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コート―ルド美術館展、世界最高峰の印象派が来日_東京都美術館 12/15まで

2019年09月16日 | 美術館・展覧会

上野・東京都美術館で、2019年秋の目玉美術展「コート―ルド美術館展 魅惑の印象派」が行われています。誰もが見覚えのあるマネの晩年の最高傑作「フォリー=ベルジェールのバー」が20年ぶりに来日します。


会場内の記念撮影コーナー


目次

  • コート―ルド美術館展とは?
  • 名作との対話その1:巨匠の手紙から芸術観を読み解く
  • 名作との対話その2:印象派の明るい風景画が描かれた理由を読み解く
  • 名作との対話その3:印象派の画家が生きた時代を読み解く
  • 名作との対話その4:巨匠の表現を科学的に読み解く

 

コート―ルド美術館展とは?


「コート―ルド美術館」という日本ではあまり知られていないロンドンにある小さな美術館の名前を、鑑賞後にほぼすべての人が強く印象付けられることは間違いないでしょう。”ロンドンにこんな美術館があったのか”、と多くの人がつぶやくと思います。

コート―ルド美術館は、20c初頭に繊維業で巨万の富を築いたサミュエル・コート―ルドが蒐集した世界トップクラスの印象派とポスト印象派のコレクションで知られています。ロンドン大学を構成する世界最高峰の美術研究機関の付属美術館であることもあり、高いレベルで鑑賞者が名作と対話できるよう展示構成が工夫されています。

展覧会の章立てが、いつもとかなり毛色が異なっていることに気付かれる方も少なくないでしょう。かなり高尚な印象を受けますが、そこに世界最高峰の美術研究機関ならではの”展示構成の工夫”が見られます。
  • 第1章 画家の言葉から読み解く
  • 第2章 時代背景から読み解く
  • 第3章 素材・技法から読み解く


欧米の美術品鑑賞者は、日本人以上に作品の描かれた時代背景や表現の裏に隠された工夫に興味を示します。美術研究機関はこうした背景や工夫を紐解くプロフェッショナル集団です。彼らなりの美術鑑賞スタイルへの思いが、こうした章立てに現れています。




ツイッターでもつぶやかれているように、確かに普段の美術展よりもかなりゆとりのある展示になっています。都美館の企画展示室3フロアを使って60点ほどの展示ですので、普段の展覧会の展示作品数の半分以下くらいに感じます。名作とじっくり対話してほしいという、主催者やコート―ルド美術館の”思い”が感じられます。

加えてこの美術展は、画家の直筆の手紙やコレクターがのこした史料など、博物館的な展示が多いことも特徴です。こうした博物史料は、時代背景を感じることに大いに役立ちます。





第1章「画家の言葉から読み解く」では、ゴッホやセザンヌの名作が登場します。電話がまだなかった時代、手紙を通じて画家/画商/コレクターたちは相互理解を深めていきました。そうした手紙からも、巨匠たちの芸術観を垣間見ることができる展示構成になっています。


名作との対話その1:巨匠の手紙から芸術観を読み解く


【所蔵者公式サイトの画像】 モネ「アンティーブ」コート―ルド美術館

ゴッホやモネ、セザンヌの穏やかな風景画から展示は始まります。モネ「アンティーブ」コート―ルド美術館は、地中海をはさんだ遠方の山並みを借景に、手前の大きな木の全体像を描かない構図が印象的です。日本の障壁画や浮世絵によく見られる構図で、”ジャポネスク”を感じさせます。

【所蔵者公式サイトの画像】 ゴッホ「花咲く桃の木々」コート―ルド美術館

ゴッホ「花咲く桃の木々」は、アルルの田園風景を描いています。ゴッホ作品としてはかなり穏やかな印象で、まるで日本の里山風景を描いているようです。「日本の風景画のようなモチーフに惹かれた」と語ったゴッホの手紙ものこされています。ゴッホの”ジャポネスク”へのあこがれは、浮世絵表現の学習だけではありません。

【所蔵者公式サイトの画像】 ゴッホ「耳に包帯をした自画像」コート―ルド美術館

今回の展覧会では、コート―ルド美術館が所蔵する印象派とポスト印象派の超一級作品はほぼもれなく出揃っている印象を受けます。その中で唯一、ゴッホ「耳に包帯をした自画像」だけが今回来日していません。二点だけ現存する、耳切り落とし事件直後の自画像の一つです。ロンドンまで見に行くしかありません。

コート―ルド美術館は、セザンヌのコレクションでは世界最高峰の一つです。それを実感できる超一級品を3点ご紹介したいと思います。

【所蔵者公式サイトの画像】 セザンヌ「大きな松のあるサント=ヴィクトワール山」コート―ルド美術館

「大きな松のあるサント=ヴィクトワール山」は、故郷の名山をセザンヌがしばしば描いたモチーフです。この作品は、前景に木の枝をサント=ヴィクトワール山の稜線に沿うように配することで、主役の山の美しさをかえって印象付けています。”ジャポネスク”を感じさせる、セザンヌならではの構図の”妙”がとてもよく表れています。

【所蔵者公式サイトの画像】 セザンヌ「カード遊びをする人々」コート―ルド美術館
【所蔵者公式サイトの画像】 セザンヌ「パイプをくわえた男」コート―ルド美術館

本展にも登場している著名作「カード遊びをする人々」よりも、「パイプをくわえた男」の方に、私はよりセザンヌ・マジックの美しさを感じます。モデルはセザンヌの別荘の使用人で、「カード遊びをする人々」の左の人物をモデルにしたと考えられています。パリに押し寄せる近代化の波からは程遠い、昔ながらの生活を営む人物です。

セザンヌはサント=ヴィクトワール山のように、ナチュラルな美しさをこの人物に見出したのでしょう。肖像画は、モデルの何気ない一瞬をありありと表現した作品ほど、観る者に深く訴えるオーラが出ます。モデルの小さな瞳にそんなオーラが凝縮されています。

【所蔵者公式サイトの画像】 セザンヌ「キューピッドの石膏像のある静物」コート―ルド美術館

静物画を得意としたセザンヌは、キューピッドの石膏像を好んでモチーフにしました。この作品は、現実にはあり得ない空間の歪みが、セザンヌならではの構図の”妙”を際立たせています。キューピッドの立つ床は傾斜したように見えますが、その床の上にはリンゴが置かれています。転がってきそうに思えますが、重力のない宇宙空間のように動きません。

セザンヌは”写実からの脱却”が主流となった20c絵画の先駆者として、後世の画家たちに多大な影響を与えました。この作品の歪んでいながら絶妙にバランスがとれている構図は、そんな先駆者としてのセザンヌの先進性をまさに強く印象付けています。

サミュエル・コート―ルドが最初に購入したセザンヌ作品でもあります。当時のイギリスでは見向きもされなかったセザンヌの可能性を目にして、サミュエルの脳内に電流が走ったのでしょう。





第2章「時代背景から読み解く」では、近代化と科学技術の進歩がもたらしたパリ市民の日常の表情を描いた作品が並びます。19c後半に印象派がなぜ欧州で絵画の主流になったのか? そんな時代背景を読み解きながら名作と対話できるのが第2章です。


名作との対話その2:印象派の明るい風景画が描かれた理由を読み解く


印象派による、明るい陽光を前面に押し出した風景画表現は、それまでの欧州にはなかった画期的な表現でした。それを可能にしたのが、19cの科学技術の進歩の一つである「チューブ入り絵の具」の発明です。

それまで絵の具は缶入りで、大きくて重く持ち運びに不便なため、絵画制作は主に室内で行われていました。風景画はその場で見える風景を描くのではなく、”記憶”に基づいて描かれることになり、ナチュラルな”明るい陽光”の表現は控えめになりがちです。

印象派の前にも、バルビゾン派が写実的な風景画を描いていましたが、明るさの表現は控えめです。チューブ入り絵の具により、モチーフをのぞむまさにその場で表現できるようになったことが、明るい陽光を前面に追い出した作品の制作を促進したのです。タブレット/スマホにより、今いるその場で簡単にデジタル記録できるようになった現代と同じような”発明”の感覚です。

【所蔵者公式サイトの画像】 ブーダン「ドーヴィル」コート―ルド美術館

青い大きな空を描くことで名を馳せたブーダンの名作です。モチーフの主役はあくまで空であり、空の下でくつろぐ人々や山と海の風景ではありません。ドーヴィルは、ドーバー海峡に面した古くからのリゾート地です。豊かになったパリ市民を最先端の娯楽であるリゾート滞在に誘うにが、大きな青空こそが絵の主役としてふさわしかったのです。


【所蔵者公式サイトの画像】 ピサロ「ロードシップ・レーン駅、ダリッジ」コート―ルド美術館

鉄道も19cを象徴する科学技術の偉大なる進歩の一つです。馬車や徒歩と比べ、鉄道は人々の移動を画期的に便利にしました。そんなあこがれをモチーフとして、この時代の画家たちはこぞって描きました。印象派の最古参であるピサロのこの作品は、印象派の特徴である大きな青空の下に、最先端の科学技術を素朴に表現しています。印象派の特徴を集約したような名品です。

【所蔵者公式サイトの画像】 ルソー「税関」コート―ルド美術館

近年、”へたうま”の画家として注目を集めるルソーの風景画の名品です。自らの職場であったパリの税関をモチーフとした作品で、ルソーならではの現実と創造の組み合わせで描かれています。都市の活力をイメージさせる”税関”とは程遠く、森に囲まれたノーベル賞を輩出するがの如く高尚な研究所のように描かれています。ルソーのクリエイティブ力をしっかりと感じることができます。



コート―ルド美術館の館内の様子


実に内容の濃い展覧会です。ご紹介したいポイントはとてもたくさんあります。「名作との対話その3」以降の後半戦は次回にお伝えさせていただきたいと思います。

こんなところがあります。
ここにしかない「空間」があります。



展覧会に行く前の予習におすすめ

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<東京都台東区>
東京都美術館
特別展
コートールド美術館展 魅惑の印象派
【美術館による展覧会公式サイト】
【主催メディアによる展覧会公式サイト】

主催:東京都美術館、朝日新聞社、NHK、NHKプロモーション
会場:B1F 企画展示室
会期:2019年9月10日(火)~12月15日(日)
原則休館日:月曜日
入館(拝観)受付時間:9:30~17:00(金曜~19:30)

※会期中に展示作品の入れ替えは原則ありません。
※この展覧会は、2020年1月から愛知県美術館、2020年3月から神戸市立博物館、に巡回します。
※この美術館は、コレクションの常設展示を行っていません。企画展開催時のみ開館しています。



◆おすすめ交通機関◆

JR「上野駅」下車、公園口から徒歩7分
東京メトロ・銀座線/日比谷線「上野」駅下車、7番出口から徒歩12分
東京メトロ・千代田線「根津」駅下車、1番出口から徒歩15分
京成電鉄「京成上野」駅下車、正面口から徒歩12分
JR東京駅から一般的なルートを利用した平常時の所要時間の目安:25分
JR東京駅→山手・京浜東北線→上野駅

【公式サイト】 アクセス案内

※この施設には駐車場はありません。
※道路の狭さ、渋滞と駐車場不足により、健常者のクルマによる訪問は非現実的です。


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