【連載】呑んで喰って、また呑んで㊵
イラブー(海蛇)で琉球王朝を偲ぶ
●日本・大阪
私はもともと蛇が大好きだ。と言っても、蛇を鑑賞したり、首に巻き付けたりするのではない。あくまでも調理した蛇料理である。若かりし頃、台北に行くと、必ず萬華に出掛けて蛇料理を堪能した。
香港でも蛇料理の専門店に顔を出した。店内の棚には、木製の引き出しがいくつもある。その引き出しには、何種類かの蛇が生きたまま入っているのだ。
客が気に入った蛇を選ぶと、料理人がさっと料理してくれる。しかし、どの蛇がどんな味をしているのか分からないので、適当に指さすと、それをスープにしてくれた。
ものの10分も経たないうちに蛇のスープが目の前に。千切りにした蛇の肉と椎茸が中心で、それに溶き卵を垂らす。一口すすると、顔がほころぶ。美味い。じつに美味い。気が遠くなるくらい美味い。大袈裟ではなく、今まで生きてきた甲斐があった。スープをお代わりしたのは言うまでもない。
が、日本に戻ってからが大変だった。強烈な下痢が3週間以上も続いたのである。頬はげっそり。あのときは仕事にならなかった。病院には行かなかったが、多分、食中毒だったのだろう。それで懲りずに、蛇料理に舌鼓を打ったものである。
ただ、海に住む蛇を食べたことはなかった。ある日、健康雑誌の編集部から、「大阪の沖縄料理店で海蛇を食べさせる店があるので、取材に行ってくれますか」という電話が。「はい、行きます!」と逆上気味に快諾したのは言うまでもない。
その昔、琉球王朝では、イラブー(海蛇)料理が庶民の口に入ることはなかった。貴族たちがクスイムン(精力強壮剤)として珍重したらしい。言わば宮廷料理である。今の沖縄では、季節の変わり目や目が疲れたときに口にしたり、初老の人たちが「イラブー会」などと称して若返りを図るのだそうだ。
ところで、なぜイラブーと呼ばれているのか。海蛇の名ははエラブウミヘビ。それが訛ってイラブーと呼ばれるようになったという。
ちなみに、イラブーという海蛇料理は調理に時間と手間がかかるので、沖縄でも常時メニューに加えている店は数えるほど。なのに、大阪・曽根崎にある沖縄料理店では、常連客向けに年に一度だけイラブーを食べさせるのだとか。
そして、その日がやって来た。新幹線で東京から大阪へ。私の生れ育った街である。大阪在住のカメラマンと待ち合わせをして、その店に直行した。
料理するのは女性である。前夜に準備したので、2時間しか寝なかったという。常連客とあわせて8人前用意した。まず乾燥したイラブー2匹をノコギリで6センチぐらいの長さに切る。骨がかたいので、これだけで1時間かかった。それを北海道産の柔らかい昆布に包んで鍋の中へ。
鍋の汁が3分の1ぐらいになるまで5、6時間煮込んでからイラブーを取り出し、中を開く。食べられない骨と内臓を取り除くと、イラブーは黒光りした皮と、皮にへばりついた少しばかりの肉だけになってしまう。旨味はすでてスープの中に溶けている。
これで終わったわけではない。海蛇の皮と肉、豚足、骨付きの鶏肉、結び昆布、冬瓜を一緒にスープに入れ、弱火で約3時間コトコトと煮るのだ。こんな手の込んだ課程を経たのだから、不味いわけがない。
テーブルに運ばれてきたのは、イラブーだけではない。ラフテー(泡盛で煮込んだ豚の角煮)、アワビのウニあえ、ミミガー(豚の耳)、スクガラス豆腐(豆腐にアイゴの子の塩辛をのせたもの)、そして定番のゴーヤチャンプルーなど。おっとヤギの刺身も出てきた。イラブーを入れた鉢からかつおだしのような匂いが漂う。これがイラブー特有の匂いなのだそうだ。
▲ゼラチンたっぷりのイラブ―
さっそくメインのイラブーに挑戦した。ゼラチン質の皮はとろんとして柔らかい。肉はどちらかと言うと、パサパサしている。ビールをチェイサーにして泡盛がすすむ。圧巻はスープだ。とろーんとして、舌にまとわりつくようなコクがある。初めて香港で蛇スープを食したときと同じような感動を覚えた。料理人の女性がにやにやしながら忠告する。
「スープはあとで効いて大変ですよ」
一体、何が大変なのかを聞き忘れたが……。