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ウイスキー好きの駐日ソ連大使館武官 【連載】呑んで喰って、また呑んで㉜

2020-02-12 10:00:30 | 【連載】呑んで喰って、また呑んで

【連載】呑んで喰って、また呑んで㉜

ウイスキー好きの駐日ソ連大使館武官

●日本・東京

山本徳造 (本ブログ編集人)  

 

「今晩、ソ連大使館の駐在武官と呑むことになった。海軍大佐だけど、君も一緒にどうかね」
 電話の主は、私がタイに滞在していた頃に某新聞社のバンコク特派員だったMさんである。東京に戻ってからは外信部記者をしていた。当時、世界は米ソ冷戦の真っ只中。ソ連大使館、しかも駐在武官と呑む機会なんて滅多にない。
「ソ連の駐在武官ですか」と私は興味深々である。「行きますよ、行きます」
「じゃあ、7時に四谷の例のバーで」
 四谷警察隣のバーに連夜のごとく通っていた頃である。私が特派記者をしていた軍事専門雑誌の編集部が四谷の隣の赤坂にあり、住まいも同じ地下鉄丸ノ内線の「新高円寺」にあったことから、何かと便利なバーだった。
 芸能関係者も多く、あの芸能レポーターとして一世を風靡した梨元勝さん(故人)も来ていた。私より10歳ほど年上のMさんをそのバーに連れて行ったことがきっかけで、居酒屋でひとしきり呑んだ後、四谷に移動するのが常になったというわけ。
 しかし、その日は居酒屋抜きで、いきなりバーである。約束の時間に店に到着すると、すでにMさんと駐在武官と思しき白人男性がテーブル席に座っていた。
「あ、紹介するよ。こちらがU海軍大佐だ」
 U大佐はロマンスグレーの中年紳士で、まるで西側のエリート・ビジネスマンのようだ。洗練された物腰で、どう転んでも、無骨なソ連の軍人というイメージからは程遠い。
 まずはウイスキーの水割りで乾杯。すきっ腹にこたえる。しかし、この店は軽食もない。乾きものだけ。いつもなら、小腹が空くと、向かいのビル1階のステーキハウスで分厚いTボーン・ステーキを平らげるのだが、その日はそうはいかない。
 Mさんだが、呑むときは、ほとんど食べない。ひたすら酒をあおるのみ。だから、乾きものだけでも平気である。U大佐はというと、何やら落ち着かない様子だ。
「大佐」と私が尋ねた。「もしやお腹が空いているのでは?」 
「ええ、少しはね」
「ロシアでは呑むときには沢山食べるのですか?」
「そう。ロシア人は大食いですから」
 そう言いながら、大佐はピーナツをほんの少し口に入れた。上品に。
「ところで、大佐」ピーナツを頬張りながら海軍大佐に尋ねた。「東京に来る前はどちらで勤務していたんですか」
「ミサイル原潜の艦長でした」
「すると、その原潜で日本の近くに来たことが?」
「うーん」U大佐は穏やかに微笑み、悪戯っぽく答えた。「それは秘密です」
 ま、正直にしゃべるわけないか。
 ウイスキーのボトルがいつの間にか半分になり、U大佐も饒舌になった。ウイスキーも水割りではなく、ストレートでぐいぐいと美味そうに呑んでいる。ウォトカよりもウイスキーが好きなんだそうだ。
 大佐に家族のことを聞いてみた。ひとり息子は大佐と同じく高等海軍学校(海軍兵学校)を卒業し、軍務に就いているという。もちろん、これも本当かどうか分からない。
 海軍大佐というのも真偽の確かめようがない。なにしろ相手はソ連大使館員である。流暢な、あまりにも流暢な英語も気にかかるではないか。あれこれ考えているうちに、酔いが醒めてきた。
 数年後、ソ連は崩壊し、ロシア連邦が誕生した。ロシアを長年率いるプーチンは、ロシア人らしくなく、酒が大嫌いである。今頃、ウイスキーを好んだU大佐はどうしているのやら。


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