雄一郎の半生

こんな人生もあるのですね。ノンフィクションの半生記
全ては、書けませんが。。。

悪魔との縁

2021年02月26日 06時00分00秒 | 日記

雄一郎の半生

そんな、毎日が続いて、2階の

スナックで使用するエプロンを

買いに隣街に行った時の事だ。

駅前の立体駐車場に車を止め

下の道路に出た場所に衣料品店が

あった。何気なく店頭に目をやると

エプロンが並んでいた。店の名前の

ついた、エプロンが欲しかったため

オーダーが出来るか?と、思い見て

いたら奥から女の店員が出てきて、

少し時間を頂きますがオーダーも

出来ます。との事だったので、

連絡先を伝えて帰ってきた。

しかし、当時の自分は

女房は実家に出産のため、早々と

帰っており御無沙汰ぎみだ。

そこに、若い女が現れれば、

少しはよろめく。言い訳だが。

 

そんな訳で、後にエプロンが出来たと

連絡が入り、受け取りに行くことに。

なぜか、すし店の休業日に行くことに。

すると、向こうから「彼女いるの?

付き合ってあげようか?」と声をかけ

られて、悪い気はしなかった。

この日から何となしに、付き合うこと

になったのだが、

これが、悪魔との付き合いになる。

 

次回につづく

 


すし店開業したが、、

2021年02月23日 06時00分00秒 | 日記

雄一郎の半生

しかし、母も無謀なことをした

ものだ、故郷に錦をとでも

考えての事なのか、二十歳

そこそこで、腕もない自分が

店主となり、すし屋を田舎に

出しても、儲かるわけがない。

それどころか、一部の村人からは

反感を買う事にもなった。

開店日に取引業者や、友人など

から、花輪が揚げられたが、その

中に、わざと葬儀の黒い花輪を

届けに来た業者がいた。全く

不謹慎な輩もいたものだ。

人は、金を持ち、名声が上がると

寄ってくるものだ、道路向かいの

元学校の先生をしていた、

おばさんも、通りを歩いていると

かなり離れた場所から、頭を下げて

きた。誰に挨拶しているのかと

思ったら自分にだった。しかし、

こういう人はだめになると、

見向きもしなくなるものだ、事実、

後にすし店は転売されるのだが、

そうなると近くでこちらから頭を

下げても、見向きもせず挨拶など

してくれなかった。

そんなものなのだ。

 

話がそれたが、開店当初は、上や下への

大騒ぎ状態が続いたが、暫くすると

閑古鳥が鳴く。段々立ちいかなく

なってくる。それに加えて女房が

妊娠。妊娠したことで、忙しい中

実家に出産日の3か月も早く

里帰りをして実家で出産するという。

「3か月も前からでは、店の手が

足りずに困る」と言っても、女房の

実父もまったく、店の事は考えないで

「早く帰ってこい。」などと言っている

自分は、仕込みや仕入れなどで

1日に3時間ほどの睡眠しかとれずに

板前さんからも、「だんな、時間が

ある時に少し休んで来なよ。」と

言われる事もしばしばだった。

それでも、女房は早々と実家に

戻ってしまった。

店の2階は、割烹の座敷のだが、

少し空いた少ないスペースを利用して、

最初は麻雀店を始める計画があった。

雀卓も何台も購入して、いざ、始めよう

としたら店の許可が下りない。

全く無計画な事をやったものだ。

そして辞めておけば良いものを、

業種を変更してスナックを開店した。

すし店の切り盛りだけでも大変なのに、

すし店が閉店後はスナックをみて、

その後は店員を送りその足で、

市場の駐車場で仮眠をとる。

と言う毎日だった。

 

女房の妹は、看護師をしているが

どうした縁で、自分が学生の時に

陸上のクラブで共に短距離の選手を

していた、いわばライバルで同級生

だった友人と結婚することに。

この友人も両親と3人暮らしで両親の

本当の子供ではなく、親戚筋から

もらわれてきたとの、うわさが以前から

あった。卒業近くになるとライバルと

いうより、親しい友達となっていた。

義妹は、こんなうわさを耳にしたらしく

結婚について戸惑っていた。自分に

うわさについて、聞いてきたときに

「仮に、うわさが本当だとして、誰と

一緒になるんだい?。本人かい?、

うわさかい?」と諭した。

この友人であり、義弟となった友は、

自分の弟の葬儀の時、火葬場で自分の

肩をしっかり抱いてくれるような

優しいところのある男だった。しかし、

残念にも、義妹との間に女の子を

授かって間もなく、20代の半ばで

病死してしまう。

 

次回につづく


すし店を始めるはめに、、

2021年02月19日 06時00分00秒 | 日記

雄一郎の半生

先輩の友人のすし店に勤めて

暫くしたときに、母からこんな

話をされた。「実家の村では

2店舗あったすし店が1店舗に

なった。その店舗は近くの町へ

移転してしまったのでもともと

あった、2店舗があっても営業は

成り立つのではないか」と

要するに、自分にすし店を出せと

言うのである。しかし、自分は

まだまだ、店を持つほどの腕では

ない。20代の前半で店など切り盛り

出来ないと、言ったが、板前さんは

雇うと言う。規模も割烹にすし店、

2階には雀荘もやるらしい。

無茶苦茶なことを考えたものだ。

自分は、最初はやらないと言った。

しかし、母は店を地元に出したくて

仕方がない様子で、資金も用意済み

の様子。仕方なく、出前持ちなら

やっても良いと、伝えたが納得しな

かった。言ったらきかない気性で

当時のあだ名は「ダンプカー」と

皆から呼ばれるほど、頑張り屋

だった。祖父母は反対だった。

自分が、すしの修行が途中で、

まだ若すぎることが理由だ。

母に結局は押されて、

寿司と割烹の店を始めることに

なるのだが、ここからがまた

大変なことになって行く。

 

次回につづく

 


また、すし店で。

2021年02月16日 06時00分00秒 | 日記

雄一郎の半生

弟が事故で死亡してから、仕事も

辞めてしまった。事故の事ばかりを

考えて、何となく毎日が過ぎていた。

そんなある夜に、以前すし店に

勤めていた時に先輩と一緒に

アパート暮らしをしていた

同じくすし職人を目指していた

Nさんが、奥さんらしき女の方と

尋ねてきた。内容は、「こーちゃん

(当時の自分のあだ名)、今は何か

しているん?、もし、良かったら

自分の店を手伝ってもらえないかい?」

と言う。「えっ、何時から店を

開いたんですか?」と言うとあれから

暫くして、同じ市に店を出した

という。自分としては、少し

考えさせてと言おうとしたが、

気心も知れているし仕事も

していないので、勤めさせて

もらうことにした。

その後、店勤めになり、あの時

のように朝早くから、夜遅くまで、

出前や店の清掃、出前の回収。

などなど。

忙しい日々のせいで、弟の事も

少しは考えることも薄らいできた。

 

お店は、店舗の中にあって隣は、

バーだったので、隣からの

お流れ様も多く、ホステスさんと

一緒に来店されるお客さんもいた。

店主の友達やら、店を出す時に

話を通した地元の怖い方も、時々

数人で来ていた。びっくりしたのは

怖い方の一人が、酔った勢いなのか、電球をむしゃむしゃ食べるのを、

みんなの前で得意そうに見せて

いたことだ。電球だけでなく

コップもかじって、食べていた。

これには、ハラハラしたが、

口の中は切れて出血していた。

大丈夫だったのだろうか?

そんな毎日が過ぎて、また、

母は、無茶な計画を言ってきた。

 

 

次回につづく


果ての無い悲しみ

2021年02月12日 06時00分00秒 | 日記

雄一郎の半生

弟は、なぜ事故にあったんだろう

毎日、毎日、事故の事ばかりを

考えていた。事故当日に一緒に

バイクに乗っていた、弟の友達

にも会い、事故の状況を聞いたが、

なぜか弟が運転していたのに、

ヘルメットは後ろの友人に

かぶせていた。という。

「普通は、運転者が被っているの

ではないのか?」と、問うと

「自分達は、後ろに乗っている

人の方が危ないのでみんな、

後ろに乗っている人にヘルメット

をかぶせている。」と言う。しかし、

当然納得がいかない。

ぶつかったトラックの運転手も

事故の示談の事で、家に来たが、

最初は示談なんか、したく

なかった。運転手も「突然飛び

出されて、避け切れなかった。」

と言っており、当時の国道には

路地からの交差点には、止まれの

標識がなかった。標識があれば、

止まったのかも知れなかった。

このことが、知れるのを恐れたのか、

県では事故後に止まれの標識を

急いで立てている。保険会社の

調べで「止まれの標識があったのに

なぜ、止まらなかったのか?」との

問いには、当人はもう死んでいるのに

そんなこと、解かるか?と、頭にきたが

当日は、標識はなかったと事実を

伝えた。

テレビをぼんやり、見ていて弟と

同じ年の子が出ていると、なぜ、

あの子は生きていて、弟は死んだの

だろう。などと思うようになった。

弟の葬儀には、2学年の全員が

お墓まで、お焼香に行ってくれて

長い長い行列が、実家からお墓まで

続いた。後に、女の子が一人、

「△君のお墓はどこですか?」と

近くのお店の方に聞いてお墓に

向かった子が居たらしく、店の人は

「何か、悲しいそうで事故にでも

あったら」と後を追いかけていった。

と、言っていた。

きっと、弟が親しくしていた、

女の子だったのだろう。

こういう話を聞くと一層、悲しみが増した。

 

 

次回につづく