あつみ風

その時、あつみ風が吹いた。

いつまでも忘れない。

2009-10-22 01:35:26 | Weblog
私の記憶が正しければ、今日は私がお世話になった人の命日です。




あの時亡くなった人は、そのあとの大不況とかマイケルの死とか、薬物騒動とかを知らないままだったんだなぁーとか考えます。





あるいは、どこかから見ていて、知ってるのかもしれませんね。






冬ソナ好きだったなぁとか、一緒にステーキ食べたなぁとか、思い出は時に、蘇ります。



思い出している間は、ある意味、本当に蘇るのかもしれない。



私という人間が考える世界の中では。




一種の、「離れて暮らしている感覚」的なね。



だけど、やがてまた頭から離れて忘れると、私の考えの世界から消えて亡くなるのかと。







人は主観的だから、目の前にいて会える人、もしくはメールや電話、手紙などでなんらかの連絡をリアルタイムに取れる人が全て、「生きている人」で、目の前にいなくて、何の連絡も取らずに離れて暮らす人や亡くなった人は、自分の中では「いない人」という括りになるのではないかと思うわけです。




亡くなった人より、生きてても思い出すこともない人って山ほどいますよね。




なら、思い出してるってだけで、亡くなった人はむしろ生きてる感じしません?




だって、遺影見たって何したって、亡くなった事が理解できないんだもの。



いまだに。





まだ生きてるんじゃないかって。



あの生々しい存在感は、時間が経っても変わらないんです。






「今頃どうしてるかなー」って本気で考えちゃうくらい。













心に生き続けるって、こういうことなんじゃないでしょうか。





お墓でも千の風でもなく、私の心にその人はいるんです。




関わった人々の心に。
















黄泉の世界ってあるのかな。






それとも、無の世界か。







ドラゴンボールみたいに頭に輪っかが浮かんでるのかな。



















あ、保険に入ろう。

スタバリング。

2009-10-17 22:46:06 | Weblog
しばらくぶりです。





更新とんでる間に、いろいろとありました。








鳥取に行って賀露で海鮮丼食べたり、米子に行って行列ランチ食べたり。






その翌週に車で鳥取行って、学祭で焼鳥とうどん食べたり、夜はかばでおなかいっぱいごはん食べたり、プチコパンでランチ食べたり。






今は金沢でスタバしてます。






週末がホントに楽しみで仕方ない気持ちを抑えて、平日を無難に過ごしています。





相変わらずお金は無いんですけど。














先月、京都を一人でぶら歩く機会がありましてね。





市バスの一日乗車券を金券ショップで買い、散策したんです。




月曜日でした。







興味本位で立ち寄った信三郎帆布。





つい、出来心で、気に入ったのを購入してしまいました。






かばん。





カードで。






(カードって恐ろしいよね)








欲しくなったから買ったのだけど、その頃は特にお金に困ってた時期でね、信三郎帆布のかばんは高級品ですから、買った喜びと買った後悔とカードの引き落としの不安が入り混じって、家に帰ったとき、つい、視界からかばんを隠したくなりました。








今だに、隠れてます。





かばん。








カードの支払いが終わったら、堂々と出して使おうと思います。







まだ、早い。






まだ、私のものじゃないのだ。










いざ、かばんを出した時に、そのかばんがいまいちピンとこなくなってたらどうしよ…。







不安。











はぁ。







カードって怖い。