コメが各地で品薄状態となり、価格が高騰している。ほぼ100%国産なのに、なぜこんな状況に陥っているのか。元農水官僚の山下一仁・キヤノングローバル戦略研究所研究主幹に「令和の米騒動」の内幕を尋ねると、消費者をないがしろにしたコメ政策の実態が見えてきた。【聞き手・宇田川恵】
凶作ではなかった
――コメの品薄や価格高騰はなぜ起きているのですか。
昨年の猛暑による不作やインバウンド(訪日外国人)の増加でコメの消費が増えたためだと言われていますが、両方とも主な原因ではありません。
そもそも2023年産米の場合、コメの出来具合を示す「作況指数」は101で平年並みでした。「平成の米騒動」を招いた1993年産米の作況指数は74。23年産は特に高品質のコメが不作で、消費者が欲しがるコメが減ったからだとの見方もありますが、凶作だったわけではありません。
一方、インバウンドの消費増もそれほど大きいとは言えません。月約300万人の訪日客が日本に1週間滞在し、日本人並みにコメを朝昼晩食べると仮定しても、その消費量は全体のわずか0.5%程度。実際にはコメを3食とる訪日客は多くはなく、消費量はもっと少ないはずです。
50年以上も続く仕組み
――では、大きな要因は何だと?
コメが不足しているのは減反政策のせいですよ。減反というのは、コメの生産を減らして、市場価格を上げる政策です。コメ農家が麦や大豆など他の作物に転作すれば、国が補助金を出す仕組みです。日本はこれを50年以上も続けているのです。
コメ以外のパンやパスタなどの消費が増える中、従来と同じ量のコメを作っていたら、余って価格が下落してしまう。そうならないよう、年々生産を減らし、最近では水田の約4割を減反して6割しか使わず、ピーク時の1445万トンの半分以下の生産に抑えています。
ギリギリの生産態勢でやり繰りしているから、訪日客の消費が少し増えるなど、ささいな需要の変動があるだけで、あっという間に品薄状態となり、価格が高騰してしまう。それが今、足元で起きていることの本質です。
安倍政権の「減反廃止」は誤解を招く
――そもそも減反政策は18年、当時の安倍晋三政権が廃止したはずですが。
あれは安倍政権のごまかしです。廃止したのはコメの「生産数量目標」だけで、生産を減らせば補助金を出すという減反政策の本丸は残したままです。実際、私は当時、農水省の関係者に「本当に減反を廃止するのか」と聞いたら、「とんでもない。減反廃止なんて我々は一言も言っていませんよ」と言い切っていました。
当時の官邸は、「減反廃止」と打ち出すことで、改革色をアピールし、政権浮揚に利用しようとしたのでしょう。実際に国民の受けは良かったので、安倍政権は気を良くし、減反廃止と言い続けたのです。
抗議は起こらなかった
――国民は目くらましされた。
本当に減反を廃止したのなら、コメの生産は増えて、価格はどんと下がり、農家から大変な抗議運動が起きたはずです。コメは安くなりましたか?それどころか今、価格が上がって騒動になっているわけですよね。
日本のように、減反をこれほど長く続けている国は他にありません。米国や欧州連合(EU)も、過剰になったとき一時的に減反を導入し、価格を維持しようとしたことはありました。しかし今はみんなやめている。減反するより、たくさん作って輸出した方がメリットは大きいと知っているからです。
日本も減反政策を完全に廃止し、どんどんコメを作って本格的に輸出に乗り出すべきなのです。食料自給率も上がります。
コメのロールスロイス
――日本のコメは国際的な競争力があるのでしょうか。
世界一おいしいコメなのに、なぜもっと輸出しないのか、と世界中の人が言っていますよ。よく日本の農業関係者は「タイ産米などの安価なコメにはかなわない」と言いますが、間違いです。自動車に高級車と低級車があるように、様々なコメがあります。高級車は高い価格をつけても低級車に負けません。
日本のコメは、コメのロールスロイスとして売ればいいわけで、安価なコメと競争する必要はない。適度な価格をつければいくらでも売れます。実際、米カリフォルニアでは今、同州産のコシヒカリが日本のスーパーより高い値段で売れています。
ひどい政策
――コメ離れが深刻とされますが、生産量が増えて、値段が下がればもっと食べるはずですね。
その通りで、減反というのはまったくひどい政策です。生産を減らすための補助金に年間3000億円超も支出し、わざわざ米価を高くして、消費者の負担を増やしているのです。例えば医療分野なら、国民の医療費負担を軽くするために財政から支出しますが、減反はその逆。税金を使って消費者を苦しめている。
また、減反政策のせいで、コメの単位面積当たりの収穫量である「単収」を増やす品種改良は止められています。今や、単収で比べると、カリフォルニアのコメは日本の1.6倍、かつて日本の半分しかなかった中国のコメは日本を上回っています。
減反は消費者のためにも、農業のためにもなっていません。価格が下がって困る主業農家には、欧米のように財政から直接支払いを行えばよいのです。
食料安全保障のために生産量の増加が必要
――コメは日本で唯一、ほぼ国産できる穀物です。食料安全保障の観点からも、生産を増やすことは重要です。
コメの年間生産量は現在、700万トン弱ですが、減反を止め単収の高いコメに変えれば、1700万トンを生産する実力はあります。1700万トン作って、1000万トンを輸出に回せば、安全保障上のメリットは大きい。例えば、台湾有事などで海上封鎖され、輸出入が閉ざされたとしたら、輸出していた1000万トンを国民の食料に回すことができるからです。輸出はいざという時の備蓄の役割を果たします。各国はみんなそれが分かっていて、食料政策を進めています。戦前農林省の減反案を潰したのは陸軍省です。
品不足と価格高騰が再発する可能性
――今回のようなコメの品薄や価格高騰は今後も起こるでしょうか。
減反政策を続ける限り、同じような事態は繰り返されます。消費のささいな動きでコメはすぐ品薄となり、価格高騰につながるという環境は変わらないからです。
今、世界最大のコメの輸出国はインドで、年間約1000万~2000万トンを輸出しています。もし日本が減反を完全に廃止して1000万トンを輸出するようになれば、世界最大規模のコメ供給国となり、世界の食料安全保障にも貢献できます。そんなチャンスがあるのに見向きもせず、日本はいつまで国内の米価を高く維持することだけに注力するつもりなのでしょうか。
(参考;管理人:wikipedeia
山下 一仁(やました かずひと、1955年 - )は、日本の農政アナリスト、経済学者。
元農水官僚で、農業に関わる利権問題などを取り上げた著書を新書などで多く刊行している。博士(農学)。現在は、一般財団法人キヤノングローバル戦略研究所研究主幹、独立行政法人経済産業研究所上席研究員(非常勤)。剣道四段。
2008年に農林水産省を退職。日本農政のアナリストとして調査・執筆活動をしている。
年譜
- 岡山県に出生。
- 1977年(昭和52年)- 東京大学法学部卒業・農林省入省。
- 1982年(昭和57年)- ミシガン大学において行政学修士及び応用経済学修士を取得。
- 1994年(平成6年)- 4月22日、農林水産省経済局国際部国際経済課ガット室長[1]
- 1995年(平成7年)- 2月16日、農林水産省経済局国際部国際経済課付[2]
- 1998年(平成10年)- 7月21日、農林水産省大臣官房付[4]
- 8月4日、農林水産省構造改善局農政部地域振興課長[5]
- 2001年(平成13年)- 1月6日、食糧庁総務部総務課長[6]
- 2002年(平成14年)- 4月1日、農林水産省大臣官房参事官((併)総合食料局国際部)[7]
- 10月23日、第14回アジア太平洋経済協力閣僚会議日本政府代表随員(11月7日まで)[8]
- 2003年(平成15年)- 7月1日、農林水産省大臣官房付[9]
- 2005年(平成17年)- 12月22日、「国際農産物貿易規律の形成と農政の政治経済分析」により東京大学博士(農学)を授与される(論文博士)
- 2006年(平成18年)- 8月1日、農林水産省農村振興局整備部長[11]
- 2007年(平成19年)- 1月5日、農林水産省農村振興局次長[12]
- 2008年(平成29年)- 3月31日、農林水産省辞職[13]、経済産業研究所上席研究員。
- 2010年キヤノングローバル戦略研究所研究主幹