【連載】頑張れ!ニッポン⑤
若い技術者がいない!
釜原紘一(日本電子デバイス産業協会監事)
人材不足の半導体業界
日本の半導体復興を目指して設立されたラピダスが成功するかどうかは、投資を持続する為の資金をどれだけ集められるか、そして優秀な技術者をどれだけ確保できるかに掛かっている。しかし、半導体業界は過去30年間の低迷期にリストラを繰り返したので、多くの人材を失った。私が定年を目前にした1990年代後半でも、同業他社では早期退職者の募集が度々行われたものである。「定年より早めに退職すると退職金が割り増しして支給される」という呼びかけに応じて辞めた知人も何人かいた。
また2000年代になると、業績不振に陥った各社が合併して新しい会社がつくられたが、その過程で韓国などに行った技術者もいる。辞めて欲しい人は残り、残って欲しい人は辞めて行くというのは良く聞く話だ。ラピダスが工場を立ち上げるに際し、技術者確保に苦戦しているのではないかと余計な心配をしてしまう。現在、ラピダスから米国のIBMに最先端の微細技術の2ナノ技術を習いに行っていると報道されているが、その技術者達は50代~60代の人が多いという。
▲IBMリサーチが拠点を置くアルバーニー・ナノテク・コンプレックス(米ニューヨーク州)
年寄りの私が言うのも何だが、「そんな年寄りエンジニアで大丈夫か?」と心配になる。世界最高額の時価総額を記録して注目を浴びているNVIDIA(エヌヴィディア)には、若い天才技術者が集まっていると聞く。同社はファブレス企業であるから、製造技術ではなく優れた発想とアイデアでAI向けのプロセッサーを開発しているのだろう。そこには年寄り集団ではなく、若き天才達が集まっているに違いない。
最近、印西にデータセンターが多く誕生しているが、新しいデータセンターはAI技術を駆使しているとの事だ。多分エヌヴィディアやインテルのプロセッサーやサムスンのメモリが大量に使われているのだろう。日本の製品は残念だが殆ど使われていないのではないか。もしかしたら、キオクシアのメモリぐらいは使われているのかも知れない。そうだとすると、日本は土地を提供するのみで、おいしい所は海外に吸い取られる、という構造になっていないだろうか。
深刻さ増す大学生の理系離れ
話を人材不足に戻そう。大学生の理系離れの影響で、技術者不足は半導体業界だけではない。製造業の全般に及んでいるのだ。昨今は製造業や技術者だけでなく、全ての業種全ての職種で人手不足が問題になっているという。「けちな経営者が永年に渡り賃金を上げず、安い給料でこき使ってきたツケが回っているのだ」と言いたいところだが、そんな単純な話でもなさそうだ。
さて、大学生の理系離れの原因は一体何なのか。私の偏見に満ちた意見を我慢して聞いてもらいたい。
理系離れの一番大きい要因は、技術者が冷遇されている事だと思う。古い話で恐縮だが、15年ほど前の大阪大学大学院松繁寿和教授の調査に基づく試算では、理系学科の卒業生と文系学科の卒業生の生涯賃金の格差は5000万円だという(日経ビジネスレポート~さらば工学部6)。
技術者の多くは製造業に就職するが、製造業の給与水準が金融業や商社に比べて極めて低いことが大きな要因である。さらに上級職のポストが技術者に対して限られているので、理系の人は文系の人に比べて昇進のスピードが平均して遅い。
このことは技術革新により社会に新しい価値を与えて来た技術者が、あまり高い評価を得られていないことを示している。若者はそのことを敏感に感じて、理系にあまり興味を示さなくなっているのではないか。 このままでは優秀な人材は技術分野に集まらず、日本の製造業の力は徐々に削がれて行くだろう。
理数系教育に力を入れる中国
東大元総長の有馬明人氏は平成20(2008)年8月27日に行われたシンポジウム「21世紀を豊かに生きるための科学技術の智」の閉会挨拶で、理系の待遇(報酬・給料)を倍にするくらいの思い切った手を打たないと理系離れは改善しないと明言している。私は理系人間だから理系の視点からの意見を述べた。独断と偏見に満ちているかも知れないが、私は半導体だけでなく日本の製造業全体についても強い危機感を抱いている。
最後に余談を一つ。むかし私の同期で定年間近に地方の関係会社に出向になった人物が、本社にいる私を訪ねて来たことがあった。
「学校で難しい勉強をやってきてヤデ、会社の為に一生懸命頑張ってきたのにヤデ、それがこんな目に遭うのや! 何デヤネン!」と関西弁でぼやくことぼやくこと。
本人は関西の旧帝大を卒業し、大企業の部長や子会社の工場長まで務めたので、はた目には恵まれている方だと思うけど、上述のように不満に満ちていたのである。本当に技術者を上手に処遇し、モチベーションを維持させるのは難しいことだ。
ChatGPTに聞いてみると、「理系離れは日本だけの現象ではなく世界共通の問題だ。国によっていろいろ事情が異なるが、中国は理数系の教育に力を入れており、技術分野での国際競争力を高めようとしている」のだそうだ。常に長期的視点で着々と国力の強化を図っている中国。油断できない国である。
【釜原紘一(かまはら こういち)さんのプロフィール】
昭和15(1940)年12月、高知県室戸市に生まれる。父親の仕事の関係で幼少期に福岡(博多)、東京(世田谷上馬)、埼玉(浦和)、新京(旧満洲国の首都、現在の中国吉林省・長春)などを転々とし、昭和19(1944)年に帰国、室戸市で終戦を迎える。小学2年の時に上京し、少年期から大学卒業までを東京で過ごす。昭和39(1964)年3月、早稲田大学理工学部応用物理学科を卒業。同年4月、三菱電機(株)に入社後、兵庫県伊丹市の半導体工場に配属され、電力用半導体の開発・設計・製造に携わる。昭和57(1982)年3月、福岡市に電力半導体工場が移転したことで福岡へ。昭和60(1985)年10月、電力半導体製造課長を最後に本社に移り、半導体マーケティング部長として半導体全般のグローバルな調査・分析に従事。同時に業界活動にも携わり、EIAJ(社団法人日本電子機械工業会)の調査統計委員長、中国半導体調査団団長、WSTS(世界半導体市場統計)日本協議会会長などを務めた。平成13(2001)年3月に定年退職後、社団法人日本半導体ベンチャー協会常務理事・事務局長に就任。平成25(2013)年10月、同協会が発展的解消となり、(一社)日本電子デバイス産業協会が発足すると同時に監事を拝命し今日に至る。白井市では白井稲門会副会長、白井シニアライオンズクラブ会長などを務めた。本ブログには、平成6年5月23日~8月31日まで「【連載】半導体一筋60年」(平成6年5月23日~8月31日)を15回にわたって執筆し好評を博す。趣味は、音楽鑑賞(クラシックから演歌まで)、旅行(国内、海外)。好きな食べ物は、麺類(蕎麦、ラーメン、うどん、そうめん、パスタなど長いもの全般)とカツオのたたき(但しスーパーで売っているものは食べない)