備忘録として

タイトルのまま

Inferno

2017-02-25 22:51:38 | 映画

トム・ハンクス主演『ダ・ビンチ・コード』の3作目は、ダンテの神曲の地獄篇からとった『Inferno』だった。1月に観た『The Sea of Trees』には煉獄が出てきたのでダンテづいてる。映画の筋は超要約すると、大きな目的のためには細菌兵器を使った大量殺人も辞さないという狂信者にトム・ハンクス扮するラングドン教授が利用され、危ういところでWHOとともに阻止するというものである。悪者が誰か?という謎を終盤まで明かさず聴衆を引っ張る手法は2作目『天使と悪魔』と同じだった。前2作と同じく展開が単純で深みがなく、次から次と出てくるイタリアの歴史上の人物、文化宗教遺産、絵画を楽しむ映画だった。それは1作目『ダ・ビンチ・コード』も同じで、映画の展開よりも、マグダラのマリアとキリストの磔から復活までを知ることができたほうに意義があった。下は、左より1作目、2作目、3作目のポスター(IMDbより)

下の映画の場面(IMDb)は順に、ボッチチェリの『地獄の図』、フィレンツェのウフィッチ美術館、ダンテのデスマスク、ヴェネチアのサンマルコ広場

 上でラングドン教授が見上げるボッチチェリの『地獄の図』には狂信者が残した”The truth can be glimpsed only through the eye of death.(真実は死者の眼を通してしか見えない)"という言葉が隠されていた。「Facts are the enemy of truth.」のドン・キホーテの言葉で”真実は心の眼でしか見えない”ということは理解できるが、死者の眼を通してとは何と不吉な言葉だろうか。それでも事実は、死者が見ても同じでなければならない。ところが、事実(Fact)にも見る人間によって異なる別の事実(Alternative Facts)があるというのだから驚きだ。トランプ大統領の就任式の聴衆数がオバマの時に遥かに及ばない映像を見ても、トランプの方が多いAlternarive Facts(別の事実)があると大統領顧問ケリーアン・コンウェイが主張した。この映画でもCreated Reality(作られた現実)という言葉が出てきたが、それは事実をねじ曲げて主張することとは違う。どう考えてもAlternative Factsは嘘(Fake)だろう。Alternative Factsは映画の中ではなく、現実の世界(Real Life)で語られた。Factsを流すマスコミをFake Newsと非難し、嘘を平然とつく政府が、国民の信頼を得続けることなどできるはずはないのだが、当たり前のことが通じない世界になってしまったのだろうか。虚実(Real LifeとVirtual Life)が混然としてしまったのはそれを無作為無秩序に流すネットがあまりにも私たちの生活に浸透している所為かもしれない。

 ところで、ボッチチェリの有名な『プリマヴェーラ』や『ヴィーナス誕生』は、1998年のイタリア旅行のとき、フィレンツェのウフィッツィ美術館で見た。ボッチチェリはレオナルド・ダ・ヴィンチの兄弟子になる。今読んでいる田中英道『レオナルド・ダ・ビンチ』によると、レオナルドにとって思想を抱合するものが絵画であり、自分の思想にもとづきじっくり考察した上でなければ筆が動かない作家がレオナルドだった。しかし、ボッチチェリは神曲も読まずに、その挿絵が描ける作家だった。レオナルドはボッチチェリについて、”貧弱な風景を描く”、”自分のほうが遠近法を知悉している”などと手記に書き残している。しかし、田中英道は、「レオナルドのボッチチェリへの態度は、今まで言われてきたように無関心なものでも否定的なものでもない」とし、「それは尊敬の念と、それを凌ごうとする精神とに要約される。いわばよい意味での競争心が存在していたのである。」と述べる。

地獄の図(Wiki)

『Inferno』2016、監督:ロン・ハワード、出演:トム・ハンクス、フェリシティー・ジョーンズ、イルファン・カーン、ダンテがベアトリーチェと結ばれなかったように、初老のラングドン教授とWHO長官のエリザベスには結ばれない過去があった。映画の最期、どちらが言い出したか忘れたが「自分と結婚していたらと考えたことはあったか?」という問いに、相手が「ある」と答える。それでも分岐点に戻ることはできない。二人はそれぞれ今の人生を生きていくしかない。ふっと『ニューシネマパラダイス』の結ばれなかったトトとエレナのことを思い出していた。★★★☆☆   

『ダビンチ・コード』2006、★★★☆☆、『天使と悪魔』2009、★★☆☆☆ 

PS(26/Feb/2017) 『Inferno』のラングドンは大学での研究を選び、エリザベスはWHOで働くことを選んだ。その関係は、『ニューシネマパラダイス』のすれ違いで結ばれなかったトトとエレナではなく、どちらかといえば『日の名残り』のスティーブンスとミス・ケントンに近い。自分自身の選択だったとしてもほろ苦い思いは残る。