「はー、はー、はー、はー」
7月のとある木曜日の朝、6:20頃、僕は自転車で、鎌倉は、建長寺の坂をひとりで登っていた。
「はー・・・よし、ここからUターンだ・・・華厳寮に帰ろう・・・」
と、僕は建長寺の坂を登り切ると、今度は逆戻りで、寮に戻っていく・・・。
「はー・・・走った走った・・・」
僕は寮に戻ると、シャワーを浴び、汗をかいたトレーニングウェアを洗濯機にぶち込み、部屋着に着替えて、203号室へ戻った。
ガオは出張に出ていて、イズミは朝からタバコを吸っていた。
「おはよう・・・パパ、ひとりで走っているんだって?」
と、イズミが聞く。
「ああ、りっちゃん、また、出張だって・・・8月末にならないと帰れないって言うから・・・」
と、僕は言う。
「リッちゃんの為の朝の自転車なのにな・・・ま、パパは理由があるから、いいんだろうけど」
と、イズミは僕がアイリの為に走っていることを理解している。
「まあ、そうだな・・・」
と、僕が言うと、
「ふ。パパ、今、アイリさんのこと、思い出してるだろ・・・朝から、さわやかな笑顔しちゃって・・・」
と、苦笑するイズミ。
「パパがうらやましいよ・・・恋人は人生を変えるって言うけど、パパを見てると、それがよくわかるよ」
と、イズミは言う。
「イズミ・・・お前、この間から、少し変だぞ・・・ひとのことをうらやましい・・・なんて、口が裂けても言わないお前が・・・」
と、僕が言うと、
「ん・・・ああ・・・さすがに友人の心情を見抜くのは鋭いな、パパは・・・」
と、イズミは言う。
「どういうことなんだ?」
と、僕が言うと、
「最近、愛とうまく行ってないんだ。少し歯車がきしみ始めている・・・そんな感じでね・・・」
と、イズミはしれっと言う。
「なにかとわがままを言い始めている・・・女性が今の関係に満足していない時に出てくる、よくある症状だよ・・・」
と、イズミは女性心理をしっかりと理解している。
「愛ちゃん・・・何に満足していないんだろ?」
と、僕がイズミに振ると、
「俺はどちらかと言うと、猫みたいなタイプだからな。楽しい時にはやさしくなるが・・・雰囲気がよくないと逃げ出す癖がある・・・それに満足してないんだろ」
と、イズミはちゃんと自分の事を分析している。
「ふーん、それを治すことは、出来ないの?」
と、僕がイズミに聞くと、
「癖は治すこと、出来ないだろ?」
と、イズミはタバコの煙を吐き出しながら、しれっと言う。
「ガオみたいに、「俺についてこいよ。楽しいもの見せてやるぜ」っていうタイプではない」
と、イズミは言う。
「パパみたいに、少年のように、女性から可愛がられるタイプでもない」
と、イズミは言う。
「俺は猫なんだ・・・楽しい時に楽しくして、辛い時はさっさと逃げ出すんだ。いいとこ取りしか、しないタイプなんだ」
と、イズミは言う。
「そういう意味じゃ、ガオは愛するタイプ。パパは愛されるタイプなんだよな。どちらも女性の固定ファン層がいる」
と、イズミは言う。
「イズミはプレイボーイ・タイプだろ。多くの女性から愛され、あこがれられ・・・好きな女を手当たり次第・・・見方を変えれば、そういうことなんじゃないの?」
と、僕が言うと、
「ポジティブに見ればね・・・でも、物事には必ずオモテとウラがある。僕をウラ的に見れば・・・責任を決してとらない、逃げ出し男さ・・・」
と、イズミは言って笑う。
「今はこれでいいと思っている。パパはアイリさんを心から愛しているだろ?俺はまだ、こころから愛せるおんなに出会っていない・・・」
と、イズミは辛辣に言う。
「え?愛ちゃんは、その程度のおんななの?イズミにとってさー」
と、僕が言うと、
「うん。今までつきあってきたおんな達と、さほど、変わらない・・・僕自身が「変わらなければ!」と思えるような、おんなでは・・・まだないね」
と、イズミは素直に言う。
「ふーん・・・そういうもんか・・・じゃあ、イズミは、本物のおんなを探す旅に出ている・・・そういうことなの?」
と、僕が言うと、
「そうだな・・・俺自身が「変わらなければ!」と思えるような女に出会う為の・・・それまでの長い旅を旅しているような、そんな感じかな・・・」
と、イズミはタバコを吸いながら、しれっと答える。
「そういうイズミの思いを、愛ちゃんが感じてるから、わがままを言って、反応を見ようとしているんじゃない?愛ちゃん」
と、僕が言うと、
「うん。それはそうかもしれないな・・・となると、そろそろ、別れドキ・・・ということになるんだけど・・・俺の中では、ね」
と、イズミは言う。
「ふーん・・・イズミの恋愛観って、俺とは違うな・・・まあ、そんなに焦らなくても、恋人は簡単に出来るイズミだから、こその・・・恋愛感なんだろうな」
と、僕が言うと、
「いいか、悪いかは、別としてね」
と、しれっと笑うイズミ。
「ガオはあの性格だろ。女を強く守ってやるぞタイプ。だから、モテる。パパは真逆で、真面目で素直な少年タイプだから、女性が思わず守ってやりたくなるタイプ。だから、固定層がいる」
と、イズミは解説する。
「ガオもパパも、真面目ってところが味噌でさ、責任感が強いんだよな。だから、女性は安心して尽くすのさ」
と、イズミは説明する。
「それに対して俺は、女性に真面目じゃない・・・むしろ憎んでいるところさえ、あるんだ・・・だから、女性に対して真面目になれない・・・だから、自然、一回の恋愛が短くなる」
と、イズミは言う。
「あのさ・・・イズミは、なんで、おんなを憎んだりしているの?イズミのどんな過去が、お前をそうさせているんだ?」
と、僕が聞くと、
「そうか。パパには・・・まあ、ガオにもだけど、話していなかったな、その話は・・・」
と、イズミは言う。
「まあ、難しい話ではないんだ。オレの母親、オレが中学1年生の時に、オレと父親を捨てて、男と逃げたのさ。それだけのことさ」
と、イズミはしれっと言う。
「俺の家庭はごく普通の家庭だった。親父は長野のホテルマンできっちりとして真面目な人間だった。母親は、そんな父と見合いで結婚したんだが・・・」
と、イズミは説明する。
「けっこう綺麗な母親だった。父親のいるホテルのレストランで働き出したんだが、母親の綺麗さが話題になって、客が増えたりしたんだ、そうだ」
と、イズミは言う。
まあ、イズミのイケメンぶりを思えば、その母親の美しさというのも、ある程度想像がつく。
「そしたら、母親は自分に自信過剰になっていったんだろうな。真面目だけがとりえの父親と喧嘩が増えて・・・そのうち、レストランの客だった若い男と逃げたんだ」
と、イズミはしれっと言う。
「それから地獄だったな。俺は早く独立したくて、勉強して中王大学に入学したんだ。父との同居を解消したくて、とにかく逃げるように東京に出た」
と、イズミは言う。
「それから、俺がイケメンであることが、女性を惑わすことを知った。俺は母親が憎かった。だから、その面影を利用して、女性に復讐してやろうと思ったのさ」
と、イズミは言う。
「だから、俺は、未だに女性に復讐し続けているのかもしれない。女性を惑わしてから、冷たくすることで、ね」
と、イズミは語った。
「そんな話があったのか・・・そんな背景が・・・」
と、僕が少し唖然とすると、
「その話がわかりゃあ、俺の行動の意味・・・パパなら読めるだろ、簡単に」
と、イズミはけろりとしている。
「確かに・・・イズミの行動のウラには、女への復讐心が色濃く見える・・・逃げるというのは、復讐だったんだな」
と、僕が言うと、
「ああ・・・多分、俺の中では、まだ、母親への復讐は、終わっていないんだと思う・・・それが終わった時にこそ、俺は変われる・・・今は、そう思っている」
と、イズミは少し晴れやかな顔で、僕に言う。
「人に歴史ありって、ほんとのことなんだな」
と、僕が言うと、
「まあな。俺もただ、生きてきただけじゃないんだ」
と、タバコを美味そうに吸う、イズミ。
「よし、そろそろ、朝飯いくか?」
と、僕が誘うと、
「了解」
と、立ち上がるイズミ。
お互い、朝の仕事が待っていた。
(つづく)
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7月のとある木曜日の朝、6:20頃、僕は自転車で、鎌倉は、建長寺の坂をひとりで登っていた。
「はー・・・よし、ここからUターンだ・・・華厳寮に帰ろう・・・」
と、僕は建長寺の坂を登り切ると、今度は逆戻りで、寮に戻っていく・・・。
「はー・・・走った走った・・・」
僕は寮に戻ると、シャワーを浴び、汗をかいたトレーニングウェアを洗濯機にぶち込み、部屋着に着替えて、203号室へ戻った。
ガオは出張に出ていて、イズミは朝からタバコを吸っていた。
「おはよう・・・パパ、ひとりで走っているんだって?」
と、イズミが聞く。
「ああ、りっちゃん、また、出張だって・・・8月末にならないと帰れないって言うから・・・」
と、僕は言う。
「リッちゃんの為の朝の自転車なのにな・・・ま、パパは理由があるから、いいんだろうけど」
と、イズミは僕がアイリの為に走っていることを理解している。
「まあ、そうだな・・・」
と、僕が言うと、
「ふ。パパ、今、アイリさんのこと、思い出してるだろ・・・朝から、さわやかな笑顔しちゃって・・・」
と、苦笑するイズミ。
「パパがうらやましいよ・・・恋人は人生を変えるって言うけど、パパを見てると、それがよくわかるよ」
と、イズミは言う。
「イズミ・・・お前、この間から、少し変だぞ・・・ひとのことをうらやましい・・・なんて、口が裂けても言わないお前が・・・」
と、僕が言うと、
「ん・・・ああ・・・さすがに友人の心情を見抜くのは鋭いな、パパは・・・」
と、イズミは言う。
「どういうことなんだ?」
と、僕が言うと、
「最近、愛とうまく行ってないんだ。少し歯車がきしみ始めている・・・そんな感じでね・・・」
と、イズミはしれっと言う。
「なにかとわがままを言い始めている・・・女性が今の関係に満足していない時に出てくる、よくある症状だよ・・・」
と、イズミは女性心理をしっかりと理解している。
「愛ちゃん・・・何に満足していないんだろ?」
と、僕がイズミに振ると、
「俺はどちらかと言うと、猫みたいなタイプだからな。楽しい時にはやさしくなるが・・・雰囲気がよくないと逃げ出す癖がある・・・それに満足してないんだろ」
と、イズミはちゃんと自分の事を分析している。
「ふーん、それを治すことは、出来ないの?」
と、僕がイズミに聞くと、
「癖は治すこと、出来ないだろ?」
と、イズミはタバコの煙を吐き出しながら、しれっと言う。
「ガオみたいに、「俺についてこいよ。楽しいもの見せてやるぜ」っていうタイプではない」
と、イズミは言う。
「パパみたいに、少年のように、女性から可愛がられるタイプでもない」
と、イズミは言う。
「俺は猫なんだ・・・楽しい時に楽しくして、辛い時はさっさと逃げ出すんだ。いいとこ取りしか、しないタイプなんだ」
と、イズミは言う。
「そういう意味じゃ、ガオは愛するタイプ。パパは愛されるタイプなんだよな。どちらも女性の固定ファン層がいる」
と、イズミは言う。
「イズミはプレイボーイ・タイプだろ。多くの女性から愛され、あこがれられ・・・好きな女を手当たり次第・・・見方を変えれば、そういうことなんじゃないの?」
と、僕が言うと、
「ポジティブに見ればね・・・でも、物事には必ずオモテとウラがある。僕をウラ的に見れば・・・責任を決してとらない、逃げ出し男さ・・・」
と、イズミは言って笑う。
「今はこれでいいと思っている。パパはアイリさんを心から愛しているだろ?俺はまだ、こころから愛せるおんなに出会っていない・・・」
と、イズミは辛辣に言う。
「え?愛ちゃんは、その程度のおんななの?イズミにとってさー」
と、僕が言うと、
「うん。今までつきあってきたおんな達と、さほど、変わらない・・・僕自身が「変わらなければ!」と思えるような、おんなでは・・・まだないね」
と、イズミは素直に言う。
「ふーん・・・そういうもんか・・・じゃあ、イズミは、本物のおんなを探す旅に出ている・・・そういうことなの?」
と、僕が言うと、
「そうだな・・・俺自身が「変わらなければ!」と思えるような女に出会う為の・・・それまでの長い旅を旅しているような、そんな感じかな・・・」
と、イズミはタバコを吸いながら、しれっと答える。
「そういうイズミの思いを、愛ちゃんが感じてるから、わがままを言って、反応を見ようとしているんじゃない?愛ちゃん」
と、僕が言うと、
「うん。それはそうかもしれないな・・・となると、そろそろ、別れドキ・・・ということになるんだけど・・・俺の中では、ね」
と、イズミは言う。
「ふーん・・・イズミの恋愛観って、俺とは違うな・・・まあ、そんなに焦らなくても、恋人は簡単に出来るイズミだから、こその・・・恋愛感なんだろうな」
と、僕が言うと、
「いいか、悪いかは、別としてね」
と、しれっと笑うイズミ。
「ガオはあの性格だろ。女を強く守ってやるぞタイプ。だから、モテる。パパは真逆で、真面目で素直な少年タイプだから、女性が思わず守ってやりたくなるタイプ。だから、固定層がいる」
と、イズミは解説する。
「ガオもパパも、真面目ってところが味噌でさ、責任感が強いんだよな。だから、女性は安心して尽くすのさ」
と、イズミは説明する。
「それに対して俺は、女性に真面目じゃない・・・むしろ憎んでいるところさえ、あるんだ・・・だから、女性に対して真面目になれない・・・だから、自然、一回の恋愛が短くなる」
と、イズミは言う。
「あのさ・・・イズミは、なんで、おんなを憎んだりしているの?イズミのどんな過去が、お前をそうさせているんだ?」
と、僕が聞くと、
「そうか。パパには・・・まあ、ガオにもだけど、話していなかったな、その話は・・・」
と、イズミは言う。
「まあ、難しい話ではないんだ。オレの母親、オレが中学1年生の時に、オレと父親を捨てて、男と逃げたのさ。それだけのことさ」
と、イズミはしれっと言う。
「俺の家庭はごく普通の家庭だった。親父は長野のホテルマンできっちりとして真面目な人間だった。母親は、そんな父と見合いで結婚したんだが・・・」
と、イズミは説明する。
「けっこう綺麗な母親だった。父親のいるホテルのレストランで働き出したんだが、母親の綺麗さが話題になって、客が増えたりしたんだ、そうだ」
と、イズミは言う。
まあ、イズミのイケメンぶりを思えば、その母親の美しさというのも、ある程度想像がつく。
「そしたら、母親は自分に自信過剰になっていったんだろうな。真面目だけがとりえの父親と喧嘩が増えて・・・そのうち、レストランの客だった若い男と逃げたんだ」
と、イズミはしれっと言う。
「それから地獄だったな。俺は早く独立したくて、勉強して中王大学に入学したんだ。父との同居を解消したくて、とにかく逃げるように東京に出た」
と、イズミは言う。
「それから、俺がイケメンであることが、女性を惑わすことを知った。俺は母親が憎かった。だから、その面影を利用して、女性に復讐してやろうと思ったのさ」
と、イズミは言う。
「だから、俺は、未だに女性に復讐し続けているのかもしれない。女性を惑わしてから、冷たくすることで、ね」
と、イズミは語った。
「そんな話があったのか・・・そんな背景が・・・」
と、僕が少し唖然とすると、
「その話がわかりゃあ、俺の行動の意味・・・パパなら読めるだろ、簡単に」
と、イズミはけろりとしている。
「確かに・・・イズミの行動のウラには、女への復讐心が色濃く見える・・・逃げるというのは、復讐だったんだな」
と、僕が言うと、
「ああ・・・多分、俺の中では、まだ、母親への復讐は、終わっていないんだと思う・・・それが終わった時にこそ、俺は変われる・・・今は、そう思っている」
と、イズミは少し晴れやかな顔で、僕に言う。
「人に歴史ありって、ほんとのことなんだな」
と、僕が言うと、
「まあな。俺もただ、生きてきただけじゃないんだ」
と、タバコを美味そうに吸う、イズミ。
「よし、そろそろ、朝飯いくか?」
と、僕が誘うと、
「了解」
と、立ち上がるイズミ。
お互い、朝の仕事が待っていた。
(つづく)
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