今日はなにの日で調べると、今日(5月17日)は、「聖マドロンの祝日」だとある。
そして、「苦痛の緩和」の守護聖人だというのであるが、それ以上のことは書いていないのでよくわからない。ネットで検索しても、それ以上のことを書いているものはない。
ただ、聖者の事典: 紀伊國屋書店BookWebを、見ると、"聖バレンタイン、サンタ・クロースなど、いにしえの時代から現代まで、神と人間をつなぐ存在である彼らの信仰や伝説、役割を紹介する。”とあり、本の目次「第1章 人生における場面」の紹介の中に、”[愛]バレンタイン/[父性・家族]ヨセフ/[母性]聖母マリア/〔自己判断]ネポムクのヤン・ヨハネ/[慈善行為]ビンセンチウス・ア・パウロ/[物事の早期解決]エクスペティトゥス/[挫折]ユダ/[長寿]ペテロ/[苦痛の緩和]マドロン/[旅の安全]クリストフォロス/[安全運転]ローマのフランチェスカ/[海上での安全]パオラのフランチェスコ/[人種間の調和]マルティン・デ・ポレス/[先住民の権利]トリビウス/[先住民の伝統]パラグアイの殉教者たち”・・・の名がある。
又、その他、365日の守護聖人(ローマ・カトリック教会の聖人暦)にも、5月17日の聖者として、の「聖 マドロン(Saint Madron )」が名前を連ねており、西洋ではよく知られている聖者なのであろう。聖 マドロンを、Saint Madron として、英語で検索すると、英文での紹介は見られる。どうやら、紀元前540年頃、コーンウォール(イギリス)にいた僧か隠者で、紀元前540年代に ランズ・エンドの近くで亡くなったらしい。そして、同地域で聖なる人として尊敬されているようである。そこには、彼が治療のために使ったと考えられる井戸があるようだ。もし興味があるなら検索して見られると良い。
フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』によれば、キリスト教では聖人という語は、神によって聖とされた信徒を指し、「聖人」は生きている人にもすでにこの世を去った人にもあてはめられ、世界の多くの宗教で同じような概念があるとして、日本布教の際「Saint」を聖人と翻訳した。中国の儒教における聖人は、過去の偉大な統治者を指し、政治指導者としてだけではなく、道徳の体現者としても理想とされる人物である。また、日本の仏教ではその宗派の宗祖に対する敬称として、一般的な上人ではなく、法然 や親鸞 、日蓮 などのように、聖人(しょうにん)という敬称を付する場合がある。キリスト教徒も聖人を崇拝(拝むこと)しているわけではなく、聖人を崇敬(うやまう)しているのであって、神への信仰と聖人への敬意はまったく別レベルのものである。この聖人崇敬において重要な概念に、守護聖人の考えがある。これは伝統的教会において存在する考え方で、個人のほか、特定の団体や地域に対してある聖人が特別な加護を与えているという概念であり、一般に、洗礼名をそれによってつけた聖人を、個人の守護聖人とする。カトリック教会の伝統において、さまざまな職業や地域に守護聖人がいるが、それなりに縁のある聖人が選ばれており、たとえば聖ヒエロニムスは聖書をヘブライ語からラテン語へ翻訳したことから、通訳の守護聖人。また、聖女アポロニアは殉教時の拷問で歯を抜かれたことから、歯科医の守護聖人になっており、時にはその結びつきの理由がよくわからないもの、たとえば、セビリアのイシドロという聖人はコンピュータ関係職業の守護聖人になっているが、理由はよくわからないそうだ。守護聖人の思想は古くからあるが、プロテスタントの諸教会やロシア以外の東方教会では聖人を職業や活動に結び付けることは一般的にはないようだ。日本の守護聖人は、カトリック教会でのフランシスコ・ザビエルや聖母マリアなどがいる。ま、これだけ色々な聖人がいると、何でも望みが叶うのではないかな???。今回、調べてみて、本当に色々なタイプの多くの守護聖人が存在していることがわかった。
私は、今まで、大きな病気をしたことがない。それだけに、「痛い」のに弱い。「苦痛の緩和」の守護聖人の名前はよく覚えておこう!
(画像は「聖者の事典 」著者: エリザベス・ハラム)
参考:
守護聖人 - Wikipedia
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%AE%88%E8%AD%B7%E8%81%96%E4%BA%BA
聖者の事典: 紀伊國屋書店BookWeb
http://bookweb.kinokuniya.co.jp/htm/4760113843.html
365日の守護聖人(ローマ・カトリック教会の聖人暦)
http://scjb.raindrop.jp/patron_saint.html
そして、「苦痛の緩和」の守護聖人だというのであるが、それ以上のことは書いていないのでよくわからない。ネットで検索しても、それ以上のことを書いているものはない。
ただ、聖者の事典: 紀伊國屋書店BookWebを、見ると、"聖バレンタイン、サンタ・クロースなど、いにしえの時代から現代まで、神と人間をつなぐ存在である彼らの信仰や伝説、役割を紹介する。”とあり、本の目次「第1章 人生における場面」の紹介の中に、”[愛]バレンタイン/[父性・家族]ヨセフ/[母性]聖母マリア/〔自己判断]ネポムクのヤン・ヨハネ/[慈善行為]ビンセンチウス・ア・パウロ/[物事の早期解決]エクスペティトゥス/[挫折]ユダ/[長寿]ペテロ/[苦痛の緩和]マドロン/[旅の安全]クリストフォロス/[安全運転]ローマのフランチェスカ/[海上での安全]パオラのフランチェスコ/[人種間の調和]マルティン・デ・ポレス/[先住民の権利]トリビウス/[先住民の伝統]パラグアイの殉教者たち”・・・の名がある。
又、その他、365日の守護聖人(ローマ・カトリック教会の聖人暦)にも、5月17日の聖者として、の「聖 マドロン(Saint Madron )」が名前を連ねており、西洋ではよく知られている聖者なのであろう。聖 マドロンを、Saint Madron として、英語で検索すると、英文での紹介は見られる。どうやら、紀元前540年頃、コーンウォール(イギリス)にいた僧か隠者で、紀元前540年代に ランズ・エンドの近くで亡くなったらしい。そして、同地域で聖なる人として尊敬されているようである。そこには、彼が治療のために使ったと考えられる井戸があるようだ。もし興味があるなら検索して見られると良い。
フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』によれば、キリスト教では聖人という語は、神によって聖とされた信徒を指し、「聖人」は生きている人にもすでにこの世を去った人にもあてはめられ、世界の多くの宗教で同じような概念があるとして、日本布教の際「Saint」を聖人と翻訳した。中国の儒教における聖人は、過去の偉大な統治者を指し、政治指導者としてだけではなく、道徳の体現者としても理想とされる人物である。また、日本の仏教ではその宗派の宗祖に対する敬称として、一般的な上人ではなく、法然 や親鸞 、日蓮 などのように、聖人(しょうにん)という敬称を付する場合がある。キリスト教徒も聖人を崇拝(拝むこと)しているわけではなく、聖人を崇敬(うやまう)しているのであって、神への信仰と聖人への敬意はまったく別レベルのものである。この聖人崇敬において重要な概念に、守護聖人の考えがある。これは伝統的教会において存在する考え方で、個人のほか、特定の団体や地域に対してある聖人が特別な加護を与えているという概念であり、一般に、洗礼名をそれによってつけた聖人を、個人の守護聖人とする。カトリック教会の伝統において、さまざまな職業や地域に守護聖人がいるが、それなりに縁のある聖人が選ばれており、たとえば聖ヒエロニムスは聖書をヘブライ語からラテン語へ翻訳したことから、通訳の守護聖人。また、聖女アポロニアは殉教時の拷問で歯を抜かれたことから、歯科医の守護聖人になっており、時にはその結びつきの理由がよくわからないもの、たとえば、セビリアのイシドロという聖人はコンピュータ関係職業の守護聖人になっているが、理由はよくわからないそうだ。守護聖人の思想は古くからあるが、プロテスタントの諸教会やロシア以外の東方教会では聖人を職業や活動に結び付けることは一般的にはないようだ。日本の守護聖人は、カトリック教会でのフランシスコ・ザビエルや聖母マリアなどがいる。ま、これだけ色々な聖人がいると、何でも望みが叶うのではないかな???。今回、調べてみて、本当に色々なタイプの多くの守護聖人が存在していることがわかった。
私は、今まで、大きな病気をしたことがない。それだけに、「痛い」のに弱い。「苦痛の緩和」の守護聖人の名前はよく覚えておこう!
(画像は「聖者の事典 」著者: エリザベス・ハラム)
参考:
守護聖人 - Wikipedia
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%AE%88%E8%AD%B7%E8%81%96%E4%BA%BA
聖者の事典: 紀伊國屋書店BookWeb
http://bookweb.kinokuniya.co.jp/htm/4760113843.html
365日の守護聖人(ローマ・カトリック教会の聖人暦)
http://scjb.raindrop.jp/patron_saint.html