー〉

 等が多数いました。そうした人達はインターネットで碁会所や囲碁教室の情報を探していたのですが、〈ネット上で紹介されている〉都内のリアル碁の情報は、当時は何故か少なかった。その為に、都内の囲碁活動の情報ですら探すだけでも一苦労。

 その一方。自分達が何か行動を起こさなければ、囲碁が廃れてしまう──。そうした危機感を抱いていたのが、星合志保さん。私の申し出が「星合さん達の決断を促す些細なきっかけ」程度になったのであれば、それはそれで良かったのかな……とは思ってはいますが。

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B》東京本院版の『舞姫』

 仲の良い女流棋士とチームを組んで、新しい囲碁活動──そんな事を言われたって、そもそも都内近郊では前例自体が無い。前例が無いから、何をやって良いのか分からない。ヒント無しに突っ走れば『闇の中での手探り状態』になったはず。
 しかし幸いにも、ヒントはあった。「関西棋院所属の女流棋士が、『舞姫』と言うチームを組んで、定期的に指導碁会をしています」

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【写真】舞姫~関西囲碁女流棋士八姉妹

http://www.igomaihime.com/index.html

 

 それを伝えると……
 金子さんから。「東京の若手の女流棋士のまとめ役みたいな事は、謝依旻先生がされています。舞姫みたいな活動が出来るかどうか、まずは謝先生に相談してみます」
 星合さんから。「舞姫メンバーの稲葉かりんさんとは、普段から仲良くしています。舞姫の現状について、かりんさんにお話しを聞いてみます」

 それから約1年。2018年12月、『クリスマスでも囲碁がしたい!』が開催。これが、東京の若手女流棋士による囲碁活動の第1弾。ここから『若手棋士イベント企画』チームの活動が本格始動。
 年が明けてからは、『女子囲碁お茶会』『謝ファミリー囲碁会』『女流棋士浴衣囲碁まつり』……
 そして2019年最大のプロジェクトが『女流棋士フォトブック大感謝祭』。フォトブック製作の為の資金調達に成功しただけでは無く、張栩さんや万波佳奈さんをはじめとした、
「若手~中堅棋士総動員」
「アマ有志による運営支援」
 と言う、大型イベントとして帰結した。

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C》囲碁活動と言う『作品』創り

 そして何より注目すべきは、新しい囲碁イベントを運営してきた女流棋士の面々。
 企画・発案に始まり、フォトブック製作の為のイラスト作成やパソコン作業では、金子真季さんや木部夏生さんが才能が発揮。
 タイトル戦や海外棋戦でスケジュールが埋まっているはずの女流トップの3人(謝依旻さん・藤沢里菜さん・上野愛咲美さん)も、陰に日向に、活動を常に支えていた。勿論、他の人達も。

 そうして完成したのが、『女流棋士フォトブック』

 

 

 

 そしてこのフォトブック完成を祝う『大感謝祭』には、多数のファンや囲碁棋士が駆けつけました。

 若手の女流棋士の活動は、何故にファンから支持されたのか?

 囲碁以外の話ですが、今の若者には、アイドルグループあるいは文化系部活のアニメが人気。それらが何故人気なのかを考えると、単に華やかで楽しくて面白いからだけでは無く、

 ◎幼い時から仲良くして来た若者が
 ◎目標と苦楽を共に研鑽を続けて
 ◎力を合わせて作品を創り上げる

 そうした姿に共感した人達が、ファンとして長く応援し続けている。それを私は『青春群像劇』と呼んでいますが、今の若手の女流棋士もまた、幼い時から囲碁を通じて苦楽を共にして来た。だからこそ、お互いを理解し合い、助け合えたのだと思います。

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 2018年以降に実施された新制度によって、日本棋院に採用される女流棋士の数が急増しました。そうして誕生した新しい女流棋士を、これまで通りの普及活動や公式戦に漠然と参加させるだけでは、今までと代わり映えも無ければ、発展性も無い。
 今後は〈囲碁棋士として成長出来る環境〉を創り、提供していく必要があります。その1つが若手棋士主催のイベント企画でしょうが、囲碁の若手女流棋士に課せられるテーマは、

「仲間がいるからこそ、自分達に出来る事は何なのか?」

 になるでしょう。普及活動でも、公式戦でも、国際大会でも。

(3回目・完)
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待ち望まれていた囲碁棋士。新初段・大森らんさん。

2019年11月20日 | 女流棋戦ふりかえり

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「院生女子の成長が、近年は目覚ましい。プロ採用試験は不合格だったからと言って、この子達の素質を野放しにする訳にはいかない」
 そうした理由で2018年秋から始まった1つが『女流特別推薦』。成績優秀な女子院生を、推薦でプロに採用する新制度。

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 ==女流棋戦ふりかえり
   ……2019、No.02(全3回)==
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 囲碁棋士の中で、特に一時代のリーダーとなる人の場合には、何かしらの星や天命を背負っている様に思われます。
 1つ目は、藤沢里菜さんや上野愛咲美さんの様な『戦いの星』
 2つ目は、杉内寿子先生や小林礼子先生の様な『導きの星』
 3つ目は、知念かおり先生や謝依美さんの様な『郷土の星』

 その星の1つ『郷土の星』を背負った新棋士が、2019年に誕生しました。
 それが、関西総本部の大森らんさん。

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【プロフィールサイト】https://www.nihonkiin.or.jp/player/htm/ki000494.html

【写真】大森らん・初段(日本棋院、関西総本部所属)

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A》「瀬越先生に恩返しが出来た」

 『大森らん』と言う名前、当初私は全然知らなかった。新棋士採用のプレスリリース、竜星戦での公式戦デビュー。それについても「……頑張って下さいね」と思っただけでした。その竜星戦にて、天才棋士として鳴り物入りでプロ入りした仲邑菫さんに勝ち、ファンやメディアに注目されました。

 しかしそれ以上に私が驚いたのが、竜星戦の後日。
 週刊碁の定番企画『新初段シリーズ』。日本棋院に採用されたプロはこの企画で特集され、全国の囲碁ファンへお披露目されます。
 私が過去に読んだ新初段シリーズの中でも、大森さんの回は特に印象的でした。それを要約しますと……

「大森さんがプロ入りして間も無く、大森さんの元に手紙が届いた。その内容は──あなたがプロになるのを、私はずっと待っていました。
 手紙の差出人は山王裕孝プロ。現役の囲碁棋士で、故郷・広島県の大先輩」

 

【公式プロフィールサイト】

https://www.nihonkiin.or.jp/player/htm/ki000029.html

【写真】山王裕孝プロ

 その山王プロいわく、

「大森さんがプロになった事で、広島県初の囲碁の女流棋士が誕生した。
 これでやっと、(山王プロの)師匠でもあり広島県の大先輩でもある瀬越憲作先生に恩返しが出来た」

 囲碁の歴史と縁が強い広島県で「大森さんが初の女流囲碁棋士」とは、正直意外でした。広島県からは、囲碁の女流棋士がすでに数人は誕生しているものとばかり……

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B》『仁風』の後継者……?

 先に述べた通り、新初段シリーズの目的は、先輩棋士との対局を通じて、新棋士の名前と強さをファンにお披露目する事。個人的な好みの問題ですが、新初段シリーズには、どことなく物足りなさを感じてはいました。
 しかし、大森さんの回だけは別だった。全国のファンには知られていなくても、大森さんのプロ入りを長年待ち焦がれていた人がいた事。その1人が、山王プロだった事。広島県の囲碁ファンにとっては、他の地域の人が想像している以上に、吉報以上の吉報だったかも知れません。

 最後に〈プロとしての目標〉について。大抵の新棋士は「タイトル奪取を目指して頑張ります」と答えるのが定石みたいなもの。
 週刊碁の新初段シリーズやネット記事によれば、大森さんの目標は、
「囲碁ファンを笑顔に出来る棋士。困っている人を救える人」

 大森さんの故郷の大先輩、瀬越憲作先生。その瀬越先生の盟友であった木谷実先生は『仁風』の精神「囲碁を通じて世界平和」をモットーとされていた。その木谷先生の精神を受け継いだのが、実娘である小林礼子先生と、孫娘である小林泉美さん。
 時代も一門も地域も全然違いますが、大森さんの記事を読んで、

「木谷先生の大志を受け継ぐ後継者が、広島県で生まれ育っていたんだな……」

 と、感慨深いものが私にはありました。
(2回目・完)

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C》参考情報

【参考】大森らんさんの特集記事

https://www.sankei.com/smp/life/news/190523/lif1905230011-s1.html


※平成31(2019)年度採用新初段。
 うち女流棋士は、10人が新採用

◇女流特別推薦◇

◎東京本院に所属
……辻華
……五藤眞菜
……森智咲

◎関西総本部に所属
……大森らん

◎中部総本部に所属
……高雄茉莉
……羽根彩夏

◇女流特別採用◇
……上野梨紗(東京本院所属)

◇英才特別採用推薦◇
……仲邑菫(関西総本部所属)

◇夏季採用◇
……武井太心

◇冬季採用◇
……豊田裕仁
……福岡航太郎

◇関西総本部採用◇
……池本遼太

◇中部総本部採用◇
……寺田柊太


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プロが認めるプロ、鈴木歩さん。

2019年11月18日 | 女流棋戦ふりかえり

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 第38期女流本因坊戦は、「上野愛咲美・女流棋聖の優勝⇒⇒女流本因坊位の初奪取」と言う結果になりました。そしてこの対局を以って、2019年の囲碁の女流棋戦(タイトル争奪戦)は全て終了。
 2019年の女流囲碁は、上野愛咲美さんと藤沢里菜さんの2強時代。

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  ==女流棋戦ふりかえり2019

    ……No.01(全3回)==
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 ただしこの投稿『女流棋戦ふりかえり』では、タイトルを争った棋士やその時の棋譜に限らず「再見の価値有り」「気付かれざる逸話」に注目しています。
 今回の注目は、鈴木歩・七段。日本棋院・東京本院所属の女流棋士。2000年代の女流棋戦での優勝経験あり。

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【写真】鈴木歩・七段(日本棋院所属)
【プロフィールサイト】
http://archive.nihonkiin.or.jp/player/htm/ki000380.htm

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A》ファンの眼 vs プロの眼

 2019年の女流棋戦での、鈴木歩さんの結果。
 女流立葵杯と女流本因坊戦では、鈴木歩さんは本戦トーナメントで準優勝。挑戦権獲得ならず。その相手は、どちらも上野愛咲美さん。
 こうした結果を見てか、

「鈴木歩さんって、大事な対局で勝てないイメージがある」

 と言う類のコメントが、ネット上に数件ありました。実際には〈歩さんが弱い〉のでは無く、対局相手の〈愛咲美さんが強すぎる〉だけなのですが……
 一般的なファンはそう評価していても、プロの間での評価は、実は正反対。以前に小林覚・女流九段は、

 ☆女流棋士に強い謝依旻
 ☆男性棋士に強い鈴木歩

 と言う評価を紹介されていました。どうやらこれは〈お世辞・おべっか〉では無く、本当らしい。現に男性棋士の間では「歩さんとの対局では、最後まで気が抜けない」と警戒されているらしい。
 そこで最近の戦績を調べた所、中堅棋士が参加する中庸戦では、男性棋士相手に〈本戦で8位〉になっている。プロフィールを見れば、〈七段〉になっている。
 同じ人物の内容や成果を評価するのでも、ファンとプロとでは全然違ってところいる。そうした事は珍しくありません。

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B》育児・子育てを経て強くなり

 実戦譜を取り上げます。2019年、女流立葵杯の準決勝より。
 白番は鈴木歩さん、黒番は万波奈穂さん。
 左下で黒が三々に入り、左上では流行定石。現地解説の小林光一・名誉棋聖によれば、「右下の戦いは、黒が失敗したかな……?」

 この碁の注目点を【参考図】に。
 白1のツナギを見届けて、黒2と大桂馬。
 これに対する白の返事は、白3の〈上ツケ〉

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【参考図】

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 白3ついて、小林光一・名誉棋聖はこんな解説をされていました。

「このツケ1本は好手、最新の囲碁AIも高く評価します。
 ただし人間のプロの感覚では、右上の黒石を強くし、黒地も増やしている。ですので、プロにとっては〈内心、打ちにくい感じもある手〉」
「歩さんは筋の良い碁を打つ人なので、白3の様な手は〈昔の鈴木歩さん〉であれば打たなかった。でも〈今の鈴木歩さん〉は打った。
 ……と言う事は、歩さんは、タイトルを持っていた当時より間違い無く強くなっています。
 子育てや育児で忙しい中、AIを使って勉強しているんだと思います」

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C》AI流と熟練芸

 参考図の白3。局後の検討タイムで、鈴木歩さんは次の様に返答。

「右上をどう打つのが良いかを考えていたら、白3はAIが選びそうだな……って。
 ですので、AIっぽく〈格好つけた手〉を打ってみました( 〃▽〃)」

 鈴木歩さんの打ち回しは、プロ入り当時から〈玄人好みの熟練派〉。地にカライく、ヨセが上手い。攻めや戦いを急がず、じっくりと打ち進める。
 また、難解詰碁を解く早さや正確さでは張栩・九段をも脱帽させ、計算の早さ正確さでは絶対的な信頼をされている。
 こうした点から、鈴木歩さんは「プロが認めるプロ」と言えます。

 蛇足として。鈴木歩さんの碁についての、棋譜並べの視点で一言添えますと……
 〈AIを使わない人間流〉の羽根直樹・碁聖の棋風が好き──と言うファンが、最近増えているらしい。
 そうした羽根碁聖の打ち方が好きな人にとっては、(もしかしたら)鈴木歩さんの打ち方も気に入って頂けるかも知れません。

(1回目・完)
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