上野・東京都美術館で行われている、2019年秋の目玉美術展「コート―ルド美術館展 魅惑の印象派」のレポート、前回に引き続き後半戦をお伝えします。
マネの晩年の傑作「フォリー=ベルジェールのバー」、若きルノワールの傑作「桟敷席」。輝かしい二人の画業の中でも特に輝く不朽の名作であることをしっかりと実感できます。
目次
- 名作との対話その3:印象派の画家が生きた時代を読み解く
- 名作との対話その4:巨匠の表現を科学的に読み解く
これだけのラインナップが一挙来日することは、当分ないでしょう。コート―ルド美術館が改修休館中というめったにない機会を活用した展覧会だからです。まるでロンドンの「コート―ルド美術館」に足を運んで鑑賞したように感じられます。めったにない機会をしっかりと活用されることを強くおすすめします。
前半戦を鑑賞しても、世界最高峰の美術研究機関の附属美術館でもあるコート―ルド美術館ならではの展示構成の個性が感じられます。作品が描かれた時代背景や、X線で科学的に分析した筆致の工夫が随所で精緻にパネル開設されています。いつもと違う角度からの鑑賞を通じて、傑作の奥深い魅力に触れることができるよう、しっかりと演出されています。
Twitter中の人の「推しが尊い」⑤
— コートールド美術館展 魅惑の印象派 (@courtauld2019) September 15, 2019
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新機軸ラーニングウォール
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主要作品には「ラーニング(学習)ウォール(壁)」と呼ぶ解説パネルがあります。細部をじっくり読み解けるような仕組みなんです(❀ᴗ͈ˬᴗ͈)⁾⁾ ※許可を得て撮影 pic.twitter.com/ymLEGPhdt6
第2章「時代背景から読み解く」は、19c後半の豊かな生活を楽しむパリ市民にもスポットをあてています。セーヌ県知事オスマンによりパリ市街の大改造が行われ、新しい街並がパリを彩っていくようになります。科学技術の進歩で街灯や電灯が普及し、市民は劇場やカフェで夜の娯楽を楽しむようになります。
そんな都市の繁栄を、印象派の画家たちは科学技術の進歩も取り込んで、見事に描き出しました。。
名作との対話その3:印象派の画家が生きた時代を読み解く
明るく柔らかい表現でパリの人々の日常を描いた印象派を代表する画家として、日本でも高い人気を誇るルノワール。会場内でもひと際人だかりが目立っていました。
【所蔵者公式サイトの画像】 ルノワール「アンブロワーズ・ヴォラールの肖像」コート―ルド美術館
アンブロワーズ・ヴォラールは、20c初頭にルノワール作品を扱った主要な画商の一人です。小さな石膏像を手に取って作品を吟味している様子を、晩年のルノワールがとてもまろやかな趣で描いています。実際のヴォラールは団子鼻で身だしなみに欠けていた人物だったようです。ルノワール・マジックは見事に成功した画商にふさわしい姿に変身させています。
【所蔵者公式サイトの画像】 ルノワール「桟敷席」コート―ルド美術館
「桟敷席」は、見覚えのある方が少なくないでしょう。若き日のルノワールの最高傑作で、1874年の第1回印象派展に出展された作品です。いかにも上流階級に見える輝くような白い肌の女性は、当時のパリの華やかさを象徴しているように感じさせます。
パリの最新のファッションを披露する場であった劇場の桟敷席は、雑誌の挿絵としてよく取り上げられており、市民の憧れの場でした。会場内にはそうした当時の雑誌も展示されており、時代の空気がとてもよく伝わってきます。
第1回印象派展では、桟敷席を初めてモチーフにした作品として人々を驚かせました。当時のルノワールはまだ無名で、高価な桟敷席のチケットを入手することは不可能だったと思われます。後方の安い席から桟敷席を観察して描いたのでしょう。女性はルノワールのお気に入りのモデルで、決して上流階級ではない普通の少女です。
桟敷席というモチーフを思いつき、最新のドレスと宝石で身を包み市井の少女を見事に上流階級に変身させる。ルノワールの才能が具現化した記念碑的な作品と言えるでしょう。
【所蔵者公式サイトの画像】 マネ「フォリー=ベルジェールのバー」コート―ルド美術館
「フォリー=ベルジェールのバー」はマネの最高傑作の一つでもあり、印象派を代表する絵画の一つとしても世界的に著名な作品です。フォリー=ベルジェールは1869年に営業を始めたミュージック・ホールで、世紀末の時代には絶大な人気を博しました。驚くことに2019年現在も営業を続けています。
主役のメイドは画面中央で綺麗な三角形になるように両手をカウンターに置き、客の注文を待っているようです。背景にはショーを楽しむ観客席の様子が電球で明るく照らされています。マネ最後の大作となったこの作品はとても不思議な絵です。背景の描写はよく見ないと気付かないですが、すべて鏡に映った光景です。
右端に描かれた女性の背中はメイドですが、写実的に描くならばメイドの真後ろに描かなければなりません。マネは、メイドの存在を際立たせるためなのか、鏡に映った光景とすぐに気付かれないようにしたかったのか、不自然にメイドの背中を右にずらしています。
フォリー=ベルジェールのバーはマネの晩年、繁栄を謳歌するパリの象徴のようなスポットでした。女性のモデルは実際にバーで働いていたメイドだと考えられてます。大都会パリの普通の若い女性の存在を、都市の生活を楽しむ観客を借景に際立たたせています。
【所蔵者公式サイトの画像】 ヴァトー「ピエロ(ジル)」ルーブル美術館
メイドがまっすぐに正面を見つめる表情は、ロココの扉を開いたヴァトーによってこの作品から150年ほど前に描かれた「ピエロ(ジル)」の表情と重なります。道化師として人々から嘲笑されるピエロ、娼婦ともみなされていたメイド。いずれも社会の底辺で一生懸命生きる人間の生命力や意地を見事に描き出しています。
【所蔵者公式サイトの画像】 マネ「草上の昼食」コート―ルド美術館
出展されているマネ作品では「草上の昼食」も見逃せません。オルセー美術館所蔵の同名作品と比べて、どこか”完成度が低い”印象を受けますがそれもそのはず。完成品のオルセー所蔵作と同時並行で制作された仕上がりを検証するための作品と考えられています。
オルセー所蔵作よりもわずかに背景の空間が広く、明るい印象を受けます。不朽の名作の裏には、画家の不朽の努力が隠されているのです。
展覧会場内の記念撮影コーナー
第3章「素材・技法から読み解く」では、19c後半の印象派とポスト印象派作品の制作を下支えした科学技術の進展にスポットをあて、名画の魅力を読み解いていきます。
名作との対話その4:巨匠の表現を科学的に読み解く
「筆触分割(ひっしょくぶんかつ)」という印象派が編み出したテクニックがあります。色は、光では重なり合うほど白くなりますが、絵の具では逆に重なり合うほど黒くなります。また明るい色と暗い色が並んだ状態で少し離れてみると中間色のようにぼやけて見えます。
印象派の絵はなぜ鮮やかなのか? 絵の具を混ぜないから。これがチコちゃんに叱られない答えです。
19cはこうした色彩理論が確立した時代で、印象派の画家たちは早速絵画表現に取り込みました。できるだけ絵の具の色を混ぜずに、本来の色が持つ鮮やかさをキャンバス上に表現したのです。屋外制作を可能にしたチューブ入り絵の具と色彩理論。印象派の画家たちが豊かになった市民が屋外でのレジャーを楽しむ姿を描くには画期的な科学技術の進歩でした。
【所蔵者公式サイトの画像】 スーラ「舟を塗装する男」コート―ルド美術館
【所蔵者公式サイトの画像】 スーラ「グランド・ジャット島の日曜日の午後」シカゴ美術館
スーラは、筆触分割理論の究極として点描(てんびょう)を完成させた画家として知られています。代表作である「グランド・ジャット島の日曜日の午後」シカゴ美術館とほぼ同時期の1884年頃に描かれた作品ですが、「舟を塗装する男」は点描で描かれていません。スーラが様々な表現にチャレンジしていたことをうかがわせる名品です。
【所蔵者公式サイトの画像】 モディリアーニ「裸婦」コート―ルド美術館
「裸婦」はモディリアーニが数多く残した裸婦像の中でも、最高傑作に位置づけられるでしょう。モディリアーニ特有の”首の引き延ばし”はなく、かなり写実的に描かれています。目を閉じた女性の顔の描写は実に甘美で、背景の蒼い壁がその甘美さをより際立たせています。モディリアーニの才能の原点を感じさせます。
【所蔵者公式サイトの画像】 ゴーガン「ネヴァーモア」コート―ルド美術館
展覧会のフィナーレを締めるのはゴーガンです。「ネヴァーモア」はタヒチ島の女性がヌードでベッドに横たわる構図で描かれていますが、女性美が理想化されているわけでもなく、生々しくもありません。背後に描かれた二人の人物の会話に聞き耳を立てるような女性の目線、窓辺の鳥、暗い描写、全体的にとても謎めいています。
【所蔵者公式サイトの画像】 ゴーガン「我々はどこから来たのか 我々は何者か 我々はどこへ行くのか」ボストン美術館
「ネヴァーモア」は、ゴーガンの最も著名な作品「我々はどこから来たのか 我々は何者か 我々はどこへ行くのか」ボストン美術館と同じ1897年に製作されました。1897年はゴーガンが求めたプリミティブな精神性が最も昇華した頃だったのでしょう。「ネヴァーモア」は、私にとってはゴーガンの不朽の名作です。
会期は12/15まであり、日本美術のように作品の展示替えもありませんが、会期が迫るにつれ混雑が激しくなることは確実なレベルの高い展覧会です。お早めに。
こんなところがあります。
ここにしかない「空間」があります。
ロンドンのミュージアムガイドの決定版
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<東京都台東区>
東京都美術館
特別展
コートールド美術館展 魅惑の印象派
【美術館による展覧会公式サイト】
【主催メディアによる展覧会公式サイト】
主催:東京都美術館、朝日新聞社、NHK、NHKプロモーション
会場:B1F 企画展示室
会期:2019年9月10日(火)~12月15日(日)
原則休館日:月曜日
入館(拝観)受付時間:9:30~17:00(金曜~19:30)
※会期中に展示作品の入れ替えは原則ありません。
※この展覧会は、2020年1月から愛知県美術館、2020年3月から神戸市立博物館、に巡回します。
※この美術館は、コレクションの常設展示を行っていません。企画展開催時のみ開館しています。
◆おすすめ交通機関◆
JR「上野駅」下車、公園口から徒歩7分
東京メトロ・銀座線/日比谷線「上野」駅下車、7番出口から徒歩12分
東京メトロ・千代田線「根津」駅下車、1番出口から徒歩15分
京成電鉄「京成上野」駅下車、正面口から徒歩12分
JR東京駅から一般的なルートを利用した平常時の所要時間の目安:25分
JR東京駅→山手・京浜東北線→上野駅
【公式サイト】 アクセス案内
※この施設には駐車場はありません。
※道路の狭さ、渋滞と駐車場不足により、健常者のクルマによる訪問は非現実的です。
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