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森の中の恍惚

野山が笛を吹いている

When words leave off music begins.


BGM on "YouTube": Dedicated to "goo blog"(7-2)

伊奈町 小針神社

2015年05月14日 | 空色の休日 2015

バラまつりで賑わう伊奈町町制施行記念公園の南西、上越新幹線高架の向い側のこんもりとした森に鎮座する旧北足立郡小針村鎮守の「小針神社」へ参拝。


神社周辺は、埼玉県の「伊奈町小針神社社叢ふるさとの森」として保全されています。


参道を行くと、伊奈町の天然記念物にも指定されている高さ目約30m・通り約4.6mの杉の木。


では、参拝。

 明治二十二年、羽貫村・小針新宿・小針内宿・大針の四か村を合併し、小針村が成立した。村名は小針の名が最も著名なことによるものである。大字は旧村名を継承し、大字羽貫に役場が設置された。
 当社は、明治四十年に小針村内に鎮座していた三三社を遷座統合し、村の中心的な社として創建された。社地については、羽貫の村社であった八幡社の境内地が選ばれた。これは、羽貫地区に小針村の役場が置かれ、行政的な中心地であったことによるものである。翌四十一年に社号を八幡社から小針神社に改めた。
(Resource:「埼玉の神社」埼玉県神社庁)


本殿南には八雲神社。奥は招魂社


鳥居近く、正面に金比羅神社。向って左にチラッとみえているのは御嶽神社。


境内南西には浅間大神と御嶽石尊大神。

 氏子区域は、羽貫・小針新宿・小針内宿・大針の四地区である。この範囲は明治四十年の合祀によって成立したもので、それ以前は各々の地区で相当規模の鎮守を祀っていた。神社合祀とは複数の神社を合わせ祀ることであるほかに、財産を集約することでもあった。当地の合祀では、その中心となった八幡社を除く各社の境内や立木は売却されたほか、社殿などの施設の多くは八幡社に移され改築などが行われて利用された。例えば、小針新宿の稲荷社の本殿は小針招魂社とされて明治三十七、八年の戦没者の御霊が合祀された。また、小針内宿の氷川社の拝殿のように村役場に利用されたものもある。
(Resource:「埼玉の神社」埼玉県神社庁)

:ここです→ Google マップ
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伊奈町町制施行記念公園 バラまつり 2015

2015年05月14日 | 空色の休日 2015

昨日の「バラ博」に続いて、『伊奈町バラまつり』へ.... バラ咲く真夏日。


まずは、伊奈備前守忠次公にご挨拶。伊奈町のキャラクター、バラの双子の妖精「伊奈ローズちゃん・ローズくん」も一緒です。


1.2ヘクタール敷地面積に約300種、4500株以上のバラが植えられています。品種名もしっかり表示されているのが嬉しいですね。


このバラ園でしか見ることのできないという、伊奈の名の付いた大輪の「イナローズ」と、つるバラの「イナ姫」。双子ではないようだ........。


ノスタルジィ!


ラベンダードリーム!


伊奈町HPでは7分咲きとの案内でしたが、この暑さでは花も早くなりそうですね。


駐車場には販売ブースが並んでいます。


5月これからの土日には種々のイベントも予定されている、バラいっぱいの「伊奈町バラまつり」でした。

>森の中の恍惚:伊奈町町制施行記念公園 バラまつり 2011
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第17回 国際バラとガーデニングショウ

2015年05月13日 | 空色の休日 2015

さあ、今年もキラキラ西武ドームが見えてきました。『第17回 国際バラとガーデニングショウ』今年は2日めです。・・・・と、今回はドーム目の前のB駐車場に停めることができたので景色が違いますね。


開場までちょっと時間があったので、駅前のマーケットを回ってみました。


ガーデンデザイナーのマーク・チャップマン氏の作品『Roses & Cabbages ~A Delicious Garden』‥‥の、キャベツに感激。


では、入場の時間となりました。いつものように粛々と会場へとに下ります。


今回の特別企画、脚本家倉本聰氏の世界観が広がる『風のガーデン』。2008年、フジテレビの開局50周年を記念して制作されたドラマで、その年の10月に急逝した緒形拳氏の遺作。番組タイトルの題字を書いたことでも話題となりましたが、この題字は倉本聰氏でしょうか。


貞三先生の花言葉発見!


ヒツジスト発見?


そして、ローズテラスでは『風のガーデン』のガーデンデザインを手掛けたガーデナー上野砂由紀氏のトークショーが開催されました。


さて、お昼。今年は常盤軒さんの「バラちらし寿司弁当」と「きじ焼弁当」。


バラは、お待たせの「ラピスラズリ」と・・・・


前回購入できなかった「ブラスバンド」を・・・・


お昼過ぎ頃ですが、だいぶ人出も多くなりました。でも、まだまだいつもの混雑にくらべたら空いている感じがする2日めの『国際バラとガーデニングショウ』でした。


ではでは、また来年。

>森の中の恍惚:第16回 国際バラとガーデニングショウ
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明日を信じて種をまく・・・・

2015年05月10日 | 空色の休日 2015

連休明けの日曜日、僕らは今年の種を蒔く。お米の神さま、お願いします。明るい未来を与えてください・・・・。

>森の中の恍惚:憲法よりもいっそう上の法律がある
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ホフマン輪窯六号窯 特別公開

2015年05月03日 | 空色の休日 2015

深谷市のGWイベント「深谷おもてなし」の中で今回期間中特別公開されることとなった日本煉瓦製造株式会社の旧煉瓦製造施設『ホフマン輪窯六号窯』。


通常は「毎週土曜日、日曜日の煉瓦史料館公開時間内に限った10名以上の団体を対象とした予約制公開」となっているので、この特別公開は嬉しい限りですね。

日本煉瓦製造株式会社の旧煉瓦製造施設
ホフマン輪窯六号窯
重要文化財(建造物)
平成九年五月二十九日指定

 ドイツ人窯業技術者フリードリッヒ・ホフマン考案の大量生産用煉瓦焼成窯である。全長五十六・五メートル、幅二十メートル、高さ三・三メートルの総煉瓦構造で、内部には十八の焼成窯がある。各室には煉瓦の搬出入口、燃料の石炭投入口、排煙口が設置されている。この燃焼室を窯火が巡りながら常時煉瓦を焼成することにより、月産約六十五万個の煉瓦生産高を実現していた。操業当時、窯は地上三階の木造上屋に覆われ、二階は燃料投入室、三階は煉瓦乾燥室とされた。
 本窯は、明治四十年に建造され、昭和四十三年までの約六十年間生産を続けた。現在上屋は撤去されたが、残った柱材、二階床面と燃料搬入用のトロッコレールが創業時の様子を伝えている。
 煙突も当初煉瓦造だったが、関東大震災により倒壊、現在の鉄筋コンクリート構造となった。
深谷市教育委員会


1周約120メートルの楕円形の窯は、内部を18の部屋に分け、窯詰め・予熱・焼成・冷却・窯出しの工程を順次行いながら移動し、およそ半月かけて窯を一周して、月産65万個で昭和43年までの約60年間煉瓦を焼き続けたといいます。


・・・・しかし、残念ながら窯の内部は崩落の危険性があるため入口からのみの見学となります。山手線で例えると池袋駅から入って新宿方面の眺め。


こちらは上野方面。


木造三階建の名残も感じられます。


六号窯の北には現在「煉瓦資料館」となっている旧事務所の建物が残されています。


日本煉瓦製造株式会社の旧煉瓦製造施設
日本煉瓦製造株式会社旧煉瓦製造施設
旧事務所
重要文化財(建造物)
平成九年五月二十九日指定

 建物は明治二十一年頃の建設で、煉瓦製造施設の建造と煉瓦製造技術の指導に当たったナスチェンテス・チーゼ技師が住宅兼工場建設事務所として使用したと伝えられている。地元の人々からは「教師館」「異人館」の名で呼ばれていた。
 日本煉瓦製造株式会社は、明治政府が計画した洋風建築による官庁街建設を推進するため、煉瓦を大量供給する民営工場として、渋沢栄一らが中心となって設立された。工場建設地は、当時政府に招かれていた建築技師ウィルヘルム・ベックマン、チーゼらのドイツ人技術者の指導により選定され、良質の原度を産出し、水運による東京への製品輸送が可能な現深谷市上敷免 新井に決定された。チーゼは娘クララと友に明治二十二年十二月に帰国するまでここで生活し、彼の帰国後は会社事務所として使用された。
文化庁
埼玉県教育委員会
深谷市教育委員会


事務所の裏側。幅3mの長いベランダが設けられています。


「煉瓦積基礎」という構造で、摘み方は土木建造物でよく使われる「イギリス積み」という積み方。


もう一つの国重要文化財「旧変電室」も事務所の裏に残されています。


日本煉瓦製造株式会社創業「創業70周年の記念碑」と「100周年の記念碑」
:日本煉瓦製造株式会社は、その時代の波に押され、平成18年6月自主廃業。その際、広大な敷地と3つの重要文化財を引き取った深谷市ですが、その保存には膨大な予算が必要といわれます。今後、六号窯の修復~内部公開へと計画があるようですが、それも予算次第とのこと・・・・。ぜひ、ふっかちゃんにがんばってもらいたいものです。


刻印煉瓦のペンダントが販売されていました。会社に残された当時の刻印を使っているとのこと。「上敷免製」と「日煉」が裏表に刻印されています。最優良ブランドですね。


ついつい周りを探してみた・・・・。

:煉瓦史料館の開館は「土・日曜 09:00~16:00(無料)」となっています。

:ここです→ Google マップ
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パティオ de チューリップ球根掘り取り 2015

2015年05月03日 | 空色の休日 2015

ふかや花フェスタ」に続き「パティオ de 花フェスタ」。恒例のチューリップ球根掘り取りへ連休2日め!


10:30頃の到着だったんですが、まだまだ順番待ちの長い列。でも、3万本以上もあるチューリップ。まだまだいいとこ残っています。


なので、今年は「レッドシャイン」を太いとこ@10本いただいてきました。


ふっかちゃんに謝謝です!

>森の中の恍惚:パティオ de チューリップ球根掘り取り 2014
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第12回 ふかや花フェスタ

2015年05月02日 | 空色の休日 2015

今年は5月GWのスタートとなった「ふかや花フェスタ」。会場はお馴染みの「深谷城址公園」。


2016.01.01に合併10周年を迎える「深谷市」。今年の4月より1年間「深谷市誕生10周年記念事業」として数多くのイベントが計画されているようです。


軽トラの荷台でガーデニングしちゃおうっていう「軽トラガーデン」。いろいろ考えるもんだ........。


でも、なんだか例年より人出少ない感じ・・・・。


ともあれ、お昼は「煮ぼうとう」。


・・・と、「深谷焼」というのがあった。深谷グルメのニューカマーか?


そして、食後の(?)ハーブティー。


ふっかちゃん&ひなちゃん発見!この二人、仲いいみたいだ。


そんな「ふっかちゃん」のピザ窯もある・・・・。
:この次の日(3日)ふっかちゃんより発表があって「ゆるキャラGP」の参加は今年で最後とするようです。最後の挑戦‥‥応援しましょう!


・・・・では、また来年へとつづく。

>森の中の恍惚:第11回 ふかや花フェスタ
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原邸別荘庭園 天神山 2015

2015年04月26日 | 空色の休日 2015

さあ、今年もこの季節。神川町の原邸別荘庭園「天神山」の一般公開となります。もうすっかりお馴染みの入口ですね。


桜は終わってしまいましたが、ツツジが所々色を付けています。


溢れる水芭蕉。


おなじみの亀甲竹。


そして竹の子なんですが....、剥いてみたいですね。


壊れてしまった門の屋根も、すっかり新しくなっています。


変わらぬ流れの神流川。岸向こうは群馬県鬼石町。今年は「鬼石祇園」伺ってみたいものです。


と、今年ももう5月となるのですね・・・・。

>森の中の恍惚:原邸別荘庭園 天神山 2014
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花のオアシス チューリップまつり 2015

2015年04月18日 | 空色の休日 2015

すっかり春っぽくなった鴻巣市「花のオアシス」、この時季恒例の「チューリップまつり」。


園内には35,000球のチューリップ。


メインステージでは、地元アーティスト等によるステージショー。


地場産品の販売ブースも並んでいます。


公園に隣接する「こうのとり四季彩ファーム(市民農園)」管理棟のトイレに雛人形発見


でも、中には大魔王が住んでいるようです。


・・・・とにかく、外はチューリップまつり。明日(19日)までの開催となります。

>森の中の恍惚:花のオアシスフェア チューリップまつり
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行田市 和田神社

2015年04月18日 | 空色の休日 2015

行田市総合公園」の北、熊谷より流れる星川を背に鎮座する「和田神社」へ参拝。


正面の石鳥居に並び、木製の両部鳥居が残されています。


では、参拝。

 和田はかつて条里制水田が広がっていた地域で、現在も水田の中に位置する。
『風土記稿』和田村の項には「伊森明神社 村の鎮守とす宝珠院持、蔵王社 同持、宝珠院新義真言宗、上之村一乗院末、和光山と云、本尊地蔵を安ず」と載せ、このうち「蔵王社」が当社であり、往時、蔵王権現と称していたという。
 明治初めの神仏分離により寺の管理を離れ、社名を御嶽神社と改め、明治二年に村社となった。同四一年、字北屋敷の八坂神社及び境内社八幡社を合祀し、社号を和田神社と改めた。八坂神社は『風土記稿』に載る「伊森明神社」である。
 大正一二年の震災により本殿・幣殿・拝殿が全壊したため、これを機に従来の社地が偏狭なことから、和田の大地主竹田恒太郎所有の地が和田の中心地であるとして、この地を求め大正一四年社殿を新たにし一段と尊厳を加えた。この移転及び造営のために要した費用は七千八百円余りといわれ、氏子一同がこの再建に尽くした並々ならぬ熱意がうかがえる。
(Resource:「埼玉の神社」埼玉県神社庁)


: 県道128号(熊谷羽生線)からの参道。西へ進むと「斎条堰(大和橋)」。この堰から上流に架かる馬見塚橋周辺の星川流域は、絶滅危惧種にも指定されている貴重な植物「キタミソウ」の群生地として知られています。

: ここです→ Google マップ
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