浜矩子「『スカッと』とは縁遠い首相の答弁模様 スカも甚だしすぎる」
連載「eyes 浜矩子」
経済学者で同志社大学大学院教授の浜矩子さんの「AERA」巻頭エッセイ「eyes」をお届けします。時事問題に、経済学的視点で切り込みます。
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「今週もスカッとする原稿をお待ちしております!」。本誌の編集者からメールでその言葉を受け取った。ありがたい激励だ。
ただ現状において「スカッ」の3文字を見ると、どうしても本来の語感とは違うイメージが浮かんでくる。菅義偉首相。すなわち、かのスカノミクス親爺に向かって「お前、スカッ!退場!」と吐き捨てるように筆者が言い飛ばす。その場面を想像してしまう。
そう言えば、彼が首相に就任して間もないころ、本欄では「すがすがしい」という言葉をその正しい意味で使うことが出来なくなった、と嘆いた(2020年10月26日号)。これらの言葉を、気持ちよく使える日々の再来が待ち遠しい。
折しも6月9日、スカノミクス親爺と野党トップとの党首討論が行われた。およそ、本来の語意での「すがすがしさ」とも「スカッと」とも縁遠いスカノミクス親爺の答弁模様。正視に堪えないそのテレビ中継を、必死の忍耐とともに見守った。
そして思った。これは犯罪行為だと。
党首討論といえば、政治家たちにとって、至高の晴れ舞台のはずだ。名優たちによる真剣勝負。知的バトルの最高峰。小気味よく質の高い言葉の応酬。議会制民主主義の舞台を観る側としては、これらを堪能したい。堪能する権利がある。
それなのに、あの誠意のかけらもない話しぶりは、一体、何事か。聞かれたことには答えない。聞かれてもいないことに勝手に答える。いきなり、1964年の東京五輪を持ち出して、当時高校生だった自分がいかに「東洋の魔女」に魅了されたかを語り出す。柔道のヘーシンク選手のスポーツマンシップにいかに酔いしれたかを延々と喋る。
時間稼ぎの無駄話作戦か。そうではなくて、ひょっとすると、感動を呼び起こすつもりだったのか。そうだとすれば、スカも甚だしすぎる。
「いま命をリスクにさらしてまでオリンピックを開催しなければならない理由」を聞きたい。日本共産党の志位和夫委員長がこう問いただした。だが、答えは全くなかった。スカノミクスのスカを裏返せば、カスになる。上から読んでも下から読んでも、救いようがない。退場!
浜矩子(はま・のりこ)/1952年東京都生まれ。一橋大学経済学部卒業。前職は三菱総合研究所主席研究員。1990年から98年まで同社初代英国駐在員事務所長としてロンドン勤務。現在は同志社大学大学院教授で、経済動向に関するコメンテイターとして内外メディアに執筆や出演
※AERA 2021年6月21日号