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京博「佐竹本三十六歌仙絵」展:後編_かけがえのない歴史の生き証人

2019年11月08日 | 美術館・展覧会

京都国立博物館で開催中の特別展「佐竹本三十六歌仙絵と王朝の美」のレポート、先日の前編に引き続き、後編をお届けします。
会期後半の展示室をひときわ華やげているのは女流歌人「小大君(こおおきみ)」、100年の流転を経て京都で行われている同窓会最大の人気者です。
佐竹本三十六歌仙絵のメンバーは人気者を囲みながら、残り少なくなった集う時間をしっとりと楽しんでいるようです。



秋色の京博


目次

  • 「佐竹本」を華やげる歌仙たち(後編)
  • 三十六歌仙絵は「佐竹本」だけではない
  • 「切断」はやはり、すべきでなかったのか?






「佐竹本」を華やげる歌仙たち(後編)

バラバラになった佐竹本三十六歌仙絵を集めた展覧会=同窓会は、以前にも一度だけ開かれています。
今から30年以上前の1986(昭和61)年、東京・サントリー美術館で全37点の内20点が出展され、同窓会への出席率は54%でした。
今回は全37点の内31点が出展、出席率は83%と大幅に上昇しました。
ひとえに主催者による所蔵者への働きかけの努力の”たまもの”です。
展示替えが行われた会期後半戦も、そんな努力がひしひしと伝わってくるとても内容の濃い展示が続いています。

【展覧会公式サイト みどころ】 ご紹介した作品の画像の一部が掲載されています

2F展示室で目立って人だかりができているところがあり、もしやと思ったらやはり、「小大君」大和文華館蔵でした。
十二単のような重ね着の、すべての裾が少しずつ見えるグラデーションのような描写は、それをまとう女性の気品を否応なく高めています。
またその裾は画面いっぱいに描かれており、ウェディングドレスのように、あるいは羽をいっぱいに広げた孔雀のように、それをまとう女性の美しさを演出しているように思えてなりません。
後ろ姿で描かれた「小野小町」に比べ、ストレートに女性らしさを表現しているところが「小大君」の最大の魅力でしょう(展示は11/6-24)。





【所蔵者公式サイトの画像】 「佐竹本三十六歌仙絵 大中臣頼基」遠山記念館

大中臣頼基(おおなかとみのよりつね)は、顔の描写がまず目を引きます。
目がとても細いのに対し、眉はとても太いのですが、その両極端が妙にバランスが取れているのです。
京から遠く離れた筑波山の紅葉の美しさを読んだ見識の高さも、表情に見事に表現されています(展示は10/29-11/24)。

【所蔵者公式サイトの画像】 「佐竹本三十六歌仙絵 源順」サントリー美術館

源順(みなもとのしたごう)は、都の風流人としての茶目っ気をも感じさせる、目線の描写が見事です。
池に映る中秋の名月を詠んだ歌にあわせ、絶妙の角度で水面を見つめる目線を描いています(展示は11/6-24)。

【文化庁・文化遺産オンラインの画像】 「公家列影図」京都国立博物館

歌仙たちの豊かな表情にはまさに驚きの連続ですが、それを可能にしたことをうかがわせる証(あかし)が、1Fで展示されています。
「公家列影図」は、似絵(にせえ)のような写実的な表現で、著名な公家の顔の特徴を集団的に描いたものです。
平安時代は人物の顔の描写はみな同じでしたが、鎌倉時代になると一人一人描き分けるようになりました。
「公家列影図」は、そうした表情の描き分けを学ぶ手本になったと考えられています(通期展示)。





三十六歌仙絵は「佐竹本」だけではない

著名な歌人をその作品と共に描いた「歌仙絵」は、中世以降のやまと絵のモチーフとして江戸時代まで人気を保ち続けました。
この展覧会では、佐竹本以外にも見事な歌仙集や歌仙絵が多数出展されています。

「三十六人家集」本願寺蔵は、平安時代末期に写本された現存最古の三十六歌仙の歌仙集です。
歌仙の肖像はありませんが、料紙そのものや金銀泥による草花の下絵の美しさと上質感は際立っています。
三十六歌仙分がほぼ完存していることもあり、文句なしの国宝です。

背景を装飾するために紙をコラージュのように貼り合わせており、平安貴族の美意識を見事に今に伝えています(頁替、通期展示)。

【所蔵者公式サイトの画像】 「上畳本三十六歌仙絵 源重之」MOA美術館

上畳本(あげだたみぼん)とは、貴人専用の一枚の大きな畳(上畳)に歌仙が座った姿を描いていることにちなんだ名称です。
佐竹本よりやや制作時期が降る上畳本も江戸時代以前に分割されており、佐竹本より少ない16点しか現存していません。
この展覧会には内4点が出展されています。

「源重之」は、佐竹本もこの展覧会に出展されていますが、描写はわずかに異なります。
髪の毛や目線の繊細さや紙の光沢は佐竹本ほど認められませんが、上畳に座っているという構図が何と言っても個性的です。
古風な趣と気品の高さが見事に伝わってきます(展示は11/6-24)。

江戸琳派の天才・鈴木其一の名作「三十六歌仙図屛風」が、展覧会のトリを務めています。
三十六人を一堂に描いており、歌は書かれていません。
其一らしい華やかな色使いが見事で、まるで同窓会のように集まって談笑している描写が強く印象に残ります。



佐竹本の分割が行われた応挙館(現在は東京国立博物館に移築)


「切断」はやはり、すべきでなかったのか?

展覧会を見終わった後もやはり、「もし分割されずに絵巻で残っていたら」という思いを禁じることはできませんでした。
みなさんはいかがでしょうか?

現代人の常識では、物理的に美術品の形を変えてしまうことはありえません。
しかし江戸時代までは、絵巻や冊子になった歌集を分割して交換・贈答することが普通に行われていました。
安土桃山時代以降に茶会が盛んに行われるようになると、床の間を飾る掛軸の需要が高まります。
季節や客人の好みに応じて掛軸を使い分けられる方が便利であり、分割にためらいをもたなかったのです。
掛軸を中心に作品名に断簡(だんかん)と付くものをよく耳にしますが、「分割したきれはし」という意味です。

【所蔵者公式サイトの画像】 「手鑑 藻塩草」京都国立博物館

この展覧会にも出展されている国宝・手鑑「藻塩草」京都国立博物館蔵(頁替、通期展示)は、「本願寺本三十六人家集」の内の人麻呂集が、安土桃山時代に分割されたものの一部です。

佐竹本の分割が行われた1919(大正8)年は、こうした常識の過渡期だったと思われます。

  • 分断しなければ、日本人には高すぎて買い手が現れない
  • アメリカの大富豪なら買えるが、かけがえのない傑作が日本から流出してしまう
  • 分割は昔から行われてきたこともあり、許してもらえるだろう

益田鈍翁や画商たちは苦渋の決断をしました。
新聞も「切断」というセンセーショナルな見出しで報道し、世間を驚かせました。

益田鈍翁は1929(昭和4)年にも「分割」を主導しています。
西本願寺が大学設立資金を得るために、「本願寺本三十六人家集」の一部売却を鈍翁に相談したのです。


【所蔵者公式サイトの画像】 藤原定信「石山切 貫之集下」和泉市久保惣記念美術館

本願寺が「三十六人家集」を天皇から下賜された際の本拠地にちなんで、鈍翁が「石山切」と名付けた断簡が3点、この展覧会にも出展されています。
和泉市久保惣記念美術館の所蔵分は、二頁対になっており、一般売却ではなく特別に配給されたものです(展示は11/12-24)。

経済的事情により文化財に手を加えることは、実は現在でもゼロではありません。代表例は建物です。
ビルや町屋など、老朽化や使い勝手の悪さから、取り壊して建て替えられる例が続出しています。
近年は外壁を再利用して趣を残すような工夫はされていますが、取り壊していることには変わりはありません。
欧米では、地震がなく石造りで頑丈な建物が多いこともあり、文化財として価値のある建物を取り壊すようなことはありえません。



来年春の京博は「西国三十三所」

日本は建物以外では世界一、いにしえの美術品を今に伝えている国です。
流転の運命にさらされた佐竹本も、日本で生まれたからこそ、生き延びてこられたのでしょう。
世界の中でもかけがえのない歴史と文化の生き証人です。

こんなところがあります。
ここにしかない「空間」があります。


展覧会でも一番人気の小大君(こおおきみ)


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利用について、基本情報

<京都市東山区>
京都国立博物館
特別展
流転100年 佐竹本三十六歌仙絵と王朝の美
【美術館による展覧会公式サイト】
【主催メディアによる展覧会公式サイト】

主催:京都国立博物館、日本経済新聞社、NHK京都放送局、NHKプラネット近畿、京都新聞
会場:平成知新館
会期:2019年10月12日(土)~ 11月24日(日)
原則休館日:月曜日
入館(拝観)受付時間:9:30~17:30(金土曜~19:30)

※会期中6回に分けて一部展示作品/場面が入れ替えされます。
 詳細は「展示替えリスト」PDFでご確認ください。
※この展覧会は、今後他会場への巡回はありません。

※この美術館は、コレクションの常設展示を行っています。



◆おすすめ交通機関◆

京都市バス「博物館三十三間堂前」下車、徒歩0分
京阪電車「七条」駅下車、3,4番出口から徒歩7分
JR「京都」駅から徒歩20分

JR京都駅から一般的なルートを利用した平常時の所要時間の目安:10分
京都駅烏丸口D1/D2バスのりば→市バス86/88/100/106/110/206/208系統→博物館三十三間堂前

【公式サイト】 アクセス案内

※休日の午前中を中心に、京都駅ではバスが満員になって乗り過ごす場合があります。
※休日の夕方を中心に、渋滞と満員乗り過ごしで、バスは平常時の倍以上時間がかかる場合があります。
※この施設には有料の駐車場があります(公道に停車した入庫待ちは不可)。
※駐車場不足により、健常者のクルマによる訪問は非現実的です。


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