気の向くままに

卒寿の私の日々の行動と昔の思い出の掲載です。

こんなことがありました。小田原地区労OB会解散

2023-08-10 16:14:58 | 日記

私が係わっていて2014年5月に歴史を閉じた小田原地区労OB会解散総会時の前事務局長と私の挨拶です。

地区労OB会解散への御挨拶

  前事務局長    伊藤喜代治(㊟OB会発足時から2012年5月迄事務局長)

 最初に故井上一重会長(㊟OB会発足時から2013年12月迄会長)を始め歴代役員、来賓各位に心から感謝の意を表します。

 かって来賓の常連の一人でもあった故露木喜一郎先生(元県評議長・神教組委員長)のご挨拶にあったように”全国唯一”の「地区労OB会」組織を35年間支えて下さった会員各位に改めて御礼と敬意を表します。

 さて、お別れに当たり、小生の地区労に関する著書を自己紹介させて頂きます。

『小田原市史』(全25巻通史編「近現代史」第6章)「戦後労働運動の展開」

『おだわらの歴史』(市史ダイジェスト版 全70項目 市政50周年記念事業小田原市図書館刊、第67項目)「戦後労働運動と小田原地区労」 の2冊です。

 なお、小田原地区労刊の『小田原地方労働小史~地区労25年の歩み~』は、かって県下の古書店では5,000円で販売されておりました。各組合へ地区労解散の折りに在庫を贈呈しています。何かの折りに、目次だけでもご笑覧下されば幸いです。

 皆さんの長い間のお力添を、まことにありがとうございました。 

                    2014年5月1日

小田原地区労OB会第35回定期総会 御中

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

小田原地区労OB会解散にあたって

                   事務局長 野中 美久

 伊藤さんの後任の事務局長となり2年間、会員の皆様のご協力により恙なく過ごさせて頂きありがとうございました。

 私は昭和48年2月に小田原を去り、横浜市内の全電通神奈川通信部分会長をした後、当時の電電公社を昭和54年1月に45歳で退職者し、退職の翌日には労組組織の派遣で電気通信共済会に就職し、仕事をしながら全電通退職者の会(現・NTT労組退職者の会)神奈川支部協議会会長に45歳で就任し爾後30数年3役で活動をしてきました。そして昭和55年5月に小田原地区労OB会が発足し、電電公社退職後の人生は小田原地区労OB会と同時進行でした。小田原地区労OB会の年間の行事であった、総会・新春懇親会には発足総会から解散総会まで毎回出席をしてきました。

 電気通信共済会は平成7年3月に退職し、その後は退職者の会の活動に専念しました。

 又、その間、神奈川高齢・退職者連合(略称・神奈川シニア連合)の事務局次長・事務局長を13年間経験し、神奈川シニア連合の組織拡大などに努力をしてきました。現在も神奈川シニア連合顧問の立場ですが、組織拡大推進委員になっています。

 神奈川シニア連合の会員は現在、約33,500名ですが、10年後には6万人の会員を目標に組織拡大に努めています。今後も皆様の出身組織のOB会組織の立ち上げ、拡大に全力を尽くしますので宜しくご支援・ご協力の程お願い申し上げます。

 

 

コメント    この記事についてブログを書く
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする
« 脊柱管狭窄症から腰の痛み止... | トップ | 戦後78年 戦争体験者の想い »
最新の画像もっと見る

コメントを投稿

日記」カテゴリの最新記事